2010年01月31日
スウェーデン代表のエリック・ハムレーン監督は28日、代表引退をほのめかしているズラタン・イブラヒモビッチと会談を行ない、代表を続けるかどうかの答えを8月までに出してほしいと伝えた。
いまやワールドクラスの選手に成長したイブラヒモビッチ。いうまでもなくスウェーデンで最高のプレーヤーだが、FCバルセロナに所属するこの28歳は、昨年11月の親善試合(対イタリア)を前に、クラブに集中したいという理由で代表でプレーすることを拒否。以後、ハムレーン監督とイブラヒモビッチの両者は将来的に会談の機会を設けるだろうと噂されていたが、その会談が実現した。
話し合いのなかで、ハムレーン監督はイブラヒモビッチに対して、8月に予定されている親善試合までには代表でプレーするかどうかの答えを出してほしいと伝えた。メディアに対して「彼(イブラヒモビッチ)が2012年欧州選手権予選でプレーすることを願っている」とコメントした。
欧州選手権予選の組み合わせ抽選会は、2月7日にポーランドのワルシャワで行なわれる。
2010年 1月28日 Expressenより
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スウェーデン |
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2010年01月30日
スコットランド・プレミアリーグ、セルティックFC所属のデンマーク代表FWモアテン・ラスムッセンは30日、敵地でのハミルトン・アカデミカルFC戦に後半途中から出場し、移籍後初ゴールを挙げた。試合は1対0でセルティックが勝利した。
26日にクラブに入団したばかりのラスムッセン。スコットランドの一部のメディアでは「モアテン?誰?」という扱いをされたこの24歳のストライカーだが、移籍後2戦目で早くも結果を出した。64分に交代でピッチに登場すると、その3分後、ゴール前の混戦から得点をマーク。チームの勝利に大きく貢献した。
また、昨季までスウェーデンのAIKでプレーしていたオランダ人DFヨス・ホーイフェルトがこの試合でセルティックの選手としてデビュー。センターバックとして先発フル出場を果たした。
2010年1月30日 Tipsbladetより
モルデが2008年デンマークリーグMVPをレンタルで獲得
ノルウェー・ティッペリーガエン、モルデFKは25日、ロシアのFCロコモティフ・モスクワからセネガル人FWジビー・ファルをレンタルで獲得した。期間は今年の8月30日までだが、完全移籍のオプション付き。
昨季、リーグ戦を2位でフィニッシュし周囲を驚かせたモルデ。その躍進の立役者マメ・ビラム・ディウフが1月からイングランドのマンチェスター・ユナイテッドに移籍。戦力低下が懸念されていたがチームだが、はやくもディウフの後釜を獲得した。
現在24歳のファルは、2008年にデンマークのオーゼンセBKでプレー。リーグ戦31試合で18得点をマークし、同年のリーグMVPに輝いた。
2010年1月25日 MSN.noより
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デンマーク/ノルウェー |
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2010年01月28日
デンマーク・スーペルリーガ、エスベアfB所属の元スウェーデン代表DFアレクサンデル・オストルンドが25日、現役を引退することを表明した。
オストルンドとエスベアの契約はあと1年残っていたが、両者合意のもの契約を解消。現在31歳のサイドバックは、ストックホルムの戻ることになった。引退を決意した理由として、度重なる怪我を挙げている。オストルンドは、「スウェーデンで最後の手術を行ない、それからはただ普通の生活を始めたい。痛みのない、日常の生活をね」と話し、また引退を決意したことについては「これまで私が下してきた決断のなかでも、最悪そしてもっともつらいもの」とコメントしている。
