2008年11月01日

WTCC岡山に大コーフン!

どうもです~。

ふと気がつくと、もう11月になっちゃってました。
今日から日本シリーズですが、モータースポーツも
そろそろ佳境に入りつつあります。

F1も最終戦ブラジルGPの真っ只中ですし、
来週末は、いよいよスーパーGT最終戦ですしね。

10月後半はオートポリスのスーパーGT第8戦に、
岡山国際でのWTCCに行ってきました。

オートポリスでは馬刺しが旨いのなんのって、
という話ではなく、XANAVI NISMO GT-Rが復活の完勝でした。

正直、タイトル争いの天王山的なイベントだったので、
前戦もてぎを上回る、“上がれ”だの“下がれ”だのが頻発し
せっかくの九州のファンの前でガッカリのレースになっちゃったら……。
なんて思ってたのですが、XANAVIのあまりの強さに
ほとんどそんな小細工なしのレース展開となって
非常にホッとしました。
圧倒的な強さでAPを制したXANAVI
恒例のGT-Aの定例会見では、坂東さんが 「現状のレギュレーションの中では、ウエイトを下ろし ポイントを稼げる9位というポジションを狙うなど 激しいタイトル争いの中で、戦略として(順位の調整)を 行っているのは事実だと思います。 ウエイトハンデとポイント獲得というシステムが スーパーGTのシリーズの魅力である点はご理解いただきたいが、 ひとつのレースとして見た場合に、 そのレースを見たお客さんにとってどうなのかを考えて、 今後そういうことの無きようレギュレーションを考えて行きたいということで 来季09年度のスポーティングレギュレーションについても そのことを加味しながら作っている最中なので、 来季以降はそういうことは減っていくはずです」 と語っていました。 坂東さんの言うように、ウエイトハンデがスーパーGTの 魅力のひとつであることは間違いないのですが、 タイトルを争うためには“三味線”を引いたり、 陣営内で順位を調整したりすることが時折行われており、 やはり正々堂々、ガチンコで戦う様をファンの方々には 見てもらいたいと思っていたので、 この改革には非常に期待したいと思います。 個人的には、ウエイトを乗せる量を少し減らし、 その分何があっても下ろせないということにして、 特別性能調整をするのなら、乗せるウエイトに上限を設ける。 そして、タイトル争いとなることの多い最終戦は 全車ノーハンデのガチンコ勝負! というのはどうかなと思っていますが さて、GT-Aの決断はどのようなものとなるでしょうか。 是非とも見るお客さんの目線で、改革を進めてほしいと思います。 さて、そんなオートポリスの翌週は岡山国際でのWTCC。 毎年マカオGPの取材に行っている関係で、これまでも 何度かWTCCのレースは見ていましたが、F3取材がメインなので いつもあまり真剣に見られず、悔しい思いをしていたので 日本での初開催となる世界選手権を楽しみにしていました。 で、実際岡山で見たWTCCですが、生憎の雨になったものの やはり世界最高峰のバトルは見応えがありました。 予選で1秒以内に十数台がひしめく状態のまま、 1レースの距離が50kmという超スプリントが行われるため、 そこここで突っつき合いのバトルが展開され、 それでいて、レベルの低いプッシングはほとんどなく、 元F1ドライバーやハコ使いのベテランたちが多い、 WTCCのドライバーのレベルの高さを強く感じました。 加えて、やっぱりレースはクルマの派手さやスピードの速さは二の次で バンパー・to・バンパーの肉弾戦バトルが一番っ、と再認識しましたね。 そんな中、第1レースでは「僕が日本で走っていたのは、もう15年も前。 TI(岡山国際)のラインやブレーキングポイントなんて もう忘れちゃってたよ」と笑った、セアトのリカルド・リデルが レースを引っ張ったBMWのヨルグ・ミューラーを逆転して優勝。
第1レースはリデルが優勝!
さらに第2レースでは、「やっぱ日本は良いよ~。 うまく行けば表彰台には残れるとは思ってたけど まさか逃げ切れるとは。最後の2周は一生忘れられないよ!」 と、大はしゃぎ。ゴール後にスタッフに胴上げされた トム・コロネルアウグスト・ファルファスとの接戦を制し 悲願のWTCC初優勝を飾りました。
ガソリンエンジンながらもトム・コロが第2レースで初優勝!
日本初開催のWTCCで、日本で昔走っていたドライバーふたりが 勝ってくれたことは、自分のことのようにうれしく感じました。 日本期待の織戸学青木孝之谷口行規は悔しい凱旋レースとなりましたが 国内自動車メーカーのモータースポーツ担当者も 数多くパドックに訪れていましたから、是非とも トヨタやニッサン、ホンダあたりにはワークス参戦して 盛り上げて欲しいなぁと思います。 とある関係者によれば、「チームの年間予算は、4億円くらい」 とのことですから、F1やることを考えたら 安いもんだと思うのですが(笑)。 さて、再来週はスーパーGT最終戦。泣いても笑っても、 次の富士でタイトルが決まります。 救済を受けたマシンが前の方でレースを引っ張るでしょうけれど タイトルを争うマシンたちがどんな戦いを展開するか 今から興味津々。XANAVIの優位は動かないとは思いますが……!? おっと、その前に。 土屋武士がFニッポンからの引退を発表しました。
武士君、お疲れ様でした!
自費でのMINEでのスポット参戦からスタートした 彼のFニッポンでの戦いは残念ながら終わるわけですが スーパーGTなどではまだまだ頑張ってくれることでしょう。 それから……。 今週末は某ドライバーの結婚式でした。 幸多かれと、少し早いですがお祈りしておきますね。


