2007年12月08日

改めて、オシムに想いを馳せる

 ワールドカップ3次予選まで2ヵ月余りという差し迫った日程が決断を促したのだろう、イビチャ・オシム監督が倒れてからちょうど3週間になる12月7日、岡田武史新監督が誕生した。

 脳梗塞で倒れた時点で、もはや続投は不可能だと思っていた。しかし実際に監督交代という事実に直面した今、寂しさを禁じえない。


 イビチャ・オシムが好きだった。監督としての彼も、人間としての彼も。

 彼の采配に、全面的に賛成だったわけではない。具体的にはパスは回るが仕掛けに至らない攻撃、それを誘発する人選、鈴木啓太らのバックアップをテストしない頑固さに、このブログで疑問を述べたことがあった。
 だが日本代表を「日本化」するという就任会見での一言には、そうした小さな不満を飲み込ませる力強さがあった。連動した動きで相手の守備網を崩す場面は日毎に増えており、「日本化」が段階的に、確実に進んでいることを窺わせていた。

「日本代表の日本化」が完成を見ぬままにオシム監督最後の日を迎えたことが、今は残念でならない。選手にはもちろん、協会にも、記者やインタビュアーにもプロであることを求めたオシム監督は、1年余りの短い期間だったが、日本サッカーのために全てを懸けてくれた。最大限の敬意と感謝を持って別れを告げ、快復を祈りたい。


 さて、岡田新監督。経験、実績の両面で日本人監督の中では抜けた存在で、予選までの時間的な問題を考えれば、最良の選択肢の一つだったと思う。
 ただ「オシム流の継続」は難しい。岡田流も、よく走る。だが横浜FM時代の自身のサッカーをかつて「国見サッカー」と表現したように、方法論は全く違う。

 それでもオシムの撒いた種は残る。
 闘莉王、鈴木啓太、中村憲剛。彼らはみな、オシム監督の下で日本代表にデビューし、欠かせない戦力にまで成長した選手だ。駒野友一や阿部勇樹といったジーコ監督には重宝されなかったタレントもまた、オシムの元で国際経験を積んだ。水本裕貴、水野晃樹、家長昭博らU-22代表の選手も、すでにA代表に合流している。
 81年以降に生まれたいわゆる「アテネ世代」がドイツワールドカップメンバーに2人しかいない難しい状況から、オシムは短期間で世代交代に成功したのである。

 たとえ「オシム流」が受け継がれず、「日本化」が実現しなかったとしても、この世代交代はオシムの大きな成功だ。私はあの大きな人からバトンを受け取る岡田新監督が、オシムが撒いた種を収穫してくれることを願う。
 それが実を結んだとき、私はもう一度、オシムに感謝する。

posted by taka911 |00:12 | 日本代表 | コメント(8) | トラックバック(0)
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