オストルンドは、1995年にAIKでキャリアをスタート。1998年にはリーグ優勝を決めるゴールを挙げるなど活躍した。その後、IFKノルショーピン、ハンマルビーと渡り歩き、2005年にはオランダのフェイエノールト・ロッテルダムに移籍。2006年にイングランドのサウサンプトンFCに移り、2008年からエスベアでプレーしていた。
スウェーデン代表キャップ数は22。2004年にはスウェーデン代表の一員として欧州選手権に参加し、準々決勝の対オランダ戦で右サイドバックとして先発出場。対峙したアリエン・ロッベンにほとんど仕事をさせなかったことから、高い評価を得た。だが一方で、2006年ドイツW杯ではまさかのメンバー落ちを経験するなどの苦渋を味わった。
2010年1月25日 Dagens Nyheterより
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スウェーデン |
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2010年01月27日
デンマーク・スーペルリーガ、ブロンビーIF所属のデンマーク代表FWモアテン・ラスムッセンは26日、スコットランドのセルティック・グラスゴーへ移籍することが決まった。契約期間は3年半で、移籍金は約1800万クローネ(約3億円)。背番号は19。
24歳のこの長身ストライカーは、「国外でサッカーをすることは長い間夢見てきたこと。スコットランドではエキサイティングで大きな挑戦が待っているが、わたしはそれを楽しみにしている」と話している。
ラスムッセンは、2002年にAGFオーフスでキャリアをスタート。2006年にからブロンビーに移籍し、111試合に出場し52得点をマークした。先日タイで開催されたキングスカップにも国内リーグ選抜代表として参加し、1ゴールを記録。そのプレースタイルが前スコットランド代表FWダンカン・ファーガソンに似ていることから、「ダンカン」というニックネームをもつ。
2010年1月26日 Politikenより
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デンマーク |
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2010年01月26日
W杯組み合わせ直後にデンマーク裏?情報なるコラムを執筆し、このブログにしては多くの方からコメントをいただいた。そこで調子に乗って(?)、第2弾を紹介したい。これを読み、デンマークをより身近に感じていただければ幸いである。
C.ポウルセンこそチームの中心
組み合わせ抽選後、サッカーに精通している友人・知人らとデンマークについて話をすると、中心選手としてたいていニクラス・ベントナーとダニエル・アッガーの名前が挙がってきた。前者は昨年の国内最優秀選手、後者はリバプールFCで切磋琢磨しており、この2選手がチームの中心なのは間違いないのだが、実は2人よりも重要な選手はクリスチャン・ポウルセンだ。最終ラインの前でフィルター役として構えるユベントスFC所属のこの29歳こそ、まさにチームの心臓。それは、国内スポーツサイト『sporten.dk』が行なったアンケート「W杯予選におけるベストプレーヤーは?」で投票全体の41%を獲得し、2位のベントナー(17%)を大きく引き離したことからもうかがえる。たとえばベントナー不在時には、得点力においてはベントナーを上回るソーレン・ラーセンや突破力のあるイェスペア・グロンケア、アッガーの代役としてはACFフィオレンティーナでレギュラー争いをするペア・クロルドルップといった選手がいるが、ポウルセンの場合、代役はいないに等しい。現代表で守備的MFをこなす選手として、トーマス・アウグスティヌセン、ヤルテ・ボー・ノッレゴー、あるいはDFが本職のレオン・アンドレアセンといった名が挙げられるが、いずれもポウルセンの代役を務められるほどを力はない。ベントナー、アッガー不在時におけるチームの戦力ダウン度を100とするならば、ポウルセンがいないチームのそれは300-400になると考えてよい。
日本がデンマークと当たるのは3戦目。仮にポウルセンがオランダ戦、カメルーン戦でそれぞれ警告を受けて出場停止ということになれば、日本にとって願ってもない展開になる。
