2008年10月01日

【Jリーグ】秋春制に対する持論。

現在のJリーグは春に始まり夏を乗り越え、秋の終盤に終わる。実際は天皇杯やらシーズン開始前の合宿があるわけだけど。

年間は52週。

18クラブで34試合と、ナビスコ杯で2~11試合のJ1。
15クラブで42試合のJ2。

これに天皇杯の1~5試合が足され、クラブによっては環太平洋やACLなどが足される。選手によっては代表の試合が入ってくる。

まぁ、多い人は1週間に1試合以上のペースで戦っているわけだ。過密すぎるスケジュールの緩和は避けて通れない問題として存在する。

ここで今、この問題をベースに他の問題も踏まえて、大きな動きが出来ている。

そう、春秋制から秋春制(秋スタート、冬を越え、春に終わる)への移行である。
中心の大義名分はこれである。

「試合数の緩和の代わりに、疲れやすい夏場の試合を減らす。」

疲労の蓄積と質を考えて2010年には始動したいようだ。


ここでの他の問題と言うと、例えばこんなものだ。
・サッカーの中心市場となっている欧州にシーズンの始終を併せ、移籍をし易くする。(※放出と迎入の環境を良くしたい。シーズン中の移籍は併せるのが大変だからね。)
・欧州強国が本腰を入れて代表強化試合を組む「1月」に試合を組み易くし、またトップコンディションで試合が出来るようにしたい。


なるほど、利潤を減らさず日本サッカー界、特に代表のを強化とJリーグ1試合の質を上げようと考えると現状より納得が行く判断である。

しかし、ここに大きく2つ、別の問題も浮上する。

まず一つ目、日本は南北に長いのである。雪国の冬開催をどうするか?出来るのか?

案:Jが率先して、ピッチの床に雪を溶かす装置をつけるとか何とか。なるほどね、試合は開催できるね。で、どうやってサポーターは会場まで来ればいいの?凍結して雪に埋もれた道路を…(汗)難しいね。

別案:冬季は雪国のクラブはアウェーで試合をする。
なるほど、これは前のより良い。中盤が過酷なロードになるけど、前半と終盤戦に大きなアドバンテージが生まれる。残留争いとか昇格争い時に終盤で獲得した助っ人にとって、アウェーへの移動の時間をクラブに慣れる時間に使える。かなり有利と取れなくも無い。問題点はアウェーロード時における疲労の度合とホームでのイベント不足だろうか。

案は難しい気がするけど、別案の方はメリットもあるしそれなりに良いんではないかと感じる。


もう1つの問題が、日本の学校との関連性。

まぁ、卒業した選手が入ってくるのがシーズン半ばになるということだ。即戦力として試合に出るってのがかなり難しくなる気がする。反町監督の言う若手選手の空白にも繋がる部分がある。ただ、良く考えれば、半シーズンは身体作りとクラブに慣れるのに徹することが出来るわけで、(助っ人としてみる海外と違って日本国内なら即切るという事は無いだろうし)プロとしての質の底上げの期間としたら悪く無いかなとも思う。

他に問題点ってあったかな?

とりあえずこの2つの問題点の対処法と大義名分を見る限り、私は秋春制に賛同してみたいと思う。


また、利潤を考えなければ、別の方法も存在すると感じる。

同じ秋春制でも冬場に試合を行わないと言う方法である。

年間52週。秋と春で26週。一週間に1試合リーグ戦を行うとしたら26試合で終わらせる必要がある。J1を14クラブにすると言うことだ。

J1・14クラブ、J2・14クラブ、J3・14クラブとする。

シーズン開始は9月。10月、11月までは前半戦。12月に天皇杯、1月を代表の最強化月間。3月か4月に後半戦開始。4月、5月、場合によっては6月でシーズン終了。…ナビスコ杯は、3月か6月に集中開催とかかな^^;

勿論、この場合、試合数が確実に減るので儲けが下がる。また、J3に何処まで地元企業がハートを注げるか怪しい。J2、J3のクラブに大企業がどれ程メリットを感じるかも怪しい。

