2010年02月28日

浅田真央、等身大の涙

浅田真央は泣いていた。
それはやはり、少女のようだった。
慎重に前向きな言葉を選んではいたが、喉を詰まらせ涙する姿には悔しさがにじんでいた。
四年間悩み、苦しみ、それでもこだわって積み上げてきたもの。抱え込んできたもの。
あらゆる想いが溢れ出しているようだった。


私たちはあまりにも多くの期待を小さな少女にかけてきた。
天真爛漫で明るい少女は笑顔で期待に応えてくれた。しかし今シーズンは苦悩した。
演技後にはいつもの笑顔よりも失敗の落胆があり、成功しても安堵しかみることが出来なかった。
彼女の背中に重い荷物を背負わせたのは私たちなのに、私たちは彼女を心配し、それでも彼女に期待した。


ショートプログラムの演技後、うれしそうに跳びはねる浅田真央の姿があった。少女のようなその姿をみたとき、本当に久々に彼女本来の可愛らしさを見た気がし、嬉しさとともにどこ安心感を覚えた。


フリーはパーフェクトな演技ができなかった。
堪えきれない涙は浅田の本心に見えた。
悔しさを正直に涙で伝えてくれた。

止められない涙は本来の浅田真央の姿であり、やはり少女のようだった。
すべてを出せなかった悔しさを素直に表現してくれた浅田真央に、やはり私たちは安心しはしなかっただろうか。

小さな少女に背負わせてしまった多くのものにも、
彼女は等身大で精一杯答えてくれた。


数日後、メディアの前に立ち
「悔しさはあるがメダルは誇りに思うし多くの人に見てもらいたい」
と浅田は語った。
どこか吹っ切れたような晴れ晴れとした表情で。
同時に、「もう一度オリンピックに出たい」という言葉も口にした。


やはり私たちは期待をかけしまうだろう。
きっと次も、等身大で答えてくれる。
今よりも少し大人びた、会心の笑顔で五輪を終える浅田真央が楽しみだ。

posted by sportstamasii |11:20 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年02月24日

浅田真央の渾身、キムヨナのギア

浅田真央が渾身の演技を見せ、
湧き上がる安堵と手応えを浅田らしい笑顔ににじませてたその時、
キムヨナのギアが入った。
雑念が消え、研ぎ澄まされた感覚が見えるようだった。

浅田の演技はキムを追い込んだのではなく、
雑念をそぎ落とし、集中力を呼び込んだ。

「浅田の直後」をプラス要素に変えられるのはキムヨナしかいない。
重圧を越え、滑走順と会場の空気を味方につけた。

自分の後に滑ったキムの滑りを浅田はどう見ただろうか。
フリーではキムヨナの次に浅田が滑る。
つかんだ手ごたえを自信に変え、
すべてを味方につけることはできだろうか。
浅田真央のはじける笑顔に期待したい。

posted by sportstamasii |23:22 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(1)
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2010年02月20日

高橋大輔、銅メダルの重み

高橋大輔の銅メダル。
四回転に挑んで、失敗して、
それでも強い気持ちで跳び、舞い、魅せてつかんだ五輪3位というポジション。
演技終了直後のガッツポーズ、感極まった姿が印象的だった。

4回転に挑戦して完璧な演技をすることが理想と語り、
4回転論争に巻き込まれつつも一歩距離をおいて自分の信念をぶらさなかった。
それでいて自身の強みはステップにあり、
世界一のステップは観衆からの大歓声を呼んだ。

王者、ライサチェックの試合後のコメントにこんな言葉があった。
「フギュアの素晴らしさはジャンプに限られたものではない。
ダイスケの演技をみればわかるだろう?」
「ダイスケ」は世界が一目置く選手だった。

高橋は世界の頂点を争うど真ん中で、
真っ向から戦った。
臆することなく、全力で持てるものすべてをぶつけた。

メディアはいとも容易く高橋をメダル候補と謳ったが、
現実のメダルの壁は厚く高かったはず。
他の競技でメダル候補と取り沙汰される選手たちの苦悩や戸惑いを見ればわかる。
”頂点を争う戦いに参加できるかもしれない”と
”頂点を争う”ことには大きな隔たりがある。
高橋は頂点を争う戦いに堂々と割って入り、
銅メダルをつかみ取った。

その意味は、重みは、計り知れない。
それだけの重みが高橋の涙にはあった。

posted by sportstamasii |15:50 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(1)
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2010年02月17日

加藤条治の底はまだ先にあるのではないか

バンクーバーで日本に最初のメダルをもたらした、
スピードスケート男子500Mの長島と加藤。
喜びを表現する長島の一方で、加藤の表情が印象的だった。
レースの疲労にも見えたが、どうやら違うようだ。
渡された国旗で顔を覆い、寝そべって気持ちを整理しているようにも見えた。

