2010年08月19日
2010.8.18
<サッカー>
J1リーグ第19節
セレッソ大阪vsFC東京
@キンチョウスタジアム
東京在住のサッカーファンで、
このスタジアムに来るのが4度目というのは多いほうだと思う。
隣の陸上競技場にはきっと多くの東京サポや代表サポが訪れたことがあるだろうが、
新しいセレッソのホーム「キンチョウスタジアム」に入ったことがある東京サポは
そう多くはないだろう。
主に大学や社会人のアメフトを開催する場所として知られていた「長居球技場」。
僕にとってはもちろんここはホッケーの大きな大会をやるところ、である。
シドニー五輪最終予選でマレーシアに敗れた男子ホッケー代表の試合を見たのがここへ来た最初だったが、
あれからもう・・・・おおお、年は取りたくないもんだ。
で、天然芝である。
なんだか人工芝の上に乗っけているようにも見えたが、
これ、はがせるんでしょうか。無理ですよね・・・。
ということは、ホッケーの会場がまた天理の山奥へと押しやられる確率が上がったわけだorz
(事実誤認があったら指摘してくださいね)
こけら落としのゲームはスコアレスドロー。
セレッソとしてはなんとしても初得点、初勝利は自軍で挙げねばならないから気合も違う。
はるばる東京から馳せ参じた僕は、指定席だったので
ピンク色に囲まれることを覚悟しており、周りの厳しい目線を中和させる意味で
青赤は青赤でも「BRUNO QUADROS」のユニを着込み、
セレッソサポと「共通の知人」がいることをアピール。
そして、大々的に売り出されていた、茂庭照幸200試合出場記念タオルを迷わず購入した。
茂庭は新天地で大活躍中。
セレッソの守備に安定をもたらし、バリッバリの主力選手である。
試合後の大阪サポーターからのコールを聞いていてもわかったが、
茂庭はしっかり愛されている。
うれしいじゃないか。
東京を戦力外になり、「見返してやりたい」と言っていた男は、元気で、自信に溢れ、
しかし、今日の試合はヒマそうだった・・・。
右に流れた家長の突破からセンタリング。ドフリーで頭を振ったアドリアーノのシュートが、
記念すべきキンチョウ初ゴールとなった。
前半わずか4分の出来事である。
乾や家長はポジションを変えながらボールを受け、
それぞれにドリブルもシュートもある。
中盤の底ではマルチネスがドンと構え、サラリサラリとボールを配給する。
プレスがうまくかけられない東京は、中途半端なプレーからの
ハーフカウンターを何度も許した。
右からは高橋大輔が、左からは丸橋が上がってくる。
それでも暑ーい大阪。
セレッソも主導権を握りながらも追加点はなかなか生まれず、
「安心してるとやられちゃうぞー、いまに見てろよー」と思いもしたのだが、
いかんせん得点のにおいがしない。
前線にタレントを揃えるセレッソは、守備ではしっかり帰陣してスペースを消し、
石川が走るべき草原には杭が打ち込まれ、
大黒に入るべきボールは門番たちに跳ね返された。
そして前半37分に森重真人が2枚目のイエローでまた退場。
東京はボールを追いかけるだけの55分間を強いられることとなった。
清武がいて、高橋がいて、上本がいて、家長もいる。
さながらトリニータ同窓会のようなメンバーの中で、
ひとりやらかしてしまった森重。
さらに僕は意地悪く考える。
君は茂庭を斬って浮かした人件費で連れてきた選手だ。
今日はいいところを見せなければいけなかったんじゃないのか?
僕の背中に宿ったブルーノの霊も君を睨んでいるぞ。
後半開始早々、アドリアーノに代わった小松の左サイドの突破から、
高橋が見事に合わせて2-0。
これまた記念すべき、セレッソサポにとっては「こっち側」初ゴールである。
茂庭の耳元で「ビルドアップ」と囁けば、ミスしてくれるんじゃないかと思うのだが、
30度超えの空気の中、一人少ない東京は茂庭に近寄ってプレスすることもままならない。
挙句の果てには、黒木と石神に初ゴールを献上する有様。
大竹のゴールは綺麗だったが「FC東京ホットライン」以外の番組では黙殺されてしまうだろう。
先般の新潟戦敗戦のあと、中2日と3日のチームが当たる不公平を嘆いた城福監督。
そのとおり。どのチームのファンも関係者もそこは不満なはずだ。
しかし1日休みの少なかったセレッソにここまでやりこめられては、
立場がないというものだ。
選手は監督の顔に泥を塗ったといってもいいだろう。
19試合を終えて、まさかの下から5番目。
徳永を左MFに置かなきゃいけないほどうちは人材不足なんだっけ?