考えてみたけど、危険な船だな。


皆は秋春制をどう感じているだろうか?また、多面的にプラスにするとしてどんな方法があるだろうか?

posted by syuwdow |16:35 | サッカー激辛改革論! | コメント(24) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年04月20日

【改革論】我々は名古屋を厳しく観なければならない

衝撃的な見出しとなってしまったが、私はこう思う。
本当にJリーグが楽しいものとなるには、今後、名古屋グランパスの試合を厳しく観なければいけないと。

現在、名古屋グランパスは、苦しい試合をものにしたり、逆転に成功したりとで、巧みさを見せつけ、首位を独走している。見せる試合もサイドをうまく使い、ボールも人も走り、特にスタミナとスピードに優れる玉田が左右に走り込み、花があり楽しい。サポーターの温和な部分も、1つの色として楽しめる。(※勿論熱いオペラもマスゲームも大好きなのだが。)

群雄割拠、見所満載、Jリーグにおける良い部分を見せ付けてくれている。


しかし、先日この改革論コラムで書いたけど、その裏で現在のJリーグの楽しみを削いでしまう大きな問題が浮上してきている。

例えば、鹿島vs横浜戦。
ペナルティエリア内で山瀬が倒されるも笛はならず、ギリギリエリア外から回り込むようにボールを狩りにいった横浜のプレーがPKになってしまう。

例えば、神戸vs東京V戦。
競り合った大久保選手が一発退場。審判から非常に遠い場所で起こったことであり、また死角であったにも関わらず一発退場。大久保は競り合う際に肘を出さない為に畳んでいる。

例えば、東京ダービー。
競り合うプレーの中、累積イエローでフッキが退場。更に暴言を吐いたとして+2試合の出場停止。(ここはどうだったか分からないが)本人は審判には何も言ってないと言う。更にJリーグ(規律委員会)の担当者から「身体が強いのだから、冷静にプレーしなさい」の一言。

過剰な書き方をするが、コンタクトプレーがダメってそれはサッカーなのか?では、スピードのある選手はスピードを出したらいけないのか?技術のある選手はドリブルをしたらいけないのか?跳躍力がある選手はジャンプしたらいけないのか?

個性を潰す一言に呆れてしまう。
それでありながら体の強い選手ゆえに「(ファールを受けても)倒れずにプレーできている部分」は見逃されている。

過去に自分が見た最悪の退場シーンは、福岡時代の服部選手の退場シーンだったが、雨でスリッピーな中、彼の3m手前の選手が泥濘に足を取られ転ぶ。死角にいた主審から服部選手にイエローカード。スタンドにまで聞こえる彼の一言。「何故だ?」すぐさま2枚目のカードが提出され、退場。万年下位だった福岡は当時絶好調で上位に名を連ねていたが、この理解不能な退場後、些細なプレーでカードが出され続け、崩れてしまう。

彼もまた身体が強い選手であり、競り合いで相手だけが倒れることが多く、カードを出されやすい選手であった。

強さを悪とする基準に疑問を感じる。強いから見逃される基準に疑問を感じる。


そして、昨日の新潟vs京都戦。
シジクレイ、アタリバ、増嶋。アタリバの一発シーンは不明だが(非紳士的行為だったらしいが)、シジクレイのカードシーンは共に相手のシュミレーションでもおかしくなく、増嶋は後ろから飛んでいるが相手は飛ぶ意思が無く、ボールに触れているのは増嶋だけ。1枚目からカードの出るファールとは思えない。2枚目も互いに競り合っただけのもの。ファールと見られてもイエローが出る内容ではない。

試合を通してゲームが止まることが多く、主審と線審の判断が割れるシーンもまた多く、遠くに居た主審の判断が適用されるシーンが相次いだ。あからさまにおかしい基準だろう。監督がそれに抗議したら退席処分。

