2006年06月22日
静かなことが、かえって緊張感を高める。
抑えてるのか…抑えざるをえないのか。
完全な主力ではないのは表面上か。むしろ、これを待っていたと言わんばかりの歓声がある。若い力に溜まっている沸々としたものがいつ噴き上げるのか、目を離すことが刹那もできない。勝ちにいってることは確かだが、もぎ取るところまでいかない展開がもどかしい。緊張感とじれったさで、それでも満足感も感じている不思議な感覚だった。
そういえば、ペケルマンもファン・バステンも幾分静かだっただろうか。優勝を現実的に掲げる両監督の心中は測り知れない。カードはリセットされた。大きな怪我にも見舞われずに済んだ。大切な戦力も休ませることができただろう。彼らにとっては、これからがワールドカップになるのかもしれない。あまりにもあっさりと終わった”死のグループ”をあとにして、いよいよ臨戦態勢。
posted by しん太 |16:33 |
2006 FIFA World Cup |
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2006年06月22日
ワールドカップにおいて、精神論なんて論外かもしれない。
それでも、精神が人間を高めるのだと改めて気付かされる。
怒涛とも言える攻撃は、予選突破のために他ならない。しかし、もうこれで潰れるんじゃないか。メキシコが走るサッカーだと分かっていても、一向に走ることをやめない選手たちに胸が熱くなる。人数が少なくなる淵に立ってもそれは変わらない。とにかく点を獲るんだ。この試合を獲りにいくんだ。試合最後まで、そんな声が本当に聞こえてくるような気がした。
ワールドカップというピッチに立つことは、その時点で”気持ち”などという問題ではないと私は考えている。もはやそれは当然のこととして捉えなければならない。”最後は勝ちたいという気持ちが強い方””気持ちで負けていた”なんて、言う方も言われる方も茶番に思える。感動するとき、そこにあるのはいつだって当然の気持ちとプレーを超えたものだ。メキシコのサッカーは、間違いなくその片鱗を魅せてくれたと思う。ブラボは、この試合の”借り”を必ず返してくれるはずだ。
posted by しん太 |16:00 |
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