2006年09月29日
亀田大毅(17)=協栄=の試合後に乱闘騒ぎが勃発した。
判定までもつれ込んだために、一部のファンから不満の声が出たことが乱闘の発端だそうだが。
この不満を漏らしたファンをどう捉えるか。
安くないチケットを購入してまで会場に足を運んだということは、単なる亀田否定派の輩とは到底思えない。
その彼らが乱闘騒ぎを演出してしまうことは熱いボクシングファンではない自分としても少々残念な気持ちがする。
確かに戦前の亀田大毅のおおぶろしきの広げかたに過剰な期待を寄せた人達なのかもしれない。だからこそ発言とはかなりかけ離れた結果に落胆し、ヤジという手段に訴えかけたのかもしれない。
ただ亀田ファンとしてのみならず、ボクシングファンとしてこの試合を観戦するのであれば、僅差の試合での判定は十分起こりうるだろうし、戦前の予想通りには当然行くはずもないとの見識は持てないものだろうか。
スポーツファンとして勝利を期待をするのは当然だし、その期待感なくして会場への応援など到底できない。
ただその期待を裏切られたからといって、会場を巻き込む乱闘を誘発するような悪質はヤジはしてはならないはずだ。
まぁ、ちゃんとしたスポーツファンであればの話だが。
posted by taizo |16:21 |
2006年09月26日
ミヤギテレビ杯ダンロップで宮里藍が優勝した。
今回の試合で、宮里藍を見たいがためにギャラリーが殺到したのは想像に難くなかったが、そのギャラリーのマナーの悪さを指摘した新聞の記事に目が留まった。
確かに今を輝く宮里藍の勇姿を一目見たい気持ちは、素人である自分にもわかる。ただ最低限のマナーも守らず観戦に行くことが、どんなに宮里藍にとって重荷に感じてしまうかも考えずに軽はずみな行動をとってしまうギャラリーに辟易だ。
他のメンバーのショットがまだあるのに、宮里のショットが終わるなり次のショットを良い位置で見たいがために動き出すなど言語道断である。
宮里自身こんなことはアメリカツアーでは皆無だという。
日本のスポーツファンはゴルフに限らず素人が実に多い気がしてならない。
素人というよりむしろ、素人以下の非常識な人が実に多い。
宮里を見たいという欲求。それは彼女の容姿を見にきたのではなく、アメリカでも通用している精度の高いプレーを見にきているはずなのだが。
そのためにすべきこと、やってはいけないことなどは自明の理であるし、それを守れない人は試合を観戦する資格はない。
ゴルフファンには必然的に年配の方が多いと思われるが、このような方々がこの程度のモラルも持ちえていないのは非常に残念で仕方がない。
posted by taizo |20:49 |
2006年09月26日
昨日高校生ドラフトが行われた。
ドラフト候補選手は自分の就職先の決定に悲喜こもごもの様子だった。
注目は今年の甲子園を沸かせた駒大苫小牧の田中選手だったが、彼の交渉権が楽天に決まったことを知り、正直ある種の安堵感を感じた。
昨今、野球人気の凋落が叫ばれているが、この状況を打破するためには各チームの戦力均衡が絶対必要だからだ。
選手によっては本当は意中の球団があったかもしれない。高校生ということだけで自分の将来を選択できないことに不満を持っている選手もいるだろう。
だが、意中の球団に入団することが目的ではなく、プロ野球選手になることを真の目的と考えることができればこの不満も解消されるのではないか。
そのためには、高校生と大学・社会人選手の間に生じている制度上のドラフトをウェーバー制に移行する必要があるのではないか。
入り口は自由意志ではないとしても、活躍しだいでいくらでも自分の希望する球団に入団することができる。結果としてチーム間の戦力が均衡し、白熱した試合を繰り広げることで人気も上がる。
この将来像は絵に書いた餅なのか?実現不可能なのか?
球団幹部が自分の利益だけを追求することなく、リーグ全体または球界全体の利益を考えれば、この変革はたやすくできそうなものなのだか。
posted by taizo |18:18 |
2006年09月04日
ここ数年、日本代表の試合で試合に対しての気概、勝負に対しての気概をあまり感じられないことにうんざりしている。
古くは闘将柱谷・ラモスや中山らに「勝負に勝つ!」という強い思いを感じていたのだが、最近はこのような感覚を感じられなくなって久しい。
まあこれは選手個々の性格とかもあるだろうし一概には言えないが、自分としては非常に憂うべき現象とあえて言いたい。
なぜ日本選手にこうも勝負への気迫を感じないのだろうか。
テクニックなど目に見える部分での技術では、以前に比べてはるかに向上しているのだろうが、試合へのモチベーションの高め方や試合の流れを読む力といった目に見えない部分での技術はあまり向上していないのか。
サウジ戦においては淡々とボールをまわし、相手の嫌がるようなところを狙ってやろうといった意図したものが全く感じられない。とにかく練習で行ったことをただ単純に実行するだけ。
相手もホームだからといって前線からハイアプレッシャーをかけるわけでもなく、チームとしてやや下がった形で中盤でのバスカットを狙っていたために面白いようにボールを獲得できていた。
準備不足・連携不足・戦術の理解不足など敗因の理由を挙げればきりがないかもしれない。ただアジアカップ最終戦という公式戦においても、マニュアル通りのサッカーを展開し、相手との駆け引きもまったくなく、工夫するプレーもなかった我が日本代表がオシムの下であっても激変するとは考えづらい。
posted by taizo |18:52 |