試合後加藤は戦った上で敗れた悔しさ、
頂点が見えていたにも関わらず逃した勝利への悔しさを淡々と言葉にした。
メディアへも単独で出演し、受け答えもした。
悔しさを滲ませてはいたが、落ち着いていた。


トリノまで、加藤はいわゆる「天才」と称されていた。
跳ぶようなコーナーワーク。
センス抜群の滑り。
一歩にかかわる体の動作すべてを計算し、
筋繊維一本一本まで感覚を張り巡らせて鍛え上げ、
スケートの全てを緻密に積み上げた王者・清水宏保と
対照的な存在として輝きを見せていたのが加藤だった。
計算されつくした記録を越えるのは圧倒的な才能なのかと思わせた。

事実加藤はいい意味で「軽い」存在だった。
嫌味ではなく明るいキャラクターに見えていた。
深くは考えていないところが強みのようだった。

当時が「もてはやされていた」状況だったことは
今や加藤本人が誰よりも自覚している。

トリノ以降、加藤は悩み続ける。
結果が伴わず、体のバランスも崩れていく。
苦悩はメディアも通しても伝わってきた。
もてはやしたマスコミの去り際の早さも困惑を生んだかもしれない。


4年間の闘いは加藤に懐の深さをもたらしたのではないだろうか。
戦いきった加藤の言葉には深みがあった。
以前あった軽さではなく、人間的な厚み。
悔しさをにじませる言葉の奥に多くのものをかみしめていた。
この悔しさがさらなる強さをもたらすような気がしてならない。


加藤条治の底はまだまだ先にあるのではないだろうか。

バンクーバーでの銅メダルは、伝説への序章なのかもしれない。

posted by sportstamasii |23:01 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年02月14日

上村愛子は正直で、優しくて、強い。

あと一つ。
あと一つだった。
もちろんメダルがすべてではない。
しかし、上村愛子が欲したメダルまで、あと一つだった。


「後悔やなぜだろうという思いはない」と上村は語った。
同時に、「最後に座っていた3番目の席に、例えそれが3番目でも、このまま座っていたいと思った」と正直に語った。もちろん、「みんなが失敗しちゃうことを願うのは、よくない。」という言葉も添えて。

涙を浮かべながら、それでも笑顔で答える表情の奥に
どれほどの感情が混ざり合っていたのだろう。
悔しさは計り知れない一方で、張り詰め続けてきた糸は解かれた。
やりきったという充実感と手が届かなかったという空虚さ。
安堵、感謝、回顧・・・
自然とあふれる涙には、今まで積み上げ、ため込み、エネルギーに変えてきた
上村愛子を形成する全てが凝縮されているようだった。

長野五輪で一躍スターになった女子高生。
メディアの必要以上の注目は純粋でまっすぐな少女を傷つけ、悩ませた。
モーグルをけん引する立場として、表舞台に立ち続けてきた。
人気が先行し、期待と実力が乖離している事に誰よりも本人が追いつめられたのではないだろうか。
トリノで「勝たなければならない」と悲愴感すら漂わせていた姿は記憶に新しい。
そんな中でも上村は逃げることなく、ふてくされることなく、不器用とも思えるほどに向き合ってきた。
時に弱い姿も見せながら、環境を受け入れていくようだった。

トリノ以後、上村は少しずつ、しかし着実に世界との距離を縮めていく。

一昨年のシーズン、女王になった上村は言った。
「これでようやく世界の1番を競う場に自分が立つことができた」と。
頂点に立ってなお、ここからが一番を争うスタートだという。
選手として冷静に世界との距離をはかれている証拠だった。

バンクーバーへ向けての上村は本当に強かった。
メディアに向き合う姿勢はいつも真摯だった。
実力を積み上げてきたという自負、
結果を出してきたという自信、
結婚という安堵感。
背景にはいろいろなものがあるのだろうが、
その落ち着きと柔らかさには嘘ではない優しさが見えた。
だから、強く見えた。

バンクーバーでの上村には「積み上げてきたものを全て出したい」という想いがあるようだった。
そのご褒美としてできればメダル手に取りたい。
そう思ってはいなかっただろうか。

「後悔はない、でもメダルがほしかった」という素直な気持ちが心に響く。
「何でこんなに一段一段なんだろう」。泣きながら笑う姿が胸を打つ。
僕たちもまた、上村愛子にメダルをあげたかった。


上村愛子は正直で、優しい。だから、強い。

posted by sportstamasii |22:57 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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2010年01月15日

