2011年07月25日
先日の女子W杯ドイツ大会で優勝し、全国各地で引っ張りだこのなでしこジャパン。日本列島が熱狂に酔いしれる一方、選手たちの待遇面での課題が浮き彫りになっている。それでは、他国の現状はどうなのか。ここでは同大会で3位入賞を果たしたスウェーデン代表を取り上げたい。
※1クローナ=12.38円(2011年7月25日現在)
たとえば、2011年女子W杯におけるスウェーデンサッカー協会の支出は440万クローナでFIFAから得た収入は240万クローナ(約200万クローナの赤字)。一方、2006年ドイツW杯に出場した男子チームのそれは女子の約9倍の4150万クローナだが、収入は大きく上回り、最終的には1750万クローナの黒字だった。
また、主要大会における男女代表選手に対する報酬の違いは以下のとおり。
2011年女子W杯
日当:180クローナ
登録メンバー入り:2万クローナ
グループリーグ突破:4万クローナ
優勝:20万クローナ
2006年男子W杯
登録メンバー入り:25万クローナ
優勝:170万クローナ
2008年男子欧州選手権
登録メンバー入り:25万クローナ
グループリーグ突破:85万クローナ
優勝:600万クローナ
上記のとおり驚くほどの男女差があるが、この理由についてスウェーデンサッカー協会でエコノミーチーフを担当するシェッル・サールストロム氏は「テレビやスポンサー収益、それにFIFAからの収入が男子と女子とでは大きく異なる」と話す。
スウェーデンではサッカーは女子のあいだで最も人気のあるスポーツのひとつで、女子サッカー専門誌も存在する。競技人口は15歳以上で77661人、12-14歳で21404人にのぼる(ともに2010年当時の数字。なおスウェーデンの総人口は約930万人)。にもかかわらず、国内でプレーする選手の待遇は決して良いとは言えない。
国内トップリーグ「ダムアルスベンスカン」でプレーする選手の2008年における平均月収は約6800クローナ。もっとも多く稼いでいる選手でも2万クローナ余りだという(もちろん例外もある。たとえば、ブラジル代表マルタがウメオIKに在籍していたときは月収約10万クローナだったという)。大半の選手はサッカー以外に仕事を持っているようだ。
今回の女子W杯終了後、スウェーデンサッカー協会のラーシュ・オーケ・ラグレッル会長は、今大会が過去の大会と比べて大きな成功を収めたため世界各地で女子サッカーに対する関心が高まると考えており、将来的には女子選手に対する待遇改善を検討しているようだ。
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2011年03月10日
オランダリーグといえば、オーラ・トイボネンやラスムス・エルム、ポントゥス・ベルンブロームやアンドレアス・グランクビストなどスウェーデン人選手が多数プレーしているが、ヘラクレス・アルメロに所属するひとりの選手が脚光を浴びている。彼の名はサムエル・アルメンテロス。キューバ人の父とスウェーデン人の母をもつ20歳のアタッカーだ。
6日に行なわれたリーグ戦・FCフローニンヘン戦で先発出場したアルメンテロスは前半と後半にそれぞれ1得点ずつマークし、チームの勝利に大きく貢献。フローニンヘンにはグランクビストやフレデリク・ステンマンといったスウェーデン人選手が所属しているが、そんな先輩たちに対しみずからの存在感を存分にみせつけた。
アルメンテロスは16歳のときにスウェーデンのヒュースクバーナFFを離れ、オランダのSCヘーレンフェーンのユースチームに入団。だがトップチームでの出場は叶わず、2009年にヘラクレスへ移籍。今季はリーグ序盤こそ途中出場が多かったものの、中盤以降はレギュラーに定着し、これまで24試合に出場し6得点をマークしている。
昨年、スウェーデンの夕刊紙『Aftonbladet』のインタビューに応じたアルメンテロスは、生まれ育ったスウェーデンでは自らの存在は忘れられていると話し、父の母国キューバの代表選手としてプレーすることも視野に入れていた。だが今年2月、U21スウェーデン代表に初招集。同月9日に行なわれたポルトガルとの親善試合では途中出場した。まだフル代表の経験がないためキューバとスウェーデンのどちらを選択するかは本人のみぞ知るところだが、U21の代表選手に選ばれたことにより、本人の気持ちがスウェーデンのほうに傾いたのではないか。
アゴン・メフメティやグイレルモ・モリンス、イボ・ペカルスキやヨン・グイデッティなど、外国のルーツをもつ若手選手の成長が著しいスウェーデン。キューバという珍しいルーツをもつアルメンテロスも、将来のA代表を担う選手として期待される。
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2011年02月15日
スウェーデンサッカー協会が発行している雑誌『Magasinet Fotboll』を一昨年から購読しているのだが、一昨年の第3号にアルスベンスカン(1部)やスーペルエッタン(2部)に所属する選手の収入に関する記事が掲載されていて非常に興味深かった。同時に「スカンジナビア各国リーグでプレーする選手の収入はどのくらいなのだろうか」と疑問を持ち始め、早速、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー各国リーグでプレーする選手の年収(年俸)を調べてみた。
スウェーデン
※1クローナは12.95円(2011年2月15日現在)。カッコ内のクラブ名は当時の所属先。
2009年度トップ35(年収)
1.プリンス・エクペ・エコング(ユールゴーデンIF) 350万2066クローナ
2.アンデシュ・スベンソン(IFエルフスボリ) 233万9422クローナ
3.パウリーニョ(BKヘッケン) 229万6330クローナ
4.フレデリク・ベリルンド(IFエルフスボリ) 214万6735クローナ
5.ニクラス・アレクサンデション(IFKヨーテボリ) 208万9993クローナ
6.トーマス・オルソン(IFKヨーテボリ) 185万3096クローナ
