2007年07月14日

Marinersイチローは心も身体もシアトラー

少しだけ昔話をさせてもらう。

6年前の4月。初めての飛行機が初めての海外渡航になり、私にとって初めての外国生活となった年、同じ土地に一人の日本人メジャーリーガーが降り立った。イチローという名のその東洋人は、7年連続首位打者という偉業を肩に下げ、アメリカに挑戦する為にシアトルにやって来た。

開幕戦、第一打席。センターオーバーのヒットは、シアトル市民に期待を抱かせ、在留日本人の誇りとなった。
私もまた、当時のホームステイ先でイチローについて訪ねられ、彼ならやれるさ、と鼻高々につたない英語で言ってみたもんだった。アメリカの学校の宿題はとても多く、まだまだ生活のペースが掴めなかった私にとっては毎日がまさしく闘いであった。自分が悪いと言えばそれまでだったけど、0点を取ってしまい、それを挽回するために、日に一時間睡眠というスケジュールで勉強に励んでいた(今思えば異常でした。)。
通学時間は片道約一時間。バスの中で居眠りする時間が朝の定番だったその年の6月。2001年は、シアトルでMLBのオールスターゲームが開催されることになっていた。
バスが高速を降り、法定速度に落ちた辺りで目が覚めた私の右側にはセーフィコフィールドが大きくそびえ立っていた。主力選手のパネルがチームグッズ店の壁に大きく並んでいた。

イチローの姿が、早くもそこにあった。

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posted by Takayuki Kanno |19:58 | MLB | コメント(0) | トラックバック(1)
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2007年07月11日

橋本真也の痛いプロレス

7月11日にすることがある。破壊王 橋本真也を思い出し、そして彼が去ってしまった事の重たさを実感する。

今年は橋本真也3回忌でもある。
橋本真也といえば、リング内外に問わず豪快を地でいく人で、その手のエピソードには事欠かない近年では稀なほどプロレスラーらしい人だった。
豪快なプロレスラーはいつの世にも存在する。だが、橋本真也のプロレスは、豪快であり、”痛い”プロレスなのだと、個人的に思っている。象徴するような試合は何試合もあるが、私は特に、天龍源一郎との2試合について、この3回忌である7月11日に記してみたいと思う。

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posted by Takayuki Kanno |13:13 | プロレス | コメント(3) | トラックバック(0)
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