ユニフォームサプライヤーがヒュンメルからアディダスに変わった理由
「デンマーク代表といえばヒュンメル」といわれるほど、チームの代名詞として語られてきたヒュンメル社。1979年よりデンマークのサプライヤーとなった同社だが、2004年7月1日よりアディダス社にとってかわられた。その理由について調べるため直接デンマークサッカー協会(DBU)に問い合わせたところ、「露出度」「金銭面」という点でアディダスが選ばれたとのことだ。
2003年7月、DBUは4社からオファーを受け、そのなかでアディダスとヒュンメルが最も条件が良かったため、引き続き2社と詳細について交渉。そして、国際的な知名度や金銭的条件で、アディダスがヒュンメルを上回ると判断されたそうだ。
サプライヤー変更後のデンマークはといえば、ご存知のとおり2006年W杯、2008年欧州選手権と2度続けて予選敗退。これを受けて、一部では「アディダスの呪い」といわれたこともあった。
なおDBUは、2007年11月にアディダス社との契約を2012年6月30日まで延長。よって2012年の欧州選手権まで、デンマーク代表選手は3本線のユニフォームを着用することになる。
もうひとつの「おとぎ話」
1992年の欧州選手権では、ユーゴスラビアの代役として出場しながら見事優勝を果たしたデンマーク。この誰も予想つかない快進撃から一部では「おとぎ話のようだ」と形容されたそうだが、実は当時、別の「おとぎ話」を提供した選手がいる。キム・ベルフォアトという選手だ。彼の愛娘リン(当時7歳)さんはその頃、白血病を苦しんでいた。グループリーグ2戦目終了後、彼女を見舞うためコペンハーゲンに戻っていたベアフォルトだが、ドイツとの決勝戦でチームに復帰。そして1点リードで迎えた終盤の78分、チームに追加点をもたらす貴重なゴールをマーク。デンマークの優勝を決定付けた。娘を想うベアフォルトの得点もまた、「おとぎ話」と呼ぶにふさわしい。
日本人選手とプレーしたことのあるデンマーク代表候補選手
ヨン・ダール・トマソンと小野伸二選手がオランダのフェイエノールト・ロッテルダムで主力としてプレーしていたことはよく知られている。また、左サイドバックのレギュラーを目指すパトリック・ムティリガも、フェイエノールトで小野選手とチームメイトだった。トマソンと同じくベテランのマルティン・ヨルゲンセンは、2004年から1年間、中田英寿氏とACFフィオレンティーナでプレー。第3GKとして登録メンバー入りを目指すキム・クリステンセンは、FCノアシェラン所属時代に川口能活選手とレギュラー争いをしていた。
現在では、技巧派MFトーマス・カーレンベアと長谷部誠選手がともにドイツのVfLボルフスブルクに所属している。
ヨハネス・クヌッセン
最後に、サッカーとは関係のない話になってしまうが、日本・デンマーク両国をめぐるひとつのエピソードを紹介したい。
1957年2月10日、和歌山県の岬で日本の漁船が嵐に巻き込まれ、乗っていた漁師が海に投げ出された。ちょうどそのとき、デンマークの海運会社マースクの貨物船の機関長として航行していたヨハネス・クヌッセン氏が、漁師を助けるため、危険を顧みずに海に飛び込んだ。だが結局、クヌッセン氏は和歌山県日高町に遺体となって打ち上げられた。当時39歳であった。
クヌッセン氏、そして3人の漁師が命を落としたこの事故後、日本全体がデンマークに対する感謝、そして哀悼の声で溢れかえったという。また、来日したクヌッセン氏の兄が「弟は海員として当たり前の義務を果たしただけです」と語り、改めて日本国民を強く刺激したそうだ。
事故翌年、事故現場付近の日ノ御埼・日の岬パーク内に「クヌッセン機関長顕彰碑」が建てられ、1962年には銅像がつくられた。顕彰碑と銅像がある一角は「クヌッセンの丘」と呼ばれている。
事故から45年後、W杯が日本と韓国で開催されたが、デンマーク代表のキャンプ地はクヌッセン氏の没地である和歌山県だった。
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コラム |