7.ダニエル・アンデション(マルメFF) 167万5007クローナ
8.デンボ・トウライ(ユールゴーデンIF) 138万5189クローナ
9.ヨハン・オレモ(ユールゴーデンIF) 137万8108クローナ
10.ニルス・エリック・ヨハンソン(AIK) 135万クローナ
11.ヘンリク・リードストローム(カルマルFF) 113万3402クローナ
12.ペッテル・バストー(カルマルFF) 110万8163クローナ
13.オロフ・グーテシュタム(IFブロンマポイカルナ) 101万6359クローナ
14.ミケル・イェンセン(IFブロンマポイカルナ) 101万2326クローナ
15.クリストフェル・アンデション(ヘルシンボリIF) 99万7135クローナ
16.ジュリー・ジョンソン(AIK) 99万1373クローナ
17.ボヤン・ジョルディッチ(AIK) 98万4583クローナ
18.ダニエル・アンデション(ヘルシンボリIF) 90万7565クローナ
19.マルクス・ランツ(ヘルシンボリIF) 85万5841クローナ
20.トミー・ヨンソン(ハルムスタッドBK) 85万3536クローナ
21.ウィルトン・フィゲイレード(マルメFF) 84万9709クローナ
22.ダニエル・ソブラレンセ(カルマルFF) 84万9000クローナ
23.ミラン・ブルギッチ(AIK) 84万1574クローナ
24.ホルヘ・オルティス(AIK) 81万645クローナ
25.ラグナル・シグルドソン(IFKヨーテボリ) 80万8200クローナ
26.アンセルモ(ハルムスタッドBK) 80万4094クローナ
27.トマス・ズビルグズダウスカス(ハルムスタッドBK) 79万7391クローナ
28.ハンス・ベリグレン(イェブレIF) 79万6055クローナ
29.マルティン・アンデション(IFエルフスボリ) 78万1770クローナ
30.レネ・マコンデレ(ヘルシンボリIF) 76万7515クローナ
31.ジェイムズ・キーン(IFエルフスボリ) 74万8614クローナ
32.ヨハキム・ショーハーゲ(トレッレボリFF) 70万9952クローナ
33.ダニエル・メンデス(カルマルFF) 70万7652クローナ
34.マティアス・ヨンソン(ユールゴーデンIF) 70万3000クローナ
35.ダニエル・シェルンストローム(AIK) 69万4000クローナ
※マルクス・アルベック(オルグリテIS)の2009年度の収入は420万クローナだが、同選手はシーズン途中で現役引退したためリストには掲載されていない。一方、シーズン終盤に現役復帰したニクラス・アレクサンデションはリストに掲載されている。
2010年3月5日 Göteborg Postenより
デンマーク
※1クローネは15.18円(2011年2月15日現在)。カッコ内のクラブ名は当時の所属先。
2008年度トップ30(年俸)
1.アレクサンデル・ファルネルド(ブロンビーIF) 540万クローネ
2.ヤン・クリスチャンセン(ブロンビーIF) 510万クローネ
3.イェスパー・グロンケア(FCコペンハーゲン) 480万クローネ
4.ウルリク・ラウルセン(FCコペンハーゲン) 450万クローネ
5.イェスパー・クリスチャンセン(FCコペンハーゲン) 420万クローネ
5.ヨン・ヨンソン(ブロンビーIF) 420万クローネ
5.サザール・サンティン(FCコペンハーゲン) 420万クローネ
8.リボール・シオンコ(FCコペンハーゲン) 390万クローネ
9.ダメ・エンドイェ(FCコペンハーゲン) 360万クローネ
9.マックス・フォン・シュレブルッゲ(ブロンビーIF) 360万クローネ
9.エリック・ジェンバ・ジェンバ(オーデンセBK) 360万クローネ
12.ピーター・マドセン(ブロンビーIF) 330万クローネ
12.ビョーン・ルンストローム(ブロンビーIF) 330万クローネ
12.エスベン・ハンセン(オーデンセBK) 330万クローネ
12.トーマス・アウグスティヌセン(オールボーBK) 330万クローネ
12.ミカエル・クローン・デリ(ブロンビーIF) 330万クローネ
17.ブリアン・プリスケ(バイレ) 300万クローネ
17.マルティン・ビンゴー(FCコペンハーゲン) 300万クローネ
17.ズデネク・ポスペク(FCコペンハーゲン) 300万クローネ
17.ニクラス・イェンセン(FCコペンハーゲン) 300万クローネ
17.シェティル・ベーレル(オールボーBK) 300万クローネ
17.ヤルテ・ボー・ノッレゴー(FCコペンハーゲン) 300万クローネ
17.ヤコブ・ポウルセン(オーフスGF) 300万クローネ
24.ナンド・ラファエル(オーフスGF) 276万クローネ
24.ミケル・ティーゲセン(FCミッティラン) 276万クローネ
26.ミカエル・ヤコブセン(オールボーBK) 270万クローネ
26.ラスムス・ビュルツ(バイレ) 270万クローネ
28.アンデス・モラー・クリステンセン(オーデンセBK) 270万クローネ
29.トーマス・ラムスッセン(ブロンビーIF) 270万クローネ
30.マイケル・ビーチャム(オールボーBK) 270万クローネ
2009-03-09 Indkast.dkより
2006年度ベスト10(年俸)
1.ミカエル・グラウゴー(FCコペンハーゲン) 510万クローネ
2.イェスパー・グロンケア(FCコペンハーゲン) 480万クローネ
3.トビアス・リンデロート(FCコペンハーゲン) 420万クローネ
4.マルクス・アルベック(FCコペンハーゲン) 360万クローネ
5.ニクラス・イェンセン(FCコペンハーゲン) 300万クローネ
5.ブレーデ・ハンゲラン(FCコペンハーゲン) 300万クローネ
7.フレデリク・ベリルンド(FCコペンハーゲン) 264万クローネ
8.マルクス・ランツ(ブロンビーIF) 252万クローネ
9.ステファン・アンデルセン(ブロンビーIF) 240万クローネ
9.ミカエル・シルバーバウアー(FCコペンハーゲン) 240万クローネ
2007年3月12日 Business.dkより
ノルウェー
