2007年07月29日
残念な結果も、積極性増す
前回のブログでは私の書き方が悪く上手く伝えられなかったが、今大会の日本代表の問題は、ゴールへ向かう意識の希薄さにあると考えている。パス回しはそれほど悪くない。だが日本は、シュートを打たない。上手くボールを回していても、ゴール前30mで突然ナイーブになってしまう。
その問題は、(やはりまだ不足はあるが)韓国戦ではかなり改善されていた。横パス、バックパスは未だに多く、もっとミドルシュートを打つべきとも思うが、相手の嫌なところへの走りこみやパスは、サウジアラビア戦よりずっと多かった。そのサウジ戦では2点を奪ったのに、この日は無得点に終わったのはなんとも皮肉なことだが、不運もあったし、韓国の執念もあった。PK戦で敗れ、4位に終わったのは残念だが、最後の決定力、さらに言えばラストパスやクロスでのもう一工夫があれば、得点できていたのではないかと思う。それにしても残念な結果だ。
固定されたメンバー、パターン化された交代
さて、アジアカップの6試合が終わり、2勝3分1敗という公式記録が残った(PKは引き分け扱い)。もちろん満足できる数字ではないが、6月30日までJリーグ戦があり、準備期間が極端に短かったことを考えれば、及第点をつけられる成績であり、内容だったのではないだろうか。
さて、準備期間の短さに加え、東南アジアの蒸し暑い気候という悪条件の中、オシム監督はほとんどメンバーを固定して戦った。3位決定戦の前には疲労を考慮してフレッシュな選手を使うのではとの報道もあったが、結局は巻誠一郎が山岸智に変わっただけで、従来のレギュラーメンバーがそろって先発した。また交代選手も、羽生直剛、佐藤寿人、矢野貴章と、オーストラリア戦、サウジ戦と全く同じ選手がチョイスされた。
このように固定された先発メンバー、パターン化された交代には疑問が残るし、采配に不満が叫ばれても仕方がない。ただ今大会に関しては、オシム監督は持ち駒を増やすことよりも、コア・メンバー同士の連携を成熟させることを選んだのではないか。その成果が結果に直結することはなかったが、ほとんどメンバーを固定し、交代も極力せずに一ヶ月間、練習と試合を繰り返した今大会の意義は、決して小さくないはずだ。
1ヶ月を、今後につなげろ!
そのため後藤健生氏に「ハノイ合宿」と表現された今大会だったが、せっかくの長期合宿も、今後につながらなければ全く意味がない。今大会では、合宿の成果は試合に表れなかった。個人の問題か戦術の問題か、フィニッシュに課題を残したまま終わった。だがこれほどの長期間を強化に使えたのは、オシム監督就任後では初めてのことだった。この1ヶ月を今後につなげることが、不本意な成績に終わったアジアカップの何よりの意義になる。今後の日本代表が、この1ヶ月での成長を見せてくれることを期待している。
posted by taka911 |02:13 |
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2007年07月26日
ジリジリと……
久々に、日本代表の試合を観ていてジリジリとする思いをした。じれったい。1点ビハインドの状況下で、引いた相手を崩せないまま、ただ時間だけが過ぎていく。そんな試合は、久しくなかった。ジーコ前監督時代には、何度も見た。「神様」が監督だった頃には、ジリジリの先にドラマがあって、そこにカタルシスがあった。
だがアジアカップ準決勝、サウジアラビア戦では、何も起こらなかった。ビハインドのまま試合が終わり、やるせない思いだけが残った。こんな思いは、いつ以来か……。
2度あることは3度ある
この敗戦は、オシム監督が就任して一年を迎える日本代表にとって3敗目になる。そもそもこのチームは敗北経験に乏しく、相手にリードを許した試合自体がその他に2試合しかない。
その2試合とは、アジアカップでの先の2試合、ベトナム戦とオーストラリア戦だ。しかしこの2試合では、それぞれ巻誠一郎、高原直泰のゴールですぐに追いついている。このサウジ戦でも先制点を許したが、すぐさま中澤佑二が同点弾を決め、後半開始早々に勝ち越しを許しても、わずか6分後に阿部勇樹のファインゴールで追いついた。
2度あることは3度ある。また、4度目もあった。
動かなかった試合
だが、5度目はなかった。
