2008年09月23日
2007年度のJリーグ各クラブ経営状況の情報が開示されました。
こちらから誰でも情報と数字を見ることができます。
報道では浦和が断トツの営業収入ということが、
もはや毎年恒例のように報じられました。
人件費(選手コーチ費含む)の低いクラブがJ2に落ちた、
という哀しい事実をそれとなく伝える記事もありました。
しかしこの報道だけでは何もわらからない。
データを少し加工し、いくつかピックアップしてみます。
(2007年度にJ1だったチーム)
※(営業収入)=(広告料収入)+(入場料収入)+(Jリーグ配分金)+(その他)
【営業収入TOP5】
1 浦和 7964
2 横浜FM 4909
3 鹿島 3983
4 名古屋 3635
5 磐田 3594
(百万円)
今シーズンに当てはめると
優勝争いをする浦和、鹿島、 名古屋と
降格圏に苦しむ横浜FM、磐田という
極端で皮肉な結果。
【入場料収入 TOP5】
1 浦和 3008
2 新潟 906
3 横浜FM 837
4 F東京 778
5 鹿島 636
(百万円)
入場料収入の差がそのまま他チームとの
浦和の営業収入の差にも見えます。
【入場料/営業収入 TOP5】
営業収入中に入場料収入が占める比率。
()内は営業収入順位。
1 浦和 37.8% (1)
2 新潟 34.0% (13)
3 横浜FC 27.6% (17)
4 甲府 26.3% (18)
5 F東京 23.2% (6)
営業収入の規模感を排除して
入場料が占める割合をみる。
「クラブ経営の核は入場料収入」とはよく言われること。
ここがしっかりしているクラブは信じられるのではないかと思います。
浦和と新潟が頭一つ抜けています。
「Jリーグは地域に根ざした経営を」という信念がある以上、
浦和と新潟は数字としても成功しているといえます。
ちなみに6位は大分。今シーズンへのつながりが見えます。
ワーストは大宮。10.9%。
おそらくクラブは危機感を持っていることでしょう。
さらに、【広告収入/営業収入】は
トップが大宮。最下位が浦和。
ただ、浦和は金額ベースだと2位です。
各クラブの企業としての努力の賜物が広告収入だと考えれば良いですが、
広告収入は固定化されにくい収入でもあります。
多くの人を引き付けてこその広告媒体。
入場料収入の方がクラブの骨格を成すべきではと私は考えます。
単純に入場料収入、営業収入等をデータとして用いました。
もちろん、各チームのスタジアムのキャパシティーや料金体系、
売上の規模感と広告料収入等その他の収入の伸びとの
兼ね合いがあります。
一概に答えを指し示しているとはいえません。
しかし、一つの指標にはなるのではないでしょうか。
誤解を恐れずに言えば、
Jリーグは夢を持った「中小企業」の集まり。
理想を追い求める集団。
人々の心を躍らせ続けるために、
健全で磐石な基盤が求められているのです。
posted by sportstamasii |10:44 |
サッカー |
コメント(5) |
トラックバック(0)
2008年09月13日
「マイアミの奇跡」を起こしながらも
選手間、選手・監督間に大ききな溝が生じ、
チームを崩壊させていったアトランタ五輪サッカー日本代表。
金子達仁著、
「28年目のハーフタイム」
で描かれた物語である。
溝と崩壊を生んだ原因の一つがマスコミだった。
日本代表が世界で戦うことを知らなかった時代。
マスコミは野球的報道でスター選手を
祭り上げることしかできなかった。
メディアによる報道で真意が伝わらず、
選手、監督の間に懐疑的な空気が流れるようになり、
チームは崩壊していった。
マスコミとの関係、チームの崩壊、オリンピック。
この3点、北京五輪代表チームにも当てはまるのではないだろうか。
北京を目指したU23代表は
チームの立ち上げ時から常にマスコミの批判にさらされてきた。
勝って批判されることもしばしば。
決定力がない。
サッカーがつまらない。
なぜだろうか。
北京世代はもともとスターの多い世代だったはずだ。
アテネ世代が「谷間」といわれたのはその前後が「山」であったから。
平山相太、カレンロバート、増嶋達也、中村北斗、・・・
若くして名を馳せ、高校時代からの注目株も多かった。
国見、市船で高校サッカーを盛り上げた世代でもある。
Jリーグで本田、家長、前田らの活躍も見られた。
期待値は高かっただろう。
それだけに歯痒いサッカーをする代表に
視聴者は納得せず、
マスコミはそれを煽るように批判した。
この報道の流れと
指揮官が世代の「スター選手」を次々と外し、
FWをころころと変え、軸を作れなかったことは
無関係ではないだろう。
そしてこうした選手選考や戦い方が批判の火に油を注ぐ格好になっていく。
ただ、「叩かれる」ことは反発して力にもなる。
最終予選でがけっぷちから這い上がった時、
代表はまさに「反骨のチーム」だった。
李忠成の怒りを剥き出しにしたゴールは今も記憶に新しい。
どんなチームでも、
「予選を突破する」チームは一つになっているもの。
そう痛感させてくれた。
怒りを原動力にこのチームは生まれ変わる。
そう信じさせてくれる気がしていた。
しかし。本大会でへ向けてチームは崩壊していった。
戦い方は定まらず、選手は困惑し、監督との間に溝もできた。
「指揮官が世代の「スター選手」を次々と外し、
FWをころころと変え、軸を作れない」現象は最後まで続いた。
予選を戦い抜いた仲間までも次々と外れた。
マスコミはやはりこの世代に「??」を突きつけ続けた。
「叩かれ世代」の先にあったのは選手も監督も、サポーターも、
信じるものが何もない状況だったのではないだろうか。
そしてチームはバラバラに壊れてしまった。
アトランタ以降、
日本のサッカーは世界で戦うことを経験してきた。
しかし12年後、マスコミと人々は
世界で戦うことを当然のことと考えるようになった。
それ自体は悪いことではないと思う。
ただ、選手、監督、メディア、そして私たちそれぞれの向くべき方向が
少しずつずれていると思えてならない。
日本のサッカーが世界の舞台に立ち始めてから12年。
経験はつんでいても、
その経験をどう活かすか、どうコントロールしていくか、
というところにはまだ達していないのではないか。
経験の活かし方は、
選手も、監督も、マスコミも私たちも、
皆が考えなければならない問題である。
追記:
そして、この記事ではあまり触れなかったが、
(実際どこまでどう関わっているのが私自身見えていないのだけれど、)
すべての場面で選手、監督を守り、サポーターを守り、サッカーを守るべき
「協会」もまた、この問題を大きく意識しなければならないだろう。
posted by sportstamasii |15:35 |
サッカー |
コメント(3) |
トラックバック(0)