posted by tagu0798 |22:58 | よもやま話 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年10月14日

FNにF3、F1にスーパーGTと大忙し……

どうもです。

またずいぶんと間隔があいちゃいましたが、
その後もあっちゃこっちゃと、飛び回っております。

富士のFNとF3ではIMPULの松田次生と
トムスのカルロ・ヴァン・ダムが
それぞれドライバーズチャンピオンを決めました。
ふたりとも、おめでとう~!

両カテゴリーともに、2位のドライバーに大差をつけていましたから
超盛り上がり、感動のタイトル決定劇!
というわけには行かなかったのですが
松田君は序盤から圧倒的なリードを築いての2年連続チャンピオン、
カルロも全戦表彰台獲得なんて記録を作っての王者ですから
それぞれにタイトルを決めた瞬間は
“おお~っ、やりましたな!”って感じでした。

カルロは全戦表彰台の離れ業をやってのけました
その後は9月に入ってもてぎのスーパーGT第7戦取材。 その翌週は菅生に飛んで、FN&F3の最終ラウンド取材。 ついでに、菅生の翌日に行われたFニッポンの ドライバーオーディション取材。 その後シンガポールGPに行く予定があったのですが、 なんだかんだでキャンセルになってしまったので、 予定外にやや時間があくことになりました。 そういや、東京・お台場でのモータースポーツジャパンなんて イベントのお仕事もありました。 その後、富士の日本GP前にもいろいろとインタビュー取材が 入ったりしていたのですが、風邪をひいたこともあって なんだか今はちょっとお疲れモードです。 しかし、今年の日本GPは荒れましたね。 ルイス・ハミルトンフェリペ・マッサのタイトル争いは ちょっとお粗末な展開になってしまって残念でした。 特にスタート直後のルイスの突っ込みは、正直いただけませんね。 「ブレーキで少し奥まで行ったけれど、みんな同じようにしていたよ」 なんて、レース後にコメントしたようですが、 “みんな同じようにしていた”んじゃなくて、 一番イン側から、あんなブレーキングで突撃されちゃ みんなアウトに逃げるしかないじゃないの、って 突っ込み入れたくなります。 2周目のマッサも、ちと強引でしたね~。 たぶん、あれがルイス相手じゃなかったら 序盤ですし、あれほど無理しなかったんじゃないかと思うんですが。 そして、注目の中嶋一貴も結果は残念でした。 レース後に聞いたら、どうやら壊れていたのは 交換したフロントウイング周りだけじゃなかったようで コースアウトしたときに、リヤのほうでも何かが ダメージを受けていたようです。 それで、まともに走れるような状況じゃなかったんだとか。

