2007年08月29日
きっかけは視線に入ったモニター画面だった。何物かもわからず、夢中とまではいかないまでも気になる存在になっていったモノだった。
それがオーストラリアで盛んなFootyというスポーツだとわかるまで、大して時間を要したわけでもなかった。そして、忘れようと思えばすぐに忘れられる存在でもあった。
しかし、Footyが段々と私の脳から心から侵食していく。スピードこそ遅いものの、勢いは熱帯低気圧並に、私の中身に強風を浴びせてきた。
何故だかわからないけれど、これを見ないといけないと感じた。思ったよりも、感じたのだ。あれから1年が経ち、私はオーストラリアに渡ることになった。Footyを生で観戦するのだ。
友人に言われたようにビールとミートパイを持って。見知らぬ土地ながらも地域住民のように興奮するのだろう。腹同様に心も満たされるのだろうか?
行かなきゃわからないから行くのだ。
理由なんて要らない。Footyを知ってしまったから。
それだけで十分だ。
posted by Takayuki Kanno |21:49 |
AFL |
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2007年08月15日
夢は必ず覚める。生きていれば必ず厳しい現実にぶつかる。
ピッツバーグパイレーツは、桑田真澄投手に、今期戦力外であると告げた。19試合で防御率9点台では何も言えない。そんなことは本人が一番わかっていたことだ。
クビだと宣告される側よりも、する側の方がどれだけ心が痛むだろうか。それを人としても友人としても尊敬に値する人間に対してならどれだけ辛いのか。パイレーツ監督以下、GMにしてもきっとそうだったのだろう。
地元ピッツバーグポストガゼッタ紙によれば、パイレーツは桑田になんらかの形でチームに貢献してもらいたい、と、選手以外の分野での残留を望んでいるようだ。それがコーチとしてなのか、フロントとしてなのかは定かではないが、それだけ桑田の経験を買っているのだろう。そこに投手としての成績が伴うことをずっと祈っていたのかもしれない。
「感謝の気持ち、それだけです。」
ピッツバーグパイレーツ桑田真澄としての最後の記者会見でこう話した桑田に悲壮感など微塵もなかった。堂々と、しっかりとした口調で。でもどこかスッキリとした表情のように見えたのは私だけだっただろうか?
再挑戦か、それとも引退なのか。メジャー挑戦も子供の一言で決断したというくらいだから、「家族と相談して決めたい」、というのは本心からのことだろう。
ジャイアンツ2軍球場の外野には、一部芝が剥げてしまった部分がある。肘の手術後、リハビリに励んでいた桑田が走り続けてそうなった場所で、桑田ロードと呼ばれている場所だ。ただのランニングにも生き様が映っていたようだった。桑田真澄の野球人生には、だから惹かれるのかもしれない。
栄光から挫折。肘の手術からのカムバック。引退説を吹き飛ばすメジャー昇格。夢から覚めても、辛い現実にぶつかろうと、「さぁ行こう!!」と、いつつでも前に進む姿をファンに見せてきた桑田なら、悔いの残らない道を決断するはずだ。
これまでもずっとそうだったのだから。
posted by Takayuki Kanno |20:18 |
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