2007年05月23日
落日から没落へ~Leeds United3部降格の真実~
ハリー・キューウェル、アラン・スミス、ジョナサン・ウッドゲート、リオ・ファーディナンド、マーク・ヴィドゥカ・・・。 この錚々たる名前を見て、チャンピオンズ・リーグ2000-2001(以下CL)で大暴れしたLeeds United(以下Leeds)を思い出された方も多いだろう。 あれから6年。前身であるLeeds Cityの創設から数えて103年、Leed Unitedとしては83年のクラブ史上、最悪の状況へと落ち込んだ。 何がLeeds Unitedをここまで没落させたのか。 103年の歴史を一気に消し去ったこの10年間に焦点を当ててみた。 時間を掛け、ネットを徘徊し続けて探し出した断片的な情報を整理すればするほど、筆者の頭の中は怒りと悲しみだけが充満した。
【1997-1999 橋頭堡】 1997-1998シーズン。 ジョージ・グレアム監督の下、Leedsは近年で最高となる5位でシーズンを終え、翌年のUEFA Cup出場権を手に入れた。 この功績が認められたか、翌1998-1999シーズン開幕直後に、グレアムはトットナム監督へ就任するため、Leedsを離れていった。 今までどちらかと言えば「地味な中堅チーム」から脱することのなかったLeedsで監督を続けるよりも、古豪トットナムの監督がよっぽど魅力的であったろうし、彼の選択は正しく思われた。 一方でピーター・リズデール会長は、レスター・シティ監督のマーティン・オニールに触手を伸ばすも、レスターサポーターからの猛抗議を受け、合えなくグレアムのアシスタントコーチをしていたディビッド・オレアリーに流れつくように就任を要請。 結果的にはこの起用がチームを世界を驚かす「Young Leeds」へと羽ばたかせることとなった。 オレアリーは若手を中心にチームを構成することを宣言。 ハリー・キューウェル、イアン・ハートの1軍で活躍する選手達に、ステファン・マクフェイル、ジョナサン・ウッドゲート、アラン・スミス、を加え、後の礎を築いた。 この若手起用戦術は見事に結果となって集束され、1998-1999シーズンを4位で終えた。 これにより、Leedsは翌年のUEFA Cup出場権を得ることとなった。 【1999-2000シーズン 夢と破滅の入り口】 ディビッド・オレアリーはUEFAカップとリーグ戦を戦い抜くべく新体制を整え始める。 その新体制に要する費用の元手は、入場料収入が対前年20%、テレビ放映権料で同40%増、マーチャンダイジングにおいては13%増と、収入も急激に増え始め、サッカーチームにおいては異例とも言える安定した収益によるものである。 リズデールは 「正しい補強をすることで、我々はプレミアシップの頂点を獲得し、毎回でもCLに出場することが出来ると信じていた。そのために我々は、自分たちが前に進むために何がチームに必要かを見極めたのだ。」 と今尚語っている。 その言葉の結果として、 ・アイリク・バッケ 175万ポンド ・ダニー・ミルズ 400万ポンド ・マイケル・デュバリー 450万ポンド ・マイケル・ブリッジズ 500万ポンド========合計 1,525万ポンド の選手補強を行った。 先に述べた通り、この1,525万ポンド、1ポンド200円換算で30億円強の補強は当時のLeedsにはかなりの額であった。 元来ウッドゲート、スミス、キューウェルといったタレントを揃えていたので、そもそもが金持ちクラブであると勘違いされがちであるが、実のところは「育てた選手でどうやってビッグクラブに勝つか」がテーマの中堅チームであった。 その中堅クラブにすれば、この30億円超の補強費用は莫大である。 先に述べた安定した収入、と言えども、1998-1999シーズンのチーム収入は3700万ポンド。 すなはち、収入の40%をこの選手獲得に要した計算になる。 3700万ポンドの収入から、既存の選手・スタッフの給与を始めとする必要経費をし払わなければならないのは当たり前の話なのだから、新規投資に収入の40%も掛けるというのは、バランスシート的にみても「適当」とは言い難い戦略ともいえる。 (ちなみに、マンチェスター・ユナイテッドは300億円以上(1億500万ポンド)の年間収入を安定的に確保。) しかし、そのような過剰投資とも思える投資であっても、全く問題なく機能してしまうというのが近年のサッカー界でもあった。 Leedsはお金のマジックに取り付かれるように過剰投資を行った。 2000-2001シーズンのCLでの大活躍、後にやってくる経営破綻。 この両者を現実とする入り口がこの1999-2000シーズンにあったと言っても過言ではない。 