※1クローネは14.41円(2011年2月15日現在)。カッコ内のクラブ名は当時の所属先。
2009年度トップ16(年収)
1.アザル・カラダス(SKブラン) 687万9688クローネ
2.ステッフェン・イベルセン(ローゼンボリBK) 509万7778クローネ
3.ラーデ・プリツァ(ローゼンボリBK) 507万3175クローネ
4.ペール・シルヤン・シェルブレ(ローゼンボリBK) 465万4778クローネ
5.アレクサンデル・テッティ(ローゼンボリBK) 462万8171クローネ
6.ハレド・ムエルヒ(リッレストロームSK) 388万5927クローネ
7.ダニエル・ナンスコーグ(スタベックIF) 384万7600クローネ
8.セアド・ラモビッチ(トロムソIL) 374万5687クローネ
9.ビダール・リセト(リッレストロームSK) 306万4966クローネ
10.ギルフィ・アイナルソン(SKブラン) 280万3772クローネ
11.アンソニー・アナン(ローゼンボリBK) 274万2091クローネ
12.ビョルナル・ホルムビク(SKブラン) 273万7206クローネ
13.クリス・スタッツゴー(ローゼンボリBK) 269万4321クローネ
14.ミカエル・ドルシン(ローゼンボリBK) 268万1992クローネ
15.トマス・ソコロフスキ(ビーキングFK) 262万3647クローネ
16.アイリク・バッケ(SKブラン) 255万2131クローネ
2010年10月20日 HegnarOnlineより
2007年度トップ30(年俸)
1.ステッフェン・イベルセン(ローゼンボリBK) 700万クローネ
2.マルティン・アンドレセン(ボーレレンガIF) 450万クローネ
3.トーマス・ミューレ(ビーキングFK) 400万クローネ
4.アイリク・バッケ(SKブラン) 370万クローネ
5.エリック・フーセクレップ(SKブラン) 330万クローネ
6.アクサル・カラダス(SKブラン) 310万クローネ
7.ルーネ・ランゲ(ボーレレンガIF) 300万クローネ
7.ビダル・リセト(リッレストロームSK) 300万クローネ
7.ロアール・ストラン(ローゼンボリBK) 300万クローネ
10.ハッサン・エルファキリ(SKブラン) 280万クローネ
11.マレク・サパラ(ローゼンボリBK) 275万クローネ
12.ダン・トマセン(ボーレレンガIF) 270万クローネ
13.エンジョグ・デンバ・ニーレーン(SKブラン) 260万クローネ
14.V.P.グンナルソン(スタベックIF) 250万クローネ
14.ダニエル・ナンスコーグ(スタベックIF) 250万クローネ
14.アンドリウス・ベリッカ(ビーキングFK) 250万クローネ
14.トーマス・ホルム(モルデFK) 250万クローネ
18.クリストフェル・ヘスタ(ボーレレンガIF) 230万クローネ
18.ロニー・ヨンセン(ボーレレンガIF) 230万クローネ
18.ビョルン・クバルメ(ローゼンボリBK) 230万クローネ
21.ニコライ・ストックホルム(ビーキングFK) 220万クローネ
21.ピーター・イジェー(ビーキングFK) 220万クローネ
23.マルティン・フィッロ(ビーキングFK)200万クローネ
23・アラン・ゴーデ(ビーキングFK) 200万クローネ
23.シャネ・ステファヌット(FCリン・オスロ) 200万クローネ
23・ペール・シルヤン・シェルブレ(ローゼンボリBK) 200万クローネ
23.パット・ノーナン(オーレスンFK) 200万クローネ
23.クリステル・バスマ(ローゼンボリBK) 200万クローネ
29.トーシュタイン・ヘスタ(SKブラン) 190万クローネ
29.ヤン・グンナル・ソリ(SKブラン) 190万クローネ
2008年3月28日 Dagbladetより
一方、Jリーグ(J1)所属選手の年棒トップ30は以下のとおり(2009年リーグ開幕時)。
1.高原直泰(浦和) 1億6000万円
2.ポンテ(浦和) 1億5000万円
3.闘莉王(浦和) 1億2000万円
3.中澤佑二(横浜FM) 1億2000万円
5.フランサ(柏) 1億円
5.遠藤保仁(G大阪) 1億円
5.カボレ(FC東京) 1億円
5.チョ・ジェジン(G大阪) 1億円
5.ルーカス(G大阪) 1億円
5.宮本恒靖(神戸) 1億円
11.エジミウソン(浦和) 9000万円
11.阿部勇樹(浦和) 9000万円
11.楢崎正剛(名古屋) 9000万円
11.ディエゴ(京都) 9000万円
15.ダニーロ(鹿島) 8000万円
15.田中達也(浦和) 8000万円
15.ヨンセン(清水) 8000万円
15.パク・ドンヒョク(G大阪) 8000万円
15.キム・ナミル(神戸) 8000万円
20.今野泰幸(FC東京) 7500万円
20.ボッティ(神戸) 7500万円
22.小笠原満男(鹿島) 7200万円
22.マルキーニョス(鹿島) 7200万円
22.鈴木啓太(浦和) 7200万円
22.川口能活(磐田) 7200万円
26.山田暢久(浦和) 7000万円
26.ジュニーニョ(川崎) 7000万円
26.パウリーニョ(京都) 7000万円
26.イ・ジョンス(京都) 7000万円
26.加地亮(G大阪) 7000万円
26.レアンドロ(G大阪) 7000万円
2009年9月6日 サポティスタより
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2011年02月04日
ヨハン・アブサロンセン
1985年9月16日(25歳)。177センチ。FCコペンハーゲン(デンマーク)所属。MF。
昨年の南アフリカW杯ではグループリーグ敗退という結果に終わったデンマーク代表。敗因について、「モアテン・オルセン監督がベテランに固執した」という意見がもっとも多かったように思われる。だが個人的な意見を言わせてもらえれば、若手・中堅に期待できる選手がいなかったためにオルセン監督はベテランに頼らざるを得なかったのだと思う。ヤコブ・ポウルセン、ソーレン・リークス、トーマス・エネボルドセンなど新鋭として期待された選手は、(怪我という不運もあったが)親善試合やトレーニングで一瞬の輝きを放っただけで本大会ではその存在感を発揮できなかった。
