2006年08月31日

バスケットボール世界選手権 決勝ラウンド 取材日記2

 なんじゃ、こりゃ――。
 4年に1度の世界選手権なのに、これかよ……。
 小生、現在、開催中のバスケットボール世界選手権を鋭意、取材中である。日本各地でのグループリーグを勝ち抜いてきた世界最高峰のアスリートが繰り広げる世界最高峰のバトルは、やはり興奮モノだ。取材をする者としては、やはりその最高レベルの選手の声が聞きたい。
 しかし、聞きたくても聞けないのである。
 バスケットボールに限らず大きなスポーツイベントになると、メディアが選手に話を聞く場として「ミックスゾーン」というのが設けられることが多い。
 このバスケ世界選手権でもミックスゾーンはあるのだが、現在行われている決勝ラウンドの会場、さいたまスーパーアリーナのそれはとてつもなく場所が悪いのだ。
 まず、観客席に近すぎて騒音が多い。ミックスゾーンはたいていバックステージというか、観客が見ることのできない舞台裏に設置されることがほとんどだ。しかしこのさいたまではコートのすぐ外にミックスがあるのでファンに丸見えなのである。もちろんファンにとってはうれしいであろうが、われわれ取材する側とすれば非常にやりにくい。ファンの声や会場の音楽などで選手の声がよく聞き取れなかったりする。
 そして次に、そのスペースが尋常じゃないほど狭い。決勝ラウンドともなれば取材者の数もグループリーグとは比べ物にならないくらい多いのだが、そのメディアが一斉に押し寄せると隙間がなくなるほどになるのだ。
 今日はフランス対ギリシャ、米国対ドイツの試合があった。米国対ドイツの試合後、僕はカーメロ・アンソニーのコメントをもらおうとミックスゾーンに向かった。ところが、僕が到着する頃にはもう多くのメディアでごった返していたのだ。


germany-us
バスケットボール世界選手権・準々決勝 ドイツ対米国

 試合後、選手がシャワーを浴びて出てくるのを待っていると、ダーク・ノヴィツキーが現れた。ノヴィツキーはすぐに何十人と言うメディアに囲まれた。
 僕だって、狙いはアンソニーだとはいえ、ノヴィツキーの声もほしかった。しかしどうあがいてもノヴィツキーにたどり着けない。ノヴィツキーは213センチもあるから顔は見えている。だが、彼に近寄ることができない。
 かろうじで聞こえてきたノヴィツキーの言葉は、「(準決勝に進出した)トップの4強のどのチームにも優勝するチャンスはある。明確な優勝候補なんていないよ」という程度のものだった。


nowitzki1

  嗚呼、ダークは遠くにありけり……


 悪いことに、僕はアンソニーのコメントも取れなかった。というより、ジャパンタイムズの原稿の締め切りが刻一刻と迫っていて、なかなかミックスゾーンに出てこないアンソニーのことを諦めざるを得なかったのだ。
 しかし、準々決勝でこれだから、この先が思いやられるというものである。取材者のなかにはなんでこの人がバスケットボールを取材してるんだろう、というような体型の人もいる。アメフトのオフェンスラインマンのような感じとでもいうか、あるいはスモウレスラーというか。
 そんな人たちのなかで、日本人のなかでも小さな部類に入る僕は押しつぶされそうになりながら、奮戦しているのだ。
 そうだ、こんなときこそバスケのボックスアウトだろうか。米国のFエルトン・ブランドはオフェンスリバウンドの名手だが、彼のゴール下での技術に注視しないとな……。うまいことボックスアウトしてるもんな、あいつ。
 そんな風に思った一日だった。