カードの枚数と相手の直接フリーキックの回数と言うのは大抵比例するものだが、カードが乱発される試合に共通するのは、比例せず直接フリーキックの回数が非常に多いということ。上記の試合も例外ではない。

主審がコントロールが拙かっただけかのか?
いや、主審の拙さも感じられるが、彼らの多くはスペシャルレフリーの肩書きを持っている。自分は別の疑問が湧き上がってしまう。

たびたびJリーグで多くの監督の口から飛び出す物議をかもし出す一言。

「我々を勝たせない為の何かが働いた。」

審判の信任、不信任ではなく、そうさせてしまう「何かの存在」が本当にあるのではないか?Jの面白さを欠いてしまう疑問、大きな不安を感じてしまう。


さて、現在の名古屋である。
開幕連勝→中断→連敗、またはその逆で気付いたら毎年中位と、勢いの持続が苦手でなかなか結果を出すことが出来ないクラブであったが、現在、単独首位である。

J立ち上げから居るクラブではあるが、昨年までのJリーグの中心には居ない。名古屋に対して、「勝たせない為の何か」が働くのではないか?そういう不安を感じてしまう。

残念なことだが、そういう何かが起きない為に、名古屋グランパスの試合を厳しく見なければいけないと思う。

そして一刻も早く、こういう問題を思わせない為の、審判の試合中の言葉を知れるシステムを導入して欲しいと思う。

オーバー。

posted by syuwdow |10:44 | サッカー激辛改革論! | コメント(14) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年04月07日

【その他】ドーピングとエキサイティングは比例しない。

とある、スポナビのブロガーさんのコラムを読んで、どうしても納得のいかないことがあったので、短めに投稿させて頂きます。

サッカーだけではなく、すべてのスポーツに関する話です。


その1つは「ドーピングとエキサイティングは比例するか?」と言うことであり、そのブログの管理人さんは、(ドーピング漬けの)カブレラがいなくなったら、面白くないと思う人はゼロではなく、カブレラの大ホームランに興奮する人もいます。という見解に落ち着いています。

もう1つは、「ドーピング撲滅におけるデメリット」です。
ドーピング撲滅と公平性だけを叫び、厳しく取り締まっても、それにより市場の機能が低下しスポーツの面白みを失ってしまうことが考察されており、巨大市場であればあるほど、ドーピング撲滅という安易な答えに持っていくべきではないと説いています。

対処法として、安易に規制を厳しくする方向ではなく企業努力が必要であるという部分は若干頷けますが、ドーピングとスポーツは、スポーツの隆盛(市場原理)を妨げないようニーズに沿って上手くバランスをとるべきだという見解を示されています。(※ドーピングを許すということではないようですが。)

---------------------------------

自分はこの論に真っ向から反論します。

ドーピング撲滅、厳しく取り締まるという「楽な案」これで良いと思います。外野の声だろうと市場から離れた団体からだろうと、ここから始めないと動きません。何があろうと、スポーツの隆盛を妨げようと、市場に大きなダメージが起ころうと、真っ先に撲滅に向けてまい進するべきです。社会が限りなくグレーであろうとも絶対にその存在を許してはいけないと思います。

当事者が名声を得た人であれば、尚更です。

管理人さんは、規制による市場低下は良くない、また、市場の上昇により薬漬けで死者が出ることを最悪と書いていますが、選手の命が絶たれてしまうことは決して最悪ではありません。

ドーピングは本人がして本人が責任をとれるレベルの話ではありません。
ドーピングをしている。これが例えグレーなレベルの噂であったとしても、綺麗なだけの言葉と同じで、名声を得た人物の行動は簡単に社会に蔓延していくのです。そしてそれは、単なる筋肉増強剤に留まらず、非合法且つ危険なモノへと突き進み、周りをも巻き込み、より深い犯罪へといざなってしまうのです。これこそが最悪です。