マレクに3点目を許してからの30分余り。逃げ切りに入ったサウジを相手に、日本はボールを保持してはいたが、ついに同点ゴールは生まれなかった。
もっともボールを持ちながら最後の30mを崩せなかったのは、同点を狙った最後の30分だけではなかった。サウジがゲームの流れに乗れなかった、前半の最初の25分。この時間帯でもやはりゴール前を突破できずに、サウジに落ち着く時間を与えて先制点を許した。
最後の局面で崩せず、逆に失点した理由は複数あり、それに付随して疑問も生まれてくる。直前のキリンカップで見せた駒野友一のクロスの精度を生かすには、左より右のサイドバックで起用したほうが良いのではないか。センターバック阿部に本職ではないハンデはなかったか。2人の中村と遠藤保仁、3人のコンダクターを並べた中盤が手詰まりになったとき、誰が局面の打開を引き受けるのか(ミドルシュートが打て、縦への推進力もある中村憲剛が引き受けることが多かった)……。
向こう側にある、カタルシスへ
それぞれの疑問については、3位決定戦が終わり、大会が終わってから考察したい。ただ、敗れたこの試合にしても、ジーコ前監督時代にはほとんど見られなかった大きなサイドチェンジやワンタッチパスで可能性は感じさせている。
そしてその可能性は、同じような「じれったさ」を味わったオシムジャパン初めての敗戦――アジアカップ予選でのサウジ戦(アウェー)よりも、確実に大きくなっている。戦術が浸透し、パスワークがスムーズになったという意味においても、攻め上がった闘莉王を有効活用できなかったチームが、中澤の高さを武器に押し込んだという点においても、チームは成長している。
後は可能性を、いかにゴールという結果に昇華させられるか。それはつまり、チームが一つ上の次元へと進化することを意味する。敗戦を乗り越え、壁をぶち破れ。その向こう側には必ずや、カタルシスが待っているはずだ。
posted by taka911 |00:56 |
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2007年07月20日
川口能活、中澤佑二、中村俊輔。2000年、2004年の2連覇に貢献し、今大会でもメンバーに名を連ねて、アジアカップ3連覇を目指す選手たちだ。
3人、という数字が多いと見るか、少ないと見るかは人それぞれだろう。ただ監督が変わり、時代が変わり、そして彼ら自身が変わっていく中で、7年に渡って代表に名を連ねている事実だけでも、彼らが素晴らしい選手である事実の証明には十分だろう。7年前の決勝・サウジアラビア戦で中村のFKから決勝点を奪った望月重良は、すでにユニフォームを脱いでいる。7年とはそれだけの年月だ。
ただ彼らの7年とて、決して順風満帆だったわけではない。7年前の2000年大会当時を振り返っても、川口はトルシエに「楢崎正剛の控え」と位置付けられており、直前のシドニーオリンピックでオーバーエージに指名されたのも楢崎だった。アジアカップでの活躍も、そのシドニー五輪で楢崎が負傷し、アジアカップを欠場したからだった。対照的にシドニー五輪でレギュラーだった中澤は、松田直樹の巻き返しに遭ってアジアカップではバックアップに甘んじた。一方、シドニー五輪、アジアカップの両方で不動のレギュラーだった中村にしても、不本意な左サイドでのプレーを強いられた。アジアカップではMVP・名波の気遣いで自由にプレーし、ベストイレブンに選ばれるが、左サイドでの起用はその後も続き、2002年ワールドカップでは選外となってしまった。
この3人の中で、02年ワールドカップメンバーに名を連ねたのは川口だけ。その川口にしても、楢崎に正GKの座を譲った。その後ジーコに監督が代わり、海を渡った中村は全幅の信頼を受けることになるが、川口は控えのままで、中澤に至ってはしばらく声さえかからなかった。
その後急激に地位を確立していくのは川口ではなく、中澤の方だった。2003年、岡田武史監督の下急成長し、横浜FMの完全優勝に貢献した中澤は、シーズン終盤にジーコ監督就任後初招集されると、程なくしてセンターバックの一角を確保し、2004年アジアカップでは鉄壁の守備に加えて3得点も挙げて「影のMVP」と呼ばれた。この大会でのヨルダンとのPK戦が記憶に新しい川口は、海外での不遇で調子を落としていたが、負傷した楢崎の代役で出た直近のワールドカップ予選インド戦での活躍から正GKに返り咲き、優勝に貢献した。ただし大会公式のMVPに選ばれたのは中村。コンディション不良で活躍できない試合もあったが、要所で印象的なゴール・アシストを記録した。
