2008年02月11日

2人の“30m”

 サッカーの試合では大抵、GKがいち早く姿を現して、ピッチ上でのアップを始める。その後のメニューはチームによって様々だが、FC東京の場合は、コーチを交えての三角パスのあとで、二手に分かれる。

 片一方はゴールマウスで。もう一方は、バックスタンド側のタッチライン沿いで。

 ピッチの横幅が75.4mだから、両者は距離にして30mくらいだろうか。2人のGKが、ボールの感触を確かめるようにして、コーチの蹴るボールを丁寧にキャッチしていることに変わりはない。しかしこの瞬間に、正GKと控えGKとの間には明確に線が引かれる。

 昨年5月3日、僕は初めて、タッチライン際で黙々とボールを受ける土肥洋一の姿を見た。

 恐らく、塩田仁史が先発するだろうとは思っていた。前年の第33節浦和戦で土肥を押し退け、プロ入り3年目にしてリーグ戦初先発を果たした塩田。開幕戦でこそ土肥に正GKの座を譲ったが、第5節からは、再びポジションを奪い返していた。
 だが実際に、ゴールマウスを背負わずにボールを受け続ける土肥の姿を見るのは寂しかった。


 僕がスタジアムに行ったとき、いつもタッチライン沿いにいるのは塩田の方で、ゴールマウスには土肥が構えていた。プレーする塩田を初めて見たのは2006年、ナビスコカップでの浦和戦。塩田がファインセーブを連発して浦和の攻撃を無失点に抑えた試合前には、スクリーンに「土肥洋一選手ドイツワールドカップメンバー選出のお知らせ」と、土肥からのメッセージが映し出された。
 この時はまだ、両者の“30m”は遠いものに思えていた。

 だがこの年の第33節、偶然にも浦和戦で、土肥の216試合連続出場のJリーグ記録を断ち切って、塩田がリーグ戦初先発を果たす。浦和の優勝がかかる大一番で先発を任された塩田だったが、好守を連発して0-0の引き分けに持ち込み、続く最終節にも先発で出場する。
 のちに塩田は、初出場の前日の出来事をこのように語っている。
「前日の朝、トレーニングルームで少しだけ目を赤く腫らした土肥さんから『次、俺でないから頑張れよ』と言われました。その言葉はずしりと重かったですね。土肥さんのそういう姿を見たのは、後にも先にもあのときだけですから」(参照リンク)


 しかし悔しさを、土肥はピッチに持ち込まない。たとえ両者の「30m」が逆転しようと、ゴール前だろうとタッチライン沿いだろうと、土肥の姿勢は変わらない。派手なアピールも、腐る様子もなく、ただ黙々と、ひたすらにボールを受け続ける。
 真のプロの姿を、土肥に見た気がした。同時に、ジーコがなぜ、第3キーパーとして土肥をメンバーに入れ続けたのかもわかった気がした。


 その後、一時期は土肥が正GKに返り咲いた。だが、再び彼らを味の素スタジアムで見た4ヵ月後には、塩田がゴール前に、土肥がタッチライン沿いにいた。
 以前ほど違和感を感じなくなったその光景から、手元のマッチデープログラムへと視線を落とすと、塩田がインタビューでこんなことを語っていた。
「GKというポジションですから、どうしても試合中にクロスプレーや相手の足元に飛び込んでいくことがあります。万が一、その接触プレーで僕がプレーを続けられない状況になったとしても、土肥さんがいると思えば、思い切ったプレーができます」
 その日の試合では、塩田が相手FWの飛び出しに勇敢に飛び出すプレーが非常に印象に残った。
 その後、たとえ0-7で試合に敗れようと、塩田がベンチに戻されることはなかった。そしてシーズン終了を待たずして、クラブは土肥と来季の契約を結ばないことを発表した。

 04年、05年は0だったリーグ戦出場が、06年は2試合、07年は20試合に。着実に出場機会を伸ばしてきた塩田は、来る08年シーズン、土肥の背番号「1」を引き継ぐ。
 今シーズンはもう、偉大な「後ろ盾」はない。それでも塩田はやってくれる。「土肥がいれば……」とは言わせないような、そんな活躍を。塩田の「1年目」に期待している。

posted by taka |18:17 | 人物 | コメント(1) | トラックバック(0)
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