【1,525万ポンドの裏側で】 先に述べた総計1,525万ポンドという巨額の取引の裏側をここで見ていきたい。 Leedsが経営破たんした直接的な理由として多く語られているのが、2001-2002のCLに出場できなかったためと言われている。 これは強ち嘘ではないが、これが直接的な原因ではない。 原因はあくまでも「身の丈に合わない」1,525万ポンドの補強にあったのだ。 元来銀行はサッカークラブという企業体を適当な融資先として目していなかった。 サッカークラブが持ちえる財産と言えばスタジアムだが、そもそもスタジアムという建造物そのものが使い捨て用途ともいえる「競技の開催」でしか利用されないこと、そしてまたその土地は「特定利用」という計画地になっている場合が多いため、例え銀行が担保設定し、その土地を有したとしても商業施設化することが極めて難しい。 それ故に、銀行はクラブへの貸し出しを行わず、中堅クラブにとっては派手な投資が出来ず、高騰化する選手年俸の支払いが出来ない、というスパイラルに取り込まれてしまう。 そのスパイラルの只中にいながらも、足元の見えないリズデールはチームの飛躍的ビッグクラブ化を模索し、数々の金融取引を試みたにも拘らず、全てが徒労に終わるという結果に陥り頭を抱えていた。 そんなときにリズデールは、当時不況に喘いでいたChelseaを金融取引で助けたと噂になっていたレイ・ランソンの存在を聞き、すぐにLeedsへと呼び寄せた。 The Cityで保険業・証券業で成功していたランソンは、フットボールビジネスにも精通しており、自身の資産をLeedsに提供する代わりに、Leedsの金融オペレーションの一切を取り仕切ることとした。 ランソンは自身が持つ金融知識とあらゆるコネを使い、500万ポンドという金額を用立てることに成功した。 が、先に述べた理由により、サッカークラブへの貸し渋りを行っていた銀行は、これを4年という短期賃借契約で貸し出したのである。 更に、金融機関はオプションを付加した。 「何らかの理由によって選手価値が低下した場合には、貸し出し時の市場価値との差額を銀行が請求できる」 という筋が通っていそうで通っていないオプションである。 更には、ランソンが最も得意とする保険業により、 「クラブが経営破綻した場合には、ドイツの保険会社により、借入金は全額返済される」 というオプションまでつけられた。 すなはちLeedsは4年の間に500万ポンドという金額返済を約束させられたばかりか、チームの経営の破綻リスクまで背負わされることとなったのである。 こういった欠点があることを度外視して、チームは選手獲得のコストを銀行、保険会社、チーム自体に分散化されるという目先の利点に捉われ、サインをする運びになってしまったのである。 先に挙げた4選手の獲得資金は、この金融取引によって一部補填される形となった。 が、3部(1st Division)降格という歴史上最悪の結末に至った2006-2007シーズンまで、Leedsを苦しませ続ける元凶となってしまったのである。 この金融取引が成功裡に終わったがために、経営陣は「チーム強化は金融取引で」という悪しき思考能力を手に入れてしまったのである。 一方でチームはこの補強の影響もあり、UEFAカップは準決勝進出、プレミアリーグでもCL出場権を獲得する3位でシーズンを終えた。 補強したブリッジスは34試合出場で19得点と大活躍した。 チームは莫大な収入が期待されるCL出場に向けて、重要な過渡期に差し掛かっていた。 後の参考のためまでに触れると、この年のチーム収入前年比56%アップのは5700万ポンドであった。 【2000-2001 快進撃と増えた負担】 帳簿上の数字は素晴らしく良く見えた。 前年比54%アップと言う数字は、一般企業では成しえない数字であり、入場収入だけでも33%も上昇していたのである。 更にはCL出場権を獲得したがために、このシーズンのチーム収入は飛躍的に上昇することが見込めていた。 前年のUEFAカップ準決勝出場によりクラブが手にしたと言われているのが690万ポンド。 この年のCL出場による収入は、グループステージを突破すれば1500万ポンドと言われていた。 つまりは、昨シーズン開幕前に補強した選手の借金が全て返済できるだけの金額が期待できたのである。 ここまでの計算は誰でも出来る。 が、取らぬ狸の皮算用を実行に移すか否かは経営陣の手腕にかかっているし、グループステージの力関係がわからない段階でこれを実行してしまうのは、あまりにもリスクが高すぎることは誰にでも理解が出来る。 totoBIGの賞金が6億円だから、といって当たってもいないのに家を買う愚か者はどこにもいない。 