2007年08月02日
フロリダ州タンパといえば、カール・ゴッチだった。
太陽の陽が煌々と照らす緑の芝生にそぐわない一本の垂れ下がったロープ。それは太く、まるで注連縄のようでもあった。
そこに群がる海パン姿の筋骨隆々とした男たち。おもむろにそのロープを握り、腕の力だけで上に上がりだす。想像に難くないが、すぐに腕はパンパンになり、握力も萎えてくる。しかし登りだしたら止まれない。止まる事は許されなかったのかもしれない。
場所は、アメリカフロリダ州タンパ。プロレスの神様こと、カール・ゴッチの自宅だった。
ガレージに無造作に置かれたダンベルやバーベル。しかし近代的なマシンといった類はまったく見られない。簡易的でありながらも、使い込んだ器具が、見た目以上に目に入ってくる。
「近代的なマシンに頼らなくとも、これだけあれば人を殺すトレーニングをするには十分だ。」
平然とそう言ってのけたゴッチさん。日本ではアントニオ猪木、長州力、藤波辰彌、前田日明らを育てたコーチとしても有名な往年のプロレスラーである。キャッチアズキャッチキャンが最強と信じ、自らの技術を有望な若手レスラーに叩き込んだ。甲斐あって、弟子たちはスローガンの違う様々な団体を旗揚げはすれど、皆、根底にはゴッチ流が浸透していた。
一時代を築いたUWFやRINGSが創設されたのも、カール・ゴッチさんがいたからだろう。プロレスラーとしてのゴッチさんの実力(いわゆるシュートの方)は有名で、興行主からは看板レスラーに怪我をさせるとして厄介者扱いを受けていた。その為にスターレスラーになる夢は叶わなかったようだが、頑なまでに貫いた姿勢は、強さにこだわったプロレスラーとして、ファンに語り継がれている。
いつだったか、RINGSの試合でのことだった。前田日明が、ケンカ試合を仕掛けてきたディック・フライの足を一瞬で極めたレッグロック。試合後の談話で、「ゴッチさんに教わった技」と語っていた。仕掛け方が通常のレッグロックとは異なり、軍隊格闘技のようにまさしく一瞬で極めたその技に驚かされたのを覚えている。
ゴッチさんにまつわるエピソードを挙げればキリがないのだろうけど、とにかく謎めいた、しかし確実に強い人だったのだろう、と想像させる何かを持っていたプロレスラーだった。
不器用といえばそれまで。けれど現代の総合格闘技人気を嘆くほどに、レスリングを追求していた頑固オヤジ。
プロレスが完全に総合格闘技に押されていた時代、いや、グレイシー柔術の呪縛から解き放たれる前の時代に、幾度となくこう思った。
ゴッチさんが現役なら・・・。たられば話だったが、この手の話に今も終わりはない。
謹んでカール・ゴッチさんのご冥福をお祈りいたします。
posted by takayuki kanno |19:30 |
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