2008年03月03日
頻繁にアップするな! って感じですが、いまは「作業待ち」の状態なので、書いてます。あと、もう一歩! なんです。
日本短水路選手権で飛び出した中西悠子選手と中村礼子選手の世界新。3月11日発売の4月号では達成の瞬間写真を掲載していますが、喜びの表現が各選手の性格に反映されているような気がして、作業の段階でも実に興味深かったです。
本誌でご確認ください。
さて、ブログで書きそびれたことを改めて。
日本短水路選手権初日、ダブル世界新もさめやらぬまま、フランク永井よろしく「有楽町で逢いましょう~」とばかりに、そごう、ではなかった元五輪選手の会社の同期に会いにいきました(注・年齢詐称はしておりません)。
待ち合わせの相手は加藤真志。高校2年だった1987年から引退する1992年までの間、日本選手権1500m自由形で6連覇を果たし、オリンピックにもソウル、バルセロナと2回出場を果たした名スイマーである。この日はプレゼンターとして短水路選手権に登場。久々の再会となった。自分がスイミング・マガジンに配属されているのもなにかの縁なのか。
われわれの入社が1993年4月。もちろん彼の経歴はしばらくして知ることになったものの、酒席での姿しか見たことがなかったわけで、他部署の人間からも「ビデオで観て初めて加藤がほんとうすごい選手だったことがわかった」と言われるほど、くだけていた……という印象が強い。ただ、スイミングの仕事に携わることになって1年、加藤の残した実績がいかにすごかったものなのか、実感することになった。
さて、桜間さんの配慮により、加藤との酒席を設けることになったのだが、加藤の現役時代に互いにしのぎを削り合った野口智博先生がこの情報を入手し同席することに。しかもすごかったのは自分が「店が決まったら連絡を入れます」と言って辰巳を後にしたと思いきや、有楽町に着いたとたんに携帯が鳴り「ガード下の●●という店にいますから」という連絡が。さすが!
そして、豪華ツーショットが実現!
二人の会話はやはり最近元気のない男子ディスタンス勢のことが多かった。また日本代表=イトマンと言われていた時代に育った加藤が経験したハイポ12!(念のためですが加藤は長距離の選手です)の練習はじめ、いまでは考えられないエピソードがまた、すごかった。
「自分にとってよかったのは、昔ながらの根性主義の時代と科学的根拠に基づくようになった時代の両方を経験したこと。それが指導者になっても役立っている」とは加藤。そういえば、自分が小学生のころは運動中に水を飲むことは「ご法度」だったものの、いつの間にかポカリやらレモン水やら呑むようになっていた。トップレベルでやっていた加藤にとっては、それこそ身をもってそのことを感じ取っていたのだろう。
加藤は退社後、水泳のコーチになり、いまは九州に居を構えている。
この日は病み上がりということもあり、あまり付き合えず残念。また、今度ゆっくりと呑もう! それにしても、有楽町、変わりすぎ! 改札出てすぐの立ち食いソバ屋がなくなり、イトシアなる洒落た建物ができているとは…。
時代の流れに鈍感になっていることも痛感。
牧野 豊
posted by swimming-m |18:12 |