小椋久美子の引退に思いを馳せて

一人のバトミントン選手の引退会見のはずだった。

小椋久美子は涙をにじませ、時折喉を詰まらせながらも
しっかりと前を向いて語った。

ただ、フラッシュの嵐が彼女を襲っていた。
チカチカと。涙を見逃すまいと。

小椋久美子は「疲れた」という言葉を残した。
戻らないコンディション、悪化する体調から
メンタルが追いつかなくなったのかもしれない。

「オグシオ」でもアスリート色の濃い印象のある小椋が
潮田よりも先にコートを去るのは意外だった。
ただ、今になってみれば、潮田の華やかさは
「オグシオであること」にうまく順応していた結果だったのかもしれない。


小椋が疲れたのは大きくなりすぎてしまった
「オグシオ」という存在との付き合い方でもあったのではないだろうか。
オグシオの小椋はいつまでも休んでいるわけにはいかない。
重圧は小椋・潮田ペアがコンビを解消してむしろ増したのかもしれない。
選手として責任感が強ければ強いほど、
メディアの注視が必要以上に本人を苦しめたことは想像に難くない。

「一度離れたいという気持ちになった」背後に
独り歩きするイメージとそれを伝えるメディアの重み、
ギャップに苦しむ一アスリート・小椋の姿を見るのは深読みしすぎだろうか。

注目度が高まってバドミントンの人気はグンと伸びた。
スポーツの普及に貢献できた。
応援してくれる人の声が何よりも力になった。
そして、五輪を戦った。
得たものもはたくさんあった。
感謝の気持ちは心からのものだろう。

一方で、失うものも多かったのかもしれない。

あまりにも瞬くフラッシュが、彼女からこぼれてしまった何かを物語っているようだった。


多くの寄せられる誘いの声を断り、
今後しばらくは三洋電機社員として働くという小椋。

彼女が見せる次の強さに注目したい。

posted by sportstamasii |00:03 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(1)
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2009年08月17日

ただ単純に、速く走れることのカッコよさ。

「全力で走る」ことは
ほぼ唯一といっていいほどあらゆる人が経験したスポーツ。
文字通りの「競争」。
中にははじめからあきらめてしまった人もいるのかもしれないけど、
心の奥で早く走ることにあこがれを抱いていたはずで。

たとえムカつくやつでも速い奴が本気で走る姿はかっこよかった。
自分の中の全力を出した結果の順位やタイムだから、
まずは自分と向き合って、
結果としてシンプルに競い合うってのがたまらなかった。
「負けず嫌い」って感覚はこの競争をしていたころに芽生えるモノなのかも。

大人になるにつれていろいろなことを覚えてきた。
近道とか、遠回りとか、別の方法とか、逃げ道とか。
賢い方法を覚えたつもりで、回りにそれを褒められたりして。

でも、そのまま進んでふと気づく。
単純に競い合える環境って大人にはなかなかない。
シンプルに競い合いたい。
競い合いができる環境ってうらやましい。

万人を引き付けるスポーツについて、
大人がスポーツを見る一つの理由はここにあるでしょう。


もうひとつ抱く感情。
才能もあって、環境もある奴が、
本気をだしていない姿はみていて歯がゆい。悔しい。
手を抜くな。本気を見せてくれ。
かっこいいと思わせてくれよ。

・・・この感情が北京。

ライバルがいて、
そのライバルが最高のパフォーマンスを見せて、
それでも圧倒的な力の差をつけて勝つ。
真剣に、最後まで駆け抜けて。

適当っぽい感じがするのにな。
ちくしょう。なんか悔しい。
でも爽快感とかっこよさは最高だ。
もっと見たい。
しびれる。

この感情が今朝のベルリン。


シンプルな強さがもつ力って偉大だ。

ボルトすごいぜ。

posted by sportstamasii |21:15 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(1)
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2008年08月25日

「感謝の言葉」が湧き出るほどに。

北京オリンピックが閉幕しました。


勝利によってだけではなく、
時に敗戦から、
時に競技をするその姿から
何らかの感情を共有し、
未来の自分への力をもたらしてくれました。

今回の記事では、
今大会からもらった力を一つ取り上げます。

それは、

「感謝の気持ち」


歴史を作った日本男子陸上、4×100mリレー。
全ての感情を爆発させている4人の姿が印象的でした。
それほどまでに高い壁を超えたのだという現実を感じさせてくれました。

その4人のインタビュー。
興奮しきっている4選手から出てきたのは、
まずは何よりも感謝の言葉でした。
周りの人々のサポートだけでなく、
これまで陸上界が積み上げてきた全ての人、モノへの
感謝と敬意がこめられた言葉の数々。

メディアへの対応や世論の反応、
「自分が何を言ったらどうなるか」への配慮は
いい意味で感じられませんでした。
考えている余裕もなかったでしょう。

だからこそ思ったのです。
本当に感謝してるんだなぁ・・・と。

これまでも感謝の表現はいつも聞いてきました。
しかしそれらは、誤解を恐れずに言えば
優等生的な、テレビ的なコメントなのかもしれないという
感覚がぬぐえませんでした。