適所に適材を補強したつもりだったのに、どうしたことか。
さて勝ったセレッソ。
ブラジルチックな面白いポゼッションサッカーだと思った。
3節に当たったときからかなり進化していて、羨ましいです。
家長のボディバランスは見ていて惚れ惚れする。
若くて活きのいいメンバーと、タスクをこなすブラジル人たち。
あの選手入場の前のおーおーさーかーという歌にも突っ込めないほどにやられました。
ヒーローインタビューで蚊取り線香をもらったアドリアーノ。
実家に送るんだそうです。
金鳥の夏、日本の夏。
最近見ませんねあのCM。
東京ですか?冬ですけどなにか。
C大阪 4-1 東京
posted by sot-escape |17:38 |
FC東京 |
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2010年08月10日
2010.8.8
<サッカー>
J1リーグ第17節
FC東京vs名古屋グランパス
@味の素スタジアム
ゴール裏にいた贔屓目かもしれないが、
東京は名古屋を圧倒していた。それは、作り出したホームの雰囲気も含めて。
ノっている金崎も中村北斗がしっかり抑え込んでいた。
チャンスも数多く作れていた。あとはゴールを待つばかり。
味スタに集った観客は、最後の最後に訪れるドでかい花火を信じて疑わなかった。
ウソ。「信じて疑わない」ことができるほどこのチームのは信用は大きくない(笑)
でも大いにワクワクしながら待ち望んでいた。スタンドを爆発させる決勝ゴールを。
わりと楽観的にそれを期待できる内容だったのだ。
前回のスルガ銀行CSの記事で、案の定カタイコト言う方にコメントいただいたのだが、
試合を観ながら、やはり過密日程下にあっても水曜に「カップ」をかけた戦いを行ったことは
無駄ではなかったしむしろプラスに働いていると僕は確信していた。
後半に入り、先に足が止まったのは名古屋だった。
運動量が落ちて連動性ももうひとつ。(それにしても、こうも毎試合違う布陣で戦ってよく混乱に陥らないものだ)
東京の集中力は高かったし、勝点3への意欲も途切れなかった。
途中から右ウィングに投入された徳永の戸惑いを除けば、
足が重い相手をかき回す意味での重松の投入、
近しい意味での疲れた石川→リカの交代も的を得ていたと思う。
シュートは倍の20本。空気は東京のものだった。
それでも、ハイライト映像を作ってみるとわかる(作ったわけではないが)。
いわゆる決定的なチャンスの回数の比較でいうと、
ほぼ互角か、もしくは名古屋寄りだった。そこが問題だ。
例えば後半12分の玉田のFKからのケネディのヘディングのシーン(叩きつけすぎによる幸運な失点回避)。
または数分後の金崎のヘディングや終了間際の小川のミドル。
一方の東京は、楢崎を多忙にはさせたが、その多くは直接その胸に収まるシュート。
前半の大黒→平山のシュート(ポスト)はきれいな形だったが、そのほかでは
エリア内で東京の攻撃陣は名古屋の優秀なCBと、大きく見える「日本一」のGKに丸め込まれたといえる。
後半ロスタイム。大黒の(これこそ)決定的シーンも楢崎の正面へ。
そこへ、名古屋がFKから小洒落たプレーを見せ、抜け出したアレックスが余裕でセンタリング。
今野の背中越しに飛んできたマルクスがヘディングを突き刺して、
19時スタート@味スタだと新幹線の終電に間に合わないサポーターを乱舞させた。記録では94分のゴールだ。
悔しかったが、この順位なら勝点1も0も一緒やわ、と僕は割り切って帰ったのだ(首位争いは遠いし、降格圏と2ゲーム差とはいえさすがにそっちは見なくていいだろう)。
楽しい試合だったし、花火もつば九郎も見られたし、スタジアムもそこそこ盛り上がったし、
よしとするか、と思っていた。
前日にBSで見た仙台横浜戦との比較から、
やはり個々の技術ではJ屈指のクラブ同士の対戦だと試合が安定して面白いゲームになる、と感心していた。
しかし帰って各局のスポーツニュースを見るたびに、
ほとんどが「集まれ~対決、闘莉王が制す」的なアプローチであることに臍をかんだ。
今野には同情する。
気持ちを推測するに、
「だから嫌だったんだよ~モノマネの着ボイスとか配信しちゃって、結局頭越しに決勝点決められるなんて…断ればよかった」
といったあたりではないだろうか。
結局、例年より勝点の多い首位争いはリーグ後半戦開始時も「勝点2差に3チーム」で構成されることになり、
東京は2万8千の観衆をのめり込ませはしたものの、
結果だけ見ればそれはピクシーの派手なガッツポーズのお膳立てをすることになってしまった。
これもサッカー。なーんて。
なんかいろんなことに耐性が出来てきてるのは悪い傾向のような気がしないでもない(笑)
東京 0-1 名古屋
posted by sot-escape |13:57 |
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2010年08月05日
2010.8.4
<サッカー>
スルガ銀行チャンピオンシップ2010
FC東京vsリガ・デ・キト
@国立競技場
先週末の新潟戦のあと、城福さんは日程の不公平について述べていました。
負けの言い訳にはしてほしくないですが、私も同感です。
ミッドウィークに試合を開催する週は、全カード「土-水-日」の中3日で統一すべきだと思います。
ましてやこのクソ暑い中で・・・。
日-水-土で中2日の連戦を強いられた東京に降りかかる、さらなるタスク。
昨年のナビスコ制覇の“ご褒美”は、“試練”と紙一重。
いやどちらかというと試練寄りですよね。
それでも我が子に厳しい私は、今日の東京に2つのハードルを(勝手に)課しました。
その1: ベストメンバーで戦え
…なんだかわけのわからない親善試合が乱発された2000年代前半、
ユーベやらローマやらソウルやらと夏場に試合をしましたが、ハラヒロミという男は
わりとそういうのを楽しんでいました。ガチの勝負を挑み、代表メンバー抜きの試合も多かったわりに
けっこう面白い試合をしていた気がします。
海外クラブとの試合には、向こうのモチベーションがどうあれ「礼儀」が必要です。
礼儀とはすなわち、本気でやるということ。そういうとこちゃんとやらない監督って、嫌いです。
優勝も降格もなさそうな東京には、週末のJを見越して云々なんてことは言ってほしくないわけです。
その2: ミッドウィークの国立開催は、絶対に下手を踏むな
