2006年10月24日
「最強」も衰える
強烈なインパクトをシーンに遺した人間ほど、後に伝説扱いを受けてしまう。
簡単にいえば、名前だけが生きているということだ。
living legendは胸の内にいれば良い
先日、マイク・タイソンが観客を入れてのスパーリングを公開した。仕上がりは非常に悪く、身体能力の衰えは誰の目にも明らかだったという。このスパーリングはワールドツアーと題し、今後何カ国かを周る予定のようだ。果たして最終交渉に入ったとされる、大晦日マカオで開催予定のPRIDE男祭りに参戦するのだろうか?
今の格闘技界で、タイソンと試合をすることは本当に価値のあることなのか?マイク・タイソンといえば、モハメド・アリと匹敵するくらい最強と謳われたことのあるボクサーである。素行に問題は多々あるものの、強さという一点では、つい最近まではまるで物語のように語り継がれていた。たとえみっともない姿をリングの上で晒しても、一部の人間はその実力を信じて止まない。
もういいのではないか?
名前で生きていける程リングの上は甘くは無い。誰よりもリング上で全てを得たタイソンならわかっているはずだ。だからボクシングでは引退を発表した。K-1やPRIDEが相次いで独占マネージメント契約を結んではいるが、一向に試合は実現に至っていない。本当に、本人に闘う気力があるのかどうか?裁判費、慰謝料等で莫大な負債を抱えている為、担がれているようにしか見えない。
同様ではないが、ヒクソン・グレーシーも名前だけが先行する存在になりつつある。船木誠勝戦以降、試合をしていないからだ。一時期、復帰への意欲を雑誌のインタビューで語っていたが、実現には至っていない。
ヒクソンは、日本の総合格闘技市場を表舞台に持ってきた最大の功労者といっても良い存在だ。PRIDE発足は、現統括本部長の高田延彦との対戦を叶えるための場として設けられたからだ。確かにその実力はかなりのもので、400戦無敗という肩書きも納得のいくものだとは思う。
とはいえ、例えば現王者のエメリヤエンコ・ヒョードルと対戦したら?と考えれば、ほぼ8割方ヒクソン敗退を予想するのではないだろうか?もちろんこれは、体重差云々抜きでの議論ではあるものの、ヒクソン・グレーシーが第一線で闘えると考えることの方が不自然に思えるのだ。
それもこれも彼が遺したインパクトが強過ぎたこととの因果、である。
仮にタイソンが大晦日試合をするとしよう。対戦相手には、絶対にイージーな相手を用意しないでもらいたい。試合をすることに価値?があるのだろうし、何よりも現実を見せることが、時計の針を湾曲させない手立てになる。
ピークが過ぎたアスリートや適応性の無い人間を、安易に競技の転向に仕向けることは否である。
リング上に限定しなくとも、プロスポーツの世界で名前に魂を吹き込んで復活させることには、筆者は反対である。
posted by Takayuki Kanno |12:25 |
格闘技 |
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