予選までは宣言どおりニコ・ロズベルグに勝っていただけに、決勝でも
期待していたんですが……。

まぁ、母国GPということで毎日のように朝8~9時から
夜遅くまで分刻みのイベントスケジュールをこなしていたので、
ちょっと気分転換でもして、残る2戦で頑張ってもらいたいところです。

さて、今週末はオートポリスのスーパーGTです。

タイトル争いが佳境になって来ていますが、
後味の悪い展開になることなく、好レースが見られると良いのですが……。


posted by tagu0798 |11:31 | よもやま話 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年07月22日

頑張れ、伊藤大輔! でも、先週はちょっとハードでした……。

先週は、ちょっと色々と辛い1週間でした。

昨年悲願のGT500のチャンピオンを獲得、そして今季は
ホンダ陣営からトヨタ陣営へと電撃移籍を果たした伊藤大輔が
7月11日、DVD収録中にアクシデントに遭い、
頭蓋骨骨折、脳挫傷で全治2ヶ月という怪我を負ってしまいました。

大事に至らなくて本当に良かった……。
今季、スーパーGTではENEOSのWebサイト用のチームレポートを 担当させていただいていたこともあり、私はGTの週末は 毎日のようにコメントを取るために大輔君と話をし、 決勝後に時間が取れないときには、月曜や火曜に電話で話すなど、 これまでになく今季は大輔君と話をする機会が多かったので 私自身、彼の怪我の話を聞いたときには少なからずショックを受けました。 元々大輔君とは、彼がSRS-Fを卒業して F3にステップアップしてきたときからの関係で、 彼がマカオGPに参戦し、日本人として初めて ダレン・マニング、ジェンソン・バトンに次ぐ3位表彰台に立ったのも この目で直接見ることができましたし、 昨年のGTでは、オートポリスでチャンピオンを獲得した直後、 ラルフ・ファーマン大輔君の乗ったレンタカーに同乗し 興奮冷めやらぬ中、オートポリスから空港へと向かう間に どこよりも早くチャンピオンインタビューをするという 幸運にも恵まれました。 そして今年、彼がトヨタ陣営に移籍した初年度、某誌から 開幕直前に大輔君が走らせるENEOS SC430のお仕事を頂いたのも、 何かの縁だったのかもしれません。 ここまでのシーズン、彼なりに苦しんで来た中で、 「次の菅生は、昨年僕が勝っているサーキットだし、SCに合っているコース。 そろそろちゃんとしたところに行かないと」 と、彼自身話していたレースを前にしての負傷欠場は 責任感の強い大輔君だけに、彼が一番悔しい思いをしていることでしょう。 しかし、以前FNで大クラッシュを喫した道上龍も見事に復活を遂げ、 今ホンダ陣営を牽引するドライバーとして活躍を続けています。 今は大輔君にも、どうかまたじっくりと怪我を治して サーキットに戻ってきて欲しいと思っています。
また元気な走りを見せてもらいたいものです。


そして、全く話が変わってしまいますが、先週の火曜日、
7月15日に元甲子園優勝投手である、横浜ベイスターズの
石田文樹選手が急逝しました。

モータースポーツ関連の仕事をしている私が、なぜ石田投手のことを、
と不思議に思われるかもしれませんが、学生時代まで野球をやっていた私は、
一時、早稲田大学の野球部の末席を汚させていただいたことがあり、
その際、取手二高を卒業し早大に進学した石田君とは
短期間でしたが、同学年のチームメイトでした。

いくつか、彼についての思い出はありますが、
それはここでは割愛しておきます。

その彼が、直腸がんのために42歳の若さで他界してしまったことも
とてもショックなことでした。

ただ、プロへ進んだ彼が脚光を浴びることはなくなったものの
最後までバッティングピッチャーとして裏方に回りながらも
野球を続けていたことが、どこか彼らしくもあり、
野球をやめてしまった人間からすれば、どこか羨ましくもあり……。

この場をお借りして石田投手のご冥福をお祈りしたいと思います。


posted by 田口朋典 |23:23 | よもやま話 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年05月06日