…私の持論のひとつで、クラブにはすごーく強調したいことなんです。
平日の試合は、よく国立で開催されますね。労働者のアクセスを考慮してのことでしょう。
これで割りを食うのが調布や三鷹に住んでいる親子観戦世代です。
サッカーの練習やら塾やらで千駄ヶ谷まで来られない小中学生も多いでしょう。
親としても、子供連れで電車に乗ること自体が面倒だからパス、となりますよね。
それでも、ほかのクラブに比べて東京の平日集客は抜群に良いのです。
これは私の思うところでは、多くの人が職場の同僚を連れてきてるからだと思うんです。
実際、東京の試合は初めてです、みたいな人を5人も6人も連れてきちゃって、
誘ったはいいが気苦労してる人、よく見かけます。私も経験が…。
気苦労が最大化するのは、試合がつまらない時です。「いつもはこんなんじゃないんだ」と土下座して二次会は全奢りしたくなります。
国立開催は、サポーターにとっても誰かを誘いやすい営業チャンスであり、ファン増加の好機なのです。
だから、平日+国立⇒絶対につまらん試合はするな!をクラブハウスにポスター掲示してほしいなと。
ましてや今日は、「試合の趣旨自体が説明するのがちょーめんどくせぇ」状態の試合。
同僚を連れてくるだけでひと苦労した人も多いはずなので特にね。
さて、前置きが超長くなってしまったが、試合を振り返りましょう。
=====
2つの(勝手な)注文については、概ね満足(えらそう)。
城福さんは梶山・羽生・大黒をベンチスタートにさせ、
このところスタメンを外れていた平山と石川をスターターで起用した。
さらに、リーグ戦で最近ほとんど出番のない田邉をボランチに置いた。
コンディションを考慮すれば、これは監督から見た「ベストメンバー」だったのだろう。
久々スタメンの3人は、期待に応えて躍動を見せた。
そして試合自体も、初対戦で事前情報が少なかったこともあり、
両者の持ち味が(正確には、キトの持ち味は知らないんだけど)出た好ゲームだったと思う。
というよりは、ありがちな日本対南米の試合だった。
そう。東京は、南米のチーム(というときは大抵セレソンやアルゼンチン代表は入らない)の
なんたるかを思い知らされるのである。
エクアドル中央大学発祥のクラブだけにUniversidad(大学)のUを中央に据えたロゴ。
リガ・デポルティバ・ウニベルシタリア・デ・キトの選手達は、
国内一の強豪でありながらあくまで、学生のように謙虚だった。
そして真剣に勝つためのサッカーをし、我々を苦しめた。
序盤から主導権を握った東京は、
CFの平山が高さと足元の技術を武器にキトDFを苦しめ、くさびのパスを次々と受けてはチャンスを創出した。
チャンスの受注先として特に効いていたのは石川。裏のスペースへ何度も飛び出し、
(ぼくらはそれが大好きだから)ファンを喜ばせ、チャンスメークもしつつ切り返しての強烈なシュートも放つ。
リカルジーニョは好調を維持、キム・ヨングンも自信も持ってプレーしている。
CKから森重のアタマ、というのも看板の武器になってきた。
バックスタンド中央に陣取ったコアサポーターを筆頭に、お客さんも
マジメとオマツリの中間を行くこの雰囲気を楽しんでいた。
ポゼッションは東京が上。攻めてもいるしボールも奪っている。
そこへきて、謙虚なナンベイ軍団である。海か山かといえば、みな山の顔。
29分、中央のFWバルコムへ1本のパス。バルコムはほぼワントラップの動きで今野を交わし、
強烈なシュートを逆サイド(左)のネットに突き刺してくれた。フォルランかと思った。
岡ちゃんは、これが嫌だったんだろうな、と思った。
なんとなく攻めてはいるが、敵のパスの出し手と受け手の体勢にちょっと自由を与えると、一瞬でそれは失点になる。
これが世界のしたたかさなのだ。
日本ぽい取られ方だし、いかにも南米の古豪という取り方。素晴らしい。
流れが怪しくなってきた34分、田邉がロングシュート。
(たぶん)大きく揺れたであろうボールをGKが弾き、しっかり詰めた平山が
つま先で押し込んで同点ゴールを挙げた。
後半開始から大竹・羽生が投入され、程なく大黒もin。勝ち越し点を奪いにかかった。
サイドの崩し、中央でのパス交換も東京らしさが垣間見られたが、
決めきれずにいると、63分、FKからのゴール前の混戦でPKを取られてしまう。
これをウルティアが決めて勝ち越し。
うーむ、ナンベイおそるべし。
こうなるとキトとしては、別に地球の裏側の観客を喜ばせる義理はないので
守りきって勝つ戦法にナチュラールに移行すればよかった。
国内では強豪でも、大陸のカップ戦に出れば弱者の闘いを要する。
これはある意味、対アジア・対世界の違いに戸惑う日本代表に通じるものがある。
東京が岡ちゃんから見たオランダと同じように見えたわけではないだろうが、
彼らはアウェイの一発勝負をよく知っていた。
スペースを消され、エリア突入寸前で体を寄せられる。
そして彼らのスライディングタックルは、深く鋭く正確だ。
ウィイレのようにきれいに決めてくるタックルは新鮮に映った。
警告基準の変化のせいか、組織的な守りが重用されるようになったからか、
最近では「簡単に飛び込むな」はおそらく世界的な共通認識だ。
だが守備の根本部分で、1対1を止めることの重要性もキトの選手は理解していた。
前半はスペースもあり体力もあったので、タックルをひょいひょい交わしていた東京の選手も
1-2となってからは思うままに深いタックルを交わせず苦労していた。
試合はこうしてロスタイムへ。
その2分が過ぎた頃、東京ブギウギを歌った私は呟くのだ。
「大黒をW杯イヤーにJ2に置いといたのは誰だ?」と。
91分、エリアに入れたボールを平山とDFが競る。
こぼれ球が裏へ抜ける。大黒が反応し、ほとんど角度のないところから
切り返さずに左のアウトでシュート。GKのタイミングを外し、ネットの内側に入れてみせた。
これをストライカーというのだ。
ボールをストライクする必要はない。手ではない体のどこかでボールをゴールに入れればいいのだ。
歓喜の同点劇に沸くコクリツ。試合はPK戦へ。
2004年の初タイトルと同じゴールに向かって、5人ずつが蹴った。
キトは試合中にPKを決めた1番手のウルティアが権田(の気合い)に止められ、
東京は3人目の重松が自信満々に真ん中目に蹴り込みセーブに遭った。
4回表、試合後半の時間稼ぎで東京人の不評を買っていたルナが右に外す。
東京は5人目の梶山が右隅の隅に決めて、ジ・エンド。勝ったー!