今回紹介するヨハン・アブサロンセンも、周囲の期待を裏切った選手のひとりだった。25歳のこのサイドアタッカーはW杯出場を決めた1ヵ月後の親善試合(対韓国、米国)でA代表に初招集されると、米国戦でゴールを挙げるなどその実力を存分にアピールし、オルセン監督をはじめ周囲から高い評価を得る。ドイツの1FCケルンやベルダー・ブレーメンから関心を示されるなど知名度がうなぎのぼりだったアブサロンセンの南アフリカ行きはほぼ決まりだろうといわれていた。
だが、W杯イヤーとなった2010年、怪我やコンディション不良により国内リーグで思うようなプレーができなくなったアブサロンセンは、所属クラブのオーデンセBKでもスタメンを外れるなど苦難の時期を過ごす。当然、W杯登録メンバーからも外れた。再起をかけた10-11シーズンは序盤こそまずまずのパフォーマンスを披露したものの、怪我が重なり思うようなプレーができずにいた。
そんなアブサロンセンに、キャリアにおけるターニングポイントになるかもしれない転機が訪れたのは今年1月のこと。スカンジナビアを代表するクラブのFCコペンハーゲンと2年半の契約を結んだ。ストーレ・ソルバッケン監督はアブサロンセンについて「局面打開力のある選手。オーデンセと対戦したときは彼のプレーが我々にたくさんの問題をもたらした。また、勇敢で知性がある」と期待を寄せる。
「いきなりスタメンの座を獲得できるとは思っていない」というアブサロンセン本人の言葉どおり、スカンジナビアのレベルを超越するほど選手の質・量ともに充実したコペンハーゲンにおいて、加入間もない彼がレギュラーの座を獲得するのは厳しそうだ。だが、キャリアの晩年に差し掛かっているエース、イェスパー・グロンケアの後継者として彼にかかる期待は大きい。
コペンハーゲンの前身ボルドクルッベン1903でキャリアをスタートさせたアブサロンセンは、2004年に国内強豪のブロンビーIFに移籍すると、同シーズンにはリーグ戦とカップ戦の2冠獲得に貢献。2006年にはオーデンセに活躍の場を移し、主力としてプレーした。
アブサロンセンの最大の持ち味はスピードを活かした突破力。また、ソルバッケン監督の言葉どおりインテリジェンス溢れるプレーも魅力。誤解を恐れずにたとえるならば、グロンケアとマルティン・ヨルゲンセンを足して2で割ったような選手というべきか。1990年代はラウドルップ兄弟、2000年代はグロンケアやヨルゲンセンと、国際舞台で好成績を収めたデンマーク代表にはつねに優れたサイドアタッカーが存在した。アブサロンセンは、そんな偉大な先輩たちの系譜を継ぐ可能性を秘めている。
南アフリカW杯で惨敗し、現行の欧州選手権予選でも思うようなパフォーマンスができていないデンマーク代表。アブサロンセンには、そんな悩めるチームの救世主として期待したい。
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2011年01月13日
エリック・フーセクレップ(ノルウェー)
1984年9月5日生まれ(26歳)。188センチ。75キロ。SKブラン(ノルウェー)所属。FW/MF。
欧州選手権2012の予選でポルトガルやデンマークといった強豪国をおさえて首位に立っているのがノルウェーだ。2000年の欧州選手権を最後に国際舞台から遠ざかっているが、ここまで3戦3勝という好成績を収めている。その躍進の原動力となっているのが、今回紹介するフーセクレップ。序盤戦の山場といわれた本拠地でのポルトガル戦では決勝ゴールを挙げ、いまではチームに欠かせない存在だ。代表ではおもにサイドハーフを担当する。ヨン・カレウとは誕生日が同じ。
彼のプレーを一言でいうと「軽やか」。長身でも足元の技術に長けた選手は少なくないが、一般的に大柄な選手はもっさりとした感が否めない。だがこのフーセクレップに関しては、188センチという長身にもかかわらずボール扱いが優れていることはもちろんのこと、身のこなしが非常に軽やかなのだ(「クリスチアーノ・ロナウドのよう」と言ったら褒めすぎか)。スピードも備え、代表ではサイドで構える彼を起点にカウンターが始まるシーンが多く見られる。
父イングバルも元サッカー選手で、70年代にはブランで4シーズンを過ごした。フーセクレップがキャリアをスタートさせたのは2004年。当時2部リーグに所属していたフィルニングで攻撃の中心として活躍すると、翌2005年にブランへ移籍。ホームでのデビュー戦で左サイドハーフとしてスタメン出場を飾り、開始20秒でゴールを挙げるという離れ業をやってのける。
転機が訪れたのは2009年。トーシュタイン・ヘルスタがルマンFC(フランス)へ移籍したのをきっかけにFWにコンバートされると、そのシーズンに15得点をマーク。同年のリーグ最優秀選手賞を受賞した。2010シーズンでも10ゴールを挙げている。
フーレクレップとブランとの契約は2013年まで。だが数年前からイングランドやドイツの複数クラブが彼に触手を伸ばしており、最近ではスコットランドのセルティックFCが興味を示している。フーセクレップ本人もスコットランド行きを希望しているようだ。
いまやブランだけでなくノルウェーリーグを代表する選手となったフーセクレップ。そんな彼は小さい子どもたちの遊ぶのが好きなようで、引退後は大学で教育コースを受講し、保育園や小学校で働くことを検討しているという(2008年の時点でベルゲン大学の学生だったようだが、現在も在籍しているかどうかは不明)。
欧州選手権予選第3節のキプロス戦に勝利し3連勝を飾ったあとに国内紙『VG』がWEB上で実施したアンケート「ノルウェーは欧州選手権に出場できると思いますか?」では、「はい」と回答した人が全体の約71%にのぼっていることから、ノルウェー代表に対する国民の期待は大きい。フーセクレップには、チームを12年ぶりのメジャー大会出場に導き、ノルウェーの子どもたちに喜びをもたらしてほしい。
フーセクレップの動画(Youtubeより)。
