2007年12月29日

岡田語録(1)「それがメーンの戦術だった」

 日本代表の新監督、岡田武史について、様々なイメージが語られている。97年には加茂周監督の解任を受けて急遽指揮を執った日本代表を初のワールドカップ出場に導き、99年に就任したコンサドーレ札幌の監督時代には2年目にJ1昇格と結果を出し、2003年には就任初年度で横浜FMを完全優勝させた。行く先々で結果を残してきた指揮官は、その人柄を物語るエピソードに事欠かない。
 そのサッカー観が、最も如実に表れているのは何か--。そう考えたとき、最初に思い浮かんだのは2003年、横浜FMでJリーグ完全優勝を成し遂げた直後に「週刊サッカーマガジン」に2号連続で掲載された独占手記だった。
 少々前置きが長くなったが、当ブログでは今回から短期連載として、その独占手記からキーワードを抜粋し、岡田のサッカー観に迫っていく。



「開幕して10試合、マイボールになったら前に蹴る。それがメーンの戦術だったのだから。一般に言うダイレクトプレーの意識を高めることが、安易な横パスを重ねる昨年までのF・マリノスの悪癖を取り払うことにつながるからだ」

 "安易"かどうかはさておき、「横パスを重ねる」ことを悪癖とするのであれば、それは今年の日本代表にも言えることだ。特にアジアカップでは、中村俊輔(セルティック)、遠藤保仁(G大阪)、中村憲剛(川崎F)の3人を中心にパスを回し、ボールをキープしながらも、なかなかフィニッシュに至らずにストレスを募らせる試合が続いた。
 その対応策として、オシムはアジアカップ後から、前田遼一(磐田)、大久保嘉人(C大阪)といった、個人技に優れたタレントを起用し始めた。

 では、岡田はどうするか。

 岡田は選択の理由を、「原則は相手ゴールに早く迫るのが、現代サッカーのアプローチだ。だからベースはダイレクトになる」と説明している。だが"現代サッカーのアプローチ"は、わずか4年の間にも変化している。2002年の日韓ワールドカップではダイレクトプレーからのゴールが多かったが、昨年のドイツワールドカップでは、ダイレクトプレーを封じられ、スローダウンさせられながらも、そこから打開できる力を持つチームが勝ち上がった。
 先の短期合宿で、岡田はスタッフに前甲府監督の大木武を臨時コーチとして迎えている。そして紅白戦でやらせたのは、甲府時代と同様の、密集地帯でショートパスをつなぐサッカー。
 課題は同じだとしても、横浜FM時代と全く同じ手法をとるとは限らない。

 ただ岡田は、課題の解決と現存の長所を切り離して考えてはいないだろう。上記の言葉は、以下のように続く。

「シーズンの後半にポゼッション・プレーに切り替えた」

 ゴールに素早く迫るよう、「意識付け」はする。ただし、長所をまるっきり捨て去るわけではない。

 意識付けの時期(最初の半年くらいだろうか)は、内容はある程度無視して、過程として見守りたい。しかしそれ以降は、岡田監督と大木コーチの、理想と現実とのバランス感覚に期待する。

posted by taka |21:15 | 日本代表 | コメント(1) | トラックバック(0)
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