===========
歴史も浅く意義もよくわからないですが、れっきとした2つのカップ戦王者が会し(つまり招待大会ではなく)
賞金もカップもある大会なんですから、「タイトル」と言っちゃいましょう(笑)
初めての、国際タイトルだぜアミーゴス。
青赤の歓喜の輪。ひざまずくエクアドルの雄。
リアルにガッカリしていたキトの選手と、
しらけ顔なしに優勝者としてセレモニーで振舞った東京の選手たち。
つまりは、真剣勝負のいい試合だったということです。
日程の問題はこの際どうでもよし!
東京の選手と我々ファンにとって、「世界」を知る意味で本当に良い経験になりました。
PK戦も、たまにはいいもんですね。
キトの選手・関係者は疲労感いっぱいで「キトへの帰途」につくわけですが、
今さらながら、遠路はるばるありがとう、また来てね!ムチャスグラシアス!
といいたいと思います。
アディオス
東京 2 (4PK3) 2 リガ・デ・キト
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2010年07月19日
2010.7.17
<サッカー>
J1リーグ 第13節
FC東京vsヴィッセル神戸
@味の素スタジアム
僕が忘れられない試合のひとつに、
2002年7月14日のサンフレッチェ広島戦というのがある。
それは今日の試合と似たシチュエーションだった。
つまり、W杯による中断明けの初戦だったということ。
東京で試合前に「You'll never walk alone」が歌われるのは周知のとおりだが、
この日の「ユルネバ」には鳥肌が立った。
ものすごい情熱、ものすごい声量。
それは決して、自国開催のW杯によるサッカーブームの賜物ではなかった。
今でこそ大切だと思える「にわか」サッカーファンによる盛り上がりだが、
そんなものを大人の心で受け入れる素養も余裕もなかった。
僕は世の中がサッカーで溢れれば溢れるほど、
「おれのとってのサッカー」はこれじゃない、と背を向けてしまった。
代表に選手を供出していなかったこともあり僕(ら)は、
W杯の期間中、自分たちのアイデンティティを強烈に認識してしまったのだ。
そんな思いの結晶が、あの日のユルネバだった。
Jの再開を待ち侘び、ニッポンよりロナウドよりトーキョーを渇望していた人々の情熱の発露。
ウルウルしてしまった。
そして戸田光洋のハットトリック。ウルウル。
ああ、あの日のウブな自分に帰りたい。
==========
そんなわけで8年前の中断明けに美しすぎる思い出を持っているのだが、
この日の盛り上がりも悪くなかった。
神戸戦で2万5千人は上出来。
試合の入りも上々だった。
大黒将志の加入。
結局得点力不足の解決策はそれか、と複雑な思いがないではないが、
1点目のシーンを見たら、そんな思いも一旦忘れられた。
キャンプのテーマだったショートカウンターによる先取点の起点になったのは大黒。
中央付近でボールを受けると反転で2人をかわしてリカルジーニョに絶妙のパス。
リカが持ち込みシュート、GK弾いてそこには梶山~☆
さらにリカの個人技から、ひと皮剥けつつある大竹洋平が上手に合わせて2-0。
2-0は危険だと、何度も書いてきたし実際そうなんだけれど、
この試合に限っては、そんな気は全く起きなかった。
前半の後半にペースダウンはしたが、むしろ、
ゲームを落ち着かせ、神戸から気力を奪っていくことに寄与しているだけに見えた。
ところが後半、システムを変えた神戸に、
中盤でのセカンドボールをことごとく拾われはじめる。
神戸の攻撃に迫力が欠けていたためエリア内での危険なシーンは少なく、
大竹や大黒の惜しいシュートもあったが、明らかに主導権を失っていった。
交代選手も期待に応えられない。
右に石川、左に鈴木、2トップの一角に平山と、
スタート布陣でもおかしくないメンバー構成だったにもかかわらず、
平山にはボールは入らず、鈴木のプレーも中途半端。
石川も年に何回も見かける「故障明け」の石川だった。
ボッティのループで1点差。残りは5分。
ゴール裏は、途中までは4点くらい決める予定だったのになんだかなぁ、
という雰囲気の中、「勝ちは勝ちだべ」と『眠らない街』を歌い始める。
しかし94分、神戸の最後のパワープレーは、森重真人のハンドを誘った。
なぜそこで手を出す…。
PKを大久保が決めて、ジ・エンド。
勝ち点1。信じ難い、の一言に尽きる。
Jリーグが再開したどーー!と喜んで誤魔化したい気分です。
攻撃面での進化が見て取れただけに、3点目を早く入れられなかったのが痛い。
だが、以前から言っているが、試合の最終プレーで同点ゴールを許すという事実と
追加点が取れなかったことは、間接的な因果関係しかない。
最後に失点してしまったことそれ自体の反省を僕は強く強く求める次第である。
あと、塩田君。
クロスに対して右往左往していて、どうしちゃったのよ。
前半終了間際に脳震盪になったとき、立ち上がって続行したけど
そのあとのCKで目測を誤っていたね。
ボッティのシュートに対する責任もゼロではない。
脳震盪の影響は否定できないはずだ。
なぜ、交代を申し出なかったんだ?
