2007年10月29日

九段高校と編集者??? と菅谷選手

 10月28日、NPO法人主催による水泳教室が東京の靖国神社近くにある九段高校で行なわれました。本誌10月号で告知させていただいたこともあり、足を運ばせていただきました。
 講習会はふたつのテーマで行なわれ、ひとつは「速くなるための陸上トレーニング」と題し、本誌連載「プールサイドで速くなろう」でお馴染みの加藤健志コーチが講師を務めました。
 もうひとつは「クロールを速くなるための水中トレーニング」と題して、日本選手権200m自由形優勝をはじめ国際大会でも活躍した伊藤秀介コーチ(自衛隊体育学校)が務め、参加者は真剣に声を傾けていました。

 さて、この講習の場となった九段高校のプール、実は由緒ある場所だったのです。大会では競技委員として活躍されている藤森克悦先生からお聞きしたのですが、文京区・本郷にある東京大学の地下プール、YMCA(神田・小川町にあったところなら、幼稚園のときに自分が通っていたところのはず)と並び、戦前から存在する室内プールなのだそうです。プールのセンターレーン付近の水深は約3mで、壁から突き出るように飛込み台も設置されているのです。
「当時は授業の一環として飛込みもやっていたそうです」と藤森先生。
 現在は改装されていますが、プールの一角には当時のレンガを残したレリーフがあり、歴史を感じることができました(バッテリーの関係で写真を撮ることができませんでした…)。


 

20071029-00.JPG
 ところで、この九段高校、隣にある九段中学とあわせて、千代田区立の中高一貫校なのだそうです(調べたら昨年からだそうです)。東京23区では初の試みでもあるそうなのですが、実は私、同じ千代田区の小、中学校に通っていたこともあり、昔少年野球大会などで、戦ったライバルでもあり懐かさを覚えました。  ●十年前の話です。私が通った学校は逆過疎化で小学校は●十年前に、中学校は数年前に吸収合併でなくなってしまいました…。 「あんた江戸っ子だってね、食いねぇ、寿司を食いねぇ」なんて一度も言われたことはないものの(お皿が廻るところでもいいので誰か誘ってください)、神田のはずれの外神田で生まれ育った自分から見れば、九段、そして麹町小、中学校は高貴な印象。中3のときに文京区に引っ越しして、千代田区、文京区の公立を受ける権利を持っていたのに、高校受験では私学志望で3教科に力を入れすぎ(言い訳です)、5教科の内申書では勝負できず……九段高校を受験する資格すらなかった因縁? もあります。  藤森先生との会話で「実は僕も同じ第1学区で…」なんて言ったら、「いまは学区はないんですよ」。そうだ、そんなニュースもあったな、とハッとする間もなく、隣にいた生徒から「学区はないから、好きなところ、受けられるんですよ」。理由はよく分からないのですが、年甲斐もなく少し恥ずかしい気持ちになりました。  最後に。平井伯昌コーチが現在、アリゾナ・フラッグスタッフでの高地合宿で指導している菅谷真理子(慶応義塾大)はこの九段高校出身。学校の玄関には、菅谷選手が「オリンピック強化指定選手」になったことが告知されていました。 編集長・牧野 豊


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2007年10月19日

木原光知子さん、急逝

 10月18日未明、木原光知子さんが逝去されました。
 まだ59歳でした。2週間前に行なわれたウーマンズ・フェスティバルでは
 元気な姿で大会を盛り上げ、会場狭しと駆け巡っていただけに、
 言葉を失いました。

 それほどお会いする機会が多かったわけではありませんが、
 木原さんはどんな相手にでもいつも元気に接する方でした。
 初めてご挨拶させていただいたときの会話がまた、
 印象的でした。

 「ジュニアはもちろん、じゃんじゃんマスターズも扱って、
 がんばっている人をいっぱい掲載してください。
 みんな、雑誌に載ること楽しみにしているんだから。
 そうすれば、雑誌も売れる! ワハハ(笑)」

 女性として、スイマーとして、ディレクターとして。
 1964年東京五輪出場、その後、タレントとしての道を歩み始め、
 その活躍の場を広げ続けてきました。
 「ミミ」の愛称で親しまれ、多くの女性に元気を与えていました。
 木原さんの活動の根底にはいつも水泳があったのでしょうが、
 その歩みはまた、日本における女性の社会進出になぞられる
 部分もあるのかもしれません。

 ご冥福をお祈りいたします。

 編集長・牧野 豊

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2007年10月04日

記録更新の醍醐味

 前回、夏の繁忙期を終え、ホッとしていたのか、「インカレと国体はあるものの、ひとまず今季は終了」なんて書いたら、「インカレ」で出た! 価値ある日本記録が! 

 ご存知だと思いますが、種田恵(神奈川)選手が女子200m平泳ぎで田中雅美さんの持つ日本記録を7年ぶりに更新。しかも2分23秒85という、五輪でのメダル圏内に入る好記録でした。
 また、男子100m自由形では佐藤久佳(日本大)選手がアジア初の48秒台に突入。しかも今大会、7レース目での快挙で、非常に価値あるものでした。

 ただ、大会前には、このふたつの記録更新を予想していた関係者は少なかったはずです。
 種田選手はもちろん日本代表として活躍していましたが、今年に入ってから日本の女子平泳ぎの主役は、自己ベストを更新し続けてきた田村菜々香選手(東海大)だったからです。7年もの間、脅かされることのなかった50、100、200mの日本記録保持者だった「田中さん超え」の筆頭候補は、田村選手だったのです。
 種田選手はこれまで孤独の…と、このアタリは本誌でお楽しみに。

 一方、佐藤選手は世界競泳で唯一、個人種目で日本記録を更新し、48秒台も見えていましたが、世界競泳終了からわずか2週間足らずでインカレに臨まなければならなかったこと、今大会は2005年インカレで初めて49秒台を出したときのように、400mフリーリレー予選の第一泳者として泳いだわけでもなく、「あくまでチームの3連覇達成」が目標だったからです。
 100、200m自由形、400、800mフリーリレー、400mメドレーリレーで計8レースで泳いだわけで、それだけタフなスケジュールの7レース目で48秒91を出したことに大きな意味を見出させるでしょう。
 その佐藤選手の特集も本誌でぜひ。

 佐藤選手のインタビューは10月11日(木)発売のスイミング・マガジン11月号でたっぷりお届け、種田選手については「女子平泳ぎ」特集と題して本誌12月号(11月10日発売予定)でお届けする予定です。

 ただ、記録を出した、というのではなく、世界、日本における今日までの歴史と照らし合わせると、実に興味深い。


  

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