SUPER AGURI のF1撤退に寄せて

昨日、5月5日にスーパーアグリF1チームより
「SUPER AGURI F1 TEAM 緊急記者会見のお知らせ」
というご案内をメールでいただきました。

関西在住である上、先週末のスーパーGT第3戦関係の原稿があり
どうしても足を運ぶことができませんでしたが、
メールを受け取った時刻が、5月5日の午後6時26分で、
会見日時が5月6日午後4時から、というのですから
その会見の緊急性や重要性はひしひしと伝わってきました。

会見の出席者の欄には
「SUPER AGURI F1 TEAM チーム代表 鈴木亜久里」と
亜久里代表ただひとりの名が。

会見では、「SUPER AGURI F1 TEAM のF1活動からの撤退」が
亜久里代表の口から発表になったそうです。
スーパーGT富士の現場にも亜久里代表は姿を見せていましたが、
気軽にファンや子供さんたちのサイン、写真撮影に応じていて
“いつもどおりの亜久里さん”という感じでしたが、
当然、非常に苦慮されていたのでしょうけれど、
そのような素振りを感じさせないところは、さすがというか
やはり、非常に“タフ”な人なのだなと思いました。

今回の決定を受け、佐藤琢磨アンソニー・ディビッドソン、
そしてスタッフたちの今後が気になるところです。

昨年フランスGPに取材に行った際、久々に琢磨君に会いましたが、
彼の息子さんについてのたわいもない話の後、
「色々大変みたいだけど、頑張ってな」と声を掛けると
「もちろんですよ、頑張りますよ!」と、相変わらず元気そうでした。

今季は中嶋一貴がF1にフル参戦し、山本左近がルノーの
ディベロップメントドライバーとしてF1の世界に身を置いています。
しかし、琢磨君にももっとF1の世界で暴れてもらいたい、
そう思っている日本のファンも多いでしょうし、
なんとか琢磨君にも、この苦境を乗り越えてもらい、
また「頑張りますよ!」と、笑ってもらいたいものです……。

がんばれ!

posted by 田口朋典 |17:03 | よもやま話 | コメント(16) | トラックバック(0)
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2008年04月22日

インディジャパン ~武藤英紀の日本凱旋!~ 

どうもです~。

先週末はツインリンクもてぎで
インディジャパンが開催されましたね。

以前は2度ほど観戦に(※取材ではなく、観戦ですね)行ったのですが、
このところ関西在住とあって、なかなか足が運べずにいます。
昨年までは松浦孝亮が参戦していましたし、今年も
期待の武藤英紀が出るとあって、
いつものようになんとか行こうとしたのですが……。

まぁ、今年も残念ながら現地には足を運べませんでした。

IRLにはライアン・ブリスコーや、すっかり頭が寂しくなっちゃった
ダレン・マニングなど、F3時代に取材したドライバーも多いのですが、
当然ながら、今年IRLにステップアップした武藤君は、
Fドリーム、全日本F3時代から良く知っています。

眉間にしわ寄っちゃってますね~
F3時代の武藤君といえば、ホンダ期待の育成ドライバーということで、
戸田レーシング、M-TECから参戦していましたが、
2005年には3勝でランキング3位を得ています。

この年、ライバル陣営のトムスには、現ウイリアムズの中嶋一貴がいました。

ホンダの武藤、トヨタの中嶋という形で、常日頃から
周囲はもちろん、コース上では互いにライバルとして意識していたでしょうが、
ひとたびマシンを降りると、意外と仲が良かったふたりで、
肩組んでカラオケを熱唱することもありました。


しかし、2005年の開幕戦ではこのふたりがツインリンクもてぎの
3コーナーで競り合いの中で接触、両者リタイアということも。
レース後、珍しく一貴君がM-TECのピットに抗議に行ったのですが、
後で武藤君、「一貴君に怒られちゃいましたよ(笑)」と
肩をすくめていたものです。

