2006年12月26日
大晦日前に振り返る国民気質
もういくつも寝らずとも迎える2007年。このブログを読んでいる方々はどこで新年を迎えるのだろう。筆者は残念ながら半強制的なお仕事の最中に新年を迎えることとなる。
そう。大好きな格闘技中継を見ることも出来ずに。
ただ、ここ4,5年かけて定着したこの格闘技大晦日興行。今年はその勢いが海を越えたのか、アメリカでもUFCが年末興行に打って出た。日本時間31日の夜に放送されるこの大会には、否が応にも来年への布石が込められているという憶測を我々に持たせるには十分な意味合いが込められているように思う。
ただ、国民気質なのかなんなのか、アメリカで大晦日格闘技興行と聞いたほうが納得は出来るように思う。
さしずめパーティ気質と参詣気質の違いからだろう。
日米の正月の差にみる観客の温度差はあるのか!?
筆者は、幸運にも3度アメリカで新年を迎えた経験がある。毎年大晦日ならぬthe day before new yearsにはパーティを開いた。気の会う友人らと早くから飲み始め、日本人連中は雑煮を振舞ってくれ、さながら正月気分を味わうことには事欠かなかった。夜も更け、日付が変わる間近になり、例年通りに大花火を見に出かけた。アメリカでは公の場での花火が禁止されているので、それだけでも花火を公然と見られることが貴重なことなのだ。
それぞれ好きなように騒ぎ花火観覧。道すがら知らぬ者同士でも新年を迎えられた喜びを分かち合う。いつでもどこでもパーティ気質だから受け入れられるべきことなのだろう。
翻って日本のお正月。
注連縄飾り、御年取りの簡易儀式を終えての紅白歌合戦。赤白の勝敗決まってイザ初詣。神社仏閣には長蛇の列が出来、家族や友人らと新年の祈願を各々が唱えて合唱。お寺では108つの鐘の音が鳴り響く。ただでさえ新年はしとやかに迎えるという風習がおそらくは日本の国土半分以上の土地には未だ残されているかと信じたい。
とにかく、表に出す感情よりも、内に秘めたる新年への思い。我々日本人は、近年では新年をイベント事として祭り上げてきたものの、本質では参詣することで自らだけの年を越し、新たな気持ちで次の年を迎える。全くパーティとして捉えていなかった民族が、大晦日に様々なイベントを催すまでになった。その最たるイベントとして、現在は格闘技が挙げられよう。
アメリカと日本、一体どっちの興行が盛り上がるのか。LIVEでは無理にしろ視聴しようと思っているので、観客の盛り上がりの違いにも注意しようと思う。そういう見方も格闘技にはあっても良い。
引退なのか休業なのか、果たして真意は?
前回のブログでは男祭りのヒョードル vs ハントのタイトルマッチを取り上げたが、個人的に一番着目したい対戦、というか選手は、須藤元気である。意味深な「これがある意味最後の試合になる」というコメントの続きには何があるのか。常々、闘う事は自己表現の一つでしかない、というような発言もある須藤なので、試合後(勝敗にも左右するかもしれないが)には何らかの意思表示があると思って間違いないだろう。
「武術とは、自らの身体を使っての自己表現」というブルース・リーの言葉ではないが、入場100%+試合100%=未知数な須藤ワールドにどっぷりと浸かれそうな予感あり、である。、日本ではまださほど知られていないアメリカの総合王者ジャクソン・ページの初お目見えも伴うこの試合は、来年のHERO'Sに関わってくることだろう。
しかし、こたつに入って年越しそば食べての正月にやっぱり憧れるなぁ、と思う今日この頃である。
※次回更新は年明けを予定しています。
posted by Takayuki Kanno |19:52 |
格闘技 |
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