が、飛ぶ鳥を落とす勢いで策が当たり続けたリズデールはここでも思い切った策に出る。 監督であるオレアリーが要求したDF、MF、FWでレベルの高い選手を各1人ずつ補強したい、という希望を叶えてやることとした。 この時点での補強選手とその移籍金が以下のリストである。 ・ドミニク・マッテオ 425万ポンド ・オリヴィエ・ダクール 720万ポンド ・マーク・ヴィドゥカ 600万ポンド========合計 1,745万ポンド これらの移籍を実現する為に必要だったのは、昨年同様に金融スペシャリストであった。 ランソンが再びここで登場することとなる。 ランソンはまずダクールの移籍金捻出のために昨シーズン同様のパッケージを作成、そのパッケージが実行に移されている間に、即座にヴィドゥカ移籍に関するパッケージ作成に取り掛かっている。 そうこうしているうちにCLグループステージの組み合わせが発表される。 レアル・マドリー、ラツィオ、アンデルレヒト。 リズデールとオレアリーは焦燥したことであろう。 欧州の部隊を席巻してきたスペインとイタリアの強豪と同じチームである。 同時に恐ろしいまでの机上の空論を展開したはずだ。 彼らに勝利し、グループリーグ突破ともなれば、莫大な収入が得られるのではないかと。 この焦燥と空論が混ざり合った結果、驚くべき移籍が実行されるのである。 それはクラブが強豪に勝つために必要であった補強策である。 一方でクラブが完全に借金まみれになることを決定付けた補強策でもあった。 当時のDF選手として最高の移籍金、1800万ポンドでWestHamからリオ・ファーディナンドが加わった。 既に3,000万ポンドもの補強費用を借金によって捻出した上に、この1800万ポンドの取引もまた、同様に金融手段で賄われていることは言うまでもない。 5700万ポンドの収入に対して3600万ポンド近い出資。 それらの処理を進めたランソンに対して、クラブは4半期ごとに返済をしなくてはならない状況に陥っていた。 クラブの負債はクラブ史上みたこともないような金額に膨らんでいたのである。 そのためにクラブはこの負債を少しでも減らすことを考え、本来は「その選手の契約期間中に全額を返済する」としていた条項を「契約期間中に返済するのは50%まで」としてもらえるように提案し、この提案は成功裡に終わった。 少なくともこれでクラブの当座負担が多少減ったわけだが、実のところ返済の先延ばしをしたに過ぎなかった。 つまるところ、この時点でクラブは完全なまでに債務超過に陥ったのである。 そういった裏側の事情を知ってか知らずか、選手の活躍ぶりは目を見張るものがあった。 チームそのものは驚異的な勝ち星を上げ続け、CLの決勝トーナメントに進んだのみならず、圧倒的不利との声もあったDeportivo戦にも勝利をし、準決勝進出を決めたのである。 惜しくも準決勝ではValenciaの前に屈したものの、その勢いと若きタレントが世界に与えたインパクトは、驚愕と賞賛に値するものであった。 その効果は2000万ポンドという現金価値をクラブに与え、逼迫する財政の一助となった。 がしかし、単純に移籍金の支出だけで考えてもマイナス1600万ポンドの負債が残るだけでしかなかった。 こう考えると、ミラクルとも形容されたLeedsの快進撃が、悲しくも思えてくるのは筆者だけだろうか。 【悪魔に魂を売ったクラブ】 とにもかくにも、逼迫どころか完全に負債に圧迫されている目先の財政事情を改善することだけが、Leedsの理事会の唯一の仕事に近かった。 もはや「保険のマジシャン」ランソンの手腕だけではその窮状を凌ぐことも出来ないと悟った理事会は、遂にフットボールにど素人な金融プロフェッショナルを招聘した。 スティーブン・シェクターである。 ランソンがその血にフットボールへの愛情を滾らせているとすれば、シェクターは根っからの金融屋でしかない。 シェクターは、1999年に同じく財政面で苦しんでいたNew Castleの手助けを求められた。 その際に発した言葉が「ニューキャッスルってどこ?」というぐらいのど素人である。 ランソンが「保険のマジシャン」なら、さしづめシェクターは「金融の魔法使い」で、ウォール街を席巻した後に、ザ・シティに乗り込んできた、当時シュローダーズの凄腕オペレーターであった。 わずか数ヶ月でニューキャッスルに5500万ポンドの現金をもたらした実績は十分すぎるほどであったし、Southernpton、Ipswitchというチームもまた、同様の手腕で救っているのである。 そのシェクターをLeedsは呼び寄せて、こう伝えたという。 「財政の建て直しのためには、再びCLへ出場することが最低限必要だ。その価値は5000万ポンドに及ぶ」と。 