名声を得た人物の「違反」というのはそれ程重いものなのです。
人気の絶大な選手だろうが、違おうがしてはいけませんし、臭わせる環境も得てはいけません。

また、「違反」と上手く付き合って隆盛していくスポーツなど願い下げです。バランスを上手く取ってきたが故に、隆盛しているなど思いたくもありません。そんなことは持論認めませんし、それがスポーツの姿だというならスポーツなど無いほうが良い。

ですので市場が低下しようが、スポーツの面白みが損なわれようが(そんなもので損なわれると思いませんが)、第一に厳しく取り締まり、存在していないという状態に持っていくべきだと思います。

きれいごとと言われるかも知れませんが、「違反」の温床を生み出す流れをスポーツ界で許すべきではないと思います。

オーバー。

posted by syuwdow |11:54 | サッカー激辛改革論! | コメント(6) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年04月06日

【改革論】プロサッカーにおける勝利を考える。

こんにちは、「強いチームが勝つんじゃない。勝ったチームが強いんだ」という名言があります。
格言YES?NO?シリーズの延長として、今回はYES?NO?の話にはなりませんが、ちょっとした改革論を展開して行こうと思います。

--------------------------------

「プロサッカーにおける勝利」とは何ぞや?という話です。

プロとして相対する、プロとして戦う以上、やはり勝者には利益が見込まれなければいけません。ですので、試合に勝ったほうが多くの報酬を見込める。当たり前のことであります。ですので、結果が上回ったほうが、勝ったほうが上である。強い。これに異論はありません。ほぼすべてのプロスポーツにおいてこの定義は成り立つと感じています。

しかし…、時折その法則を度外視する事柄が在り得ます。
「辛勝」「善戦」「惜敗」そして「奇跡」。…そういう言葉で綴られる試合とそれらの試合から派生される「モノ」のことです。
結果、勝利したことが賞賛されるのではなく、まったく違う事象が起こりえる場合があります。サッカーでは特にこの事柄が多く見受けられると感じています。

下馬評の高いチームが下馬評通り大勝で勝つ時、下馬評が低いチームが大差で敗れる時は余りありませんが、下馬評が高いチームが拙攻を続け、相手のオウンゴールで勝利した時、またランクが多く離れている場合に、1点しかとれずに勝利した場合、また、不可解な判定で勝利を得た場合(正当なタックルをPKにされたりとかです。)、どうでしょう?
「勝ったほうが強い」という話から離れた論議が、世論の中心に沸きあがります。

また、下馬評が圧倒的に低い側が、引き分けた場合、また、後一歩のところで敗れた場合、負けたにもかかわらず「賞賛の声」が沸きあがることがあります。

他にも試合に敗れたものの、素晴らしい何かを持っていたと絶賛された場合、後世に名が残る場合もあります。筆頭はジーコ率いる「黄金の中盤」でしょうか。ずっと語り継がれ未だにその名声は陰る事を知りません。百歩譲って90年W杯でのオシム率いるユーゴスラビアもそうかもしれません。同大会でもっともスペクタルなチームと評されたと聞いています。他にも様々な呼び名で呼ばれるチームも存在します。スペインの無敵艦隊もそうでしょうし、イタリアのカテナチオなども、戦い方ですが名を残し、賞賛され続けています。

また、クラブチームにおいても、勝利を度外視した様々な賞賛の声が存在します。例えば、柏レイソル、例えば、ヴァンフォーレ甲府、例えば、浦和レッズ。名前を聞くだけで、勝利や強さとは無関係なそれらのクラブの素晴らしさが思い浮かべられると思います。

------------------------------

この現象の理由は何なのでしょうか?

サッカーに引き分けと言う概念があるからでしょうか?引き分けやすいから、下克上が起きやすいからでしょうか?スポーツには勝利という結果以外に、内容と言うエッセンスが入っているからなのでしょうか?サポーターという存在、文化があるからでしょうか?

