2012年01月15日

それぞれのSTART

自宅でキングカズのフットサルの試合を見ていた。

相変わらず、キングは元気で素晴らしいと思った。

対戦した府中アスレティックの監督は、2001年にFC東京に入団した伊藤が監督をやっていた。

彼自身、1年の在籍で、その後はフットサルの世界に転身をする。

私の出身高校の後輩なので、彼の行方はなにげにチェックしていた。

FC東京という首都を代表するクラブを経由して様々な人材が活躍しだした。

かつて、クラブは日本代表をFC東京というクラブで育った選手で埋め尽くしたいという意向を持っていることを知った。U-15を経由して高校サッカーに戦いの場を移す者は大勢いる。加部未蘭もそう。清水にはいる白崎は調布市出身、U-15むさしから山梨学院へ。そして清水に入団。FC東京を見返すという実に頼もしいコメントを彼は残した。

白崎はU-18セレクションに落ちた。その悔しさが彼の原動力だ。

オレンジ色のユニフォームを着て、味スタに凱旋してこい。

U-15,U18経由で他のチームに入団した「卒業生」はみな言うよ、味スタのピッチに立つことが夢であり目標だったと。本当は青と赤のユニフォームを着て戻ってくるのがいいんだが、そうではないケースがほとんどになってきた。

そういう選手が凱旋して、対戦相手となるのは実に興味深い。

昨日、U-18出身のサウザンプトンに移籍が決まった李が小平で汗を流していたそうだ。

1年間だけ在籍し、柏へ完全移籍。試合に出たかった、その思いだけで飛び出した。当時の監督であった原さんがあまり李に感心を持たなかったと聞くが、核心的な部分は、私にはわからない。その後広島に移籍し、アジアカップでは長友のクロスから見事な李のゴールで日本は勝った。

2004年、私が小平で見かけた若くてひょろっとした青年は、8年の時を経て、本当に逞しい体躯でイングランドの厳しい環境で戦おうとしているのだ。

ミラノでは、ダービーマッチを控えた長友がいる。

現地では、長友の活躍がインテルの勝利の鍵を握るという。2008年に金沢浄というFC東京を代表する知性派レフトバックからポジションを奪い取ると、ダービーマッチで大活躍し、一気にサポーターの心を鷲掴みにした男は2010年のW杯が終わるとイタリアへ。チェゼーナからインテル・ミラノへ完全移籍して、今では不動のレギュラーだ。青と赤のユニフォームを身にまとう小さいプレイヤーのあこがれの的だ。

徐々に、私の生まれた街のフットボールクラブは、人材を輩出するビッグクラブになりつつある。

天皇杯制覇がやはり一番大きかった。一気に認知度も高まったし、周囲の取り上げ方も変わった。明らかにクラブの格が上がった印象を強く持っている。

20年前では考えられなかった景色が、大熊さんや昔から東京のスタッフとして働いた方々の視界に入ってくるようになった。

10年前は、原さんの体制がスタートするとき。馬場憂太と尾亦弘友希というU-18初の昇格選手を迎え入れ、鈴木規郎という個性的な新人も加入した。そして、サンドロの後釜としてジャーンを獲得。途中からは石川直宏がローンで加入。宮沢の成長が著しく、茂庭がサイドバックでデビューするという衝撃的な時期でもあった。後にガンバ大阪に移籍する加地亮も我がクラブへ来た。茂庭のサイドバック計画失敗が加地の起用を後押しするのだから興味深い。

日韓ワールドカップのあった年に、味スタも1万人以上を何とかコンスタントに集客できるようになった記憶がある。

今では、2万人でも少ないと文句が言えるくらいだから、本当にすごいことだと感じてる。

ランコ・ポポヴィッチコーチがどういう企てでFC東京というクラブを味付けしていくのか。

興味は尽きない。

各選手とも自主トレが盛んになってきた。

ハワイの新婚旅行から帰ってきた権田は早速今日、グアムへ向かう。

平山は黙々と復活の日を待ちわびつつ、小平で汗を流す。

今月末から、FC東京は本格始動する。

J's Goalなどを見ると、各クラブ共に始動している。

それぞれの2012年が、もう始まったと思っている。

2010年に志半ば、解任された城福さんは甲府の新しいコーチとして複数年契約で就任した。海野社長のコメントを読んでもわかるように大変尊敬と丁重な扱われ方をしているのがよくわかる。