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2011年01月12日
2011年の飛躍を期待したい選手として、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー各国から1名ずつ紹介していきたい(できれば今月中に・・・・・・)。まずはスウェーデンのラスムス・エルムから。
ラスムス・エルム(スウェーデン)
1988年3月17日生まれ(22歳)。184センチ。75キロ。AZアルクマール(オランダ)所属。MF。
ラーシュ・ラーゲルベック前スウェーデン代表監督が「ズラタン・イブラヒモビッチやフレデリク・ユングベリに匹敵する才能の持ち主」と絶賛する、スウェーデン期待の若手選手。主戦場はサイドハーフだが、センターもこなす。3人兄弟の末っ子で、長男ダビドはフルハムFC(イングランド)、次男ビクトルはSCヘーレンフェーン(オランダ)でプレーする。趣味はお菓子づくりとギターだとか。
パスセンス、視野の広さ、判断力の良さ、得点力と彼の長所を挙げればキリがない。22歳という若さを感じさせない落ち着いたプレーをする一方、ゴールが見えればどこからでもシュートを放つ積極性が大きな魅力。飛距離50メートルといわれるロングスローも装備する。
ラスムスの大きな特長は、シュートフォームが非常にコンパクトで振りが早いこと。ボールを受けてシュートに持ち込むまでの動作が異常に早く、おそくら相手GKにとってはセービングのタイミングが合わせづらいのではないかと思う。
彼がサッカーを始めたのは6歳のとき。父ヨニーがコーチを務めていたヨハンスフォシュIFで、2人の兄とともにボールを蹴り始めた。小さいころは、プレッシャーに弱いせいか病気や怪我を装って試合を欠場したこともあり、また悪天候で試合が中心になればいいと考えたこともあったという。一方で、長男ダビドによると、ラスムスは3兄弟のなかでもっとも才能がある選手と周囲から評価されていたそうだ。
2005年、17歳のときにトップリーグのカルマルFFに移籍。チームがリーグ優勝争いを演じた2007年には10アシストを記録し、このころからチームの中心的存在に。2008シーズンには2人の兄とともにリーグ優勝を成し遂げた。
そんな彼が国際的に注目を浴びたのは2009年のこと。地元スウェーデンで行なわれたU21欧州選手権では攻撃のタクトをふるい、チームのベスト4進出に大きく貢献。その直後の国内リーグ戦では2試合連続2得点を挙げるなど驚異的な活躍をみせた。同年夏、イングランドのエバートンFCやフルハムFCといったクラブが獲得に乗り出すなか、最終的にAZへ移籍する。クラブではフリーキックを任されるなどレギュラーとしてプレーしているようだ(今季のこれまでの成績は12試合4得点)。
スウェーデン代表では、同ポジションにはセバスティアン・ラーションなど強力なライバルがおり、また昨年は怪我や体調不良が重なったこともあり、レギュラー獲得には至っていない。だが、欧州選手権の予選が大詰めを迎える今年、代表での地位を確固たるものにしチームを本大会出場に導いてほしいものだ。
昨年のスウェーデン最優秀選手賞(Guldobollen)は、やはりというべきかズラタン・イブラヒモビッチが受賞した。史上最多となる4年連続5度目の受賞で、このことはもちろん快挙なのだが、一方で彼を脅かすライバルがいないことをさびしく思う。ラスムス・エルムには、一日でも早くイブラヒモビッチと肩を並べる存在になってほしい。
ラスムス・エルムの動画(Youtubeより)
次回はノルウェーのエリック・フーレクレップを紹介する予定。
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2010年12月12日
2010-2011シーズンのチャンピオンズリーグ・グループリーグが終了し、決勝トーナメントに進出する16チームが決定した。顔ぶれをみると、サッカーファンにとってあまり馴染みのないチームがある。デンマークのFCコペンハーゲンだ。FCバルセロナ(スペイン)、ルビン・カザン(ロシア)、パナシナイコス(ギリシャ)が同居するグループDに組み入れられたこのデンマーク王者は勝ち点10を獲得。FCバルセロナに続いてグループ2位の座を勝ち取り、クラブ史上、そしてデンマークのクラブとして初の決勝トーナメント進出を果たした。
いったい、誰がコペンハーゲンの決勝トーナメント進出を予想しただろうか。スカンジナビアのローゼンボリBK(ノルウェー)を破って本大会出場を決めた直後にデンマークのサッカー新聞『Tipsbladet』がWEB上で実施した読者アンケート「FCコペンハーゲンのグループDでの順位は?」では、3位と4位を選択した人の割合が全体の74%にのぼったことからもわかるように、コペンハーゲンのグループリーグ突破を予想した人は少なかった。では、コペンハーゲンが躍進した理由は何だろうか。
デンマーク国内では無敵の強さ
その前に、まずはコペンハーゲンというクラブについて簡単に紹介させていただきたい。
クラブが設立されたのは1992年のこと。15回の国内リーグ優勝経験をもつコペンハーゲン・ボルドクラブ、同7回のボルドクルッベン1903が合併してFCコペンハーゲンが誕生した。1992年設立ということで歴史は浅いが、コペンハーゲン・ボルドクラブが欧州最古のクラブチームであることから、「古くて新しいクラブ」といえるかもしれない。本拠地パーケンはクラブ設立と同じ年に建てられたスタジアムで、デンマーク代表のナショナルスタジアムでもある。合併後初のリーグ戦となった1993-1994シーズンにいきなり優勝を成し遂げるなど、過去18シーズンでリーグ制覇を8度達成。過去10シーズンの成績は優勝7回、2位2回、3位1回と無敵の強さを誇っている。今季も2位以下に勝ち点差19をつけ首位を独走。リーグ3連覇をほぼ確実なものとしている。