気合いは買うし、久々のリーグ戦への思い入れも分かるが、
チームのために決断してほしかった。
=========
最後に。
長友、ありがとう。
グラサンでの「ボンジョルノ!」へのブーイングを本気にしていた
スポーツ紙の記者がいたけれど(笑)
かなりツボでした。
中断前の清水戦の爆弾ボレーが、君の置き土産になるとはね。
日本人のサイドバックに対する認識を新たにした君の功績は大きいと思う。
今日の試合の裏では、レンタル中の阿部巧が早速ゴールを決めた。
あとは続いているから心配せずに、
マイコンとの勝負を堪能してきてくれ。
あと、大舞台でのGKとの1対1は、外さないように。
東京 2-2 神戸
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2009年11月05日
【5】勝ったから、とことん語る。
味スタでの優勝報告会。
観客の手拍子に迎えられて入場した城福監督に
ドロンパが抱きついたシーンを見て、
なんだかぐっと来て、ウルウルしてしまった。
優勝っていいもんだな、としみじみ思った。
おめでとう!
朝4時から並び、寒かった…、眠かった…。
その時間まで滞在していた場所も含めて、
できる限り5年前のルーティンを再現したつもりだ。
ガムテ貼って名前書いとくだけの「場所取り」が
なぜ成立するのか本当に謎だと思いながら、僕は体で2500番目くらいの順番を確保。
ほんと、次回はガムテなしにしてね。
===
11月3日の太陽は、
決勝に進んだ両チームを称えるように、
前日まで残った雲を吹き飛ばし、青空を見せてくれた。
冷え込みはあったものの、ナビスコのファイナルらしい超快晴。
川崎はACLに参加していたのでナビスコは予選免除。
途中から大会に入ってきて優勝しても面白くないっしょ?
というか、甘い。ナビスコはそんなに簡単じゃない。
選手紹介のスティーブン・スペンサーが問いかけた。
Are you ready to win the Cup again?
イェス。準備はOK。
===
権田はレナチーニョの絶妙かつ強烈なシュートを弾き出し、
川島は米本の、無回転とはいえ守備範囲内に飛んだシュートを止められなかった。
これがある意味、試合の趨勢を決したといってもいいでしょう。
米本があのミドルを打ちそうになったとき、
「いいシュートだ」と思いました。
あの時間帯は押され気味で攻撃のスイッチがなかなか入らない状態。
1本勢いよくシュートを打っておくことそれ自体が大事でした。
それが入っちゃうんだもんなー。さすが僕らのニューヒーロー。
硬かった米本がこれで守備に躍動し始め、
梶山は位置を下げてつなぎ役に徹することができ、
東京は完全に安定感を掴みました。
それにしても、東京の集中力は見事でした。
徳永・椋原を含めた4人のDFは皆、強力FW相手に絶妙の間合いを保ち、
行くところは行く、待つところは待つ。
あのシーン以外は崩れませんでした。
そのシーン。ジュニーニョが「オープンネット」にシュートを決められなかったとき、
まさかこれが後々重い1本になるとは思いませんでした。
川崎のFWたちは「数打って当てる」タイプなので、
あれも試合の一部なのです。よく見る光景なのです。
だから、あれを外したことが敗因なのではなく、
「数打ちゃ当たる」に持ち込めなかったこと、つまり
得意の形で攻撃できなかったことが悪かったのだと思います。
東京のDFたちが慌てるような想定外のアイディアも爆発力もこの試合はなく、
陣形に穴を開けるようなダイナミックなボールの動きもありませんでした。
憲剛はバードアイでパスを繰り出しましたが、
いつもより縦パスが多かった印象ですね。
そして権田は、土肥のもとに降ってきた神を再降臨させました。
前後半2本ずつくらい、スーペルなセーブがありました。
東京はやや守備に重きをおきながらも
ロングキックで陣取り合戦をするのではなく、
今野、ブルーノ、梶山を中心に、ボールを大切に扱ういつものサッカーに徹しました。
そしてハマりすぎて怖いくらいの追加点。
自陣セットプレーの帰り道。走りまくっていた達也がお膳立てをし、
平山が見事なヘッドで川島の脇を抜いたこの得点は、
川崎のお株を奪うような感じでしたね。
第三者の視聴者がしびれるような試合だったかどうかは、
「当事者」からはちょっとわかりません。
でも、東京の選手たちの落ちない運動量、綻びない集中力は、
感動的でした。日本中に誇れるものでした。
本人たちには申し訳ないけれど、
90分間はあっという間でした。安心して見ていられたから。
目を覆うような「ドラマ」は、起こりえなさそうでした。
あのボールへの執着は、まさしく、
ベテラン二人がクラブに残した財産だといえるでしょう。
試合前は、ベンチ入りできずに号泣した浅利の話をして
選手をモチベートしたと城福さんは明かしていました。
「藤山と浅利のために」と戦って勝った事実も大事です。
でも本当に若い選手あるいは僕らが学ぶべきは、
藤山が「試合に出たかった」とコメントし、
浅利が泣いたのは「自分がふがいなかったから」だったという点だと思います。
美談に終わることを良しとしない、二人の意地。
その気持ちが、彼らをここまでやってこさせたんでしょう。
=====
カップを奪い取れ~がこだまする中、終了の笛。