それらはあるとおもいます。

そして、私は、サッカーと言うスポーツには「試合の結果で勝つ」以外に、「もう1つの勝利」というものがあるのではないかと思っています。それがこの現象をより強く印象付け、我々を熱狂の渦に巻き込んでくれているのではないかと思います。

----------------------------

サッカーにおけるもう1つの勝利。
それは「地域を認めてもらうこと」ではないでしょうか。

勝利とは別のベクトルで、そのチームのサッカースタイル、言うなれば「文化」が、そのチームのサポーターには勿論、相手チームのフロントやサポーターにも深く印象付けられる。相手に存在を印象付けれること、そして認めてもらうこと。この勝利からは、「試合の結果で勝つ」以上の多くの恩恵が得られると思います。

例えばクラブの場合。
相手にクラブの存在を認めてもらうことにより、地域の「門」が開きます。
地域の何か、例えば人や産物ですが、他地域にPRする際、互いのクラブ、もしくは片方のクラブでも印象を与えていれば、そこが切り口になるわけです。クラブを通して地域の「文化」を知ることも出来ますし、クラブのある地域に移動する際に文化を知っていることによる安心感も生まれます。文化に触れ合うキッカケとなることで、地域を誇りに思うことも出来、治安や教育にも良い影響が生まれます。
チームを相手に印象付けることで、地域経済を活性化させることが出来ますし、地域の人口の安定や地域愛を育む事ができると思います。

強引に飛躍しすぎ…かな。
ですが、クラブは価値を持ってより積極的に地域に交わっていくべきだと思っています。地域の未来のために。

また、国の場合、日本だと分かりやすいのはトルシエジャパンでしょうか。
ハッサン2世国王杯に招致され、当時最強と呼ばれたフランスのベストメンバー相手(※トレセゲ、ジダン、ピレス、デシャン、ブラン、デサイー、テュラムなど)に互角の内容を見せ、シドニー五輪やアジアカップで多くのチームと「差」を見せ付けた日本は、多くの海外の有力チームから対戦オファーを受けることになります。日本が認められた瞬間です。結果の勝利以上に価値のあるもう1つの勝利を得た瞬間でした。

フランスにはその後0-5という大敗をくらいますが、スペイン、セネガル、ナイジェリア、ポーランド、ノルウェー、…そして、レアルマドリード(※2軍ですが当時の力量差を考えたらそれでも十分でしょう)。相手のホームや中立地での良い経験を積むことができました。また、国内戦においても正にベストメンバーと言えるイタリア(※ちと重かったですが)、ウクライナ、コスタリカ、スウェーデンと有意義なテストマッチを行うことが出来ています。

日本サッカーの成功やW杯でのPRを経て、多くの日本人選手達が海外への「扉」を開いていきます。

-------------------------------

「勝ったチームが強い。」
それはそうですが、「それ以上に大きな勝利」と言うものがプロサッカーにはあると思います。

「もう1つの勝利がそこにはあるのか?」
そこを注意深く見ながらサッカーを観てみたい、育ててみたいと思っています。

オーバー。

追伸:今回のコラムは、Jリーグが抱えていると思う問題について、独自の視点で書き綴っています。イレブンミリオンプロジェクトという目標があるんですが、観客動員数が減少しているような気がします。先程も書きましたが、クラブは価値を持って、より積極的に地域に交わっていく必要があると思います。「すべてのクラブが結果で勝利できるわけではありませんから。」

フリエスタより。

posted by syuwdow |11:02 | サッカー激辛改革論! | コメント(4) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年04月02日

【改革論】審判問題を考える

今年最初のタイトル戦、ゼロックススーパーカップから一ヶ月が経ちました。

そう、審判問題で荒れたあの試合です。

2008年のJリーグが開幕して、また様々な審判員が笛を吹いています。
彼らの判定はいかがでしょうか?納得のいく笛が吹かれているでしょうか?