そんなふたりですが、2006年には一貴君はユーロF3へ旅立ち、
武藤君は国内でフォーミュラ・ニッポンとGTへ。
この年、ふたりの道が分かれたんですね。

でも、両カテゴリーとも一貴君のお父さんが率いる中嶋企画からの参戦で、
どこか因縁(?)めいた関係を感じました。

その頃から既に一貴君は、いつかはF1という流れに乗っていたのですが、
それを感じてか、武藤君はこんなことを言っていました。
「一貴君は一貴君で、ヨーロッパから世界へ、
というルートで頑張って、チャンスを掴んでくれたら良いと思う。
でも、きっと彼とは違う道のりでしょうけれど、
僕も近い将来、世界へ出て行って勝負したいんですよね」

その夢かなって、2007年に武藤君はアメリカへ。
そして今年、F1と比肩するアメリカンモータースポーツの最高峰IRLに
ステップアップすることとなったわけです。

昨年秋、IRLへのステップアップを決めたあと、
ツインリンクもてぎで会ったとき、武藤君は超高速のオーバルレースを
笑いながら、こう説明してくれました。
「マジで怖いんですよ。ずっと同じ方向に回ってるから、
Gの関係で、内臓が外側に寄っちゃうぐらい速いし(笑)。
全開で走ってると、ピットから出てきたマシンなんて
誰だか分かんなくて、“え? 今の何?”って感じですよ(笑)」

天候の関係で、予選が中止となった上、決勝も日曜に順延となった
今年のインディジャパンは、結局ダニカ・パトリックが初優勝。
史上初となる女性ドライバーの優勝劇で幕を閉じました。

武藤君は11位。ミスにアクシデントなど、思うような
戦いができなかったようですから、きっと武藤君は
いつものように、ちょっとむくれているんじゃないでしょうか(笑)。

異文化の中で戦う彼には、ぜひ頑張って欲しいですね!
F1で活躍する一貴君、そしてIRLで頑張る武藤君。 ふたりの今後を楽しみにしたいですね~。 いつか、また同じカテゴリーで戦ってほしいものです!



posted by 田口朋典 |11:48 | よもやま話 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年04月01日

シューマッハー、バイクレースに参戦。F1引退後も元気ですねぇ

どうもです~。

元F1ワールドチャンピオン、ミハエル・シューマッハー。
以前から彼がバイクでも結構な速さを発揮していることは知られていましたが、
またバイクレースで元気なところを見せたようですね。

予選3位、1コーナーで10番手にドロップも追い上げて4位ですか。

ポールポジションから逃げたまんまのポール・トゥ・ウイン、
あるいは前が空いているときの猛プッシュで勝ちを握る、
いわゆる「ミハエルパターン」で強烈な印象を残した彼ですが、
その一方で、ピットストップなどでとった遅れを鬼神の走りで挽回するシーンを
幾度も見せてもきただけに、バイクでも“らしい”レースを見せたようです。

あまりF1には取材に行っていませんでしたから、ミハエルの現役時代は
身近に見る機会は少なかったのですが、昨年マニ-クールでのフランスGP取材に行った際、
久々に生でミハエルを見ました。

そのときの写真が下の画像なのですが、
見慣れたF1のプレスカンファレンスルームでの1コマながら
どこか違和感がありません?

このツーショット、珍しいでしょ
そうです。元フランス代表のジダンが横にいるのです。 難病撲滅のためのチャリティーイベントに賛同したふたりが メディアの集まるF1フランスGPで記者会見に臨んだときの写真ですが、 ミハエルが駆るフェラーリのロードゴーイングカーの助手席にジダンが乗り、 マニ-クールを走るというイベントで、観客を大いに沸かせていました。 「種目こそ異なるとはいえ、同様にスポーツの世界で一時代を築き、 大きな名声を得たこのふたり。いったいこのふたりでいくら稼いだんだ?」 なんて、シャッターを押しながら小市民の私は下世話な想像をしたのを白状します。 しかし、ともに現役を去ったとはいえ、彼らふたりが並んだときのオーラは かなりのものでした。 その後のライコネンハミルトンの会見を見たときには、 「あ~、やっぱ役者が違うなぁ」なんて思ったものです。 ライコネンハミルトンも、今後の戦いの中でミハエルに負けずとも劣らない、 そんなオーラを身に着けていくのでしょうか。 まだまだやんちゃ坊主の域を出ない、彼ら若い世代のドライバーたちがミハエルジダンの域に達するのには、まだまだ時間が掛かりそうではありますが……。


posted by 田口朋典 |11:38 | よもやま話 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年02月25日