チームを指揮するのは、42歳のノルウェー人ストーレ・ソルバッケン。選手時代には1998年W杯、2000年欧州選手権にノルウェー代表としてメンバー入りし、またデンマークのオールボーBKでリーグ優勝を経験。だが、コペンハーゲン在籍時の2001年3月に心筋梗塞に陥り選手生命を絶たれ、翌年から監督としての道を歩むことに。ノルウェーのハム・カム、U17ノルウェー代表などを指揮したあと、2006年に監督として古巣コペンハーゲンに復帰した。なお、ソルバッケンとコペンハーゲンとの契約は2011年6月までで、2012年1月からは母国ノルウェーの代表監督に就任することが決まっている。
組織的な守備こそチームの最大の持ち味
ではそろそろ本題に入りたい。コペンハーゲンの躍進の理由について、3点を挙げたい。
1.洗練された守備の組織
「グループリーグを通して守備はパーフェクトに近い出来だった。恐れずにいう。守備の面でみれば、われわれは全出場チームのなかでも最高のチームのひとつだ」というソルバッケン監督の言葉どおり、第一に安定した守備力が挙げられる。
前線から最終ラインまでが間延びすることなく非常にコンパクトで、かつ連動性を感じさせた戦いぶりはまさに「機能美」という言葉が当てはまる。たとえばバルセロナとの2試合では、相手の中心選手リオネル・メッシのドリブルに対して、中盤と最終ラインが挟み込むようにしてボールを奪取するというシーンが何度かみられた。これは中盤と最終ライン間がコンパクトに保持されているからだ。また、中盤と最終ライン、そして前線がコンパクトに保たれているからこそ、グロンケアやエンドイェに対して効果的なパスが通り、チームの攻めをより鋭いものしていた。
現在のコペンハーゲンは、ヘンリク・ラーション、フレデリク・ユングベリを除けば無名選手ばかりで構成されていたにもかかわらず、組織的な守備を武器にアルゼンチン、イングランド、ナイジェリアが同居した「死の組」を1位で突破した日韓W杯時のスウェーデン代表を彷彿とさせる。
2.クラウデミールの加入
選手個人に目を向けると、ソルバッケン監督が「私がこれまで経験したなかでも最高の買い物」と絶賛するクラウデミールの存在が大きい。今季オランダのフィテッセからコペンハーゲンに加入したこの22歳のブラジル人は、昨季までレギュラーとしてセントラルMFと務めていたヤルテ・ボー・ノッレゴーからポジションを奪取。前任者が守備専任で攻撃面での貢献度が低かったのに対し、クラウデミールは足元の確かな技術と視野の広さでチームのオフェンスに厚みを加えた。またロングスローという飛び道具も備えており、予備選プレーオフの対ローゼンボリ戦では彼のロングスローから得点が生まれている。また第4節のバルセロナ戦では貴重な同点ゴールをたたき出し、同節のベストイレブンに選出。さらには、サッカーサイト『Goal.com』が選んだグループリーグベストイレブンにチームからただひとり名を連ねた。
3.グロンケアの復活
最後に、「欧州カップ戦を知る男」イェスパー・グロンケアについても触れたい。アヤックス(オランダ)やチェルシー(イングランド)といった国外ビッグクラブでのプレー経験をもつこの33歳が、若かりしころを思い起こさせる溌剌としたプレーを見せている。近年は得意のドリブル突破は鳴りを潜め、オスカル・ベントらの攻め上がりをサポートするといった黒子役に徹するシーンが目立っていたのだが、グループリーグでは自らがサイドでドリブル突破を仕掛けチャンスを演出する場面が多く見られた。上記したバルセロナ戦でのクラウデミールの同点ゴールは、このグロンケアのドリブル突破から生まれている。
そんなグロンケアに対するファンの期待は大きい。管理人は11月2日に行なわれたパーケンでのバルセロナ戦を現地観戦したのだが(詳細は後日アップします)、グロンケアの名前入りユニフォームを身にまとったファンが多く、また試合中では彼がサイドでボールを持つたびにものすごい歓声が上がったのをよくおぼえている。コペンハーゲンの選手としてCLに挑むのは2006-2007シーズンに続き2度目。前回は、グループリーグ初戦の前半途中で負傷してしまい思うようなプレーを披露できなかったのだが、今シーズンではそのときの鬱憤を晴らすかのような活躍を見せている。
コンディションの維持が重要
センターバックのミカエル・アントンソンの「ホームのバルセロナ戦(1-1の引き分け)ではほぼ互角の戦いができた。だから、われわれはどんなチームとも渡り合うことができる」という言葉どおり、コペンハーゲンはどのチームにとってもやりにくそうだ。とはいえ、コペンハーゲンにとって気がかりな点がある。コンディションの維持だ。というのも、デンマークリーグは12月上旬から3月上旬まで中断期間に入るからだ。デンマーク代表のモアテン・オルセン監督も「コペンハーゲンにとって問題なのは、デンマークリーグが中断期間に入るということ。彼らの好調さ、信頼、信念はチームにとって重要だが、これらが数ヶ月間の休みのあとも維持されるかどうか疑問だ」と懸念している。
昨年、一昨年と2シーズン連続でヨーロッパリーグ・グループリーグを突破したコペンハーゲンだが、国内リーグ中断中に挑んだ決勝トーナメント1回戦ではそれぞれマンチェスター・シティ(イングランド)、マルセイユ(フランス)相手に何の抵抗もできず敗退している。来年1月下旬にスペインのマラガで開催されるコパ・デル・ソルに参加し、また2月12日にはスウェーデンの強豪エルフスボリとの練習試合を予定しているコペンハーゲン。このなかでどれだけコンディションを良い方向に持っていくかがカギになりそうだ。
決勝トーナメントの組み合わせ抽選会は今月17日に行なわれる。デンマークのサッカーサイト『Onside.dk』が実施しているアンケート「決勝トーナメント1回戦でコペンハーゲンにとってもっとも理想的な相手は?」では、ドイツのシャルケ04を選択した人の割合が51%、ウクライナのシャフタール・ドネツクを選択したのが21%となっており、やはりというべきかファンは力の拮抗した相手との対戦を望んでいるようだ。ソルバッケン監督も「ドイツのクラブ、もしくはシャフタール・ドネツクが相手であればチャンスは十分にある」と話す。一方、守護神ヨハン・ビランドはトッテナム、グロンケアは古巣チェルシーとの対戦を熱望しているが、果たして・・・・・。