ちょっと厳しすぎないか?ちょっと甘すぎないか?ちょっとゲームを止め過ぎじゃないか?ちょっと流しすぎじゃないか?色んな声があふれていると思います。蹴導も普通にブーイングをしたりします。特にウイイレで(笑)
…観戦の際はどちらかというと、サポーターが線審を刺激しないよう気を配る派です。地域リーグですと、会場の配置上、ホーム側のサポーターの前に線審がいることもあるんで。

置いておいて、サッカーは熱くなるもの、手に汗を握るもの、両クラブ含めて、大きなスタジアムで総勢6万5千人、TV観戦を国内すべての人が見守ったとして1億2千万人。どちらかに分かれて、あるいは中立で熱くなっている中、たった4名の審判がそのプレーのジャッジを下します。

特に最終的なジャッジを振り下ろす主審はとっても大変な仕事です。
選手のプレー、監督の采配、サポーターの支援、そして審判のジャッジ、それらが組み合わさってサッカーになりますから、かかせない一片です。ただ、審判は人です。人であるので選手がミスをするのと同じで、審判も誤審をします。最近、この誤審問題で、とても大きな問題が生まれているのではないかと感じています。

一番簡単に見えやすい問題が、この主審、審判団と選手やサポーターとの溝です。誤審をマスメディア(ブログも含みます)で取り上げることによる審判の地位の失墜、信用できないと批判が続き、懐疑的になりスタジアムで更なるブーイングと圧力。怒りに身を任せてしまったサポーターのピッチへの乱入。とても、危険で攻撃的です。
悪い流れでループしていると思います。

この奥にある更に深い問題が、サッカーの質の低下です。
先程も書いたように、審判もサッカーの一部です。審判が大きく批判され続けることで、審判の地位が下がり、審判になろうと目指すものが減り、審判の質が年々下がっていき、結果サッカーの質が下がる。

日本サッカー界の隆盛の1つにJリーグの15年があると思います。
審判問題は、サッカーの質を下げることになるので、Jの隆盛の大きな問題であり、またサッカーを楽しむ上で見逃すわけにもいかない問題です。

この審判問題をどうやって解決に導くか?
ない頭なりに考えてみました。

サッカーの試合自体は、いわゆるアクティブタイムバトルみたいなもの。
多少はセットプレイがアクセントを付けますが、動いているから面白いものでもあります。ですので、機械判定を待つなど時間がかかってしまうものを導入すると、ジャッジの質は上がりますが、サッカー自体の醍醐味は減ってしまいます。

ですので、ジャッジの時間を試合中に多くとることは出来ません。そう、試合中は、です。

私が考えた案はコレです。
主審に1つのギアス(制約)を設けます。目を見て下した命令を絶対遵守させるアレではないですが、ログ(記録)を残させるというのはどうでしょうか?

主審が試合中に喋る言葉を、時間と他の審判とのコンタクトも含めて、ログを取り、文にしたため、Jリーグの公式HPに掲載するのです。

審判がどんなことを話したのか、どんな努力をしていたのか、そのジャッジの難しさを公開することで、審判と言う職業に理解を得たり、審判の質を知ることが出来たり、信用度を上げることが出来ると思うのです。勿論、下がるコトもありますが…。見えるものを作ることで疑心は若干薄れると思います。そのログを見て、審判に興味を持ち、審判を目指す若者も増えるかもしれないというメリットもあります。

サッカーを深く知りたい人にとっても、彼らの言動が分かるのは大きいのではないでしょうか。

微妙な案かもしれませんが、描きとめてみました。

オーバー。

追伸:こんな案もあるよ~ってのがあったら、そのコメントも頂けたら嬉しいです。

posted by syuwdow |14:33 | サッカー激辛改革論! | コメント(4) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年04月02日

勝っているチームはいじらない。YES?NO?

