2008年12月30日

冬恒例フィギュアスケート狂想曲

もはや毎年恒例となった
GPシリーズ~GPファイナル~全日本選手権(~世界選手権)
という一連のフィギュアスケート狂想曲。

メディアを筆頭に
「狂想曲」スレスレの盛り上がり見せるようになったのは
2,3年前からでしょうか。

今年も視聴率40%を記録するほどの
注目の視線。

フィギュアスケートは
競技でありながら「魅せる」ことに重きを置くスポーツ。
競技性があるから勝敗、順位がつく。
「ジャンプ」という成功/失敗がはっきり見える見せ場もある。
競技としての緊張感と演技としての美しさが共存する
稀有なスポーツだと思います。

広いリンクが選手一人(または二人)のステージとなる。
音楽が鳴り響く。
メディアとしても伝える上で映える舞台。

物語を求めるメディアにとって、
国民的主役、浅田真央のキャラクターと実力は
展開に軸を与えてくれます。
ライバルであるキムヨナ。
近年は悲壮感すら漂う元世界女王であり4回転挑戦者、安藤美姫。
個性と意地を見せる、中野友加里。
別次元での勝負師、村主章枝。
ここに挙げきれないほどに役者は多い。

男子もここへきて役者が揃ってきている。


メディアと選手と競技そのものがうまく合致し、
毎冬人々を強く惹き付ける、
「強いスポーツ」に成長したと思います。

次に恐れるべきは、
今のバランスを越えて、
過度の注目や競技と無関係の介入が
重圧となり選手に悪影響を及ぼすこと。
この傾向は今既にないとはいえないでしょう。


ここまでフィギュアが認知され、
ウィンタースポーツとして確固たる地位を築いた今、
メディアと競技はバランスをとるべきです。

バンクーバーへ向けて
浅田真央と高橋大輔への過度の期待、
金メダルを絶対視するような声が
両選手を苦しめる姿が容易に想像できます。

すでにトリノ時、
安藤美姫は「被害者」でした。

近年は当時よりも競技としてのフィギュアの認知度と人気が上がり、
定着したと信じたい。
だからこそ、もう「被害者」を生むことなく
純粋に競技の魅力に触れたい。

そう願います。



続きを読む...

posted by sportstamasii |11:28 | ウィンタースポーツ | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年12月23日

【CWC】欧州王者への最大限の敬意と過度の称賛

クラブチャンピオン、マンチェスター.U。

その力、魅力は十分に日本で披露されたのではないでしょうか。
役者が役者の仕事をし、
観客を魅了し、勝利する。
見事でした。

CWCの物語としても、
【G大阪×マンU】の準決勝、
【欧州王者×南米王者】の決勝という、
特にメディア関連運営者の思い描く形がそのまま投影されました。

クラブワールドカップにおいて欧州王者はいつも特別です。
中でも今年はC.ロナウド、ルーニー擁するマンチェスター.U。
彼らを間近で見ることができる
高揚と陶酔があったように感じます。

1998年から2002年にかけて世界を知り、
2006年を経て私たちは、
世界のトップレベルと日本の差を強く感じました。

一連の流れは一方で、
世界トップへの敬意、称賛、憧れを多くの人に宿したといえるのではないでしょうか。
この傾向は欧州クラブチームへの尊敬と憧れに最も色濃く現れます。
Jリーグがどうなっているかは知らずとも
深夜のCLの結果には注視している。
プレミアやリーガに贔屓のチームができていき、
のめりこんでいく。

やがて欧州サッカーに絶対的な信奉をおくようになる。

メディアも同様で、
世界最高峰のクラブと選手たちには
別格の称賛と無条件の肯定が見られます。

欧州リーグやCLリーグならお互いがトップなため
色が薄まりますが、
クラブワールドカップは
「別格の憧れ、称賛、無条件の肯定」
がくっきりと見えてしまいます。

もちろん、マンチェスター.Uは
強く、速く、美しい。
ため息の出るようなプレーも随所に見られます。
惜しみない称賛を得るにふさわしいチームです。

しかし、敢えて言うならば、
「過度の称賛は時に罪にもなりえる」
という意識も必要なのではないでしょうか。

ほぼ同じプレーをしたときに欧州王者にだけ
称賛が与えられるのはフェアではないし、
それは真にサッカーを見ていることにはならない。

また、
Jリーグや日本代表を引き合いに出し、
卑下することによって敬意と憧れを示すやり方は
本来の自らの立ち位置と世界との距離を
見誤らせます。

王者をたたえるために
自らの誇りを捨てる必要はない。
むしろ距離を埋めるために何が必要かを見定めながら、
称賛の中に牙を潜ませるような姿勢を持つべき。

最大限の敬意と憧れを持ちながらも、
サッカーはやはりどこかフラットに見るべき。

そう感じさせてくれる
今年のクラブワールドカップになりました。

posted by sportstamasii |17:11 | サッカー | コメント(1) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2008年12月13日

何かを賭けて戦うこと。声を枯らして祈りを届けること。

J1J2入替戦。

全てを賭けた試合。
あるいはサッカー人生の全てを。
選手も、スタッフも、サポーターも。

時折プレーに固さが見られたものの、
主導権を奪い合い、
お互いに自分たちの時間帯を作った。

魂をぶつけ合う球際の攻防と
焦燥と希望が混じり合いながら流れる時間。
特別な空間。

アウェースタジアムの3割以上を黄色に染めた
仙台サポーター。
祈りの宿った声は一つとなり、
涙すらにじむ歌はスタジアム中に響いていた。


磐田サポーター一人一人にとって
それぞれの形で「ジュビロ」がある。
皆が同じ動きをし、声を張り上げるわけではないが、
各々が各々なりの魂と誇りを持って
スタジアムに足を運び、磐田を愛す。
この形が真の意味で磐田に「ジュビロ」が根付いていることを物語っている。
そしてヤマハはサックスブルーに染まる。

「魂をぶつけ合い、
焦燥と希望が混じり合いながら流れる時間」
はサポーターにとっても同様であっただろう。

しびれる戦い。

そして、
Jリーグに宿る女神は
世代交代に失敗してきたサックスブルーに
19歳の救世主をもたらし、
再生への序章を締めくくった。





過去数年間のJ2有利のデータは、
「J1へ行く」という強いモチベーションが
「J2に落ちたくない」という消極的なモチベーション
を上回った結果だと私は思っています。

磐田の持つJ1としての誇りは
これまでのチームとは違ったのではないでしょうか。

時に「実績」は
慢心を生み、現状を直視できなくなります。
過去の成功体験に縛られる。
今年の磐田の結果はこの負のスパイラルに尽きます。

リーグ終盤も
「あと一勝」「あと一点」で大丈夫
というネガティブな余裕が甘さを生みました。

ただ、最後の最後まで追い込まれた結果、
残ったのは自分たちはジュビロ磐田であるという誇りだったのではないでしょうか。
格好をつける意味でのプライドではなく根っこのところの意地。

「J1にふさわしいのは俺たちだ」
という気持ちが強かったのは、
磐田。

そう思える、
しびれる戦いでした。

posted by sportstamashii |22:41 | サッカー | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加