2008年05月14日
ゴッチノート
数年前、たまたま手に取った格闘技雑誌で、故カール・ゴッチ氏とジョシュ・バーネットの対談が掲載されていた。
共にキャッチレスリングを学び、ゴッチ氏においてはビル・ロビンソンと並ぶ程に先駆者というイメージがある。
その時は確か、PRIDEの試合で、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラと対戦したバーネットの映像を観ながら、ゴッチがバーネットに技術指導をしていた内容だったと記憶している。
つい先日、旗揚げされた「昭和プロレス」。
どの世界よりも『今日の流行は明日の廃れ』が存在する今のプロレス界において、今ではもう懐古的とさえ思える昭和という流れをどう普及させていくのか。
それはそれで楽しみではあるし、参戦を表明している往年のプロレスラー達の卓越したショーマンシップ、技術は一見の価値はあるかもしれない。
だが、ゴッチ氏が新日本プロレスに遺したキャッチレスリングを継承できているプロレスラーは、残念ながら現代では中々見ることが出来ていない気がしてならない。
それゆえに、試合こそ出来る状態ではなかったものの、昭和プロレスのリングで、胃ガンから復帰を目指す、藤原喜明の存在が際立って見えた。
藤原喜明といえば、かつてフロリダでゴッチ氏の指導を受け、UWF、新日本ではサブミッションの達人と呼ばれた職人である。
UWFが解散して藤原組を旗揚げした時代にも、当時有望核だった船木誠勝や鈴木みのる等を引き連れ、度々ゴッチ氏の下を訪れていた様子が、当時のプロレス雑誌に掲載されていたのを今でも覚えている。
藤原とゴッチ氏のエピソードで、私が最も印象に残っているものは、藤原が記していた手帳のことだ。
通称、”ゴッチノート”である。
当時フロリダに武者修行中だった藤原は、毎日毎日朝から晩までゴッチ氏と共に練習に明け暮れ、それはそれは過酷な生活だったと後にインタビューで答えていた。
特に上達の早い方ではなかった藤原は、ある時を境に、練習で教わった技術を、得意のイラストで手帳に書き留めておくようになった。
そのノートには、手の取り方、足の取り方、更に細かいコツ&ポイントが仔細に書いてあったという。
その後の藤原が身につけたサブミッションの技術に関しては説明するまでもないだろうが、今のプロレスで多く実践されている流れるようなムーブではなく、一つ一つの動きから痛みが伝わるもの、という印象が私の中には色濃く残っている。
藤原秘伝の手帳だが、その後チャリティ・オークションに出品され、15万円で落札されたという。
本人がゴッチ氏との思い出を紙面で語っていた時に、専門家からは100万円の値が付くといわれた代物になっていたと書いてあった。
だが、本当の秘技のページは、オークションに協力する前に、既に破り捨てられていた。
その所在を問われた藤原は、特有のニヒルな笑みを浮かべ「ココ(頭を指さしながら)に全部入っているよ」。
現実問題として、リング復帰は限りなく難しいであろう藤原喜明には、ゴッチ氏から伝えられた技術を若手に託す必要があるのではないだろうか。
華麗ではないかもしれないが、かつてのプロレスラーは皆こうした技術を道場で教え込まれていた。
それが返って、プロレスラーの強さを想像させてくれたように思う。
限りなく実戦に近い裏技も数多く存在するというゴッチ氏の技術だが、このまま廃れていくのは残念でならない。
posted by Takayuki Kanno |12:59 |
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