新コーナーを設立。
サッカーにおける格言とか、思想を、戦国ブロガーの視点から考えてみるコーナーです。


第1回目は、コレ。

「勝っているチームはいじらない」

サッカーを取り扱っている人々の色んなトコから聞こえてくる言葉です。
特に、選手を入れ替えて敗れてしまった後に聞く事が多いかな。

蹴導的に、これを考えると、……「NO」格言ですね。


理由として、幾つかの観点があります。

まず、篭城戦の視点。
どんな場合であっても、一回篭城で戦った後は、罠や門、防塁と言ったものは、前回と同じ形で配置はしません。ばれているからです。何処からプレスをかけてくるのか、どの場所が有利にしづらい場所なのか、どの選手を経由してゲームを組み立ててくるのか、攻略法を知られたまま戦うことになるのは、間違いなく不利です。

次に、野戦の視点。
右翼の馬の機動力が大きな武器だとしても、野戦場は右翼の前に広大な泥地が存在するかもしれません。また槍隊が主力だったとしても、戦場が雑木林を有する山地であったらまともに槍を振れません。鉄砲隊が主力であったとしても当日が雨天であったら役に立たないものです。また、サイドを崩してくる相手に魚鱗で、中央突破をしてくる相手に鶴翼で応戦し続ける必要もないでしょう。前の大勝で大きな結果を出していたとしても、代わりが居るなら向かない戦いに向かない選手や陣形を使い続ける必要はないと思われます。

次に、敵による視点。
相手の布陣や装備によって戦い方を変えるのは定石です。
車懸けに個部隊で応戦するのは危険ですし、鶴翼に密集陣形で長期戦を挑むのも危険です。また、相手がもっこや鉄砲三段撃ち、パイクなどを持っているのなら、騎馬隊で突っ込む戦い方はしないでしょう。相手の得意な戦い方と言うのもあります。陸戦なのか、海戦なのか、はたまたゲリラ戦なのか、相手の様々な戦い方によって何処までリスクを掛けられるのか変わってくると思います。

最後に、味方の視点。
大勝の裏で多くの負傷兵を抱えた陣もあるかもしれません。負傷やコンディションの低下、士気の低下で、大勝した前戦と「同じように戦えないことはある」はずです。常に考えておくべきことだと思います。


以上挙げるに(特にばれていて対処されてしまうのが問題ですが)、勝っていようが負けていようが、チームはいじる必要がありますし、負けていても次の戦いに有利な場合もあると考えます。

「勝っているチームはいじらない」は景気付けにしかならない発言であり、また監督やスタッフの準備を停滞させる慢心にしかなり得ないと感じる。

オーバー。

posted by syuwdow |05:20 | サッカー激辛改革論! | コメント(9) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年03月19日

ナビスコカップ2009改革案

この記事は、昨年春に書いた→蹴導’s eye・ナビスコカップ(サカダイに掲載済)を2008年風に改訂したものです。2009年を見据えた書き綴りになっています。

-------------------------------

さて、3月20日より、今年もナビスコカップが開催されます。
(自分は、J2の大一番、湘南vs広島を優先して見そうですが^^;)

組み分けですが、
昨年のJ1の2位・4位~15位と昇格したJ2の1位~3位。
J2の1位~3位を16位~18位とすると、

A:2位 浦和、10位 神戸、11位名古屋、18位 京都
B:4位 清水、 9位 磐田、12位F東京、17位東京V
C:5位 川崎、 8位  柏、13位 千葉、16位 札幌
D:6位 新潟、 7位 横浜、14位 大分、15位 大宮

となります。まぁ、順位的に見ると公平。

このうち、各グループの1位の4チームと、各グループの2位のうち成績上位の2チーム、そしてACLを戦っている鹿島とG大阪が決勝トーナメントを戦います。

---------------------------------

公平だなとは思います。
ですが、サポーターの自分個人の感覚ですが、公平に振り分けられただけの相手と戦っても、どうも燃えません。何かもっと戦わなければならない理由が欲しいところです。

また、ナビスコカップに優勝しても、タイトルと賞金以外にご褒美はなく、リーグ戦や天皇杯のように、ACLへの出場権もありません。(※2007年より環太平洋選手権への出場権が入りました。)

