2008年08月25日
北京オリンピックが閉幕しました。
勝利によってだけではなく、
時に敗戦から、
時に競技をするその姿から
何らかの感情を共有し、
未来の自分への力をもたらしてくれました。
今回の記事では、
今大会からもらった力を一つ取り上げます。
それは、
「感謝の気持ち」
歴史を作った日本男子陸上、4×100mリレー。
全ての感情を爆発させている4人の姿が印象的でした。
それほどまでに高い壁を超えたのだという現実を感じさせてくれました。
その4人のインタビュー。
興奮しきっている4選手から出てきたのは、
まずは何よりも感謝の言葉でした。
周りの人々のサポートだけでなく、
これまで陸上界が積み上げてきた全ての人、モノへの
感謝と敬意がこめられた言葉の数々。
メディアへの対応や世論の反応、
「自分が何を言ったらどうなるか」への配慮は
いい意味で感じられませんでした。
考えている余裕もなかったでしょう。
だからこそ思ったのです。
本当に感謝してるんだなぁ・・・と。
これまでも感謝の表現はいつも聞いてきました。
しかしそれらは、誤解を恐れずに言えば
優等生的な、テレビ的なコメントなのかもしれないという
感覚がぬぐえませんでした。
しかし今回の4選手のコメントを見て、聞いて、
彼らの言う感謝の気持ちは心の声なのだと認識を改めました。
自分たちの、いや、自分の全てを賭けてきた
ものを達成した時の、
全ての感情が向かう先の言葉。
これはもう信じるしかありません。
感謝の気持ちが前面に出ているのは
ほぼ全てのメダリストに共通していると思います。
北島、中村礼子、谷本、谷・・・
多くの期待をかけられ、
重責と戦ってきた彼ら。
応援や期待という簡単な言葉は時に選手たちに
我々の想像が及ばない
重圧という敵をつくってしまうのかもしれません。
そんな時信じられるのが
実際に傍にいるスタッフであり家族であり選手同士なのでしょう。
だからこそ、何かを成し遂げた時の感情は
「感謝」として傍で支えた人たちにむけられるのかもしれません。
心からの「ありがとう」として。
必死になって、命を賭けて何かに取り組み、
その先に何かを得た時、
「感謝の言葉」を私は言えるでしょうか。
自信がありません。
その理由は真の意味で命を賭けて何かに取り組んでいないからなのかもしれません。
しかし、言える人間でありたい。
言える人間になりたい。
これは一つオリンピックからもらった
明日への力であり目標です。
そう、だからこそ、
まずは選手たちに感謝の気持ちを伝えなければなりません。
ありがとう。
posted by sportstamasii |22:34 |
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2008年08月16日
なでしこジャパン、見事準決勝進出!
素晴らしかったと思います。
沢の意地。
大野の切れ味。
近賀のたくましさ、
福元の信頼感。
往年のデニウソン的起用の丸山のドリブル。
取り上げたい点は多いですが、
あえてひとつだけ。
試合を通して、永里のシュートへの姿勢に惚れ惚れしていました。
多少距離があっても、シュート。
体勢が悪くても、反転してシュート。
枠へ行かなくても、
キーパーの正面でも、
ゴールへ。
ゴールへ。
自分がゴールをとりたいという気持ち、
自分がゴールするんだという意思。
感じました。
結果としてあのしびれる2点目につながったのでしょう。
日本男子たち。
今日の彼女ほどシュートを意識した日本人FWがいるでしょうか?
Jリーグで点を取る外国人選手たちもシュートを打ちまくるでしょう?
FWとはシュートを打つ生き物ですよね、永里さん!
