Football Memorandum

サッカーとインターネット〜審判批判に起因して〜

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2012年9月5日(水)に味の素スタジアムで行われたナビスコ杯準決勝1stレグは、審判のジャッジが勝敗に大きな影響を与えた。僕本人はその場面を現場で見ていないが、Youtbeなどネット上の素材を見る限り、両チーム及びサポーターには思うところが多くあったはずだ。

つい先だって行われたEURO2012然り、今シーズンのJリーグ然り、審判に対する批判は年を追う毎に増しているように感じる。





過去にも(といっても4年前だけど)に当Blogでも述べたように、この根本原因は変わっていないように思う。

4年前の記事から抜粋すると、誤審や審判批判の根本は

     A.審判員個人の問題
     B.ゲームコントロールにおける問題(技術面) 
     C.ミスジャッジ(技術面)

で変化は無いと思っている。

更に4年前に僕が言及したことを付け加えると、

     D.観戦側のルール認識

というものもあると思っている。



ただ、近年のサッカーにおいては、これらの要素を更に複雑にするものが出てきている。

テクノロジーの進化によって、サッカー、特に審判員が置かれている立場が難しくなっている事を理解する必要があると思う。

所謂ゴールラインテクノロジーやバードビューと言われる仕組みとしてのテクノロジーに触れるつもりは無い。

審判を取り巻く環境としてのテクノロジーについて、つまり、見る側が利用するテクノロジーと審判批判の関係について、大まかなインターネットの進展を持ち出して考えてみた。



■インターネット勃興期■

概ね多くの方々がインターネットを利用されたのは、所謂ネットバブルといわれる2000年前後ではないだろうか。
一家に1台のパソコンが、少しずつ一人に1台のパソコンになっていった時代だ。
この頃に、観戦者/サポーターが情報を発信する手段は、ホームページ作成だった。
HTMLと言われるプログラミング言語を使い、ホームページを生成し、そこにまたHTMLで自分の意見や発信したい情報を乗せて行く。
フォントの大小も色も、全て< >で囲い、微調整を繰り返してようやく自分のサイトが完成する。
だからといって、そのサイトを誰かが見る保証もなく、ただただ自己満足の世界で情報を発信し続ける。
誰かが見てくれたとしても、そのフィードバックを得られる可能性はほぼ0に等しい時代だった。

では、この時代の審判に対する批判というのはどういう形で目にしただろうか。
恐らくは、2ちゃんねるといった「掲示板サービス」や、一部の雑誌、新聞に取り上げられる程度であった。
つまりは、この段階では「限られた人だけがその情報を見られる」という時代にあったと思う。

■Blog時代■

本Blogを開始したのは、遡ると2006年。
個人としては、それ以前にあっちのBlogサービス、こっちのBlogサービスと3日坊主を繰り返していたので、実質は2004年末ぐらいからはBlogを利用していた。
前述のインターネット勃興期を経て、つい先日までは情報発信、意見発信をする為に懸命にタグを打っていたのが、テキストボックスにタイプし、"投稿"ボタンを押す事で、自分だけの意見表明の世界を作る事が出来るようになった。
インターネットを介して有名人になったり、アフィリエイトで儲かる、等の有象無象の噂が流れれば流れるほど、ユーザーはBlogへの興味をそそられてチャレンジすることになる。
となると、試合を観た感想を書き連ね、自分のサッカー観を表明したくなる(当Blogも同様)。
ただ、この場合もやはり、ホームページ作成時代と同様に、「閲覧される」ことには相当な努力を要した。
検索エンジンに引っかかるように、懸命に努力を重ねたりBlogポータル(サッカーで言えばさっかりんなど)に登録したりとしない限りは、1日のアクセス数は0もしくは検索ロボットのクロールに引っかかるのが関の山で、結局誰にも見られることなく、多くのBlogサイトが消えいく運命を辿ったりする。

この時代の審判批判はやはり、ホームページ作成時代よりは垣根が低くなったものの、ネット事情に精通した人や、よほど上手く宣伝されたり(場合によっては炎上したり)しない限りは、個人の意見が広く世に伝わることは無かった。

■SNSの到来■

この流れを大きく変えたのがSNSであることは、ここまで読んで頂いた方にはすぐにお分かりになるはずだ。
mixiやtwitter、Facebookといったサービスを利用することによって、今までは「問わず語り」だった自分の意見への反応が見えるようになった。
コミュニティやフォローと言った仕組みを利用することで、自分と同じグループ、つまりクラスターに所属する人を見つけやすくなり、ヴァーチャルな連帯感を形成しやすくなった。
特にTwitterが2009年頃から爆発的なユーザー増加をしたことによって、ファン/サポーターはリアルタイムに情報/意見発信をする手段を手に入れたと言える。

