2006年10月16日

少年サッカーのジレンマ

筆者は一応指導暦がある。C級を持っていたりする。
が、現在は指導者の立場から少々距離を置いている。
理由は2つある。
1つ目は単純で、2年前に現在の住まい(千葉県浦安市)に引越し、そのまま安穏と暮らしてきたら、あっという間に今日になってしまったということ。
もう1点は、少年サッカーの指導において必ず付きまとう「ジレンマ」に疲れたから。

少年サッカーというものは、その母体が学校のクラブ活動であろうが私設のチームであろうが、多少のお月謝を頂いて、よそ様のお子さんを預かるという組織帯とここでは思っていただきたい。
さらには、Jリーグチームの下部組織のように、セレクションを行わずに、入団したい子供は皆入れるという、いわゆるどこにでもあるチームを指している。
つまり、○昨日までは全く知らなかった様々なレベルの不特定多数の子供達でチームを作りある程度の成績を収めなくてはならない、ということが要求される。
上記の○で強調している要素というのは、実はボランティア少年サッカー指導者の醍醐味である。
これらの要素を全て踏まえたうえで、いかにチームとして機能させ、子供達が楽しくプレーできるか、これを日夜考えて指導方法を考えたり、練習メニューを考えたりする。
最後の○ある程度の成績、というは、チームスポーツにおいて「勝利」が目標とされる中でおかしいのではないかと考える方もいると思うので、説明させて頂く。
ある程度、というのは極めて曖昧で、「どこまで」というのは無い。
但し、不特定多数の、選手個々のレベルもばらばらなチームの場合、全ての試合に勝利するためには、「比較的上手な子」だけで試合を行うことになる。
これは子供達の間に無用な序列をつけることとなり、ベンチに座る子供にとっては練習ですら苦痛でしかしょうがなくなる。
先にも述べた通り、セレクションを行っているわけではないので、上手じゃない子もいるのだから、皆が試合に出れる環境を作ってあげなければならない。
だからと言って、平等にばかりしていて勝てないと、次の子供達が入団してくれなくなる。
だから「それなり」に勝たなくてはならない場面がある。
無論、上手ではない子、が確変したかのうように大活躍することもあるのだから、少年サッカーというのは本当に面白い。

実のところ、ジレンマに悩まされるのがこの「それなりに」の考え方によるところである場合が多い。
コーチも含めた大人の論理で言うと、やはり試合には勝って欲しいものである。
が、コーチにとってみれば、基本的には相手チームとの力関係も分っているし、どの子が上手いかも分っているので、その試合の行方は大方予想が付いてしまうのも事実だ。
だからこそ、流れの中で普段出れない子を出してあげたり、上手な子には更に別の経験をさせるべくポジションを替えたりという方策を講じることがある。
これらの行為が、親御さん(特に上手な子供の)の逆鱗に触れることがある。
保護者会や試合の後に呼び出されては
「あそこであの子を入れた意図を教えろ」
「うちの子供を中盤に置いておけば勝つ可能性はあったはずだ」
などなど。
これはいつでもどこでもある話ではないが、決して極端な話ではないはずだ。
その度にチームの理念を説明し、更には試合開始から試合終了の局面全てにおいてを詳細に説明しなくてはならない。
その場はなんとか納得頂いたとしても、人の口には戸はなんとやら。
親御さん同士の飲み会やらで話がかなり歪曲されて他の親御さんに伝わる。
「あいつは「試合に勝たなくてもいい」と言った。」
「あの試合の中ではうちの子が必要なかったと言った。」
などなど。
こっちからすれば「じゃあ、あんたの息子(娘)が下手だったらどうすんだ?胸を張って同じこと言えんのか、コノヤロー!」って言いたくもなる。
言ってしまえば血を見ることになるので言わない。
その反面、もしもその子供が上手じゃなかった場合に「あなたのお子さんは上手くないから試合に出せません。」とは子供を指導している立場上、口が裂けても言えない。
だから一生懸命に理念に基づいて説明する。ジレンマに苛まされながら。
「そりゃ俺だってあんたの子供に頼って優勝監督になれればさ・・・でも」なんて風に苛まされながら。

筆者にとっての少年サッカーの魅力は、3年生なら3年生が殆ど同じメンバーで6年生まで一緒にプレーする点にある。
実は子供達の方がお互いに気遣っていて、誰にボールを渡すべきか、自分は何をすべきか、をどんどん考えて実践している。
プレーヤーとして、スポーツマンとして沢山のことを吸収している彼らの成長を見れるということは、コーチ陣にとっても教えられることが沢山ある。
去年と今年の違いはスポンジのようになんでも吸収する少年期では顕著だ。
親は無くても子は育つ。コーチ無くとも選手は育つ、だろうか。
そう考えると、理念も夢も、大人のエゴでしかないのかもしれないと思える。
理想としては、我々大人は、ゆったり構えて子供にプレーさせてあげるだけでいいのだろうか。

今日も明日も来年も、どこかでコーチと親の論争が続いていく。
「勝ちたいけどでも・・・」
「うちの子が・・・」
延々続くねじれの構造。
これもまた少年サッカーの魅力なのかもしれない。

10月15日、浦安市のとある小学校でフェンス越しにみた練習風景を見ながら思ったこと。

posted by stanger |17:47 | 箸休め | コメント(0) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

トラックバックURL
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/stanger/tb_ping/11
コメントする