2008年07月23日

【サッカー】パフォーマンスの質

大分の西川選手のブログでの軽率な一言が、他に大きなニュースが連なっていることもありそれ程ではないものの波紋を呼んでいる。

簡単にお浚いすると、ルールを逆手にとって、わざと過ちをし、過去の過ちと共に帳消しにしたということ。それをわざわざ大多数の人が見る自身のブログで公開したこと。

情けない。

申し訳ない。

今、大分は教育問題で揺れている。その大分と言う地を代表する人物が、「ルールで問題ないのだから、不愉快なことでもやっていいんだよ」と公で発表してしまった。

そして、若気の至りで、本意ではないと否定してしまった。これでは上記の「」内のことをしても前言撤回すれば良いんだよと、多くの人に言っているようなものだ。

大分ってこの程度か。九州のトップって、九州男児ってこの程度か。そう思われることが悔しくて仕方がない。

過去の日本代表GKは、松永は、下川は、前川は、小島は、川口は、楢崎は、そんな姿を絶対に見せないぞ!チームと地域、国の誇りのために、黙々黙々激しく闘志だけを見せて戦うのだ。

甘いぞ、西川。頑張れ、西川。


しかし、ここから繋げてしまってやや申し訳ないのだが、今回のU-23候補、過去の同世代と比べて、大きく違いを感じてしまっている。

それは今回の西川のブログも含めて、パフォーマンスの質と言うものである。(※プレーの質ではない。)

決して若いとは思わない年齢の彼らだが、どうも軽いのだ。

いやU-23にも、李のようにほぼ同一民族である日本の国の中において、在日の誇りを背負って闘う男もいる。本田圭祐のようにサッカーの未来を考えてギラギラしたものを抱えて闘う男もいる。

プロと言う立場の選手達だ。地位を持った者達である。重さは感じているはずなんだが、どうも自身受け付けがたい部分がある。いや、俺が古風で頑固なだけか?


ただやはり感じる。例に出して申し訳ないが、アサヤンのパフォーマンス、ゴンのパフォーマンス、先日のアビスパ大久保の魂のこもった歌、柏レイソルの主題歌から掛け合わせたアニメやカメハメ波、広島時代のウェズレイから始まる三本の矢、過去で言うとビスマルクやグラウらのパフォーマンス。

そういうものと比べると、U-23のお笑いの真似やコーナーフラッグを外してのチャンバラには何も格好良さを感じないのである。

皆さんはどういう見解をお持ちだろうか?

posted by syuwdow |18:13 | サッカーコラム | コメント(4) |
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2008年07月23日

【サッカー】サポーターの闘いとは?

私個人の私見である。ただ先日の浦和vs川崎戦を見て言わせて貰いたい。

クラブが試合に勝てないのは、それぞれの場合において比率が違うものの監督のせいでもあり、選手のせいでもあり、フロントのせいでもあり、サポーターのせいでもあり、地域のせいでもある。

この中には一朝一夕では埋めきれないものも存在するのだが、やはりそう考える必要があると思う。そして比率は違うものの同等の重さを持つと考えるべきだ。

負けた際に「監督が悪いから」と責任転嫁するのではなく「自身のせいでもある」と思うことが必要だ。


監督はサポーターのために戦え。選手はサポーターのために戦えと言う。

お金を払っているのだから戦えと言う。

そうなのか?クラブのどんなプレーであれ、それと観戦料&サポーター諸経費(クラブの戦いへの参加料)は等価ではないのか?

そこから先は、自己負担では無いのか?


監督にみんなで罵声を浴びせたサポーター達。あなた方は戦っているのか?

選手は選手と戦っている。監督は監督と戦っている。勿論相手がいる(邪魔をする)のだから必ず勝つとは言い切れないし、良い内容を見せられるとも限らない。

だが言おう。あなた方サポーターの戦いに邪魔はいない。魅せる事が勝利で、嘲笑されることが負けである。あなた方が戦う相手は何だ?あなた方は戦いに参加している。あなた方サポーターが戦う相手は何だ?

そうだ。敵(あいて)は応援するクラブの選手ではない。敵は、相手クラブのサポーターである。

間違ってはいけない。相手サポーターを攻撃しろといっているわけでない。

先程も書いたけど、魅せる事が勝利である。


相手サポーターに、

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、凄い数の応援だったよな。こんな臨場感作り出せるアイツラって…」

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、人数少ないのに声出てたよな。ここまでハート見せれるアイツラって…」

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、迷ってた相手サポの俺に、親切に色々教えてくれたよな。アイツラって…」

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、応援に地域の特色をしっかり取り込めてたよな。アイツラって…」

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、一糸乱れない高い質のパフォーマンスで応援してたよな。アイツラって…」

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、味方に思いやりのある叱咤を出来てたよな。アイツラって…」

「今日の○○(クラブサポ通称)、凄かったな。」
「ああ、負けたのに試合終わってもクラブを激励してたよな。アイツラって…」


「凄いよな。そして、悔しいな。」 


サポーターの存在がクラブを勝たせる為のものだとしたら、応援の質で相手クラブを打ち負かすことであろう。

決して大将気取りで味方に罵声や非難を浴びせることではないはずだ。

勿論、試合を観ながら監督気分で選手を愚痴るのは楽しい。フロント気分で采配を愚痴るのは楽しい。逆に褒めるのも楽しい。ブロガーや評論家気分で分析するのも楽しい。

だが、それを応援と言う形で見せちまうと相手サポに嘲笑されるだけである。サポーターvsサポーターでの負けである。

クラブを地域を誇るために共に闘っていると言うのであれば、味方に闘ってないと罵詈雑言するのではなく、相手を魅了することで見せて欲しいと思う。

蛇足になるが、それを公に見せれるのは、書き手であるブロガーの我々であり、有識の評論家の方々の楽しみだと思っている。

あまりにも見当違いならコメントやら何やらで報復を喰らうことになるが^^:

オーバー。

posted by syuwdow |16:58 | サッカーコラム | コメント(8) |
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