準決勝からいろんなことが起こり、
心配したり発奮したり妄想したりを体験しながら迎えた、秋の青空、優勝の笛。
試合の流れをいつの間にか引き寄せてしまったのは、
いつものMoving Footballを実践したからこそ。
徳永とレナチーニョのマッチアップを嫌ったのか、
憲剛を右に置いた関塚さんは、絶好調のチームにある意味手を入れてしまった。
勝つための戦いを90分間高いレベルで徹底できたのは、
カボレや石川の離脱という代償がチームをひとつにしたからこそ。
そして苦しくてもやり通せるという5年前の経験と魂が、コクリツのピッチに残って転がっていたのだろう。
状態の良すぎた川崎は、0-2への準備ができていなかった。且つ、負の経験も生きなかった。
そして米本のウソみたいなシュートをねじ込んだのは、
サポーターだ、絶対(入るとは思ってなかったくせに断言)。
カボレのシャツを着てカップを掲げる羽生。
石川は足を引きずりながら出てきた。
監督が言うとおり、全員の力が結集しての優勝。いない人間の力さえも。
疲れた。酔っ払った。眠かった。
でも気持ちいいね、優勝って。
5年に一度くらいがいちばんいいかな、なんて言うと、
ヒロシに大声で怒鳴られそうだから言わないけどさ。
ヒロミはわかってくれそうだ(笑)
素晴らしき決勝。苦労の結晶。
予選は、やっておくもんだよ。
ナビスコは、春から楽しまなきゃ。
おれ、ACLより、ナビスコが好き。誰がなんと言おうと。
≪シリーズ・完≫
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2009年11月03日
プレビュー最終回。
あの日を振り返ります。
【4】下馬評も数的不利をも、覆す何か。
後にも先にも、僕はその光景に出くわしたことはない。
みんな、どこか変だった。何かに導かれていたんだ。
自分が応援するチームのゴールに強烈なシュートが飛んできたら--。
普通は、一瞬息が止まる。
普通は、目を背けたくなる。
自分が応援するチームのGKがそのシュートを弾き出したら--。
普通はほっと息を吐く。
普通は「おーっ」と唸って「あぶねぇ」と呟いて、そして拍手をする。
プレミアのサポーターなんかは敵のシュートが外れるとすぐに
こぶしを挙げて喜び、GKを称えたり敵をなじったりするが、
日本のスタンドはそんなに図太くない。特に東京のサポーターの反応は正直だから…。
ところが、2004年11月3日午後の国立競技場、千駄ヶ谷側ゴール裏は少し変だった。
最初のうちは、「おー」だったのだ、赤い軍団の決定機を防いだときの反応は。
しかし、回数を重ねるにつれ、変わっていった。
土肥洋一が浦和のシュートを防ぐたびに、
ぼくらは、こぶしを突き上げた。
いわゆるガッツポーズである。ゴールシーンのような。イェーイって。
シュートが放たれる瞬間にはもう、こぶしを挙げる準備をしていた、といってもいい。
それはもう、滅茶苦茶に劣勢だった。
その数年後にアジア一にまで上り詰めた浦和とは別の種類の強さが、
当時のレッズにはあった。乱暴な強さが。
そのうえ僕らは、ひとり退場で失っている。
そこへエメルソンが来る。田中達也が来る。永井が来る。
でも後半の途中から…そう、おそらくは戸田光洋がゴールライン上で
アルパイのヘディングをクリアしたあたりから、
僕らは根拠のない楽観に包まれていた。
コクリツのゴールは、僕らの味方だ、と。
そりゃ、強がりの一種ではあったさ。
半泣きの人もいた。
でも、本当にビクビクして心理的に窮地にいたら、
味方GKのセーブの瞬間にガッツポーズなんか出ない。
やっぱりちょっと変なテンションになっていたんだ。
何かが僕らを勝利に導いてくれると、根拠なく信じ込んでいた。
土肥がシュートを弾いてくれると、どういうわけかわかっていた。
事実上、失点が即敗北をもたらすと知っていながら、GKのセーブを楽しんでいた。
僕は、後にも先にも、GKのセーブで千人単位のファンがこぶしを突き上げる光景を、
見たことがない。
PKでの勝利を得た瞬間、涙する長年のサポーターやおばさんたち。
しかし僕は、ヘンテコなテンションから抜け出すのに失敗し、ヘラヘラ笑っていた。
あとからVTRを見たら、何度でも泣けるというのに。
決勝戦の雰囲気というのは、本当に不思議なものだ。
選手の水曜と金曜号のエルゴラッソをお読みだろうか。
2号続けて、そこには戸田光洋のインタビューが載っていた。
僕がいちばん好きな(今でも)選手、戸田。
戸田のファンだったことを誇りに思える内容だった。
あの日、後半終了を目前にしてピッチから退いた戸田は、
そのあとずっと、退場したジャーンと一緒にいたのだという。
責任を感じ、涙が止まらないジャーン(同級生なんだって)に寄り添って、
慰めていたそうだ。
戸田は言う。「ずーっと泣いてましたからね。アイツは男ですよ」。
君がいちばんオトコだよ!
さらに。
石川と戸田は後半ふたりとも脚が攣っていたそうだ。
ところが、ベンチ側に位置していた戸田は、石川のことについては黙っていた。
「俺よりもナオのほうがつっていても走れるし、
ナオを残しておくほうが個人的にも良いと思っていたので。
俺はナオのことは言わずに、自分がパンパンになるまで走って、
原さんに『もう無理です』って告げて交代しました」。
涙が止まらないじゃないか、このやろー!