これによって何が起こったかというと、今まではホームページ/Blogという所謂「ストック型」だったネットコンテンツが、「フロー型」に変体したのではないかと思う。
言うなれば、脊髄反射的にいいものはいい、悪い物は悪い、と意見表明出来るようになった。
これによって審判批判も爆発的に拡大したとも思える。
過去には、その場で「あれ?今の判定は正しいのだろうか」と思っても、せいぜい横にいる友人、家族に聞く程度であったものが、Twitterで呟くことで同調者を多く集めることが出来るようになった。
するとその流れが拡大、拡散して、
「ク○レフリー!」
という予定調和的な流れが巻き起こる。
しかし一方では、録画などの巻き戻し、スロー再生機能を持つ「ストック型」メディアで見ると、正しい判定であることが分かるケースも多かったりする。
逆に間違った判定であることも手に取るように分かるケースもある。
が、それが分かった時点においては、既に「ク○レフリー」という情報は拡散を続け、川の遥か下流に流されてしまっており、自分の言葉を紡ぎ直すことは難しい。
なんとか「さっきのは間違いでした。ごめんなさい」と取り戻そうにも、そういった言葉は同じ拡散の路線には乗せられないという不合理が生じる。
つまり、その即物的な「ク○レフリー」という言葉はどんどん拡散されるも、「正しいジャッジ!」という言葉はなかなか拡散されにくい。
僕はこの事を批判するつもりは毛頭ない。
2002年の日韓ワールドカップを境に、国内でのサッカー認知度は向上し、1億総評論家時代が到来した。
そこにテクノロジーの進化が伴って、1億の評論家が自由に評論を行えるようになったことは、画一化されたサッカーの見方ではなく、自由なサッカーの見方を助長するいい流れを形成したと思う。

■流れに乗り切れない主催側■

情報の流れがとてつもなく早くなったことにより、見る側の意識は大きく変わった。
一方でその流れに対応した対策を主催側である日本サッカー協会やJリーグは取れているだろうか。
答えは言うまでもないと思う。

企業経営を中心として「見える化」が叫ばれて久しいにも関わらず、相も変わらずサッカー協会、Jリーグは不透明な状況である。
これらの状況は何一つ手助けすることはなく、ただただ見る側の不満を募らせるだけである。
人は良い事を拡散するよりも、不満をネットにぶつけ拡散することを無意識に好んでしまう。
だからこそ、審判に対する不満は続々と垂れ流されて、川の上流から流れ、海を形成するようになってしまっている。
協会やJリーグの対応は、この海を形成している事を分かっておきながら
「どうせそのうち流されて、見えない彼方に流れて行くだろう」
というようにしか見えない。
つまりは、足下の川の流れから何一つ対策を打っていない、ということになる。
一方で情報の流れはテクノロジーの進化と共にどんどん早く強くなっていく。
協会やJリーグはいつまでその流れに抗う、もしくは黙殺するのだろうか。
それによって甚大な被害を自分達が被ることになる、ということを想像しているのだろうか。

■いい加減に見える化を■

相変わらず前置きが長いのだけど、見る側が取得する情報と、主催側の発信する情報には大きな量の違いがあるのは明確だ。
審判のミスジャッジがこれ以上続けば、見る側は
「教育しろ」「技術向上を」
と言い続ける。
それに対して主催側から発表されるコメントは無い。
あったとしても、インターネットサイトゲキサカにおける松崎審判委員長による「ジャッッジQ&A」なるコーナーぐらいである。
しかし、「ジャッジQ&A」はあくまでも松崎氏個人の意見であり、協会、Jリーグの見解を伝えるものではないし、なんらの効力を持っていない。
主催側からすれば広報的な意味合いを持ってこのような活動を許可しているのだろうが、翻って考えると、これは協会、Jリーグとして何らの責任を負っていないことになる。
このコラムにおいて松崎氏がジャッジを否定するようなことを発言し、それを見たファンが
「松崎氏がこういってるではないか!」
と主催側を問いつめたところで、それは結局
「松崎個人の意見ですから」
と逃げる余地が大幅にある。

もっと言えば、今では問題のあったシーンは直ぐに拡散する。
Jリーグがどんなにオフサイドシーンについての再生をメディア側に抑制させたとしても、ファンはその録画を編集しYoutubeにアップロードする。
誰もがその画像を即座に目にして、時には同じ場面を何度も再生したりしながら、自分の見解を作り上げる事が出来る。
にもかかわらず、その統一的な見解を出すべき主催側はそれを放置して、知らぬ存ぜぬで通しているのである。

この世の中の流れ=ここではテクノロジーのコンシュマライゼーションが進んでおり、明らかに間違った物は間違っている、正しい物は正しいと誰もが分かる、もしくは正しい物が間違っていると容易に拡散される時代に、旧態然とした主催側の態度で良いはずがない。
むしろ「審判保護」の観点は、主催側が部屋に閉じこもれば閉じこもる程攻撃の対象になるしかない。
審判も人也、というのであれば、間違いは間違いとして認め、その後の対応をどうするべきかをきちんと明示する時代に来ていることを主催側は認識すべきだろう。