きっと、城福さんは私達が昇格するまでは、他のクラブの監督をやる気にはなれなかったのではないか、と邪推してしまう。

MOVEというスローガンを掲げて、城福さんはJ2の厳しい戦いをどう切り抜けていくのか。2013年は味スタで再会できるのか。

井澤が10番をつけるということだ。大竹、椋原、廣永と同期のMFは、城福浩という稀代のモチベーターかつ熱血戦略家の元で、どうMoving Footballを具現化していくのか。

FC東京経由で選手だけでなく、指導者も外で活躍する時代になった。

彼らとはまた味スタで対戦する事を楽しみに待ちつつ、FC東京は「J1&ACL制覇」目指して、前を向いて行こう。

鈴木達也や坂田大輔など、FC東京のために頑張ってくれた選手たちには感謝の気持ちと新天地での活躍を、私は祈らざるをえない。

FC東京から日本のサッカーがはじまるよろこびを少し噛み締めつつ、今野のニュースリリースを待つことにしよう。

posted by sponavifootball |17:47 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年01月03日

今野泰幸について

FC東京で今、一番注目されているのが、今野。

大本営発表を前に、各メディアでは彼のガンバ大阪移籍がピックアップされている。

個人的な感想を述べれば、8年間一緒に戦えてうれしい。有難う。

そう言いたい。

彼も相当悩んだようだ。J2に落としてしまった責任感から2011年は移籍しないでわがクラブでプレーしてくれた。仲間はどんどん海外に移籍するなど彼なりの焦りがあったようだ。

J1でもガンバがステップアップにふさわしいクラブなのかどうか、私には一切不明である。遠藤はいる、旧知の仲である加地、中澤聡太もいる。(気が付けばガンバの来季のDFラインはFC東京のプレー経験者じゃないか!)

確かにガンバはここ数年アジアも制した強豪である。各人のスキルも高い。ユースは素晴らしい育成環境が整っているから、宮本・稲本から宇佐美まで世界に羽ばたく人材を輩出できる優秀なクラブであることに私は深い感銘を覚える。(上野山さんの素晴らしい仕事の賜物です。)

今野自身がどういう判断をもとにして移籍を決断したのか。その経緯を今後じっくりと知ることになるだろう。

一緒にナビスコを獲った2004年。オーバーヘッドで決めたゴールは国立だったな。
2005年は梶山と一緒にボランチを組んだ。あの時の2人は全く持ってすさまじかった。たぶん、当時の川崎Fやガンバ、鹿島よりもすごかったんじゃいないのかな、と今でも思う。かの反町氏をして「反則」と言わせたくらいの2人だ。

2006年はガーロ体制~倉又体制下ですごくしんどい時期だったと思うが、彼自身も初めて接する「つなぐ」スタイルにいろいろと感銘を覚えたのではないだろうか。

2007年は、再度原さん。1年限りの再登板だったが、このシーズンも苦しいシーズン。ワンチョペ不発でチームの状況は安定しない。福西から学ぶものは大きかったようだ。

移籍するとだれもが思った2008年は、城福さんという稀代のモチベーターに慰留されて(?)、久々のダービーマッチを戦い、天皇杯はベスト4。

最大の転機は、CBへのコンバート。城福さんが今野がバックパスをしやすいタイプであることをよく知ったうえで、あえて彼の弱点を克服し、日本有数のCBに仕立て上げようとした。

レイナウドをぶったおして一発赤紙という「らしくない」事もあった。しかし、彼のその後の活躍はザックが全試合彼をCBで起用した通り。あの時は城福さんの起用法批判をしていた自分が恥ずかしい。

2009年は、ナビスコ優勝。

そして2010年。南アフリカに行けたことは素晴らしいが、降格という大変残念な結果を我々は迎えてしまった。

今野自身はきっと南アフリカの後、移籍を考えていたのだろうが、J2降格という現実を受け止め、彼なりに下した判断は残留。そして1年でJ1昇格という約束を果たした。加えて、元旦国立の天皇杯制覇まで。