しかし今回の4選手のコメントを見て、聞いて、
彼らの言う感謝の気持ちは心の声なのだと認識を改めました。
自分たちの、いや、自分の全てを賭けてきた
ものを達成した時の、
全ての感情が向かう先の言葉。
これはもう信じるしかありません。


感謝の気持ちが前面に出ているのは
ほぼ全てのメダリストに共通していると思います。
北島、中村礼子、谷本、谷・・・

多くの期待をかけられ、
重責と戦ってきた彼ら。

応援や期待という簡単な言葉は時に選手たちに
我々の想像が及ばない
重圧という敵をつくってしまうのかもしれません。

そんな時信じられるのが
実際に傍にいるスタッフであり家族であり選手同士なのでしょう。
だからこそ、何かを成し遂げた時の感情は
「感謝」として傍で支えた人たちにむけられるのかもしれません。
心からの「ありがとう」として。



必死になって、命を賭けて何かに取り組み、
その先に何かを得た時、
「感謝の言葉」を私は言えるでしょうか。
自信がありません。
その理由は真の意味で命を賭けて何かに取り組んでいないからなのかもしれません。
しかし、言える人間でありたい。
言える人間になりたい。

これは一つオリンピックからもらった
明日への力であり目標です。

そう、だからこそ、
まずは選手たちに感謝の気持ちを伝えなければなりません。

ありがとう。

posted by sportstamasii |22:34 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月16日

フォワードとはシュートを打つ生き物ですよね、永里さん!

なでしこジャパン、見事準決勝進出!
素晴らしかったと思います。

沢の意地。
大野の切れ味。
近賀のたくましさ、
福元の信頼感。
往年のデニウソン的起用の丸山のドリブル。
取り上げたい点は多いですが、
あえてひとつだけ。

試合を通して、永里のシュートへの姿勢に惚れ惚れしていました。
多少距離があっても、シュート。
体勢が悪くても、反転してシュート。
枠へ行かなくても、
キーパーの正面でも、
ゴールへ。
ゴールへ。

自分がゴールをとりたいという気持ち、
自分がゴールするんだという意思。
感じました。

結果としてあのしびれる2点目につながったのでしょう。

日本男子たち。
今日の彼女ほどシュートを意識した日本人FWがいるでしょうか?
Jリーグで点を取る外国人選手たちもシュートを打ちまくるでしょう?
FWとはシュートを打つ生き物ですよね、永里さん!

男女の違い、
サッカーの違い、
もろもろあるかと思います。

ただ、今日の永里選手には、「FW」を感じました。

posted by sportstamasii |01:16 | オリンピック | コメント(4) | トラックバック(1)
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2008年08月16日

「柔道金メダリスト」らしからぬ言葉。

男子柔道、オリンピックでのメダルは2つ。
史上最低の結果。

そんな中、輝くメダルを手にした二人。
内柴、石井。

この二人、私が思う共通点は、
「日本人柔道メダリストらしからぬ言葉」

「やっちゃいました」
と五輪連覇を表現する内柴。

試合後にハッスルポーズを国際映像に見せつけ、
五輪のプレッシャーよりも
斉藤監督のプレッシャーの方が大きいと言う石井。


「長く休みたい」という内柴。

「遊びたいっす、いや、練習したいっす」
という歴史に残る名言を残した石井。


日本人柔道家の金メダリストはといえば、
努力が実を結んだ「国民的」な存在。
言葉は愚直で、まっすぐで、優等生的。
感謝の言葉に満ち溢れ、責任感がにじみ出る。
それが王道でした。
近年の代表的な例が、井上康生。
鈴木桂治も例外ではない。

この「王道」、私の推測ですが、
日本柔道のおかれている状況がそうさせてきたのではと感じています。
日本柔道にとって、おそらくは人々が思っている以上に
金メダル以外は「勝利ではない」のではないでしょうか。
勝たなければならない。
重圧。忍耐。
それに耐えうる人間性。
そして柔道が「武道」であるゆえの思想。

結果として生まれてきたのがこれまでの「王道を行く王者」

しかし今大会、結果を出したのはその「王道」からは外れた
キャラクターの持ち主二人。
もちろん、「強い意志」という意味ではこれまでの王者と変わらない
モノを持っているでしょう。
かつてなら王道を歩んだであろう強い意志の持ち主たちは、
逆に王道に縛られることなく「勝つ」道を歩んだ。
世界はそうしないと勝てないほどに変化、進化した。

今大会、
考え方の枠組み、アングルが少しだけずれてしまった結果だったのでしょうか。

posted by sportstamasii |00:39 | オリンピック | コメント(0) | トラックバック(0)
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