その言葉を聞いたシェクターはすぐさま帳簿のチェックに取り掛かった。 ランソンが保険を利用することで金策を建てたのと同様に、シェクターもまたすぐにその対策を見つけ出した。 シェクターが見出したのは、例えLeedsがPremierから降格しようともLeedsには確固たる資産であるスタジアムと、チームに対してローヤリティを支払うファンがいる、という点である。 常に20,000~25,000の集客をしているLeedsのサポーターが、ここにきて格好の「垂れ流し経営」の的になってしまったのである。 シェクターはロンドンとニューヨークの貸主に対して、これらを「証券化」して差し出すことを考え付いたのである。 ローンの総支払期日は25年以上で設定された。 さらには、「Lock Box」と言われる固定の返済専用口座及び資産をクラブは用意することで、年に1度の再度の支払いが成されるという契約であった。 クラブは毎年夏に売り出されるシーズンチケットやボックスシートの売上をこのLock Boxに9月1日まで振り込むことで、その返済を行うこととしたのである。 それでは9月1日に、すこしでも返済が滞ったらどうなるのか。 同様に差出したクラブ資産を、貸主である金融機関が自由にすることが出来たのである。 正に、クラブが悪魔に魂を売ってしまった瞬間である。 結果として、英国フットボール史上最大の証券化大作戦は、大成功を収めた。 クラブは実に6000万ポンドに及ぶ融資を手にすることが出来たのである。 が、悲しいかなこの時点で、理事会の誰もが悪魔に魂を売ったことに気づいていなかったのである。 2001年秋のことであった。 【2001-2002 終わりの始まり】 2000-2001シーズンのクラブ営業利益は300%Upの入場収入、40%UPのマーチャンダイジング、そして200%Upの放映権に支えられてで8600万ポンドにまで上昇するという「好景気」に見舞われていた。 Premiershipで4位に入ったことで、賞金が得られたことも手伝ったのであろう。 本来スタジアムの新設など、長期的資金調達に用いられるべき証券化の手段で得た「更なる」6000万ポンドの融資を、Leeds理事会は相変わらず選手補強に使っていた。 ・ロビー・キーン 1,200万ポンド ・ロビー・ファウラー 1,100万ポンド ・セス・ジョンソン 700万ポンド========合計 2,900万ポンド また同時期に、医療設備やトレーニング施設の大幅な改修に費用を投じてもいる。 が、この裏には実に多くの悪魔が発した警告がある。 1)CLで快進撃を続けたにも関わらず、Premiershipで4位となってしまったことで、チームはCLへの出場権を失ってしまった。 反面で、 2)1200万ポンドであった選手年俸総額が、ユース契約から脱する選手が多くいたために、3800万ポンドにまで上昇していた。 増加の一途を辿る負債と止め処なく使われ続ける強化費用。 もはやバランスシートとは言葉だけとなり、帳簿も役に立ってもいなかったのではあるまいか。 チームはこれらの大型補強のお陰か、はたまたそれにも関わらずか、無難な戦いを続け、シーズンを5位で終了をした。 が、これはまた同様に2年連続でのCL出場権を逃したことを意味した。 もうこれ以上チームが借金を抱え続けることは不可能となった。 垂れ流し経営のツケが遂に回ってきたのである。 この結果を受けて、オレアリー監督は辞任を余儀なくされる。 彼のチーム経営を省みなかった補強案がこの財政破綻を招いたと言っても過言ではない。 そして、それと時を同じくして、放漫経営の責任者であるリズデールも会長職を辞任した。 更に最悪なことに、リズデールは融資を受けた金でオフィスに飾る金魚、個人の車、理事会メンバーのファーストクラスチケットなどまでも捻出していたのである。 開いた口が塞がらないとはこのことである。 クラブは愚かな個人によって私物化され、その由緒ある歴史を食いつぶされることとなったのである。 終わりの始まりがやってきた。 【2002-2003 そして誰もいなくなった】 大金を得る方策が尽きたクラブに残るのは、その貴重な戦力を切り売りすることであった。 サポーターにとっては一日一日が地獄のような日々であった。 シーズン開始前から後に至るまでの放出選手を列挙する。 ・リオ・ファーディナンド 3,000万ポンド ・ロビー・キーン 1,200万ポンド ・リー・ボウヤー 10万ポンド ・オリヴィエ・ダクール 3万5000ポンド ・ロビー・ファウラー 600万ポンド ・ジョナサン・ウッドゲート 1,500万ポンド ・ハリー・キューウェル 500万ポンド ・マーク・ヴィドゥカ 450万ポンド(2004年1月) ・ポール・ロビンソン 150万ポンド(2004年1月) ・アラン・スミス 700万ポンド(2004年1月)============= 8,113.5万ポンド 先述してきた補強資金にほぼ等しい額で、獲得した以上の戦力を吐き出すこととなってしまった。 