祝勝会会場での、彼のコメントにいろいろと異議を唱える人も少なくはない。もう少し彼なりに話が出来たのではないか、とすら思う。

彼は口下手だし、そこは理解をした上で、僕は彼に8年間の思いを込めて感謝の意を表したい。

おそらく、彼のフットボールキャリアの中で、東京で過ごした8年間は何物にも替え難いものになるだろう。馬場がいて(笑)、規郎がいて、梶山や石川やルーカス、徳永に藤山、浅利、長友、最後には谷澤まで(笑)。

今ちゃん、海外に行けばいいのに。今でもそう思うが、家族が出来、実家も震災の影響は少なからずあるだろう。かつて、新築の家を建て、家族みんなで川の字になって寝たことを、SOCIO通信で凄く嬉しそうに語っていた彼だ。ガンバはお給料もいいらしいし、引退後のフォローも手厚いと聞く。

リリースが早いならば、そのほうがいい。みんなやきもきしている。

正式な発表を待とうと思ったが、もうトーチューにまで載っている話だ。

今のうちに8年間のお礼を述べよう。

僕は、彼がボランチ時代、犬みたいに走り回っていた時代が懐かしい。常に梶山を観ていたのはCBになってからも一緒。2人で東京の攻撃を後方からそれこそダイナモのごとく支え続けていた時代が一番観ていて楽しかったのだよ。若い2人がFC東京というクラブの象徴にすら思えた時代もあった。

ガンバでの健闘を祈る。しかし、当然だが、わがクラブとの戦いでは好きにはさせない。ブーイングもキツいぞ。加地の時を思い出せば、なおのこと試合前からブルーになるだろうw

今後のキャリアで怪我なく、無事にその任務を全うすることを心より祈る。

posted by sponavifootball |17:32 | football | コメント(1) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2012年01月02日

天皇杯制覇!

2010年J1最終節の、あの西京極での負けは2012年元旦国立のプロローグに過ぎなかった。

俺たちは勝った。

もう野暮なことなんざ言わない。

勝って大熊さんを送り出した。

優勝賞金1億円もらい、ACLの出場権も得た。

うれしい。

せっかくスポナビでブログしてるから、少しまともなことを書こう。

最初の3分でシュート3本。チャンスがあったからこそ、なんだろうが、明らかにオーバーペースだった。京都も切り替えの早いチームで試合のテンポは本当に早かった。

徳永のクリアが運悪く中山の足元に転がり、ゴールを決められた。

ゴール裏からも、ベンチからも選手からも落ち着け!という声が飛ぶ。

この時点で、かなり浮き足立っている事を知る。驚く半面、前半は厳しいかな?という気持ちが強くなる。

しかし、失点の2分後、今野のヘッドが決まり1-1に。

ここから、しばらくは京都が何とかして自分たちのペースに持ち込みたく、前にガツガツ出てきた。

試合の分かれ目はここから森重の無回転FKに至るまで、しっかりとボールキープして相手をいなすことが出来たからだと思う。要は、あのまんまハイペースで飛ばしていたら、京都のタテに早い動きに負けていたということ。

繋ぐ意識が強いという京都。密集地帯で敢えて細かいパスを廻して守備陣を翻弄するスタイルは非常に危険なものであった。空いたスペースをしっかりと突く意識も高い。

東京はしっかりとワイドに揺さぶれたことと、京都以上に動き出しを早くして、前にボールを運ぶこと。そして、緩急を付けたゲームメイキングを行えたことが勝負を決することのできた重要なファクターだと思う。

よく言えば、大人のサッカーが出来たということ。

後半4点目のカウンターからの一撃たるや、私はゴール裏で快哉を叫ぶしかなかった。

3点目は高橋秀人の競ったボールにルーカスがうまく追いついた。

ルーカスは、ガンバを経て戻ってきたわけだが、最後シュートを決める技術が向上していると思った。少なくとも2004年~2007年は献身的に動けるけど、時として大切な場面で決められない所も多々あり(苦笑)、あそこで決めていればなぁ、という話をよくみんなでしていたものだが、戻ってきてからは違った。コンディションさえ整えば、やはり石川、梶山、今野、徳永という勝手知ったる昔の仲間が存分に自分を活かしてくれる。また、彼らの特徴をよく知っているからポストプレイも安定して行える。彼らをうまく使えるのが大きい。