続けて戸田は語る。
「ジャーン退場でピッチを去らなければいけなかったフミさん(三浦文丈)のことが忘れられないです。
フミさんがどれだけこの試合に懸けていたかも知っていただけに…」
そうだ、僕らも、文丈がピッチを去り、そっとヒロミと握手したシーンは
忘れられない光景として覚えている。
どうやら、決勝戦は、選手たちも別次元の世界へ連れて行くらしい。
こんないい話、そんじょそこらのリーグ戦では出てきませんよ。
文化の日のコクリツは、それはそれは素敵な空間なのだ。
藤山が退団、そして現役続行の意志を表明し(アマラオのように。)、
浅利が現役引退を発表した。
石川は車椅子でコクリツを訪れ、茂庭は顔がへこんでいる。
がんばる理由はいくらでもある。
誰かのためだとかは別としても、
あの日の優勝が僕たちサポーターに残したもの、
そしてピッチにいた当事者たちに残したのを見れば、
カップを掲げることの意味の大きさは語るまでもない。
タツヤよ、戸田のように走れ。
権田よ、土肥のように止めろ。
ブルーノよ、ジャーンのように泣き叫べ。(ただし試合が終わってから)
キックオフまで14時間。
予想外に雨が残った千駄ヶ谷にも、明日は日差しが戻るだろう。
勝とうぜ。
posted by sot-escape |00:20 |
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2009年11月02日
あと19時間!
【3】川崎有利には疑いなし
下馬評は、川崎優位。
僕も、100%同意します。
川崎が有利でしょう。かなり。
足踏みが続いたリーグ戦でも首位に立ち、
攻撃陣の調子も至極良好です。
ほぼベストメンバーで決勝に臨むようです。
対する東京。
ああ、僕は柏戦での石川のループシュート、
そして着地に失敗し地面を叩く彼の姿を
一生忘れないでしょう。
あまりにも痛すぎる、エースの離脱。
今年の東京は、FW陣がポストプレーをこなし、中盤とのパス交換に参加し、
最後は石川がどこからか飛び出してくる、という形で
ずっと点を取ってきました。
石川を完全に捕まえることに成功したチームは、ありません。
いや、勝ち負けへの影響とか、そういうことはいいのです。
石川に、ご褒美をあげたかった…。
凄まじい活躍をしたシーズンの足跡として、
決勝で得点させてやりたかった…。
無念は計り知れません。
しかし、残された選手が、あるいは僕たちが、
頑張るしかないのです。
石川のいない東京でキーとなるのは誰か。
それは平山相太だと思います。
平山のところでボールがしっかり収まるか。
そこに東京の攻撃の大部分がかかっています。
背を向けてもらってキープしろというのではなく、
安定的に競り勝てるか、はたきのパスの精度を保てるか。
中盤に落ちて捌いたあと、すぐに前線へと突入していけるか。
なぜかコクリツに強い平山への期待はかなり高いです。
以前から平山には厳しい言葉を浴びせてきましたが、
今年の平山は変わりました。よく走り、よく粘る。
あとはヘディングでの得点を待つのみです。
また、サイドの攻防もポイントでしょう。
07年の決勝でトイメンの安田に「持っていかれた」森は、
一昨年よりずっと怖い選手。
肩を痛めている長友が上がりを自重したり
上がりすぎたりすれば、ここから東京は崩壊します。
そして今野とブルーノが我慢できるかどうか。
今野は大丈夫でしょう。
ブルーノはテセを引っ張って退場になった例もあり、心配です。
ジャーンに似て、熱くていいやつなのも、逆に不安要素…。
ただ、ロングパス一本でチャンスを作れるので、
奪ったあとのカウンターの起点としてはかなり期待しています。
ナビスコ予選の清水戦では、ハーフラインの後ろからエリア内にいた赤嶺の胸にピンポイントパスを通し、1秒後にはPKを獲得したというプレーがありました。
---
延長に入ったら東京はかなり厳しいです。
控えの層は今かなり心許ないうえ、FWがいません。
延長になったら04年のような展開に持ち込むしかないでしょう。
藤山、浅利を投入!?…あぁ涙が出てきた。
04年の優勝の時には、1ヶ月前のリーグ戦で浦和に完封勝ちしていたという成功体験がありました。あれが大きかった。
しかし今年は川崎には2連敗。
逆転負け×2。且つ、3得点のうち2点が石川です。
川崎は自信を持ってくるでしょう。
東京は、FKは入らないし、GKの経験も向こうが上。
いろんなデータが、川崎に傾いています。
しかし。
コクリツは僕らの庭。
コクリツは僕らの牙城。
いつも屋根からの反響に頼った応援をしている
敵軍の声量には、負けられません。
両軍合わせて3度の決勝体験。
しかし共に、ファイナルで得点したことがないのです。
ところが片方は、優勝したことがある。
大きな違いじゃないですか。
そう、僕らは、「それ」がどんなにスウィートな体験か、知っています。
羨ましい?
