2007年11月28日
ヒルマン、so long
今日はヒルマン「前」北海道日本ハム監督のお別れ会に行ってきたが、最後にヒルマンに会えるのは嬉しいという気持ちの反面、やはり寂しさも募った。僕は別れ際に、「あなたが北海道とファイターズにしてくれたことをとても感謝してるし、この4、5年は夢のようだった。僕が子どものころには北海道にプロ野球球団ができるなんて想像だにしなかったけど、そこにプロチームができた上に優勝までしてしまったのだから、それこそ本当に夢のようだった」と、日本語にしてしまうとちょっとクサいセリフを投げかけた。 そうすると、ヒルマンは僕にこう言った。「ケンもそうだって言ってたよ」。ケンとは日本ハムで彼の通訳を務めてきた岩本賢一さんのこと。岩本さんとも話したが、彼も北海道の出身(旭川)なので、僕と同じように思っていたようである。ちなみにその場には、千葉ロッテのボビー・バレンタイン監督やメジャーリーグ日本オフィスのジム・スモール代表なども来ていた。 ヒルマンの日本ハムからの退団は9月の上旬からわかっていたことだから、覚悟はしていたのだが、いざ本当にもう日本を去るということになると、わかったいたことなのに、やはり寂しい。 「シンジラレナイ」という言葉に続いて今年浸透したのが、「北海道のミナサンは世界で一番デス」というもの。ヒルマンの言葉と声のトーン、表情を追っていると、その言葉がリップサービスでないことがわかる。そして、本当の意味でチーム一丸となって戦うファイターズの選手たち。ヒルマンにとって、北海道を、日本を離れることは、本当につらいことなのだろう。 だが、ヒルマンは大人だった。寂しさを露にして会をジメジメとしたものにしてもしょうがないし、ここは笑顔で別れよう、という風に努めていた。きわめて明るく、ジョークや毒舌を交えながら、ヒルマンは日本最後の夜を満喫したのである。
posted by southernmiss |04:19 |
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