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2010年01月26日
スウェーデン代表は23日、敵地ダマスカスでシリア代表と対戦。開始直後にミスから失点を許すも、終盤に追いつき1対1の引き分けに終わった。
中東遠征の最終戦となったこのシリア戦。エリック・ハムレーン監督は、センターバックにヨエル・エクストランド、ミカエル・アルメベック、左サイドバックにエーミル・ヨハンソンと最終ラインに3人をA代表デビューさせる。また1トップには、こちらも初招集組のマティアス・ラネーギーが起用された。
先日のオマーン戦に続いてこの試合も勝利し、2010年を幸先よくスタートさせたいところだったが、開始5分にミスから失点してしまう。5分、味方からのバックパスを受けたGKヨハン・ダーリンがこれを処理し損ね、相手のラヤ・ラファに奪われてしまい、ゴールを割られた。
まさかの失点を喫したスウェーデンはその後、左サイドのエミール・バイラミが得意のドリブルから幾度か好機を演出するも、得点には至らない。
後半に入ると完全にゲームを支配したスウェーデンだが、相手の堅い守りを崩せず、時間だけが経過していく。だが、敗色濃厚のチームを救ったのは、A代表デビューを果たしたラネーギーだった。BKヘッケン所属のこの24歳は87分、グイレルモ・モリンスのクロスを相手DFがクリアミスしたのを見逃さず、落ち着いてゴールに流し込んだ。
ハムレーン監督は試合後、「オマーン戦ほど良い出来ではなかった。最初の20-25分のプレーに関してはまったく満足していない」と不満を口にしながらも、「敗北を避けることができたのはよかった」とコメントした。
1月に国外へ遠征することが恒例となっているスウェーデンだが、今年は1勝1分で終わった。この結果は、2003年にタイに遠征したとき(3勝1分)以来の好成績だ。
スウェーデン代表は今後、3月3日に敵地でウェールズ代表と対戦する。
シリア代表1-1スウェーデン代表
5分 ラファ(1-0)
87分 ラネーギー(1-1)
スウェーデン代表
ダーリン:ルスティグ(46分 ルンド)、エクストランド、アルメベック、エーミル・ヨハンソン(24分 ドルシン):ホルメーン(81分 ポントゥス・ファルネルド)、アンデシュ・スベンソン、イシザキ(70分 モリンス)、アレクサンデル・ファルネルド(46分 トビアス・エリクソン)、バイラミ(69分 ダニエル・ラーション):ラネーギー
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2010年01月25日
イングランド・チャンピオンシップ(2部)、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン所属のスウェーデン人DFヨナス・オルソンは23日、FAカップ4回戦(再試合)の対ニューカッスル・ユナイテッド戦に出場。2試合連続となるゴールを挙げた。試合は4対2でウェスト・ブロムウィッチが勝利し、5回戦へ進出した。
スウェーデン代表定着を目指すこの26歳のセンターバックは、両チーム無得点で迎えた17分、コーナーキックからのボールを頭であわせ、チームに先制点をもたらした。
オルソンは、リーグ戦ではここまで25試合に出場し4得点を記録している。
2010年1月23日 Fotbollskanalenより
トイボネンが2得点をマーク
オランダ・エールディビジ、PSVアイントホーフェン所属のスウェーデン代表FWオーラ・トイボネンは22日、本拠地でのNECナイメヘン戦に先発フル出場し、2得点をマークした。試合は3対0でPSVが快勝した。
23歳のスウェーデン人は23分と61分にゴールネットを揺らし、チームの勝利に大きく貢献。これで今季の通算得点を10にのばし、得点ランク3位に浮上した。
なお、GKアンドレアス・イサクソンも先発出場。NECのMFエルトン・フェイズラフは70分に交代でベンチに退いた。
2010年1月22日 Dagens Nyheterより
ハンブルグのベリに強力なライバル
ドイツ・ブンデスリーガ、ハンブルガーSVに所属するスウェーデン代表FWマルクス・ベリに、新たなライバルが誕生することになった。同クラブは23日、スペインのレアル・マドリードからオランダ代表FWルート・ファンニステルローイと1年半契約を結んだ。
