2008年08月13日

集大成が「これ」ですか? ~北京五輪・オランダ戦~

1985年以降生まれの選手で編成される、いわゆる「北京世代」の日本代表の試合を始めて見たのは、06年11月の韓国戦だった。目を引いたのは、数的有利を作ってのサイド攻撃。サイドハーフとサイドバックが追い越し追い越される良い関係を築きながら、時におとりに使って単独突破を仕掛け、時に追い越す選手をシンプルに使って、サイドから数多くのチャンスを作っていた。そのサイド攻撃の主役が水野晃樹や苔口卓也、中村北斗で、中央のターゲットが平山相太だったのを思い出すと、時の流れの大きさを感じるが……。

あの時は、このチームが「こんな」ラストを迎えるとは思わなかった。

3戦3敗、失点4、得点1。日本は北京五輪本大会で、勝ち点の1つも取る事ができなかった。
2年前、国立競技場で感じた期待感は、どこへいったのだろう。ダイナミックなサイドアタックはいつから見られなくなり、守備陣の粘り以外にさして魅力のないチームになってしまったのだろう。

北京でのチームは、2年前の国立でのチームと同様、サイド攻撃が最大の武器だった。ただしその多くは、内田や安田理大(G大阪)、長友佑都(FC東京)の個人技に依存したもの。本田圭佑(VVV)をはじめとしたサイドハーフとの絡みは物足りなくて、中央で待っている人数も十分ではなかった。

選手個々の実力差は、当然あった。ボール奪取のほとんどは数的有利を作ってからだったし、ミスも多かった。左足が武器の本田圭のクロスが、そのままラインを割っているようでは話にならないし、最後の部分でクロスの質、ドリブルでの突破力の差が勝負を分けた面はある。
ただし前述のように、それを補うだけの戦術的な工夫が十分だったかには疑問があるし、選手個々の起用法にも疑問が残る。ストライカータイプの森本貴幸(カターニャ)の1トップ起用は適切だったのか。右サイドに起用されながら左足にこだわり、しばしば判断が遅れた本田圭を、あれほど引っ張る必要があったのか……。

96年アトランタ、00年シドニーが6で、04年アテネが3だったグループステージの勝ち点が、今回は0。日本の若年層の育成については、今後真剣に考える必要があると思う。

だが今回の結果……というより、今回の戦いぶり
については、反町康治監督への疑問が消えない。

サイドアタックは、狙い通りにできましたか?  選手の見極めは、十分でしたか?
2年間の集大成が、「これ」ですか?

posted by taka |20:44 | 年代別日本代表 | コメント(5) | トラックバック(0)
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