ファーディナンドの移籍に始まり、生え抜きだったスミスの移籍で幕を閉じたこの協奏曲が表現したものは、Leeds United没落の日であった。 後任のテリー・ベナブルズもピーター・リードも、誰もチームの窮地を救うことは出来なかった。 サポーターは「We're going down in a minuite...」と歌い続け、自嘲するしか術がなかった。 シーズン終了時15位。2部Championshipへの降格となった。 【後遺症だけが残った】 上位争いを期待されたChampionshipであったが、クラブはアーロン・レノンなど期待の若手など、売れる物は親の形見でも売った。 何もかもが日に日に売られていき、最後に残ったのはなけなしの金で借りてきたローン契約の選手と、フリー移籍で獲得したベテラン選手ばかりになってしまった。 チームはあの栄光の日々の面影もなく、監督はリード、エディ・グレイ、ケヴィン・ブラックウェル、デニス・ワイズと目まぐるしく変わっていった。 唯一Leedsサポーターが夢を見れたとすれば、ゆっくりと確実にチームを立て直したケヴィン・ブラックウェル指揮下で、チームが昇格プレーオフに進出した2005-2006シーズンだっただろう。 2年間かけて見続けた夢は、あえなく一夜で散った。 が、それは本来2006-2007にも続けてみることが出来る夢であったはずだ。 にも拘らず、チームは開幕から降格圏内に安住してしまい、遂にはクラブの監査を受けて、未だにあの忌まわしき借金の後遺症に悩まされていることだけが白日の下に曝された。 勝点10を剥奪され、チームは遂に3部降格となった。 チームは毎年恒例となった再建策を懸命に練っている。 前チームディレクターであるサイモン・モリスがチームを買い、50000人規模の新スタジアムを建築などを計画している。 その一方で英雄的な監督であったドン・リーヴィーの息子ダンカン・リーヴィーもまた、チームを買い取るつもりがあることを表明している。 既に管財人の管理下に置かれているチームであるが、前会長であるケン・ベイツもまた、チームの買戻しを画策している。 ベイツはシーズン終了以前に監査を受け入れ、まだ残留の可能性があったチームを3部に突き落とした張本人でもある。 その上、クラブの商業的部分のみをLeeds United Football Club Ltd.なる、自身が会長を勤める会社で買い取ると言う、摩訶不思議な策をとっている。 ファンドを活用し、金銭的な部分でなんとかクラブ再建の道を辿るベイツ。 それに対抗し、「金ではなく、いかに「元いた場所」にチームを戻すかの具体案を示すべきだ」と、クラブ愛に熱弁を揮うリーヴィー。 30歳という若さと、企業家としての経験を売りにするモリス。 誰がクラブを買い取ろうとも、まずは3800万ポンドという借金の返済が最優先事項である。 Leedsの今後は予断を許さない。 クラブの歴史上初となる3部でのプレー。 そのシーズンが始まるまでに、とにかく財政面の建て直し、及び1年でChampionship昇格を出来るチーム体制を整える必要がある。 後遺症は重い。 「もしもあの時、CLで優勝できていたなら何か変わっただろうか」 たらればとノスタルジーに浸る暇はない。 落日と没落の年月を経て、LeedsがRevivalすることを願ってやまない。 参考) www.bbc.co.uk www.guardian.co.uk www.express.co.uk www.dailymail.co.uk www.thesun.co.uk www.sundaymirror.co.uk 他
posted by stanger |22:43 |
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そのニュースを聞いて、書棚にあった古い「Number plus」を引っ張り出した。 今から6年前のそれは、少し色褪せていて、それだけでも古さを感じる。 裏表紙にはとっくに絶版になった車の広告。 どうしても、この号に載っていた特集を思い出せずにはいられなかった。 ページをめくって、ニコリと微笑む2人の若者の顔を確認した。 今もチームメートの2人だが、6年前は今とは違うクラブで、やはりチームメイトだった。 シーズンオフを利用して、強行日程ながら日本へやってきた様子が描かれている。 22歳の若者は、母親も同行さ
2007-05-24 03:16 | 続きを読む