その後も紆余曲折はあったが、昨年のワールドカップでは中心選手としてプレーし、今もオシムジャパンのキーマンとなっている3人。もはや「ベテラン」と呼ばれる域に差し掛かり、衰えを心配される年齢になったが、それでも成長を続けているのは尊敬に値する。川口はミスが減り、冷静さを増してずっと安心して見ていられるキーパーになったし、中澤は持ち前の高さや一対一の強さに加えて、危険な位置に自ら飛び込んでいけるDFになった。中村は筋力のアップやスタミナの充実によるものか、試合ごとの波がずっと少なくなり、守備にも貢献できるようになって「消えている」時間がほとんどなくなった。
GKにDF、MF。各ポジションにそれぞれ経験があって頼れる選手を置いているところが、オシムジャパンの肝か。3大会連続出場は不在のFWにも、頼れるベテランが一人いる。2000年大会では5得点で西澤明訓と並んでチーム得点王、大会ベストイレブンにも選ばれた高原直泰だ。2004年大会は山本昌邦監督からアテネ五輪のオーバーエージに指名され、アジアカップ出場を見送った高原。2002年ワールドカップに引き続き、そのアテネ五輪もエコノミークラス症候群で出場を見送り、昨年のドイツワールドカップでも無得点に終わった高原にとって、今大会は久々に「日本のエース」として申し分のない活躍を見せている大会だ。
そしてこの4人、昨年のワールドカップ初戦、オーストラリア戦でもそろって先発出場している。アジアカップ決勝トーナメント一回戦での再戦は、格好のリベンジの舞台だろう。各ポジションのセンターラインにそろう経験豊富な選手が、チームを難敵への勝利に、大会3連覇に牽引する。もちろん、期待して良いだろう。
posted by taka911 |00:35 |
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2007年07月02日
コア・メンバーが名を連ねる
フタを開けてみれば、選出は至極順当なものだった。アジアカップメンバー23人のことである。
GK川口、楢崎、川島
DF中澤、坪井、加地、駒野
MF中村俊、橋本、羽生、遠藤、中村憲、鈴木、阿部、今野、山岸、太田、水野
FW高原、播戸、巻、佐藤、矢野
名を連ねたのは、オシム監督就任後の代表で中核を担ってきた「コア・メンバー」が中心。そこに中澤、楢崎らの復帰組、中村俊と高原の海外組を加え、大会3連覇に挑む。
その中で数少ない例外が、フィールドプレーヤーで唯一国際Aマッチ出場歴がない太田吉彰(磐田)だ。キリンカップで選外だったのも、負傷の加地を除けば唯一となる。
その最大の魅力は、瞬発力と持久力をハイレベルで兼ね備えた走力。爆発的なダッシュを、尽きることないスタミナで90分続けることができる。本職の右サイドは激戦区で、加地、駒野が争い、水野も控えるが、突破力では頭一つ抜きん出た存在であり、途中出場で流れを変える存在として期待できそうだ。
不安残す2つのポジション
右サイドの充実の反面、左サイドはやや心もとない。
今回のメンバー中、クラブチームで左サイドでプレーしているのは山岸くらい。その他駒野、阿部、今野、橋本も左サイドでプレー可能だが、左利きは一人もいない。
また、センターバックの選手層にも不安が残る。
メンバー中、センターバックのスペシャリストは中澤、坪井の2人だけ。阿部、今野のDF起用はありそうだが、3バック、4バックの併用となるとやや枚数不足だ。
数ヶ月前、スポーツ新聞に「オシム監督が左利きの左サイドバックと背の高いセンターバックの不在を嘆いている」という趣旨の記事が載ったことがあった。共にセンターバックの「コアメンバー」だった闘莉王、水本の負傷離脱があったとはいえ、それが今なお解決していないことは、今回のメンバーを見れば明らかだろう。
今後はその人材発掘が待たれるが、今大会で臨まれるのは、阿部、今野、駒野といった「ポリバレント」な選手が、その多様性で単純な人数不足をカバーすること。それができなければ、3連覇など夢のまた夢だろう。
posted by taka911 |02:38 |
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