祝!オリバー・ジャービスDTM参戦発表

どうもです~。


え~、またもや外国人ドライバーについてのお話です。

数日前、DTMを戦うアウディから2008年のドライバー契約に関する発表があり、
昨年全日本F3選手権を戦っていたオリバー・ジャービスの起用が明らかとなりました。

国内ではF3関係のお仕事が多いこともあり、オリバーとは懇意に
させてもらっていたのですが、ユーロ勢を退けマカオGPを制したものの
なかなかフォーミュラ・ニッポンやスーパーGTではシートを
獲得できずに苦労していたので、陰ながら心配していたのですが、
先日とある関係者から、「DTMに決まったらしいよ」と
耳打ちされてホッとしたところでした。それが、いよいよ発表になったのです。

全日本F3選手権を取材していると、シリーズのレベルアップを鑑みて、
トムスが必ずひとりは外国人ドライバーを起用するので、
毎年のように新たな外国人ドライバーの知り合いが増えるのですが、
海外から日本にやってくるドライバーも千差万別でして
“俺がチャンピオンに決まってるだろ!”的に
日本のレースを半分舐めて掛かる超強気なドライバーもいますし、
逆に“俺、日本で本当に大丈夫なんだろうか……”と
素直な不安を口にする謙虚というか、ちょっと弱気なタイプもいます。

オリバーは、どちらかというと後者のタイプでした。

全日本F3選手権で2年目を戦う大嶋和也石浦宏明という、
既に初年度に勝ち星を挙げていた期待の若手二人を
チームメイトにしていたこともあって、
日本が初めてのオリバーはコースやタイヤに慣れるのに時間が掛かり
開幕前のテストなど、序盤戦は特に苦戦しました。

ひと昔前ならば、そんなことお構いなしに外国人ドライバーが
圧倒的な速さを発揮していたものですが、昨今は
国内の若手ドライバーやチームのレベルが確実にアップしており
外国人ドライバーも一筋縄ではいかないケースが多くなっているのです。

そんな状況の中で、オリバーは時折「俺なんてダメだ、カズヤ(大嶋)は凄いよ。
あんなドライバーが去年イギリスF3に出ていたら、チャンピオンだったよ」とか
ぼやいたりすることもあったとか。

しかし、それでも最終ラウンドまでタイトルの望みをつなげたのですから
彼もたいしたものです。先日石浦君のインタビューをしていた際、
「自分や大嶋は日本でのF3のセオリー的な走り方で、良く似ているけれど
オリバーの走り方はロガーデータが重ならないほど、全く違うこともあったりして
“こんな走り方でも、自分と同等か速いくらいのタイムが出るんだ”と
とても勉強になったんですよ」と話していましたが、
やはり、彼ら外国人ドライバーは日本人とは違うスタイルを持っていたりするものなんですね。

さて、そのオリバーですが、全日本F3選手権では大嶋君に敗れはしたものの、
マカオGPでは見事優勝をゲット!
その表彰台ではちょっとしたアクシデントに見舞われました。

オリバーの悲劇その1
上の写真は、マカオの表彰台でのひとコマですが、 シャンパンの栓が、あろうことかオリバーの顔面を直撃!
オリバーの悲劇その2
直後はこのように、右の唇の下から大流血! 表彰台の下にいたオリバーのお父さんがティッシュを渡し、 なんとか体裁を整えたのですが、レース後 医務室に行ったものの、全てのレースが終わった後だったので 「最悪だよ。ドクター誰もいないんだって~」とオリバー。 結局ドクターはいませんでしたが、話を聞きつけた看護士が 消毒液を持って来てくれました。ただ、その消毒液がいかにも傷に 沁みそうだったので、オリバーは半泣きになりつつも 「こういう状況は、泣いた方が良い(笑)?」と周囲を 笑わせていたのが思い出されます。 ただ、過ちを繰り返すタイプではないので、 もし今後、DTMでシャンパンファイトをすることがあっても 彼は2度と流血するようなことはないでしょうね。 ちょっと気弱なところがあるけれど、気さくな良いやつだったオリバーが DTMの激戦の中で活躍してくれることを祈っています。


posted by 田口朋典 |22:40 | よもやま話 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年02月20日