谷澤、草民、秀人、椋原、森重も随分とルーカスには助けてもらえただろう。

あとは羽生。ルーカスと共によく動き、2人でタテ・ヨコのレベル高いポジションチェンジがチームにいくつものチャンスを与えたこと。これが、僕らがJ2と天皇杯を制することが出来た理由だろう。

谷澤とナオというタテに速い選手を両サイドに従えて、羽生とルーカスという運動量に自信があり、ポジショニングに機転がきく選手がおり、ボランチには梶山がいて、成長著しいボールの狩人、高橋秀人が中盤に安定をもたらす。

中盤のレベルの高さがJ2での快進撃を支えたのだと思うが、それはたぶん私の見立てでは、ガンバと同等の質の高さを保持していると今では思うのだ。

ゲームに戻ると、京都の攻撃の質は高く、J1でも十分に通用すると思った。

正直言うと天皇杯で戦った相手で一番質が高く、手ごわい相手だった。

狭いエリアでの高速パス廻しをバイたるエリアで仕掛けてくるあたりは、全く持って危険極まりない相手であった。

大木監督のチーム作りにリスペクト。

来期の昇格はあり得ると思う。ぜひ、J1の舞台で戦いたい。

メディアはうちが90分常に京都を圧倒したみたいな書き方をしているが、そんなことはなく、むしろ時間帯によってはおされていて苦しかった。

ただ、あわてることなく90分、常に集中力を切らさずに戦えたことが大きな結果をもたらしたのだと思う。

天皇賜杯を今野が掲げた時、感激した。

10年以上ファンを続けていたんだ。泣いたっていいだろう。

朝の4時に起きて、6時前に代々木門に到着。40人近い仲間と開門を待ちながら、元旦決戦に備えたんだ。

ルーカスが元旦国立の喜びを選手に伝えまわった。その意味がよくわかった。本当に素晴らしい。また味わいたい。

続きを読む...

posted by sponavifootball |21:52 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年12月31日

10年前の約束

2001年の話。

確か、3回戦だったか。

横浜FCと戦って、負けた。

信藤さんの2バックシステムを敷く横浜FCにベタ負けした。

その時、ちょうど大熊さんが退任を表明していた時期だったので、みんなで大熊さんを優勝で送り出そうぜ、という意気込みもあり、ベロ幕付近で出していたのは、確か「大熊さんとともにタイトルを!」だったような気がする。

でも、負けてその約束は果たせなかった。

2011年。

大熊さんはまた来年からはチームの違うポジションで仕事をする。

2度目のサヨウナラを控え、10年前に交わした約束を果たすチャンスが来た。

10年前とは明らかにチームは異なる。

10年前は、アマラオ、ケリー、佐藤ユキヒコ、土肥が主力。その翌年から、ナオとかモニとか加地が入ってきた。

今は、そのときいなかったナオ、今ちゃん、梶山(10年前はJr.ユースだな)、権田(小学生か!)、ルーカス(セグンダホナウドと呼ばれていた時代)とまぁ、タレントがそろっている。

10年前は鋭いカウンターを武器にした、ガチ守りスタイルだった。

今は、大熊トーキョー特有のフィジカルで当たり負けしない激しさが戻り、従来からクラブとして標ぼうしていた「Pass&Move」をさらに推し進めるスタイルで2011年のJ2を制覇した。

味の素スタジアムは、10年前にこけら落とし。今年はシーズン終了後に工事が始まり、2013年の東京国体に向けて着々と準備が始まった。

この10年、クラブは新しい住まいを得て、コーチも大熊さん→原さん→ガーロ氏→倉又さん→原さん→城福さん→大熊さん、と変遷を得て、来季からは噂によるとセルビアの若き知将、ランコ・ポポビッチの名前がラインアップされている。

1万人入れば御の字だった味スタが、今じゃ2万人切ると少ないね、と言えてしまうくらい人が入るようになった。

キングと言われた男は、2003年にクラブを去り、2008年には有志による引退試合まで行った、AMARALはTOKYO 23 FOOTBALL CLUBの監督になり1年で数多くのタイトルをクラブにもたらすも、事情により母国ブラジルに戻るという。