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2006年08月28日

バスケットボール世界選手権 決勝ラウンド 取材日記1

 バスケットボールという競技を見ていていつも思うのが、あれだけたくさん点が入る競技なのにもかかわらず、得てして最後は接戦になってしまうということだ。
 しかし、この日僕は3試合を観たが必ずしもそうではないことがわかった。
 バスケットボール世界選手権もついに決勝ラウンドに入った。これからは、各グループリーグを勝ち抜いてきた16チームによるトーナメントだ。
 ベスト16が激突する決勝ラウンド2日目、僕は米国対オーストラリア、フランス対アンゴラ、中国対ギリシャを取材した。
 しかしこの3試合とも、意外な点数がついてしまった。特に米国対オーストラリア(113-73)、中国対ギリシャ(95-64)の試合では第1クォーターことオーストラリアも中国もいいプレーを見せていたのだが、その後徐々に差を広げられ、ワンサイドのゲームとなってしまったのだ。理由はいくつか挙げられるだろう。スタミナの欠如、相手チームの戦術の変化、集中力の欠落、などなど……。
 あるいは、もっと単純に力の差があったのかもしれない。米国は1次リーグではグループリーグ1位で、対するオーストラリアはグループCで4位だった。ギリシャはグループC1位で、中国はグループD4位だった。まだ決勝ラウンドも始まったばかりなので、上位シードと下位シードのチームが対戦しているから、点差がついてしまったのも当然なのかもしれない。
 上の2つに比べれば、フランス対アンゴラ(68-62)は幾分ましな試合だった。序盤はフランスが波にのり差を広げ、そのまま逃げ切るかと思われたが、試合終盤アンゴラが追い上げ、最後は敗れたもののあやうく逆転勝利かと思わせるところまで行ったのだ。
 惜しむらくは、第1試合のドイツ対ナイジェリアを見逃したことだ。この試合は午前10時からだったので、間に合わなかったのだ。ただ会場で知り合いの記者に聞いたところ、最後は1点差となるすばらしい試合だったとのことだった。
 いずれにしても、バスケットボールとスポーツは、他の競技と同様、僅差の試合もあれば、そうでない試合もあるということだ。あるいは、むしろ、確率的に言えば競らない試合のほうが数的には多いのかもしれない。だが拮抗した試合は、たとえそれがたまにしか訪れなくても記憶に残る。だからバスケというスポーツは接戦が多いというような錯覚を引き起こすのかもしれない。

世界バスケ082706


 そんなことを考えながら、米国人記者とさいたま新都心駅から宇都宮線に乗り込んだ。渋谷方面へ行く僕らは赤羽で埼京線に乗り換えることにした。するとホームには、同じくバスケ世界選手権を取材する記者仲間3人がいるではないか。われわれ5人は埼京線に乗り込み、今日の試合の感想などを話し合っていた。
 そして僕はあることに気がついた。ここにいる5人はエスニック的にすべてバラバラではないか、と。
 僕は日本人で、あとは米国出身の黒人が1人、白人が1人、カナダ人が1人、そしてロシア人が1人――。英語という共通言語で話してはいるものの、われわれは異なる背景、肌の色、アクセントを持っている。1日ががりの取材で疲れていたということもあったろう、何か僕には、それがとてもおかしなことに思えてきたのだ。
 今日という日は、長時間にわたってバスケ世界選手権の取材をこなし、色々なことでフラストレーションも溜まった一日となったが、最後の最後でこうして電車に揺られて、異なる人種や異なる国の記者たちと帰途につくことで、少しだけ元気を取り戻したような気がした。

 追記:グループD最終日にブザーと同時シュートを決め逆転で決勝ラウンド行きを決めた中国だが、この日は多くの中国サポーターの応援もむなしく乾杯を喫した。
 中国は姚明という圧倒的な存在がいる。チームの運命は常に彼と共にあった。4月のNBAでの試合中の骨折からまだわずか4か月しか経っておらずコンディションは100パーセントからはほど遠かったはずなのに、それでも彼は懸命にプレーし続けた。
 ただプレーするだけではない。チームリーダーとして、姚はコートでいつも大きく、低く響く声で仲間を叱咤していた。
 そんな彼のゲームを見るうちに、僕も徐々に彼にひきつけられていっているのがわかった。
 しかし、この日のギリシャ戦では姚は徹底的にマークされ、ときにトリプルチームを受けることもあった。そして姚という精神的にも、選手としても支柱としてやってきたプレーヤーを封じられた中国は、大敗を喫したのだ。
 こうしてアジアの雄は世界の桧舞台から姿を消した。しかも、とてつもなく残酷な形で……。
 だがこのチームはまだ若い。08年の母国での五輪までは2年とあまり時間はないが、課題を少しでも解消していけば、北京でメダルを獲れるかどうかは別にして、明るいもののように感じられた。

