2007年10月16日
ミランはバルセロナを目指す
「自分が確信していることを繰り返すが、ミランは4-3-3で戦うようになる。もちろん、セードルフはジラルディーノじゃない。だが、ボールラインよりも前に位置する3選手が、それぞれの特徴を持って我々の攻撃陣となるんだ。例えば、ジラルディーノがゴールしたらFWの得点と言われるのに、カカーやセードルフが得点を決めてもFWのゴールにならないのはおかしなことだと思う。彼らは3人とも攻撃的選手なんだよ。」 上記は昨日、ミランのガリアーニ副会長の記者会見で飛び出した言葉である。 長いインタビューの中で僕はこの部分に興味をそそられた。4-3-3で戦うようになるとは果たしてどういうことだろう?ミランをバルセロナのようにしたいという事だろうかと思った。しかしアンチェロッティはサイドに選手を置くことに否定的な人物だ。先日代表デビューを果たしたイタリア期待の若いウイングプレーヤーのフォッジャも試合で試しもせずあっさり放出した事も記憶に新しい。序盤の成績不振からシステムを変更する気になったのだろうか? どうも話が違いそうだ。 後述部分を読んでみるとセードルフはジラルディーノとは違うがセードルフもFWであると言っている。ミランの前線選手は全てFWという認識で4-3-3というくくりにしたのだろう。では、4-3-3”になる”とはどう解釈すればいいのか。現状は4-3-3ではないがこれから4-3-3になるとしか読み取れない。気になったので、同じ文章を英語に翻訳されたものを読んでみた。英語版の記述は”Milan intend to play with a 4-3-3 system”。なるほど日本語版と意味はそれほど変わらないように思える。ではイタリア語の原文はどうか、”Il Milan gioca con il 4-3-3”とあった。辞書を引きながら読解するとgiocaの原型giocareは英語のplay。訳すとそのまま"The Milan plays with the 4-3-3"という意味だ。 やっと話が繋がった。 ガリアーニの発言に未来を示唆する意味は一切無い。ただ現状ミランのシステムは4-3-3だと言ったのだ。僕にはミランのシステムは4-3-3とは違うように思える。きっとガリアーニもそんなことは百も承知の上だろう。その上で攻撃的な選手が前線に3人いることを3人のアタッカンテとして4-3-3と表現したのだ。批判の的となっているジラルディーノとインザーギを擁護するためだったのは想像に難くない。 僕は4-3-3という言葉の響きに色めきたってしまったが、実際の発言は特に意味をもたない些細な事だった。しかし言葉というのは伝わりにくい。クラブの公式ホームページでさえ同じ発言が違う意味を持って表現されているという現実。記事にする記者には考え方・好きなチームそれぞれある。長いインタビューから一行抜き出すのも一言一言ツギハギして仕上げるのも自由自在だしそもそも記事にするかしないかを決定できる。それが記者の仕事であり存在価値だ。1つのニュースが新聞、ラジオ、テレビ、インターネットに伝わっていく時には世界中の翻訳者の様々な意図・悪意・翻訳能力に大きく左右される。いわばバイアスのかかっていないニュースなど存在しない。 果たして信頼できるメディアなどあるのだろうか?信頼できる記事はどこで読めるのだろうか? いっそニュース記事を書く人は全てプロフィールも一緒に載せてはどうだろう。メディアリテラシーは受け手が主体的に読み取る力だといえるが、それこそ受け手の考え方・偏見に左右されている行為だ。どうせどちらも偏見に満ちているのなら偏見を公にするのはどうだろうか。トゥットスポルトはユベントスのいわば広報紙と化しているし、マルカはレアルマドリー、東中はドラゴンズなのは誰でも知っている。スポーツナビで記事を載せている小澤一郎さんはバレンシアの番記者だ。くさいほどバレンシアの選手への愛情が伝わってくる。僕はむしろそちらの方に共感する。どうせ誰もが意図を持って記事を書いているのだ、公平な振りして悪意のこもった表現をする見えない人よりも小澤さんのような人の方が記者の正しい姿だと思う。
posted by 三四郎 |19:30 |
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