10年でいろんな人がこのクラブにやってきて、そして去っていった。

ナビスコを2回、SDTカップとファンアクーニャに、スルガ銀行カップをそれぞれ1回(笑)獲得した。

でも、J2に降格した。

大切なものをいつの間にか失った、その何かを取り戻すためのJ2だとしたら、何を得たのか、その答えがなんだったのか、を一発回答するのが2012年1月1日の国立だ。

個人的には、大熊さんにタイトルを取らせたい。

原さんと城福さんにはそれぞれナビスコ制覇の勲章がある。Jの3大タイトルを、この2人は獲得している。

大熊さんが持っているのは、JFLとJ2の優勝だけ。

最後なんだから、やはり華は持たせたい。今ちゃんもガンバ行くようだし、なおのことだな。

10年前に果たせなかった約束を果たすために、明日は絶対に絶対に絶対に勝とうと思う。いや、勝つ。

10年前のことを知っているサポーターが少なくてもいい。

最後、本当に優勝して、あの賜杯を掲げて、大熊さんの花道を飾りたい。

FC東京が産声を上げる以前より、このクラブを築き上げてきた大恩人のために、明日は選手も応援する全ての方々も、大熊さんの為に戦ってほしい。そして苦しかった2011年シーズンを最後は素晴らしい笑顔で締めくくりたい。

みなさん、よいお年を。

そして、元旦国立。絶対に勝つ!

posted by sponavifootball |21:10 | football | コメント(1) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年10月29日

東京ダービー 20111030

前回は0-0。

誰しもが望まない結果に。

セザーはKYだったこともあり、ロハ。

今回は、東京ダービーでゴール量産のルーカスが復帰。2004年シーズンで見せた伝説のトリプレッタも懐かしいところ。

梶山やその他ユース出身者も意気込みが違う。

ミッドウィークで負けた。疲労度もある。しかしあとは着実に一歩ずつ上に上るだけ。

セザーの使い方に苦慮しているところもあるが、個人的には、スターティングメンバーでセザーを
使い、ルーカスを左サイドに。羽生を真ん中にして、ソウタンを右に。

谷澤もいいがコンディション面を考えて、あえてベンチ。もしくは石川ナオを右にして、ソウタンをベンチに
置くのもいい。

5連戦の最後。

1-0でいいから買ってすっきりしたい。

まだまだ間抜けな戦い方をしているが、そろそろここで激しい戦いをして、絶対に相手に好きにさせない。そういう意気込みを試合を通じて見せてほしい。このまま、2008年の負けを引きずってJ1に上がるのはしんどい。勝ってスッキリして昇格したい。

posted by sponavifootball |17:55 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年07月23日

影の救世主 羽生直剛

ルーカスが復帰。チームも勝ち続けついに、というか。ようやっと首位。しかし、これからが長い道のり。

開幕し、しばし、チームはシェイクダウン後の熟成がうまく行かず悶々とした時期もあったが、陽気が上がるのと同時に、チーム自体も勝ち上がりつつある。

田邊草民の頑張りやセザーのゴール量産も確かに素晴らしいものがあるし、米本離脱の隙に高橋秀人の目覚しい成長ぶり、GKのポジション争いもチームに活力を与えているが、ちゃんと注目してほしいのは、羽生直剛の存在である。

一時期、スターティングメンバーをはずされてしまったが、カターレ戦でのゴラッソを契機に、あの運動量の多さ、高質なフリーランニングにOFF THE BALLの動き(多分日本一巧いと思う)は、観るものを唸らせるだけのものがある。

J2の各クラブサポーターに、もし、FC東京の試合を見る機会があれば是非羽生の動きに注目してもらいたいと思う。

ボールのないところでの彼の動き。それは、パスコースやシュートコースを作り出す動きだけでなく、ボールを導き、自らがシュートまでもってけるだけの質の高い動きを試合中間断なく続けられる。