姚明082706



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2006年08月25日

熱戦はこれから バスケ世界選手権グループリーグ最終日

 バスケットボール世界選手権の予選ラウンドがようやく終わった。最終日は当然のことながら悲喜こもごもの1日となった。僕が取材する札幌ではもう敗退濃厚と思われた中国が、スロベニア戦の最後でブザーと同時に逆転のシュートを決め決勝ラウンド進出の切符をつかんだ。そして有利だと思われていたプエルトリコがイタリアに負け、予選ラウンドで敗退した。本当に何が起こるかわからない。
 僕は先週の17日に札幌入りしたのだが、その日がなにか遠い昔のように感じられるから不思議だ。しかし、大会全体としてはまだ半分が終わっただけに過ぎない。そして、これからが本当の、過酷な戦いが待っている。各グループを勝ち抜いてきたチーム同士の対戦となるだけに、接戦は必至である。
 過酷なのは僕ら取材陣や大会を支えるスタッフも同様だ。決勝ラウンドは26日(土)から始まるから中一日しかない。僕もそうだが大半の人が明日25日(金)に東京へ移動することになる。僕などは、明日は移動するだけだから午後の便でゆっくりくればいいが、スタッフの人は早朝の便で飛び、そのままさいたまスーパーアリーナへ向かいメディアセンターの設置に取りかからねばならないのだ。平易な言い方だが、大変なのだ。
 そして26日、27日のベスト16ラウンドでは両日4試合ずつが行われる。第1試合は午前10時から。そして第4試合は午後8時からとなる。これをすべてカバーするならば大変な労力だ。
 それでも、いい試合が目の前で展開されれば疲れも感じないはずである。

 グループリーグ最終日の米国対セネガルでは、米国のスターのひとりドウェイン・ウェイド(G)がまったくプレーしなかった。元々、右手首を少し痛めているということもあって休ませたのだろう。しかしファンは現金なものだ。試合後半になると「ウェイド、ウェイド」と、彼の登場を「要求」したのだ。結局ウェイドがプレーすることはなかったが、試合がワンサイドだったこともあり、ある意味ウェイドが一番目立った奇妙なゲームとなった。
 試合後のミックスゾーン(メディアが選手に自由に話を聞くことができるエリア)でもウェイドに最も多くのメディアが集まった。
 面白かったのが、ウェイド本人は最初、観客が何と言っているのかがわからなかったことだ。「発音の違いもあって彼らが何と言っているのかわからなかったけど、ああ俺のことを言っているんだってことに気づくまでにちょっと時間がかかったよ」とウェイドはタコみたいな顔で笑っていた。

Dwyane Wade


 最初の4試合で米国は4連勝をし、早々に決勝ラウンド進出を決めており、しかも相手がセネガルだということもあり、この日はウェイドを休ませることができたが、強敵ばかりの決勝ラウンドではそういうわけにはいかないだろう。多少手首が痛くとも、ウェイドは欠かせない戦力となる。

 ちなみに僕もウェイドのコメントを取ろうと一所懸命他の記者と押し合いへし合いしている横で、クリス・ポール(G)も取材を受けていた。
 僕の位置からはウェイドよりもポールのほうが近くて、本当はウェイドの声を聞きたいのにポールの話ばかりが聞こえてきた困ってしまった。ポールは声がでかい。それは札幌で試合を見たお客さんもわかるかもしれない。激しいディフェンスをするとき、ポールはやたらと大きな声で相手を威嚇していて、客席まで聞こえてくるほどだったからだ。
 でも性格はなかなか良さそうだ。さいたまではクリポーに話しかけてみようか。