ルイス・ハミルトン≒ジャッキー・ロビンソン

どうもです~。

今回は、ちょっとまじめなお話をしようかなと思います。
最初にお断りしておきますが、以下の内容はあくまで個人的な私見ですので、もしも事実誤認があった場合にはご指摘ください。

さて、本題に入ります。
昨年マクラーレンからF1デビューを飾ったルイス・ハミルトンですが、
このところ随分人種差別問題で悩まされているようですね。

しかし、マクラーレンでのチームメイトだったスペイン人ドライバー、フェルナンド・アロンソとの確執に端を発したこの問題は、ある意味予想できたトラブルでした。

それは、ハミルトンというドライバーが黒人であったからです。

私はこれまで十数年モータースポーツの取材をしてきましたが、取材対象として接した黒人ドライバーは、ルイス以外にいませんでした。幾度もヨーロッパやアメリカに取材に出掛けましたが、彼以外の黒人ドライバーに会ったことがないのです。

過去には様々なカテゴリーで活躍した黒人のドライバーがいたのかもしれませんが、少なくともルイスはF1初の黒人ドライバーということですから、黒人ドライバー自体の数が他の人種に比べて圧倒的に少ないことは間違いないでしょう。

そもそも、モータースポーツはヨーロッパやアメリカに代表される、欧米文化に深く根ざしているスポーツです。さらには、元々お金持ち同士の競争が競技となったようなものですから、旧き良き時代には、相当な資産家でなければモータースポーツにドライバーとして携わることはできなかったと思います。

今は21世紀ですから、往時とは状況が異なりますが、伝統的にそういった資産家、あるいは上流階級の人間が集まる場所であったモータースポーツの世界に、突如彗星のように現れた黒人ドライバーがルイスでした。

F3時代のルイス
レーシングカート時代から、その才能を見出されメルセデスの支援を受けて走っていたルイスは、やがて4輪へステップアップ。F3にデビューしたころから、何度か取材する機会に恵まれましたが、小さな頃から大企業のバックアップを受けていたせいか、若い彼の受け答えは常に理路整然としていて、まるでベテランドライバーのように非常に洗練されていたのが印象的でした。最近、時々メディアでも紹介されることの多くなった彼の父親が、当時からマネージメントを行っており、パドックでもルイスに付きっ切りでメディア対応も行っていて、彼らのピットへの突然の私の訪問にも非常に丁寧に応対してくれたのを覚えています。 上の写真は、彼がF3時代に参戦した2005年のバーレーン・スーパープリでのカットです。彼はこのレースで見事優勝したのですが、かなりフライング気味のスタート(レース後何チームかが抗議したようですが、結局お咎めはありませんでした……)で上位進出を果たし、コースではないグリーンゾーンを使ってオーバーテイクするなど、「会ったときの印象とは違って、かなりエグイ走りをするんだなぁ」と驚かされました。一般的に厳しいといわれる日本のレースであったなら、確実にレース後にコントロールタワーに呼び出され、ペナルティーを食らうようなレベルだと私は感じましたし、アグレッシブなレースに慣れているはずのヨーロッパのドライバーたちが、何人も私に「あれはないよ」と口を尖らせたほどでした。 そのとき漠然と、「この先でも似たようなことを続けたら、そのうち彼は周囲から叩かれるのではないだろうか」と思ったりしたのですが、それはひょっとしたら彼が黒人であったから、なおさらそう感じたのかもしれません。(とはいえ、私自身がこのように感じたこと自体、翻って考えればルイスに対する偏見であり差別であるという暗澹たる気持ちにもなるのですが……。) しかし、それまでのモータースポーツ取材の中で、黄色人種である自分自身も欧米出張時などには差別的な扱いを受けたことは1度や2度ではありません。町中のレストランやホテルのみならず、サーキットでもきちんとメディア申請をしているにも関わらず、立ち入りエリアの狭いパスしか出してもらえなかったり、駐車用のカーパスがもらえなかったり……。本当にくだらないことなのですが、どう考えても人種差別としか考えられないような対応をされることがありました。 そんな自身の経験から、数少ない黒人ドライバーであり、“レアな存在”であるルイスに、なんとなくそういった部分での危惧をしていたのでしょうか。 スペインのヒーローであるアロンソとの確執から、バレンシアのテストなどでは観客からかなり人種差別的なブーイングがあったということで、今はFIAも問題解決に乗り出しています。いずれ、こういった残念な反応は終息していくでしょうけれど、国際的なスポーツにナショナリズムは付き物ですし、モータースポーツにもそれは深く関わっていますから、そういったナショナリズムがいつまた人種差別的な動きに発展しないとも限りません。 野球好きな私に言わせればルイスは、1947年に初めて黒人としてメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソンと同じです。ロビンソンが登場してから約60年を経た今、メジャーリーグには黒人選手がひしめいています。メジャーから人種差別が完全になくなったかどうかは分かりませんが、F1をはじめとするモータースポーツの世界からも、少しずつそういった問題がなくなっていくことを願っています。