スカンジナビアのクラブにおけるチャンピオンズリーグ最高成績は、1994-1995シーズンにおけるIFKヨーテボリ(スウェーデン)、1996-1997シーズンにおけるローゼンボリBK(ノルウェー)のベスト8だ。コペンハーゲンが上記2クラブの成績に並び、願わくばそれ以上の成績を収めることを期待したい。
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2010年10月25日
スウェーデンリーグ・アルスベンスカン(1部)は残り3節となった。ヘルシンボリとマルメによる優勝争いはますます白熱しているが、2部リーグにあたるスーペレッタンは23日に全日程を終了した。優勝したのは、シリアンスカFC。シリア人によって結成された移民系クラブが、クラブ史上初となるアルスベンスカン昇格を決めた。
シリアンスカが誕生したのは1977年のこと。移民が多く生活するストックホルム南部のソーデルテルイェで、「シリア人」を意味するスリョイェ(Suryoye)という名前で設立された。1986年にシリアンスカと改名され、現在に至る。
クラブを指揮するのは、オスカン・メルケミシェル監督。42歳の指揮官は、子どものころからシリアンスカとともに生きてきた。
1968年にトルコで生まれたメルケミシェルは、2歳のときに両親の仕事の関係でドイツへ。そして8歳のとき、シリアンスカ発祥の地ソーデルテルイェに移住した。当時はボクシングに熱中しており、国内ジュニア選手権で決勝まで進んだことも。将来有望な選手として期待されていたという。
だが、ボクシングよりも彼を熱中させたもの、それがサッカーだった。10歳のときにシリアンスカの少年チームに入団。15歳のときに初めてトップチームでプレーし、以後シリアンスカだけでプレーしてきた。選手生活を終えたあともクラブに残り、スポーツチーフや会長といった仕事に従事。そして2005年、当時ディビジョン2(4部)に所属していたチームの監督に就任した。周囲のプレッシャーは大きかったが、やってけると確信していたという。
監督就任後、メルケミシェルはサッカーに、そしてシリアンスカにすべてを捧げてきた。サッカーに熱中するあまり、妻そして4人の子どもと過ごす時間が少なかったことを後悔することもあるという。
一切の妥協を許さないメルケミシェルは、選手そして自分自身に対して厳しい要求を課した。ピッチ内はもちろん、ピッチの外でも。クラブが組織として機能し、そしてチームにかかわるすべての人に対して何らかの規則を設けることがいかに重要かをつねに強調する。
そんな彼の姿勢はやがて実を結ぶことになる。初めてのスーペレッタンとなった昨季をいきなり4位でフィニッシュし、周囲を驚かせる。アルスベンスカン昇格へのプレーオフ出場権を得られる3位までの勝ち点差はわずか1だった。
そして今季、リーグ序盤から好調を維持。2位で迎えた最終節、引き分け以上で昇格が決定するという状況で挑んだベスビー戦では3-0で快勝。33年前にストックホルム南部で産声をあげた移民系クラブが、史上61番目のクラブとしてアルスベンスカン昇格を決めた。メルケミシェル監督は涙をながして喜びをあらわし、「アルスベンスカンは大きな夢だ。我々がアルスベンスカンに昇格したことは、世界中のシリア人にとってとても大きなことだ」と話した。
クラブ史上初となるアルスベンスカンだが、いうまでもなく厳しい戦いになることが予想される。シリアンスカと同様、移民によって設立されたアッシリスカが2004年にアルスベンスカンに昇格したが、わずか1シーズンで降格を余儀なくされた。彼らと同じ轍を踏まないよう、クラブは戦力強化の必要性を感じており、シャーベル・トウマ(現ユールゴーデン)、ロウアイ・チャンコ(現オールボー/デンマーク)の2選手の獲得を検討しているという。両選手とも、かつてはシリアンスカでプレーした経験をもつ。また、今季のチーム得点王であり、2002年にアルスベンスカン得点王に輝いたナイジェリア人FWイジェーが残留するかどうかも大きなポイントとなるだろう。
今年8月、スウェーデンで総選挙が行なわれ、フレデリク・ラインフェルト現首相の中道右派連立与党が勝利したのだが、大きな注目が集まったのが「反移民・反イスラム」を掲げる民主党が議席を獲得したことだった。
選挙の翌日、ストックホルムなどの大都市では民主党が議席を獲得したことに対するデモが行なわれた。管理人が登録しているSNS『フェイスブック』の友人(スウェーデン在住の移民)も極右の民主党が躍進したことを憂い、「いったいスウェーデンはどうなってしまったんだ?」といったコメントが多く見受けられた。
シリアンスカは、そんな移民たちにとって大きな希望ではないか。もちろん、移民といっても中東だけでなく南米や東欧などそれぞれがもつルーツは様々だ。スウェーデン社会に溶け込みまっとうな生活を送っている人もいれば、10年も在住しながらスウェーデン語を話せず、高福祉に依存している人など色々だ。シリアンスカが躍進しようがしまいが自分たちには関係ないと考える人もいるのは承知しており、シリアンスカを「移民たちの希望」などと書くと語弊があるかもしれない。だがそれでも、移民のサッカーがクラブがスウェーデンで生活する移民、そしてスウェーデン社会のどのような影響を与えるのか、見届けたい。
posted by swe1707 |22:35 |
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2010年08月11日
サッカー界において、どちらかといえばマイナスのイメージがつきまとう人工芝。「手入れが容易なため維持費用が安い」「天候に左右されず使用頻度が向上する」「見た目が綺麗」といったメリットよりも、「夏季において気温が上昇する」「地面が硬いため、身体への負担が大きい」「怪我をしやすい」といったデメリットのほうが上回っているように見受けられる。実際、Jリーグへ参加するクラブチームは天然芝のスタジアムを用意することを義務付けられており、人工芝の採用は許可されていない。
