2007年11月08日

ブログの反応

 とある関係者の方から、この前にアップしたブログについて、「面白い見方ですね。ところで牧野さん(自分)はプロ野球を担当されてきたのですか?」というメイルがあったり、本日、打ち合わせでお会いした原英晃選手にもブログについて言われました。

30歳を超えても進化し続ける原選手
                   30歳を超えても進化し続ける原選手  読者のみなさんからいただくアンケートはがきもわれわれにとっては非常に貴重なもので参考になりますが、ブログで発信した内容に対する反応は、こう、なんというか、仕事モードとはまた別の感覚でうれしいものです。  まあ、ブログ初心者ゆえに勝手に喜んでいると思ってください。  まず●●さんからのメイルのお答をここでしてしまいます。  プロ野球の雑誌は作ったことはあります。個別のインタビューもありますが、試合などの現場取材はないに等しいです。雑誌の編集者といっても、会社や雑誌によって、その内容はまちまちです。  企画を立てて、原稿依頼したり、写真を選んだりというのが一般的に「編集」と言われていますが、うちの会社の場合は、編集作業はもちろん、雑誌の特性上、記者担当として長い原稿を書くことも多いです(それがやりがいにつながっている編集者も多いです)。  その意味では、バスケットボール競技(国内外)がメイルの答えになるかもしれません。あとはアメフト、メジャーリーグなど、アメリカンスポーツ関係が多かったですし、もともと興味のある分野でありました(ちなみにボクシングも80年代から90年代前半までは国内外ともよく見ていました)。  なので「M・フェルプスらがミシガン大」とか、「エディ・リース率いるテキサス大」といった原稿や、世界競泳2007で快泳を見せたK・コベントリー(ジンバブエ)が「テキサス大で練習しているので、米国トップクラスの選手から刺激を受ける」といったコメントにピクリと反応してしまいます。  ミシガン大? バスケットボール、アメフトが伝統的に強い。平井先生も武者修行で行かれたらしい。テキサス大? 当編集部の桜間嬢も短期留学に行っていた。スピードはそのとき磨かれたものか。うんうん。コベントリーは2年前に全米1位に輝いたアメフトチームを応援していたのか? とか、水泳のことから余計なことまで考えてしまいます。ともにNBA(全米プロバスケットボールリーグ)、NFL(全米プロフットボールリーグ)に多くの選手を輩出しています。  USC(南カリフォルニア大)にしても、フロリダ大にしても同様です。  米国の場合、プロにしても大学にしても、そうしたスポーツ間の垣根を隔てた見方が根付いている点が面白いですし、ひとつの競技から入って、ほかの競技に目を向けてそちらにも入っていく土壌があると、個人的には思っています。日本もだいぶ、そうした環境になりつつあると思いますが。  ちなみにプロ野球はごたぶんにもれず少年時代は巨人ファンで、後楽園球場時代にはよく足を運びました。巨人の原辰則現監督が入団して間もない1980年代初頭、監督は長嶋茂雄退任の後を継いだ藤田元司。外国人選手は70年代のメジャーでばりばり活躍したアフロヘアのレジー・スミスに、ヤンキースのキャプテンまで務めたロイ・ホワイト(クロマティはそのあとすぐにやって来る)。  中畑清がブレークして主軸となり、“青い稲妻”松本匡史は走りまくり、代打では“お尻をひと振り”淡口憲治がライトスタンドから熱い声援を受け期待にこたえていました。  投手では剛速球の悪玉エリート、江川卓にドラフト外入団から雑草魂でエース格となった西本聖の二枚看板。抑えにはサイドスローのサウスポー、角三男が完璧。 (このくだりは1975年以前に生まれた方しか通用しないと思うのであしからず)。  あ~、このカタルシスよ。つい火がついてしまいました。バックボード下の売店で当時200円という高価なカップヌードルをよく食べたなぁ。  ここ20年近く、特定の好きな球団がないので、どこかつくろうかな。  ちなみに取材のとき、北島選手から子供のころに原辰則現監督が現役のときから好きで、巨人戦をよく見に行っていたという話を聞きました。そのとき「後楽園球場?」と思わず口から出たあと「じゃないですよね」と必死にフォロー。“当たり前だよ、東京ドームだよ、東京ドーム! 北島選手は1982年生まれ!”と表情には出しませんでしたが、かなりパニくり、恥ずかしかった記憶が蘇ってきました。  牧野 豊


posted by swimming-m |16:01 | トラックバック(0)
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