男女の違い、
サッカーの違い、
もろもろあるかと思います。
ただ、今日の永里選手には、「FW」を感じました。
posted by sportstamasii |01:16 |
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2008年08月16日
男子柔道、オリンピックでのメダルは2つ。
史上最低の結果。
そんな中、輝くメダルを手にした二人。
内柴、石井。
この二人、私が思う共通点は、
「日本人柔道メダリストらしからぬ言葉」
「やっちゃいました」
と五輪連覇を表現する内柴。
試合後にハッスルポーズを国際映像に見せつけ、
五輪のプレッシャーよりも
斉藤監督のプレッシャーの方が大きいと言う石井。
「長く休みたい」という内柴。
「遊びたいっす、いや、練習したいっす」
という歴史に残る名言を残した石井。
日本人柔道家の金メダリストはといえば、
努力が実を結んだ「国民的」な存在。
言葉は愚直で、まっすぐで、優等生的。
感謝の言葉に満ち溢れ、責任感がにじみ出る。
それが王道でした。
近年の代表的な例が、井上康生。
鈴木桂治も例外ではない。
この「王道」、私の推測ですが、
日本柔道のおかれている状況がそうさせてきたのではと感じています。
日本柔道にとって、おそらくは人々が思っている以上に
金メダル以外は「勝利ではない」のではないでしょうか。
勝たなければならない。
重圧。忍耐。
それに耐えうる人間性。
そして柔道が「武道」であるゆえの思想。
結果として生まれてきたのがこれまでの「王道を行く王者」
しかし今大会、結果を出したのはその「王道」からは外れた
キャラクターの持ち主二人。
もちろん、「強い意志」という意味ではこれまでの王者と変わらない
モノを持っているでしょう。
かつてなら王道を歩んだであろう強い意志の持ち主たちは、
逆に王道に縛られることなく「勝つ」道を歩んだ。
世界はそうしないと勝てないほどに変化、進化した。
今大会、
考え方の枠組み、アングルが少しだけずれてしまった結果だったのでしょうか。
posted by sportstamasii |00:39 |
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2008年08月12日
小椋久美子、潮田玲子。
「オグシオ」のオリンピックが終わりました。
印象的だったのは一回戦のあと。
すがすがしい、楽しそうな表情の二人のインタビュ-でした。
それをうけての昨日の試合。
内容は完敗。
それでも潮田は試合後、言ったそうです。
「五輪は私にとっての夢舞台。ここ数日は夢のようだった。」
小椋・潮田ペアは見る者を気持ち良くさせる選手たちだと思います。
もちろんメディアが取り立てるルックスはたしかにあります。
ただ、彼女たちはバドミントンをしていてはじめて
「オグシオ」になる。
北京ではケガや前田・末綱ペアの躍進、他の競技があることで
むしろ「オグシオ熱狂」は薄まったような印象を受けます。
世界の壁も直視させてくれました。
それらがかえって「競技をする二人」の姿だけを
クローズアップさせたのではないでしょうか。
メディアにより、本人の意思以上に盛り上げられた五輪前。
しかしその反動かのように本大会では
競技者としての、純粋でクリーンな
彼女たちを見ることができたのです。
負けてなお、スポーツの一つの素晴らしさを伝えてくれました。
楽しむ気持ちを忘れないこと。
夢の舞台で戦うこと。
全力を出すこと。
後悔を残さないように立ち向かうこと。
完敗の後、潮田は小椋に言ったそうです。
「ごめんね。ありがとう。」
この二人の持つきれいな空気を象徴すると同時に、
スポーツが本質的に持つ純粋さを感じさせてくれる言葉ではないでしょうか。
「オグシオ」はメディアに飲み込まれることなく、
「小椋・潮田ペア」としてしっかりと私たちに何かを残してくれました。
ありがとう。
posted by sportstamasii |21:48 |
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2008年08月09日
北京五輪が始まりました。
私たちにできることは・・・
選手たちに敬意を持って、
しっかりと見つめ、声援を送ること。
メディアがさけぶメダル、メダルという声とは別に、
選手たちが積み上げてきた4年間、競技人生
に思いを馳せること。
躍動する彼らの姿を目に焼き付けて、
自分の中に何かを芽生えさせること。
それができるスポーツの力を実感すること。
これにつきると思います。
このブログもその為にほんの少しでも貢献できれば。
そう願っています。
posted by sportstamasii |12:12 |
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