2007年09月30日
瀬戸、ベルリンマラソンで9位
日本のマラソンは女子と比較すると男子が、成績的にはやや劣っていますからね。是非とも頑張ってもらいたいです。 以下に、瀬戸智弘さんのプロフィールを乗せておきます。 1976年10月19日 京都府生まれ 169cm / 54kg 延暦寺学園比叡山高等学校出身 1995年カネボウ入社
posted by sportsbaseball |23:14 |
その他スポーツ |
日本のマラソンは女子と比較すると男子が、成績的にはやや劣っていますからね。是非とも頑張ってもらいたいです。 以下に、瀬戸智弘さんのプロフィールを乗せておきます。 1976年10月19日 京都府生まれ 169cm / 54kg 延暦寺学園比叡山高等学校出身 1995年カネボウ入社
posted by sportsbaseball |23:14 |
その他スポーツ |
諦めるな! ひょっとすればひょっとするかもしれないぞ。コロラド・ロッキーズの調子は上向きだから、本当に、ひょっとすると…… だから松井稼頭央にも頑張ってもらいたい。
posted by sportsbaseball |22:02 |
大リーグ |
今回は松坂、うまく試合を作ってくれましたね。 また、ヤンキースが負けたため、12年ぶりのア・リーグ東地区の。ボストンレッドソックスの優勝が確定しました。
posted by sportsbaseball |11:20 |
大リーグ |
そもそも仮病だったのでは、という疑いが正直拭いきれません。 大体、精神病で軽いものでも、そう簡単に治療できるものでしょうか? その筋の情報については疎いので断言できませんが……どうにも、首を捻ってしまいます。
posted by sportsbaseball |12:18 |
その他スポーツ |
どうやらマジのようです……そりゃねえよ(T-T) 俺のようなど素人でもフェデラーは知ってんのに。 一応、フェデラー知らない人のためにウィキペディアから引用した記事を。 ロジャー・フェデラー(Roger Federer, 1981年8月8日 - )は、スイス・バーゼル出身の男子プロテニス選手。現在の男子プロテニス界を牽引するオールラウンド・プレーヤーである。身長185cm、体重80kg。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。2004年2月2日から、世界ランキング1位を連続で保持している。 8歳からテニスを始めた。1998年ウィンブルドンの男子ジュニア部門で単複優勝を果たし、同年にプロ転向。2000年シドニー五輪の男子シングルスでベスト4に進出し、銅メダル決定戦でフランスのアルノー・ディパスカルに敗れたが、その直後から急成長を始めた。 2001年ウィンブルドン4回戦で、大会4連覇中だった第1シードのピート・サンプラスを「3時間41分」のフルセット(スコア:7-6, 5-7, 6-4, 6-7, 7-5)で破った。1993年-2000年までの8年間を通して、サンプラスが同選手権の優勝を逃したのは1996年大会の1度だけであったため、この試合はサンプラス時代の終焉を告げる出来事となった。快挙を成し遂げた19歳のフェデラーは、世界中のテニスファンから大きな注目を集めた。 それから2年後、2003年ウィンブルドンの男子シングルス決勝でマーク・フィリプーシス(オーストラリア)を 7-6, 6-2, 7-6 のストレートで破り、4大大会初優勝を達成する。こうしてフェデラーは、スイス出身のテニス選手として最初の4大大会優勝者になった。 2004年には全豪オープン、ウィンブルドン、全米オープンの年間3冠を獲得したが、これは1988年のマッツ・ビランデル以来16年ぶりの快挙であった。この年はATPツアーでも年間11勝を挙げている。全豪オープン初優勝の後、2004年2月2日から世界ランキング1位の座についた。(現在も連続保持記録を続行中。) 