今季にオランダのFCフローニンゲンからやってきたベリだが、ここまでレギュラー定着までに至っていない。このビッグネームの加入によって更に激しいポジション争いを強いられることになるだろう。
2010年1月23日 Fotbollskanalenより
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2010年01月25日
デンマークリーグ選抜代表は23日、タイで行なわれているキングスカップ最終戦でホスト国タイ代表と対戦し、3対0で快勝。昨年に続き大会を制覇し、W杯に向けて最高のスタートを切った。
序盤から高い位置でプレスを仕掛けるデンマークは早々と試合の主導権を握る。すると19分、ミカエル・クローン・デリからのコーナーキックをライコ・レキッチが2試合連続となるゴールをたたき出し、先制に成功。続く37分には、3試合連続スタメン出場ながらまったく疲れを感じさせない動きをみせるヤコブ・ポウルセンが、浮き球のラストパスをヨハン・アブサロンセンに供給。アブサロンセンはこれを落ち着いてゴールに流し込んだ。
後半に入ると、巻き返しを図るタイの前に押し込まれることもあったが、ポウルセンと同じく3試合連続先発のセンターバック、イム・ラーセンの身体を張った守備もあり失点を許さない。すると試合終了4分前、途中出場のトムセンが右サイドを突破し、グラウンダーで中央へ折り返すと、これに同じく途中からピッチに投入されたマルティン・ベアンブアがあわせ、試合を決めた。
11日間のタイ滞在を振り返ったモアテン・オルセン監督は、DFラーセンを高く評価しているようだ。3試合すべてにセンターバックとしてスタメン出場を果たしたシルケボーIF所属の24歳に対し、「彼は(前デンマーク代表の)マルティン・ラウルセンのような優れた、そして謙虚なプレーヤー。改善すべき点を理解している」とコメント。そのラーセンは、「目標と夢はA代表。3試合すべてにスタメン出場できたことは、A代表入りを信じるうえで自信になった」と話している。
また、注目されていた左サイドバックのポジションには、今大会ではレオン・イェッセンが2試合スタメン、そしてミカエル・ヤコブセンが1試合スタメン出場した。この2人に加え、ロシアのFCゼニト・サンクト・ペテルブルクへ移籍したミカエル・ラムブ、そしてスペインのマラガCFでレギュラーとしてプレーするパトリック・ムティリガ、さらにはオランダのAZアルクマールに所属するシモン・ポウルセンの計5人によって、人材不足といわれているこのポジションのレギュラー争いが展開されると思われる。
タイ代表0-3デンマークリーグ選抜代表
19分 レキッチ(0-1)
37分 アブサロンセン(0-2)
86分 ベアンブア(0-3)
デンマークリーグ選抜代表
キム・クリステンセン:ニーマン(73分 トムセン)、イム・ラーセン、アンデス・クリステンセン、イェッセン(73分 ミカエル・ヤコブセン):マルティン・ニールセン(83分 ビュルツ)、リークス(85分 ベック)、ヤコブ・ポウルセン、アブサロンセン(60分 ティーゲセン)、クローン・デリ:レキッチ(60分 ベアンブア)
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2010年01月24日
トルコリーグに所属するガラタサライは22日、元スウェーデン代表MFトビアス・リンデロートを解雇することを明らかにした。
2007年、デンマークのFCコペンハーゲンから同クラブにやってきたリンデロート。当初はチームのキーマンとしての活躍を期待されていたこの30歳の守備的MFだが、度重なる怪我により、約2年半での出場試合数はわずか13。今季は、途中出場が4度だけという淋しい結果に。よってクラブは、今夏で契約が終了することになっていたリンデロートを現時点で放出する決断を下した。
失意のうちにトルコを去ることになったリンデロート。新天地は母国スウェーデンのクラブになるのではないかと噂されている。IFエルフスボリは、そのうちのひとつだ。
