2007年10月16日
別件の為、久しぶりにNBA専門紙に目をやっていたときのことだった。どのくらい観ていなかったかがハッキリと現われるほどに、各チームの有力選手の移動が激しかった。
私の記憶ではレイ・アレンはシアトルスーパーソニックス所属だったし、アレン・アイバーソンはフィラデルフィア・76サーズの看板選手だった。それが、レイ・アレンはボストンセルティックスに、アイバーソンはデンバーナゲッツへと移籍していた。
今はちょうどトレーニングキャンプの時期。選手は新しくなったチームでの生き残りを賭け、日々アピールと鍛錬を繰り返す。
パラパラと専門紙をめくっていたのだが、そこにいても良いはずの選手の名前が載っていない。ナゲッツにいたはずのお気に入りの選手の名前が無い。移籍したのだろうか?と思い、他のチーム情報を隈なく探したもの、見当たらない。
デンバーナゲッツの#11、アール・ボイキンズの所在が気になり、ネット環境整う自宅に急いだ。
posted by Takayuki Kanno |22:50 |
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2006年07月13日
「タイツにシューズ、それだけでどこへでも行ける。」
一昔前のプロレスラーは皆こんな感じだったようだ。この言葉が表すことは、上がるリングさえあればコスチュームとリングシューズさえ持っていればどこの国でも試合が出来る=金が稼げるという簡単な話である。
確かに言われてみればその通りで、プロレスラーに限らず、実力の世界であれば当たり前のことなのかもしれない。能力があって、オファーがあればそこに行く。それが野球であれ、サッカーであれ、その他のスポーツ、或いは格闘技だって同じ話である。俗にいうフリーランスという肩書だ。
posted by Takayuki Kanno |20:58 |
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2006年07月05日
表現者とは、常に外に何かを発信しなければいけない存在であると、私は思う。無の状態から有を創りだす者、形あるも物の形を変えながら新しいものを構築していく者等、それぞれ形は違えど何かを作り、そしてそれを発表していくことが、表現者たる部分だと勝手ながら思っている。
鍛え上げられた肉体、記録や競技に対する姿勢を見せることこそ、スポーツ選手に求められるべきパフォーマンスとされてきた。だがしかし、現代のスポーツ選手には”話す”技量も求められているように思う。
posted by Takayuki Kanno |11:45 |
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