だが、クッション性に優れ天然芝に近い性質をもつロングパイル人工芝が開発されるなど、人工芝の技術は著しく進歩している。UEFA(欧州サッカー連盟)は2005-2006シーズンから公式戦で人工芝スタジアムの使用を許可し、また先の南アフリカW杯では、2会場において天然芝と人工芝を混ぜた「グラスマスター」という方式が採用された。
人工芝のスタジアムを導入するクラブは増えており、たとえば本田圭佑選手が所属するCSKAモスクワの本拠地ルジニキ・スタジアム、小林大悟選手が昨年までプレーしていたスタベックIFのテレノール・アレナ、オーストリアの名門レッドブル・ザルツブルクのレッドブル・アレーナのピッチは人工芝だ。
では、スカンジナビア諸国のリーグでは人工芝はどの程度普及しているのだろうか。厳寒な冬においては積雪により芝が育ちにくいということもあり、人工芝を採用するクラブは少なくない。
まずスウェーデンから。トップリーグ「アルスベンスカン」では、16チームのうちIFエルフスボリ、イェブレIF、オレブロー、IFブロンマポイカルナ、オートビーダベリFFの5チームが人工芝のスタジアムを所有。今季のアルスベンスカンの全612試合のうち、約3割にあたる238試合が人工芝のスタジアムで実施される。また、2部リーグにあたる「スーペルエッタン」でも、16チーム中同じく5チーム(GIFスンズバル、アッシリスカFF、シリアンスカFC、IFKノルショーピン、IKブラゲ)が人工芝のスタジアムをホームとして使用している。
ノルウェーのトップリーグ「ティッペリーガエン」では、16チームのうちほぼ半数にあたる7チーム(オーレスンSK、ホーネフォスBK、トロムソIL、コングスビンゲルIK、ストロムスゴッセIF、オッド・グレーンランBK、スタベックIF)が人工芝スタジアムを所有している。
だが、こうした状況に怒りを示しているのが、ローゼンボリBKでプレーするステッフェン・イベルセン。34歳のベテランは、「特別な天候下に置かれているトロムソを除いて、人工芝はリーガエンで禁止されるべきだ。ノルウェーのサッカーにおいて人工芝のピッチがこれほど多く存在することは恥ずべきことだ」と話している。
一方、デンマークの「スーペルリーガ」では、人工芝の採用は現時点では許可されていない。だが近い将来、人工芝が解禁される可能性もある。デンマークサッカー協会でコミュニケーション・チーフを務めるラース・ベレント氏は、「デンマーク国内における冬の気候を考慮するため人工芝を導入すべき」と語っている。
posted by swe1707 |12:41 |
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2010年07月12日
スウェーデンでは、毎年夏になると2つの国際ユース大会が開催される。ひとつが「ゴティア・カップ」。もうひとつが「ピーテオ・サマー・ゲーム」だ。
ゴティア・カップは世界最高の青少年クラブサッカー大会で、毎年7月中旬に第2の都市ヨーテボリで開催される。1975年に始まって以来、今日では世界約70カ国から10代の少年少女が参加(日本は未参加)。エマヌエル・アデバヨール(トーゴ)、アンドレア・ピルロ(イタリア)、ジュリオ・バティスタ(ブラジル)といった選手もこの大会でプレーした経験をもつ。
もうひとつのピーテオ・サマー・ゲームは、スウェーデンではゴティア・カップに次ぐ大きな国際大会だ。スウェーデン北部のピーテオで毎年6月下旬に行われ、6-15歳の少年少女が世界各国から集結ししのぎを削る。
今年、上記2大会を含む4つのトーナメントに出場するため、アジアからやってきたチームがある。その名はFCデレン墨田。チーム名から判断すると日本のクラブと思われるかもしれないが、実際はモンゴル人で構成されたチームだ。チームの会長を務めるのは、フットジャーナリストの森本高史氏。同氏が東京都墨田区出身であることがクラブ名の由来だ。
モンゴルの首都ウランバートルを本拠地とするデレン墨田は、モスクワを経由してスウェーデンにやってきた。今回のツアーを通して、4つの大会に参加する。先述したゴティア・カップとピーテオ・サマー・ゲーム、それに「ストールショークーペン」と「ダルカルリア・カップ」だ。ピーテオ・サマー・ゲームはすでに全日程が終了し、デレン墨田はベスト32という結果を残した。森本会長は、これらの大会の存在をスウェーデンの友人を通じて知った。「大会を通じて非常にたくさんのことを学んでいる」と森本会長は話す。
デレン墨田の監督を務めるのは、Garzd Magnal氏。また、ひとりのモンゴル代表選手がトレーニングスタッフとして従事している。今回のスウェーデン遠征に参加しているのは、11-12歳で構成された男子チームだ。
モンゴルでは、サッカーのほかに柔道とレスリングが人気のスポーツだ。それでも、デレン墨田のNyam Bayar選手にとってはサッカーが一番だ。
「スポーツは好きだけど、サッカーが一番好き。ウェイン・ルーニーが僕のお気に入りさ」
先述したように、ピーテオ・サマー・ゲームではベスト32という好成績を残したが、それでも苦労している点はある。たとえば、接近戦だ。スウェーデンやノルウェーといった北欧諸国の選手と比べ、体格で圧倒的に劣るモンゴルの少年たち。「ボールを奪い返すには2人、ときには3人で行かなければならない」と森本会長は話す。
だが、体格で劣る点はテクニックと運動量でカバー。ベスト32入りしたピーテア・サマー・ゲームでは、グループリーグを無失点で突破。ストールショークーペンでもグループリーグを勝ち抜き、リアーネSK(ノルウェー)との決勝トーナメント1回戦では試合終了間際に同点に追いつき、最後はPK戦で勝利。続くクビーケンボリIF(スウェーデン)との試合では1-4で敗れたが、堂々のベスト16入りを果たした。
これまで2つの大会を消化したデレン墨田。3つ目のトーナメントのダルカルリア・カップは現在開催中。そしてゴティア・カップは18日にスタートする。
スウェーデンでのモンゴル旋風に期待したい。
2010年7月7日 zport.seより
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