市原時代から、本当に素晴らしい選手であることは対戦相手としてよく分かっていたが、今のFC東京を支えているのは間違いなく、彼の惜しみない動きによるものです。

高橋秀人が、自分の4倍、羽生さんは試合中走っていると、tweetしていました。

走るだけでなく、ポジショニングも素晴らしく、常に危険な存在としてピッチに君臨しております。

もっとゴールがあれば、もっと素晴らしい(笑)のですが、今の彼の活躍を見ると、本当に我がクラブにいてくれてよかったと思っております。

昨年、我がクラブがまさかの降格を味わったのは、羽生と徳永の適切なポジションでの起用がなされなかったことにあると私は考えております。

ボランチに羽生と徳永。前に出て行く高質なフリーランの名手が、後方に鎮座し、ボールをさばくことに専念しなくてはいけない状況にたったのは本当に勿体なかった。

徳永も本来のポジションに戻り、守備にも攻撃にも貢献し始めている。

適材適所とよくいいますが、羽生は攻撃的なMFで使うのが一番。

2009年、我々がナビスコを獲得し、石川のゴールラッシュを生んだのは、羽生が本来のポジションで、彼らしくプレーをしていたからだと本気で思っています。

賢く走れる選手。それが羽生。

彼が元気にピッチを走り回れる間は、FC東京は本来の強さをカテゴリー関係なく発揮できると考えてます。

高橋秀人、田邊草民は羽生の動きを良く見て学ぶべきだし、砂金ベンチを暖めていることの多い鈴木達也も羽生の後継者としては近い場所にいると私は考えてます。

今後も益々の活躍を祈念すると同時に、来期も彼がこのクラブでプレーしてくれることをクラブの関係者にも是非お願いしたいと考えてます。



posted by sponavifootball |15:40 | football | コメント(1) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年05月06日

3年ぶりの東京Derby

3年ぶりの東京ダービー

観て思ったことを箇条書きに。

・攻撃のイメージシンクロが出来ていない。
・守備は安定している。
・セザーには失望した。
・大熊解任コールには辟易。
・徳永ボランチやめれ。
・森重ないし、今ちゃんを前にあげよう。
・ノースはどうした?
・平松と吉本の復調を願う。
・石川さんの復帰を待つ。
・梶山をアンタッチャブルな存在にするな。
・大竹をはじめとする若手攻撃陣の奮起を願う。

まぁ、まだ攻撃には熟成するまでに時間がかかるな、と。

カターレ戦は重要です。連戦の疲れはあるでしょうが、いつまでも引きずってはいけない。1-0で勝てるようにしないと。

セットプレイでもなんでもいい。形にこだわらず、勝ち点3を確保してほしい。

決して楽な戦いなんてないんだから。

ダービーマッチは緊迫感のある0-0の試合でした。

10人になってやっと動きが出てきた。パスアンドムーブをしっかりやってほしい。そうすれば勝てる試合だっただけに惜しい。

posted by sponavifootball |16:04 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年03月05日

21,000人の深く熱い想い

鳥栖は率直に強かった。

3ラインがしっかり間を空けず、東京のボールホルダーに対してしっかりと早く寄せるなど、観ていて好感が持てた。

ポゼッション主体でイニシアチブを取るスタイルのチームではない。J1ではそういうチームがほとんどのような気がするが、J2は自分たちの身の丈をよくよく理解した上で、カウンタースタイルで相手の隙を付いてくる。

今日の試合は、ラッキーだった。

シェイクダウンしたてのF1マシンみたいな、重たいチームだった。怪我人やコンディション不良で苦しむ、わがクラブも決してラクではない。

そして、J2は決してラクには勝たせてくれるカテゴリーではないということも改めて感じた。

相手に合わせてはいけない。堂々と東京は東京のストロングスタイルを突き通すべし。

柏の開幕戦を見ていて、J2でも己のスタイルを突き通したクラブはJ1に戻ってもいいゲームが出来ることをしみじみ感じた。

選手個々の評価については、阿部巧が素晴らしかったことだけを挙げて置こう。長友を超える逸材といわれているが、彼の成長が楽しみで仕方ない。

来週もしっかりと気を引き締めて戦うしかないのだ。

今日は降格したのにも関わらず、東京のサポーターが大勢ゲームを観戦しに来た。素晴らしいことだと思う。みんなの想いをしっかり受け止めて至上命題である、1年でJ1を目指してほしいと思う。この想いは世界で一番重たいよ。そこ、感じてくれ。