posted by 田口朋典 |00:16 | よもやま話 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年02月07日

田口朋典のブログがスタートします!

 こんにちは、4輪モータースポーツを取材している田口朋典です。縁あってこちらでブログを書かせていただくことになりました。どうぞ宜しくお願いします。

 雑誌編集者を経てフリーのライターとなってから、いわゆる“物書き”としていろいろな仕事をしてきました。
 しかし、やはり私の仕事の中心はモータースポーツ! 自分でも20代前半くらいまでレーシングカートをやっていたのですが、いつしか“走ること”から“伝えること”への興味が強くなり、気がついたら取材パスをぶら下げて、毎週のようにサーキットのパドックをうろうろ。「何か面白いことはないかな~」と、歩き回るようになりました。今では国内レースカテゴリーを中心に、年間数十イベントを取材して北は北海道の十勝から、南は九州のオートポリスまで飛び回っています。また、年に何度か海外レース取材にも出掛けたりして、主にモータースポーツ専門誌やモータースポーツ情報サイトなどに原稿を書いたりしたりしていますが、ときにはキーボードを打つ手にマイクを持たされ、ピットレポーターや司会者の真似事をすることも。ここ数年は写真を撮ることにも興味を持っていますし、ホント、なんでも屋ですね。

 さて、今回のブログ開設にあたり、ここでどんなことを書いていこうかといろいろ考えたのですが、散々悩んだものの多種多様なモータースポーツの面白さを一本化できるはずもなく、まずは特にテーマを決めることなく気楽に書いていくことにしました。
 いつもは雑誌の企画や要望に応じた原稿をかっちりとした「~だ・である調」で書くことが多いので、このブログでは何の制約もなく私が書きたいと思ったことを「~です・じゃないですか調(笑)」で、読んでいただける方ひとりひとりにお話しするように、時には真剣に、時には冗談交じりに力を抜いて書いていければと思います。
 その結果として、このブログを通じてモータースポーツの面白さを少しでも多くの人に知ってもらい、興味を持ってもらえたら最高ですね。

 さてさて、こうしてスタートする私のブログですが、みなさんにとって2008年はどんな1年になるのでしょうか。モータースポーツ界では今年、佐藤琢磨君とともに日本人F1ドライバーとして中嶋一貴君が初のフル参戦となりますし、同じくアメリカではIRLに武藤英紀君がデビューします。F3時代から良く知る彼らの海外での活躍は私にとってもうれしい限りですし、その他国内カテゴリーでも注目したいことが多々ありますので、忙しい1年になりそうです。
 とはいえ、今モータースポーツはシーズンオフ真っ盛り(?)。ネタが無くて更新が疎かになったらごめんなさい。先に謝っておきますね(笑)。最後になりますが、みなさんからのご意見・ご希望など、コメントしていただければ幸いです。

 今後とも、よろしくお願いいたします。以後、お見知りおきを!

posted by 田口朋典 |11:34 | よもやま話 | コメント(2) | トラックバック(0)
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