2008年08月07日
俺もアイツも北京世代
1986年生まれ。僕は北京世代だ。 小学校入学からほどなくしてJリーグが開幕し、リメイクされた「キャプテン翼」のアニメを見て育ち、小学校6年のときに眠い目をこすりながらフランスワールドカップを観た。日韓ワールドカップの頃は高校に入学したばかりで、微熱で学校を休んでブラジル対イングランドを観た(注・仮病ではない)。 きっと本田圭佑(VVV=オランダ)も、長友佑都(FC東京)もそうだと思う。僕は自分と同世代の、恐らく同じ思い出を共有しているであろう若者が、五輪という大舞台で戦うことを本当に誇りに思うし、尊敬するし、同時に羨ましくも思う。 かつて僕は、高さと当たりの強さだけが自慢の、本当に下手くそなDFだった。休み時間もボールを蹴っているぐらいにサッカーは好きだったのだが、スピードはなく、足元の技術も皆無だった。 そんな僕の前に立ちはだかったのは、小学校の顧問が決めた「リフティング10回以上」という紅白戦参加の条件だった。4,5回でもう続かない僕は、いつも「もう入っていいぞー」と言われるまで入れなかった。 後に1974年ワールドカップ決勝で、オランダの天才ヨハン・クライフをマンマークで抑えた西ドイツの名DFベルディ・フォクツもリフティングはまるでダメだったことを知るのだが、そこで僕は挫折し、身長の高さをバスケットボールで活かしていこうと決めた。 果たして、何人の「北京世代」のサッカー少年が、挫折を味わったのだろう。 僕の友人で、プロになった者は一人もいない。小学校5年の時に、今で言うロナウジーニョみたいに、ボールをフワっと僕の頭上に浮かせて抜いていったアイツも。中学2年の時に、弾丸シュートでブロックに入った後輩の腕を骨折させた彼も。ヨハン・クライフが大好きで、左サイドバックなのに14番をつけていた奴も。何人かは県のトレセンに選ばれていて、僕なんかから見たら素晴らしい才能の持ち主で、底抜けにサッカーが好きな奴ばかりだったのだが、それでもプロにはなれなかった。 眼が合った瞬間、僕の動き出しにぴたりと合わせてスルーパスが出てきた、あの時の感触が忘れられない。それは中学2年の秋、オフサイドも曖昧な体育の授業でのことなのだが、正しく「アイコンタクト」のみで心が通じた瞬間だったし、タイミングと言い強さと言い、感動的なほどに完璧なパスだった。その瞬間、僕はこういう人間が上に行くのだろうと、バスケットを選んだことが正解だったと確信した。 しかし上には上がいて、彼が就職を決め、僕が大学入試センター試験に必死になっている頃、星陵高校の本田圭は全国高校サッカー選手権を戦っていて、国立大の後期入試を受けている頃には名古屋グランパスで開幕先発デビューを飾っていた。大学1年の冬には、天皇杯準決勝で西澤明訓(当時C大阪)を一対一で抑える、やはり同い年のDF青山直晃(清水)に感動した。その青山直の、予選での活躍ぶりにはファンの一人として喜んでいたのだが、しかしその青山直も、最終メンバー18人に生き残ることはできなかった。 小学校、中学校時代から、ピッチに立てるのは11人だけだし、ピッチに立っても戦いはある。その戦いを制し、才能を見出されたものだけがプロになれるし、そのプロの中でも、選ばれた18人はほんの一握りの「トップ・オブ・トップ」だけだ。落とされた選手を否定されているようで、当初は賛同できなかった反町康治監督の「心で選んだ」発言だが、選ばれた18人は恐らく、幾度もの挫折を乗り越えてきた、本当に強い精神力の持ち主だと思う。 もちろん才能もあっただろう。ただ才能だけなら、他にもっと優れた選手は、いた。事実、本田圭はガンバのJr.ユースからユースチームに上がれず、長友は愛媛のJr.ユースのテストを落とされている。 それでも彼らは、辛い時期を乗り越え、這い上がってきた。彼らの誰もが人一倍たくましく、あらゆる面で自分に厳しいことは想像に難くない。初戦の日の朝に、ここで改めて、選ばれた18人に敬意を表したい。 さあ、いよいよ本番だ。彼らに望むのは、堂々とした態度で最後まで戦い抜くこと。ブーイングがあろうと、内外からの重圧があろうと胸を張って戦ってほしいし、チャレンジしてのミスは良いが、ミスを恐れてのミスは見たくない。 米国、ナイジェリア、オランダは、いずれも強敵。グループステージを勝ち抜くのは、簡単なミッションではないだろう。だが選ばれた彼らには、反町監督が常々言っている「情熱と誇り」を胸に、精一杯戦ってほしい。
posted by taka |06:46 |
年代別日本代表 |
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俺もアイツも北京世代
プログ初めて拝見させて頂きました。
中学2年の体育のくだりは特に共感させて読ませてもらいました。私にも似たような事があり、あの感触は10年以上経った今でも忘れられません。
私は小野、高原等と同学年です。高校時代はサッカー部で福岡県大会で本山率いる東福岡に負けてしまいましたが。当時朝から晩までサッカーに命を掛けていたチームメイトも県選抜止まりです。
選ばれた18人には誇りを持って戦ってほしいと思います。
posted by 黄金世代 | 2008-08-07 11:27
俺もアイツも北京世代
遥かなるノスタルジーといいますか・・・
私はマラドーナに憧れてサッカーを始めて、今も趣味程度のサッカーを続けております。どの年代でもサッカーに対する熱い思いは同じです。がんばれ日本
posted by がんばれ 日本 | 2008-08-07 11:59
俺もアイツも北京世代
俺もありますね・・・・。
俺の場合は、逆に自分が選抜止まりでした。
同じ選抜には、現東京Vの大野がいて、彼が花形スタープレーヤーで、俺はマケレレや啓太のように、ひたすらボールを追いかけ、バランスに気を配っていましたね。
でもその時、大野や当時桐光の10番だった俊輔や、市船の北嶋のような奴等が、「J」へと行けるんだろうなぁ・・・と、痛感していましたね。
でも、俺の友人に「ボンバー中澤」がいますが、彼は高校時代なんかは自分よりも無名でありながら、夢を諦めず自分の可能性を信じ、努力をし続けた結果、今ではアジアNO.1ディフェンダーです。
彼には、本当に頭が下がりますし、俺は彼を尊敬して已みません。
今回選ばれた18人は、選ばれなかった選手の分まで、日の丸の誇りを胸に、悔いの無い戦いをしてきて欲しいですね。
posted by 78's | 2008-08-07 13:22
コメントありがとうございます!
みなさん素晴らしい蹴球歴をお持ちのようで、恐縮しながらコメントを拝読しました。
・黄金世代さん
県選抜に選ばれることも十分凄いことなのに、各県の選抜のほんの一握りがプロになって、さらにその一握りが今回の代表18人ですものね。改めて、凄いことだと思います。
・がんばれ日本さん
マラドーナですか! ちなみに僕はリバウドが最初のアイドルでした。バスケットボールは漫画「スラムダンク」の影響です。
・78’sさん
僕は一ファンですが、中澤選手のお話を聞くと、才能や技術より、本当に「気持ち」「精神力」が大事なんだなと痛感します。帝京高校の古沼監督も、「中田浩二より才能がある奴はたくさんいた」とテレビで仰っているのを見たことがあります。
posted by taka | 2008-08-07 20:07