あと、スカパラ今シーズンも宜しくお願いします。

posted by sponavifootball |23:30 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2011年01月10日

紙一重

年末の鹿島との試合は、延長ロスタイムに失点。残念な話ではあるが、やはり、天皇杯王者となった鹿島とでは、勝負における執着力に紙一重の差が出た。

この紙一重がいくつもあると、微差が大差になる。

J2では向かうところ敵無だろう、と皆は言うが実際は蓋を開けてみないと分からない。

楽な試合は一つもない。昨日のヨルダンと戦った日本代表もしかり。欧州のプレイヤーを8人スタメンに並べても、なんだから。

慢心する事なかれ。

あと2ヶ月。静養してほしい反面、メンタリティの強化をなんとかしたい。

権田と今野はアジアカップだが、他の選手は、もう自主練習で稼動していることばかりでしょう。

治すべきところはしっかり治してほしい。それから、3月開幕に向けて調整をしてほしい。

反省するには、1ヶ月あれば十分。

開幕まで、私たちはとりあえず、アジアカップを応援しつつ、静かに開幕までお金を貯めておきましょう。

posted by sponavifootball |22:13 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加

2010年12月08日

落日

2010年12月4日

京都の西京極競技場で、私は妻や友人総勢20名とともに、わがクラブの降格の瞬間を見届けました。

ポストワールドカップを狙う!と高らかに宣言した今年1月に、12月の事が想像だにできませんでした。

涙を流す者。ただ、立ち尽くす者。

一生涯忘れ得ぬ、一日になったと思います。

なぜ、優勝争いをするくらいのタレントを揃えたクラブが降格してしまったのか。

いくつの言葉を尽くせば、その理由に納得出来るか。

思う所は色々とありますが、今はまだ、その現実を静かに受け止める事だけが精一杯であります。

ひとつ、言えることは、申し訳ないが、選手も経営陣も、ファンもみんな軽く見ていたという事。眼前の決戦だけでなく、全ての戦いを。

京都は降格が決まっているのにも拘らず、緊張感はあった。球際は強かった。

神戸も選手がミーティングを開き、意見をぶつけ合って、ここまでやってきた。

気持ちの強さ。修羅場に遭遇しても土俵際で踏ん張る力強さ。

ひ弱なエリートという言葉に鋭く反応した経営者には申し訳ないが、ひ弱なエリートと言われても仕方ない。

攻撃に彩なく、守備には集中力がなかった。

今年はなんであんなにクロスを放り込まれて簡単に失点したんだろう。崩壊したわけではないのに、どうしてあっさり失点してしまったんだろう。

僕が観たいのは、雑草軍団だった時代の力強さ。

J2に降格すると経済的にも苦しいのは分かる。

でも、その苦しい状況を引き込んだのは我々の力不足が全ての原因。

村林さんは、全勝するとか、無敗で行くとか言っているけど、甘くはないぞ。J2は。

何が何でも1年で復帰するという意気込みやよし、だが、他のチームも本気だして潰してくる。

決して楽じゃない、タフな戦いを強いられる。

そこで、FC東京と言うクラブは、どこまでその真価を発揮できるのか。大勢いるファン。首都のクラブ。首都の領袖としてのメンツ。

2011年は、本当に我々は厳しい戦いを迫られる事となる。

この事実をしかと受け止め、天皇杯は、FC東京と言うクラブが価値あるクラブであることを全国のフットボールファンに見せつけること。

ファンは待っている。FC東京は強い!と周囲に言って貰える事。そして、数々のタイトルを戴冠する事を。

本気で悔しかったら、石にかじりついてでも、選手も経営者も頑張ってほしい。

金がないから選手を放出とか言わないでくれ。代表選手をJ2で戦わせることに対する罪悪感があるんだったら、J1に戻る最短プランを練り上げるだけでなく、当たり前だが、昇格した後、しっかりとJ1に定着し、本気で優勝を狙えるチームを作り上げて欲しい。

2011年は、FC東京のクラブの真価が問われる1年。

SOCIOチケット更新のお知らせがまだ来ていないが、当然更新してこのクラブをサポートします。

1つ1つ、聖戦だと思って戦わないと、勝てないぞ!

posted by sponavifootball |20:10 | football | コメント(0) | トラックバック(0)
このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加