2009年03月18日

FCソウル本拠地【ソウルワールドカップスタジアム】視察記(060706)

昨日(2009年3月17日)ACL(アジアチャンピオンズリーグ)1次リーグで
ガンバ大阪が試合をしたFCソウルのスタジアム視察記です。


2006年7月6日ワールドカップ決勝を観戦する前立ち寄った韓国ソウルで
FCソウルの本拠地であり、2002年ワールドカップの開幕戦「フランスvsセネガル」が開催された
ソウルワールドカップスタジアムスタジアムを視察しました。


■ワールドカップ競技場駅のトイレ前に、2002年W杯の様子が写真パネルで飾ってありました。

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■ワールドカップ競技場駅を出るとすぐ目の前に「ソウルワールドカップ競技場」はありました。
 アクセスは最高です。

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■この訪問時、すでに韓国は敗退が決まっていました。

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■エスカレーターを上がると、目の前はスタジアムです。

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■このスタジアムは、韓国の伝統的な凧の形をイメージしてデザインされています。

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■こちらがその模型です(併設のワールドカップ記念館の展示品)。

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■FCソウルのファンショップ

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■スタジアム内部の様子です。
 イベントがない限り年中無休で見学できるようです。

 サッカー専用スタジアムです。

 観客席全体を覆う屋根が印象的でした。
 
 座席数は、63,930です。

 横浜の日産スタジアムほど大きな印象はありませんでしたが、
 コンパクトにまとまっていてでピッチからの距離も近い印象でした。
  
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■1階メインスタンド側最前列付近から

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■このスタジアムの下には、「ワールドカップモール」があり、
 シネコンやショッピングモールなど試合がない時でも
 人が集まる集客施設が併設されている。

 こちらは、9つのスクリーンがあるシネコン「CGV」

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■こちらは、スパランド。プールやスタジオを備えたフィットネスクラブ、ゴルフ練習場、
 サウナ、銭湯があります。

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■大型ショッピングセンター、フードコート、結婚式場などもあります。

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■ワールドカップ記念館も併設されており、2002年当時の熱狂ぶりや
 舞台裏などさまざまな展示品がありました。

 受付で「中国人ですか?」と英語で聞かれて、「日本人です」と答えると、
 日本語を話せるボランティアガイドさんが出てきて、中を案内してくれましたのは驚きました。

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■最寄り駅からのアクセスも良く、様々なお店が入ったショッピングモールが併設されていた
 ソウルワールドカップスタジアムは、都市型スタジアムとしてとても興味深い施設でした。


posted by sport_biz |09:23 | W杯 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年12月09日

2002W杯観戦記(020626)

2002年6月26日
日韓共催となった2002年のW杯(準決勝ブラジルvsトルコ)の記憶をレポートします。


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■チケット問題やフーリガン対策、ベッカム選手の人気沸騰や
 日本代表チームの活躍、人々の熱狂。。。

 今となっては、とても幻想的な出来事のようにさえ思えます。 
  
 この世界的なスポーツイベントが日本で開催されたことは、
 話題性だけでなく、サッカー界にとってもターニングポイントになったと考えています。
 
 その後の熱狂は、どのような形で現在へとつながっているのでしょうか?
 

■私にとって、関東へ移り住んだばかりのこの時期に開催されたW杯の印象は、
 とても強烈でした。

 連日連夜このイベントの話題で持ちきりでした。

 チケットは入手困難を極め、研究室仲間と手分けして
 チケットセールスのウェブページにアクセスしていたのを思い出します。
 
 日本代表戦には、みんなで集まってプロジェクターに投影して観戦していました。

 街中のいたるところでパブリックビューイング状態でした。

 海外の有名スター選手が続々と来日して、
 その一挙手一投足がメディアで報じられていました。

 ベッカム選手の髪型やロナウド選手の髪型にも注目が集まりました。

 なかなか到着しないカメルーン代表のおかげで、
 受け入れ先となった中津江村(当時)は、一躍全国区の知名度を獲得しました。

 日本代表チームが勝利すると、それを祝う人々が街中に溢れました。
 
 サポーターが新宿へ集結したり、渋谷のスクランブル交差点などでは、
 すれ違う見知らぬみんながハイタッチを交わしていました。

 今となっては、遠い昔の出来事のような気がしてきます。


■入手困難と思われたチケットでしたが、思いがけず
 友人から行かないかと誘われて、準決勝を観戦することになりました。

 対戦カードは、日本代表を破ったトルコ代表と優勝候補のブラジル代表でした。

 会場となった埼玉スタジアム2002へは、
 最寄り駅から無料送迎バスで向かいました。

 きちんとした動線の確保など、
 今考えると本当に素晴らしいオペレーションでした。

入場ゲート前
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ブラジルのサポーター
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入場後のゲート
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■そこは、日本であって日本ではない雰囲気が漂っていました。

 ブラジルチームを応援する外国からのサポーターや
 レプリカユニフォームを着た日本人が多く見られました。

 場内の9割近くがブラジルを応援していたように感じました。

 集まった観衆は、61,058人。

 私は、これだけの大観衆が集まる試合を観戦した経験がありませんでした。

 試合が始まる前からずっと興奮していたことを思い出します。

 座席は、カテゴリー1でバックスタンド前列でした。

 こんなにも選手が近くで見られるスタジアムの経験も初めてでした。

 それまでテレビで見ていたカナリア軍団が目の前でプレーしています。

 日本代表を倒したトルコ代表もプレーしています。

 さらには、私のすぐ前の席に座っている方といえば、
 某テレビ局NステーションのメインキャスターKさんでした。

 ビールを買いに行った際には、国会議員であるN川昭一さんが
 ちゃんと列に並んで買われているのが印象的でした。

 あちこちで、芸能人の目撃情報が聞かれました。


■試合は、ロナウド選手の一蹴りで勝負が決まりました。

 ちょうど、ロナウド選手がボールを持った際に
 ゴールまでの延長線上に誰も選手がいなかったので、

 「あれ?空いてる」と思った次の瞬間に
 その線をたどるように決勝ゴールが生まれました。


■試合終了後に6万人が一斉に移動を始めたのですが
 特に大きな混乱がなかったのも印象的でした。

 2002年のW杯が今の日本に残したレガシー(遺産)は
 現在にどのようにつながっているのでしょうか。

 新潟をはじめ日本に芽生えたサッカームーブメント、
 スタジアムの後利用問題など、
 プラスの面やマイナスの面もありますが、
 今後に語り継がれる出来事であったことは間違いありません。


 皆さんにとっての2002年の記憶は、どのようなものでしょうか?


posted by sport_biz |21:54 | W杯 | コメント(0) | トラックバック(0)
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