■ファンも立ち止まって考えるべき■

一方で、即座に自分の思いを表明することが出来るファンも、一度立ち止まって考えるべきである。
Twitterを例にとれば、Retweetで自分の意見は平気で拡散される。
ねずみ算式どころか、500人のフォロワーを抱える人がRTすれば、自分の意見は500人に展開される。
それが例え謝った情報であっても、誰かが「Retweetする」とボタンを押してしまえば、簡単に拡散する。
1が10になり、500が1,000になる世界だ。
多分ドランクドラゴンだと思うが、ネタの中で
「言葉は口にした瞬間に命を持ちますよ!」
というセリフをおもしろおかしく言っていたが、正にTwitterではその概念が忘れ去られている気がする。
自分が発した一言が、もしもルールや後からの検証で間違ったものだったとしたら?
人は炎上といった、他人を揶揄する行為が大好きな生き物である。
だからこそ、自分が正しい知識、もしくは他人にきちんと体系立てた説明を出来るようにしておくべきだ。
また、勝負事の世界にあって、必ず勝者と敗者がいる。
それは応援する側にも同様だ。
とした時に、勝った側が負けた側をいちいち貶めるようなことを発したり、逆の事をしても、自分が損になるだけである。
所詮ネット上のことなのかもしれないが、責任を持った発言をするように心がけないと、思いがけないところで自分が攻撃にあうことをファンの側も認識するべきだと思う。

いずれにせよ。主催側もファンの側も、自分達が今直面している情報の大洪水の中で、どのような正確な情報を取得すべきかを認識しないと、無用な議論ばかりを生んでしまう。
特に協会側には、マッチコミッションのコメントだったり、審判団にも記者会見を義務付ける、教育体制の体系化等をファンに向けて発する努力を求めたい。

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この記事へのコメントコメント一覧

サッカーとインターネット〜審判批判に起因して〜

>シゲッティ。さま

コメント有り難うございます。
前提として、誤審で勝ったから、申し上げている訳ではなく、本ブログでは結果の如何を問わずに、過去にも記載をしています。
本記事を記載するに至った背景として、清水戦での出来事があったので、そのような記載をさせて頂きました。
誤解を招いたかもしれませんが、決して一つの事象を見たのではなく、他のJリーグの試合、EURO等を総じて見たものと理解頂ければと思います。

>南田神田さま

コメントをありがとうございます。
文中でも記載した通り、審判の側は一切のインタビューも開催されず「ごめんなさい」という機会も与えられてないんですよね。
本来は審判員は批判の対象にも、賞賛の対象にもなるべきではないと思っています。
もっともっと試合の中には語られるべき要素がたくさんあるのですが。
あまりにも、昨今の審判叩きが酷いと思ったので、このような記事を投稿させて頂いています。

また宜しくお願い致します。

サッカーとインターネット〜審判批判に起因して〜

ごもっともな意見だと思います。

ファン心理としてはミスジャッジで負けたという記憶はいつまでも残り、勝ってしまったのは忘れます。理屈ではミスジャッジによる勝敗はいずれ5分5分になると考えられるのですが、やはり直近の結果が頭に残りますね。

ファンの憤懣を少しでも和らげる方策として、審判からの情報発信は大事です。

練習試合で線審が明らかなオフサイドの判定ミスをして思わず、「ごめんなさい」と言ってしまいました。選手も観客もこれには苦笑いです。素直な人だ、次のジャッジは頼むよと思うしかありませんでしたね。

私は○ソレフリーと声高く言うタイプです。公式の試合デビューをこの審判はまだしてませんが、もし出場したなら私の批判はトーンダウンするでしょう。

サッカーとインターネット〜審判批判に起因して〜

ども…
他サポですが、、、
言ってることは正しいかもしれませんが
誤審のおかげで勝ったときに言うのではなく
誤審のせいで負けたときに
自分の仲間たちに言うべき記事だと思います…

誤審のせいで負けた側のサポーターが見れば
カチンとくる内容だと思いますよ…

サッカーとインターネット〜審判批判に起因して〜

>あおぱぱさん

コメント有り難うございます。残念ながら、私には「それ」が何を指されているいるのかが分からないので、コメントとしてはお礼としてお返ししておきます。

>あくさん
どうもです!コメント有り難うございます。
見る側もする側も、仰る通り国境はなく、もはやクロスボーダーの時代ですよね。
日本国内を見ても、ボーダーはかなり取り払われています。
一方で、スポーツ業界というのは、利権というか、外部の血を取り入れる事を極端に嫌っているように思います。
いつも僕が言ってる、多様性を受け入れる、ということに対して、どうも腰が引けているようには思います。
答えになってないですが(汗)

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2014/06/05 stanger@管理人

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