2008年09月13日
「28年目」から12年目のハーフタイム
「マイアミの奇跡」を起こしながらも 選手間、選手・監督間に大ききな溝が生じ、 チームを崩壊させていったアトランタ五輪サッカー日本代表。 金子達仁著、 「28年目のハーフタイム」 で描かれた物語である。 溝と崩壊を生んだ原因の一つがマスコミだった。 日本代表が世界で戦うことを知らなかった時代。 マスコミは野球的報道でスター選手を 祭り上げることしかできなかった。 メディアによる報道で真意が伝わらず、 選手、監督の間に懐疑的な空気が流れるようになり、 チームは崩壊していった。
マスコミとの関係、チームの崩壊、オリンピック。
この3点、北京五輪代表チームにも当てはまるのではないだろうか。
北京を目指したU23代表は
チームの立ち上げ時から常にマスコミの批判にさらされてきた。
勝って批判されることもしばしば。
決定力がない。
サッカーがつまらない。
なぜだろうか。
北京世代はもともとスターの多い世代だったはずだ。
アテネ世代が「谷間」といわれたのはその前後が「山」であったから。
平山相太、カレンロバート、増嶋達也、中村北斗、・・・
若くして名を馳せ、高校時代からの注目株も多かった。
国見、市船で高校サッカーを盛り上げた世代でもある。
Jリーグで本田、家長、前田らの活躍も見られた。
期待値は高かっただろう。
それだけに歯痒いサッカーをする代表に
視聴者は納得せず、
マスコミはそれを煽るように批判した。
この報道の流れと
指揮官が世代の「スター選手」を次々と外し、
FWをころころと変え、軸を作れなかったことは
無関係ではないだろう。
そしてこうした選手選考や戦い方が批判の火に油を注ぐ格好になっていく。
ただ、「叩かれる」ことは反発して力にもなる。
最終予選でがけっぷちから這い上がった時、
代表はまさに「反骨のチーム」だった。
李忠成の怒りを剥き出しにしたゴールは今も記憶に新しい。
どんなチームでも、
「予選を突破する」チームは一つになっているもの。
そう痛感させてくれた。
怒りを原動力にこのチームは生まれ変わる。
そう信じさせてくれる気がしていた。
しかし。本大会でへ向けてチームは崩壊していった。
戦い方は定まらず、選手は困惑し、監督との間に溝もできた。
「指揮官が世代の「スター選手」を次々と外し、
FWをころころと変え、軸を作れない」現象は最後まで続いた。
予選を戦い抜いた仲間までも次々と外れた。
マスコミはやはりこの世代に「??」を突きつけ続けた。
「叩かれ世代」の先にあったのは選手も監督も、サポーターも、
信じるものが何もない状況だったのではないだろうか。
そしてチームはバラバラに壊れてしまった。
アトランタ以降、 日本のサッカーは世界で戦うことを経験してきた。 しかし12年後、マスコミと人々は 世界で戦うことを当然のことと考えるようになった。 それ自体は悪いことではないと思う。 ただ、選手、監督、メディア、そして私たちそれぞれの向くべき方向が 少しずつずれていると思えてならない。 日本のサッカーが世界の舞台に立ち始めてから12年。 経験はつんでいても、 その経験をどう活かすか、どうコントロールしていくか、 というところにはまだ達していないのではないか。 経験の活かし方は、 選手も、監督も、マスコミも私たちも、 皆が考えなければならない問題である。 追記: そして、この記事ではあまり触れなかったが、 (実際どこまでどう関わっているのが私自身見えていないのだけれど、) すべての場面で選手、監督を守り、サポーターを守り、サッカーを守るべき 「協会」もまた、この問題を大きく意識しなければならないだろう。
posted by sportstamasii |15:35 |
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