2008年03月29日
桑田真澄は2度引退する
桑田真澄、引退。
適度に酔いも回った状態でネットを繋いだ私の目に、ハッキリとそのニュース記事が飛び込んできた。
私にとっては、松井秀喜結婚よりも、日本代表バーレーン戦敗戦よりも、目を引く出来事だった。
「ボールを置くことにした」
そう自身のブログで引退について綴った桑田真澄の生の文を読んで、久しぶりに、【桑田真澄 Pitcher's Bible】を開いてみた。
そこで私は、1つの結論に達する。
桑田真澄の引退は、今回で2度目だったのではないだろうか?と。
前述した著書、【Pitcher's Bible】は、桑田が右肘内側側服靭帯断裂の手術を受けてからのリハビリ、復活、過去の栄光・挫折を克明に記した名著である。
私が思う桑田真澄の1度目の引退とは、この右肘の手術を行なった瞬間である。
手術を執刀したのは、スポーツ医学界の権威、フランク・ジョーブ博士。ミスなどない。必ず復活出来る。
そう信じ、投手としての命である肘にメスを入れることを決断した。
しかし、術後のある日、桑田は絶望感に苛まれる。
その一文を引用させてもらう。
「彼はその時、もう、何もかもがイヤになっていた。これまで積み重ねてきたことのすべてが、虚しくてならなかった。(桑田真澄 PITCHER'S BIBLE PP19より)」
桑田真澄を語る時、忍耐、我慢、享受、という言葉を使用することが多いと思う。
事実、桑田は右肘の手術から見事に復帰し、2002年には15年振の最優秀防御率を獲得するなど、直面してきた困難に打ち克ち、手術した右肘は、タイトルを獲得するまでに回復したかに見えた。
だが、それからの2002、03、04、05年では精彩を欠く投球が続き、06年には一度も1軍での登板機会を与えられないまま、巨人を自由契約となった。
タイトルを獲得した年、桑田は武術研究家の甲野善紀さんの指導を受け、いわゆる捻らない、溜めない、というフォームに転換。これまでの桑田は1のフォーム、2のフォームなど、理想のピッチングフォームを求めて試行錯誤していた。
そのどちらにも共通する、しなりを排除したフォームで桑田は復活を遂げた。
だが、力の無いボールは、コントロールと緩急で誤魔化すことしか出来ない。
メジャーリーグで活躍する40歳を超えた投手に、ジェイミー・モイヤーとグレッグ・マダックスという技巧派投手の代表格ともいうべき投手がいる。
桑田にとってはお手本となるような投手だが、私見だが、桑田のコントロール、緩急、投球術は彼らに引けを取るものではないと思っている。違う点を挙げるとすれば、骨格の違いだけではないだろうか。
同じ130キロ後半のファストボールであっても、身長180センチを有に超える彼らと、身長170センチ前半の桑田が投げるそれとでは、球の力が違うのではないかと私は考える。
つまり、腕をしならすこと、溜めを使わなくなった術後、既に桑田のピッチングは、それまで各タイトルを総なめにしてきた時のピッチングではなかったのでは、と、私は今だから思う。
変えることは賭けである。
これまでのスタイルを全て捨て、新しい形でこれまで以上のものを得るためのギャンブルである。
桑田はその賭けに勝った。防御率タイトルを獲得した年、誰もがそう思ったのではないだろうか。
しかし、結果として、それは1発勝負であった。プロは結果次第で、一流にも三流にも早変わりする。
横浜ベイスターズから自由契約なった斎藤隆は、ドジャースで結果を残した。今ではメジャーでも屈指のクローザーとしての名声を勝ち得たのも、結果を残したからだ。
巨人を自由契約となった後、桑田は結果を求めて海を渡った。
メジャーリーグのマウンドで投げるという証を求めて。
一度は諦めかけたその目標に、桑田は辿りついた。しかし、代償も大きかった。
ベースカバーに入った際に審判と接触。右足首靭帯断裂という重症にも関わらず、一日一日を野球に捧げ、2007年6月10日のヤンキース戦で、その証を手にした。
2度目の引退を決めた時、ピッツバーグ、ポストガゼッタ紙のインタビューに、一番印象に残っている思いではヤンキースタジアムでの投球だったと、桑田は語っている。
アメリカでも一発勝負だった。一度は勝ったが、ここでも連勝は出来なかった。
昨年パイレーツから解雇された後、負傷した足首を手術。桑田は、今年に賭けた。
それは、勝負の世界から身を引く決心をする為の、必要な挑戦だったのかもしれない。
「メジャーで投げる機会は無い。」
そうパイレーツのGMに伝えられた後、お披露目登板の機会を打診された桑田は、きっぱりと断った。
「もう何千イニングと投げてきた。若い、将来性のある投手に経験を積ませてやってください」
マウンドから降りる決意をした男の顔には、悲壮感など微塵も無かった。
”無常観”と題されたブログで、突然の引退発表。彼は、自分に出来ないことを受け入れた。
絶えず生じ、絶えず変化するという仏教の無常観を、彼は実践している。私にはそう思えた。
巨人の退団セレモニーの時の言葉、「桑田真澄の野球は心の野球です。」という一言が、ずっと頭の中に残っている。
桑田真澄のピッチングが好きだったから、誰よりも悔しい。私の本音はこれだ。
私が思う1度目の引退から東京ドームのマウンドに還って来た時、マウンドに右肘を当て、ただいまと挨拶した桑田真澄。
2度目の引退を決意した後、誰も投げていないマッキニー・フィールドのマウンドに跪き、マウンドを愛しい物を撫でるように、優しく触れた。
そこに涙はなく、顔を上げた桑田の表情はいつもの笑顔だった。
人生の大半を共に過ごしてきたマウンドとの別れに涙は似合わない。
桑田真澄のプロ野球人生は、2度目の引退を持って、その幕を下ろした。
posted by Takayuki Kanno |18:57 |
MLB |
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桑田真澄の引退セレモニーにはアメリカも泣いたのだ 【Superbowl's アイノメディアドランカ】
いまさらだけど、ひょんなことから桑田の引退に関する現地ピッツバーグのメディアの報道を目にした。感動した。ジェロやマギボンやクロスビーやベティスだけがピッツバーグぢゃないやい。日本人ならクワタを読んで泣け!ってなわけでちょっと時間差だけどそれらの記事を紹介しよう。記事のすべてにはピッツバーグ・ポスト・ガゼットのデジャン・コヴァチェビッチという記者が関わっている。実はこのコヴァチェ
2008-04-13 23:58 | 続きを読む
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桑田真澄は2度引退する
桑田~!!あの投げ終わったあと帽子がずれるほどの躍動感溢れるフォーム。。
いまでも思い出します。。おつかれさま。。
posted by 30代男 | 2008-03-30 00:52
桑田真澄は2度引退する
桑田さんは引退しないと思いこんでいた自分がいました。もちろん、そんなことはあり得ないのですが。
もっと長く野球をやっていて欲しかったと思うのは私だけではないはず。残念と悔しいと二つの思いが未だに交錯しています。
posted by ryuw | 2008-03-31 12:50