 いずれにしても、決勝ラウンドが楽しみである。ここのところずっと休みがないが、疲れも吹き飛ぶほどの熱戦を期待したい。


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2006年08月21日

ドリームチームの選手名のスペル

 僕が東京からはるばる札幌まで来たのはほかでもない、バスケットボール世界選手 権で米国代表を取材するためである。 
 ところがこの米国代表、ちょっとした悩みを僕に与えてくれている。僕は今回、基本的には英字紙・ジャパンタイムズの取材が主たる目的だ。原稿を書くときは当然、英文で執筆する。悩みというのは米国代表選手の名前のスペルである。スペルが難しい選手が多いのだ。 
 まずドゥエイン・ウェイド。僕は最初「Dwayne Wade」かと思っていたら、「Dwyane Wade」だという。「y」がそこにくるか!? 
 つぎにアントワン・ジェイミソン。「Antawn Jamison」だそうだ。「Antoine」とかそんな感じかなと思っていたら、これだ。それでどうやって「アントワン」と呼ぶんだ? 
 カーク・ハインリックもちょっと難しい。「Kirk Hinrich」だ。僕は仕方がないので「ヒンリッチ」と覚えている。 
 「Joe Johnson(ジョー・ジョンソン)」とか「Brad Miller(ブラッド・ミラー)」、「Elton Brand(エルトン・ブランド)」なんかは楽でいい。素直なスペルとでもいうか、「いい子ちゃん」たちである。それに比べて、ウェイドやジェイミソンの名前は僕にとってちょっと「意地悪な」名前である。 
 極めつけはヘッドコーチだ。マイク・シェシェフスキー。「Mike Krzyzewski」と綴る。「こんのやろ~」という気持ちがいつも湧き上がってくる、ある意味闘志をかき立てる名前だ。アメリカ人でこんなやっかいなスペルの名前の持ち主には出会ったことがない。 


米国代表HC・マイク・シェシェフスキー(写真一番右の灰色のTシャツ)

 シェシェフスキーヘッドコーチの通称は「コーチK」だ。通称や愛称は普通、愛着や親しみをこめてつけられるが、コーチKの場合はどちらかというと便宜上の理由でつけられたような気がする。つまり、発音するのがメンドクサイからそうしたのではないかということだ。 
 コーチKのラストネームはやっかいなことに、スペルが難しいだけでなく発音も難解だ。 
 今日、米国対中国の試合後、プロ入り前、デューク大時代にもコーチKの指導を受けたブランドとシェイン・バティエにデュークでのチームメイトと、デューク大HCのコーチKが指揮するナショナルチームでプレーする気持ちを尋ねたが、2人ともコーチKのことは「コーチK」と呼んでいた。やっぱり発音するのがメンドクサイのであろうか。 
 いずれにせよ、これから大会が終わるまで、米国代表の名前のスペルには注意しないといけない。 


追記――そういえば、8月19日の第3試合、イタリア対中国戦にはこの日早々に試合を終えた米国の選手が何人かいた。次の日以降の試合のための偵察というところか。
 そのなかには米国のキャプテン、レブロン・ジェームズ、カーメロ・アンソニー、ウェイドがいた。3人は並んで座っていたが、レブロンとアンソニーが熱心に試合に注視しているのに対し、ウェイドはお眠モードだった。試合の終盤になってようやく目を覚ましたウェイドは、試合を見るのかと思ったら今度は手元のiポッドかなにかよくわからないが、携帯音楽器をいじりだした。しかも選曲がなかなか決まらないのか、しばらくの間苦戦していた。
 ところで、そのキャプテンが3人ともそろってバスケットボールシューズを履いていたのがちょっとだけ気になった。私服なのにである。
いや、つまり、なにが言いたいのかというと、普段仕事であるバスケットボールの試合で散々バッシュを履いてるのに、試合が終わって着替えてもまたバッシュを履くんだな、とくだらないことを思ったまでである。
 スーツを着て働くサラリーマンが週末もスーツを着ているのと同じではないか……とは言わない。それとはちょっと違うと思う。
 でももし僕がバスケットボールの選手なら、プライベートでバッシュを履きたいものだろうか。
 いや、いいんです。そんなの自由だから。