「エルフスボリとは連絡を取っている。とてもよい選択肢だ。だけど、現時点では何が起こるかわからない。いまは、サッカーのことを考えず数日過ごすことが必要だ」と話している。
リンデロートには、エルフスボリのほかにも、今季アルスベンスカンに昇格したミェルビーAIFも興味を示しているといわれている。
2010年1月22日 Dagens Nyheterより
ノルウェーの若手DFがセルティックへ
ノルウェー・ティッペリーガエン、スタベックIF所属のU-21ノルウェー代表DFトーマス・ログネは、スコットランドのセルティック・グラスゴーへ移籍することになった。契約期間は3年半。
現在19歳のログネには、ノルウェーのSKブランなどスカンジナビアのクラブが複数興味を示していた。だが彼は、新天地としてスコットランドを選択した。
現地スコットランドの『The Scottish Sun』紙は、ログネについて「ここ10年間で最高のノルウェー人若手選手」と評している。
ログネは昨季、スタベックで6試合に出場した。
2010年1月19日 msn.noより
デンマーク人スベアがオランダのローダへ
ドイツ・ブンデスリーガ、ボルシアMG所属のデンマーク人MFセバスチャン・スベアは、オランダのローダJCに移籍することが決まった。契約期間は3年半。
スベアはスウェーデン人の母親とガーナ人の父親をもつ27歳。2000年にイングランドの名門アーセナルFCのユースチームに入団するも、トップチームでの出場はゼロに終わる。その後、FCコペンハーゲン、ブロンビーIFなどを渡り歩き、2006年よりボルシアでプレーした。A代表経験はまだない。
ローダには現在、FWマズ・ユンカー、モアテン・スコウボと2人のデンマーク人選手が所属している。
2010年1月18日 Politikenより
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スウェーデン/デンマーク/ノルウェー |
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2010年01月23日
フランス・リーグアン、オリンピック・リヨン所属のスウェーデン代表MFキム・シェルストロームは20日、敵地でのFCロリアン戦に先発フル出場。後半に2得点をマークした。試合はリヨンが3対1で勝利した。
27歳のレフティーは、1対1の同点で迎えた71分に勝ち越しゴールを挙げると、続く87分に追加点をマーク。今季の通算得点を3に伸ばし、チームの勝利に大きく貢献した。
リヨンは現在、リーグ戦5位に低迷。首位ボルドーとの勝ち点差は11となっている。
2010年1月20日 Dagens Nyheterより
グランクビストも得点をマーク
オランダ・エールディビジ、FCフローニンゲン所属のスウェーデン代表アンドレアス・グランクビストは20日、本拠地でのSCヘーレンフェーン戦で1得点をマーク。試合はフローニンゲンが2対0で勝利した。
センターバックとしてスタメン出場したグランクビストは、1点リードで迎えた60分にゴールを決め、チームに貴重な追加点をもたらした。
なお、フレデリク・ステンマンも左サイドバックとして先発フル出場。また南アフリカ行きを目指すデンマーク代表MFトーマス・エネボルドセンもスタメンでピッチに立った。一方、ヘーレンフェーンのMFビクトル・エルム、フィリップ・ハーグルンドは出場しなかった。
2010年1月20日 Dagens Nyheterより
マルティン・オルソンがオーバーヘッドでゴール
イングランド・プレミアリーグ、ブラックバーン・ローバーズ所属のスウェーデン人DFマルティン・オルソンがスーパーゴールを挙げた。カーリングカップの準決勝第2戦、対アストン・ビラFC戦に左MFとして先発出場したこの21歳は、2対5でリードされた63分、左からの折り返しをオーバーヘッドで決めた。
だが試合は、4対6でブラックバーンが敗退。2試合合計4対7で決勝進出はならなかった。
2010年1月20日 Dagens Nyheterより
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