2005年もウィンブルドンと全米オープンで優勝し、4大大会年間2冠を獲得する。ウィンブルドンでは2年連続の決勝対決となったアンディ・ロディックに快勝し、大会史上8人目となる3連覇を達成。全米オープンではアンドレ・アガシを 6-3, 2-6, 7-6, 6-1 で破り、大会2連覇を果たす。 男子テニス年間最終戦「テニス・マスターズ・カップ」では、決勝でダビド・ナルバンディアン(アルゼンチン)に 7-6, 7-6, 2-6, 1-6, 6-7 で逆転負けを喫したが、ナルバンディアンは表彰式のスピーチで「君にとってこのタイトルは最後ではないだろうから、今回は僕のものにさせてくれよ」とコメントした。 2006年全豪オープンでは決勝でキプロスの新星マルコス・バグダティスに勝ち、2年ぶり2度目の優勝。4大大会決勝初進出から「7連勝」はテニス史上の新記録となった。ところが、全仏オープンの決勝戦で、苦手のラファエル・ナダルに 6-1, 1-6, 4-6, 6-7 で敗れてしまい、初めての準優勝を全仏で経験した。 最も得意なウィンブルドンでは強さを維持し、1回戦でリシャール・ガスケ(フランス)を破った勝利により、スウェーデンのビョルン・ボルグが持っていた芝生コートの最多連勝記録「41連勝」を更新した。同大会の決勝戦では、全仏決勝で敗れたナダルに雪辱を果たす。同年の全米オープンでは年間3冠とともに、史上3人目の大会3連覇を達成した。 11月に開催されたテニス・マスターズ・カップでは、決勝戦でジェームズ・ブレークを 6-0, 6-3, 6-4 のストレートで破り、2年ぶり3度目の優勝を果たす。これでフェデラーの2006年度のATPツアー優勝は、4大大会年間3冠を含む「12勝」となり、史上初となる「3年連続・年間10勝以上」をマークした。年間獲得賞金では、ピート・サンプラスが1997年に記録した金額を大幅に更新する約843万ドルという歴代最高記録を残した。 2007年全豪オープンでは、1回戦から決勝までの7戦を1セットも失わず、2年連続3度目の優勝を達成した。4大大会男子シングルスにおける全試合ストレート勝ちは、1980年全仏オープンのビョルン・ボルグ以来27年ぶり史上4人目で、全豪オープンでは1971年のケン・ローズウォール以来36年ぶりであった。2月26日、フェデラーの世界ランキング1位連続保持記録は「161週」に入り、それまでの男子歴代1位記録保持者ジミー・コナーズの「160週」を抜いた。 全仏オープンでは、2年連続でラファエル・ナダルに敗れて準優勝になる。この後、フェデラーとナダルはウィンブルドンでも決勝対決を実現させた。フェデラーの4大大会決勝戦としては初めて、最終第5セットまでもつれたが、この宿敵を 7-6, 4-6, 7-6, 2-6, 6-2 で退け、ウィンブルドンで1976年-1980年のビョルン・ボルグ以来となる「5連覇」を達成した。なお、この決勝戦でフェデラーが放ったサービスエース24本は、彼のキャリア最高タイ記録である(2001年のウィンブルドン4回戦、対ピート・サンプラス戦でも同数のサービスエースを記録している)。また、この試合の「3時間45分」という試合時間は、同選手権の男子シングルス決勝としては1968年のオープン化以後、3番目に長い記録である。 8月19日、フェデラーはシンシナティ・マスターズ決勝でジェームズ・ブレークを破り、ATPツアーでシングルス「50勝」を挙げた。26歳11日での50勝到達は、ツアー史上5人目の年少記録となる。8月27日、彼の世界ランキング1位連続保持記録は「187週」に入り、女子歴代1位記録保持者シュテフィ・グラフの「186週」も抜いて、テニス界最長記録を更新した。 こうして引用してみると、改めてフェデラーの凄さがわかる。語彙が貧弱で申し訳ないが、スゲェの一言に尽きる。
posted by sportsbaseball |11:19 |
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