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2006年08月18日

世界バスケよりも高校野球?! in札幌

  札幌――。アイヌ語で「川の流れる街」という意味の言葉から名づけられた街だ。
  このブログの第1回目原稿をここから書いているのは、何か不思議な感覚である。
  僕が今、札幌にいるのはバスケットボール世界選手権の取材で訪れているからである。最初だからまずは挨拶程度にとどめておこうかなと思ったが、せっかく4年に1度の世界大会に来ているのだから、さっそくそれに触れてみたいと思う。
  高校卒業まで育った北海道に到着したのは昨日、8月17日だった。新千歳空港から電車に乗り、札幌駅に着いてまず僕が見たのはバスケ世界選手権のポスターやノボリではなく、全国高校野球選手権大会に出場している駒大苫小牧対東洋大姫路の試合の行方に、駅構内のテレビモニターの前で手に汗握る人だかりの山だった。


札幌駅構内で駒苫戦を見守る市民

  僕が札幌に来るのは約1年4か月ぶりとはいえ、駒苫が一昨年、昨年と夏の甲子園を連覇し道民の大きな期待を集めているのは知っていた。だが、これほどまでとは。
  そう思いながら僕はバスケ世界選手権・グループDの会場である北海道立スポーツセンター(通称・きたえーる)に向かうと、ここでも、ロビーのテレビで駒苫の試合を熱心に見ている人がいる。
  ぬぅ……。ここで育った者として、僕も駒苫の活躍に喜ばないわけではないが、かといってこちらも楽しみにしてきたバスケ世界選手権に、これほどまでに市民、道民が関心を寄せていないのもちょっと心苦しい部分がある。
  僕よりも、初めて札幌に来る外国人の記者たちのほうが驚いたかもしれない。「おい、バスケの世界選手権があるというのに、なんで市民はこんなに盛り上がってないんだ?」と、イタリアの記者から僕は尋ねられた。
  知らねいよこの野郎、と江戸弁でもかましてやろうかと思うほど僕にも良くわからないこの札幌の現象だが、ここは落ち着いて、「あのね、今ね、夏の甲子園という日本で一番有名なアマチュアのトーナメントが行われているんだ。北海道の代表チームは去年、春夏を連覇してて今年も優勝が期待されてるから、みんな注目してるんだよ」と、6歳児にもわかるような言い方で教えてあげた。
  ああ、そうなんだ……。外国人記者はそう言ったが、どこか納得のいかない表情だった。主催者でもないのに僕はなぜか申し訳ない気持ちになった。おそらく、そう感じるのは僕がここで育ったからなのだろう。
  せっかく久々に故郷に来たというのに、なんとなくその後もやもやした気持ちですごしていたが、そんなフニャフニャした感覚は夜になって一気に吹き飛んだ。この日はグループDの各チームの公式練習が行われたのだが、この組の最大のビッグネームである米国代表が一番最後にコートに姿を現した。
  中国、韓国と時差調整をしながら移動してきただけに選手たちに疲れの表情はない。リラックスムードだ。選手は基本的に軽いシューティング練習などで汗をかいていた。
  ただ、僕が驚いたのがこのチームの最大のスターのひとり、レブロン・ジェームズ(クリーブランド・キャバリアーズ)だ。レブロンは、序盤は3点シュートを練習するカーメロ・アンソニー(デンバー・ナゲッツ)にパス出しするなどしていたが、その後、今度は自分の番になって、その場にいる取材陣の溜飲を下げさせたのだ。
  レブロンは、ゴールに向かって右のコーナーから何本もの3点シュートを放つ。しかもフェイダウェー、つまり相手ディフェンダーにブロックされないように後方にジャンプしながら打っているのである。そして、打つシュートのほとんどをリングに沈めるのだ。ちゃんと数えてはいなかったがおそらく7、8割の確立で決めていた。
  カーメロもかなりの高確率で3点シュートを決めていたが、みんなが静まり返るという状態にはならなかった。どこか理屈ではない神々しさ、それがレブロンにはあったのかもしれない。
  というわけで、朝早くに起きて飛行機で飛んできたためにひどく眠たい一日だった僕の世界選手権取材第1日目は、しかし最後はどんなドリンク剤よりも効く強烈なレブロンの華麗な“シュートショー”で幕を閉じた。


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