どちらかというと疲労というリーグ戦へのダメージの方が大きく、選手層や戦力に自信が無かったり、リーグ戦で優勝争いをしているクラブの中には、2軍で戦ってリーグ戦のための練習試合にする、ある程度で敗退をしてリーグ戦に集中させる、遠征費を削るために最低限の人数で乗り込むなど、様々な軽減策を取ってるところもあります。

過去には、上記の行動をしてJリーグからお咎めのあったチームもありました。
(天皇杯でも同じようなことがありますが、あちらは別理由でしょう)
でも、チーム側の事情を考えると致し方ない。
負けても痛くないし、勝ってもデメリットが大きいのだから。

ライトやコアではないサポーター層にとっても、メリットは少ないでしょう。
練習試合と変わらない雰囲気のナビスコカップ。
そのホームやアウェーに行く余裕があったら、お金を貯めて、真剣勝負中の真剣勝負の場であるリーグ戦のホームやアウェーに行きますもの。

----------------------------------

【 前置きが長くなったので本題 】

正直、ナビスコカップは要らないというサポーターもいるでしょう。
ですが、数々の熱戦を繰り広げてきたカップ戦を無くしてしまうのは忍びない。

無くさずに、どうしたらナビスコカップが面白くなるのか?
どうしたらナビスコカップに通常のサポーターが集まるか?
考えてみました。

鍵は、高校スポーツとJ4です。

高校スポーツは不思議なもので、予選では敵なのにいざ本大会となると県の代表として、老若出身校問わずTVの前で応援をしてしまいます。
この感覚は趣深いです。

そしてJ4。
J1、J2、JFL(いうなればJ3)、
…社会人地域リーグ(J4)、地域リーグが何故あるのかを考えます。
予算の問題ですよね、お金かけて遠征できる余裕が無い。地域内だと遠征費が安くて、なんとか経営を維持できるから。

そう。
ナビスコカップの予選を【地域予選】にしたらどうでしょうか?
そして本戦を【各地域の代表8チーム】のトーナメントにする。

J1、J2関係無しに各地域に振り分ける。
その上で(方式は地域ごとに任せるとして)地域予選を行う。
地域のドンを決める予選になれば、開催の意義はグッと大きくなるでしょう。
また、地域予選ならサポーターもアウェーに乗り込みやすく、開催者サイド(地域やクラブ)も大きな交流や観客収入も見込めるでしょう。
クラブにとっても予選の間の遠征費が大きくならなくて済みます。
J2のクラブは年5回以上同じクラブと戦うことになるかもですが、組み分けを変えるだけで3つのグループすべてにメリットがある思います。


地域のドンとなった1位のチームは、各地域のプライドを持ってトーナメントに挑める。
これも面白い。
あいつらが優勝できたなら次は俺達がと意気込み、また悔しがることもできる。あいつらじゃ全然駄目だったから、次は俺達がと意気込み、より熱が入る。

あえて現在の33チームで分けると

【北海道・東北】札幌、仙台、山形
【北関東・北陸】浦和、大宮、草津、新潟、甲府
【東関東】水戸、鹿島、柏、千葉
【西関東】F東京、東京V、川崎、横浜M、横浜C
【東海道・中部】湘南、清水、磐田、岐阜、名古屋
【関西】京都、G大阪、C大阪、神戸
【中国・四国】広島、徳島、愛媛
【九州】大分、福岡、鳥栖、熊本

と言った感じでしょうか。

今後のJへの昇格チームによって、地域の形やチーム数に変動があるでしょうが、その度に直せる範囲だと思います。
各グループで1位になる難易度の差はありますが、いろんな意味で面白いのではと思います。
今季末にJ参入クラブが1~4クラブ増えるとなると、J2が2クール制になる可能性も高い。
試合数を減らさず価値のあるモノにする為に、2009年以降は、地域予選にしてJ2にもナビスコカップ参入権を与えて欲しいと思っております。

----------------------------------

オーバー。

posted by syuwdow |16:24 | サッカー激辛改革論! | コメント(9) |
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加