だーめ。今年も、お・あ・ず・け☆
最後に、多摩川クラシコの勝敗を。
東京から見て、5勝5分6敗。
順番的には・・・・・・・だよね。
次回はプレビュー最終回。
2004年の魂を持ち込め!の巻。
posted by sot-escape |18:55 |
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2009年11月01日
ナビスコカップを情緒的に語る
【2】ナビスコって素敵だよね
僕は、この大会の歴史への浦和レッズの貢献について、
その大きさを認めざるをえません。
金曜発売のエルゴラッソの一面には、
2000年の決勝を戦った川崎の集合写真が載っていました。
懐かしい面々が並んでいる以上に衝撃的なのは、
彼らの後ろに写り込んだ国立競技場のバックスタンドが、
空席だらけだという事実です。
当時のJリーグは、磐田と鹿島が交互に覇権を掴み、
玄人目にはひとつの黄金期ではありましたが、
観客動員についてはどこもかなり苦戦を強いられていました。
ナビスコカップも例外ではなく、
その意義はあくまでリーグ戦のおまけでしかなく、
アビスパ福岡の「ピッコリ事件」に象徴されるように、
各クラブのナビスコの位置づけについては温度差がありました。
というか、真剣度が低かったのです。
僕は1998年の決勝戦、ジュビロ磐田対ジェフ市原を
部活帰りにふらっと立ち寄る感覚で、当日券を開始間際に買い、
だいぶ余裕のある上層スタンドで、あくびをしながら見た覚えがあります。
決勝とはいえナビスコなんてそんなもんでした。
98年の市原にしろ、00年の川崎にしろ、
そもそも決勝に残ってはいけないレベルのチームでした。
これは、他のクラブがナビスコを真剣に戦っていなかったひとつの証拠だと思います。
しかし、浦和レッズは、いや浦和サポーターたちは、そんなナビスコの状況を、
見事にひっくり返してしまったのです。
2002年の鹿島対浦和の決勝は、
J2という地獄を見た浦和が初めてタイトルをかけた一戦。
2003年の同カードは、
その浦和がついに初タイトルを手に入れた一戦。
のちに浦和がアジアを制するに至る過程をなぞるうえで、
この両年の決勝戦は大きな歴史的意義を有するといっても過言ではないでしょう。
そして、国立を真っ赤に染め上げ、
ほんの2000円かそこらのチケットを宝石に変えてしまった浦和サポーターは
ナビスコカップ決勝戦の価値を高め、
このタイトルがサポーターを心の底から喜ばせることができるのだと
他クラブの選手やフロントに気付かせたのです。
そしてそれ以降、
ナビスコカップ決勝はほとんど「ハズレ」のない試合を提供し続け、
それぞれに物語を残しています。
(2007年の川崎には少しがっかりしましたが…)
2004年の決勝は史上最高のスコアレスゲームと
(確か識者の誰かによって)評される好ゲームで
首都に初めてタイトルをもたらし、
2005年はオシムサッカーがひとつの結晶を残しました。
PK戦を見ずに下がってしまったお爺さんには笑ったものです。
翌年は3年ぶりに得点が決まり(笑)、思えばこれば離散前の最後の
ジェフ黄金期メンバーの勇姿でした。
そして昨年は、弱小財政の田舎クラブ、大分の初載冠。
「サポーターがどうやって国立に行くのか」からして話題になるなんて、
なかなかありえない出来事です。
とにもかくにも僕たちは、
浦和サポーターに感謝しなければなりません。
(でも、もうチケット争奪戦の相手にはならないでください。)
ナビスコカップは立派に育ちました。
「ベストメンバー使え」と言いながら、
「若手だけの大会にしてしまえ」などとのたまう某御仁は、
苦しい時代にもスポンサーを離れずにいてくれた
ヤマザキナビスコ社様に対して失礼だと思わないのでしょうかね。
代表戦のウラで1億円をかけて平日に予選を戦う「快感」。
満員の国立で1発勝負にかける「快感」。
たまりまへん。
ありがとう、オレオ。ありがとう、リッツ。
次回は、「大胆にも今年の決勝を占う」の巻。
posted by sot-escape |22:56 |
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2009年11月01日
最近涙腺が緩くなっている僕は、
愛するFC東京の決戦を前に、
ちょっとしたことでウルウルしてしまいます。
2004年のVTRを見てはウルウルし、
東京の小学生年代から送られた千羽鶴に書かれた熱いメッセージを見てはウルウルしています。
ナビスコの良さは、決勝の前に物思いに耽る時間がたっぷり用意されていることでしょう。
天皇杯では慌ただしすぎて難しく、リーグ戦に関しては「決勝戦」的な最終節を体験したことがないのでわかりません。
年間100試合観戦計画を達成した筆者は久しぶりに筆をとり、
数回に渡ってほとばしる思いを書こうと思います。
長くなりますがお許しを。
======
【1】あれから5年、僕たちは…
初タイトルを勝ち取ったあの日は、
東京にとって「終わりの始まり」だったのかもしれない。
すでにリーグ戦においては、東京は衰退の兆しを見せていた。
前年の第2ステージは最終節の一歩手前まで優勝戦線に残り、
ケリーを軸にしたダイナミックな「攻撃サッカー」はチームの代名詞にもなっていた。
ところが大きな期待を背負った2004年は、
調子の波が激しく、ケリーの故障も重なって、勝ったり負けたりが続いた。
リーグ戦の最終戦績は10勝9敗11分けと、平凡以外の何物でもなかった。
ナビスコカップ獲得は幸福をもたらしたが、年間を通した強さはむしろ減退していたのだ。
あえて冷徹な見方をすれば、
初タイトル獲得は、原政権のひとつの集大成だったとともに、
ひとつの限界点でもあった。
クラブは、故障から帰ってきたあとに空回りをしていたケリーとの契約を解除。
拙速にも思われた決断だったが、チームは梶山や馬場といった若手の成長に託された。
ところが、2005年は夏場まで降格圏付近をさまようほど苦悩。
ナビスコも予選で敗退している。
終盤戦に見せた負け無しの快進撃と、セレッソを沈めた今野のゴールという
モルヒネによって我々は嫌なことを忘れにかかったが、
やはりクラブは原政権の限界と判断し、ヒロミとの甘い4年間は終わりを告げた。
それ自体は必要なことだったと思う。
しかし、それ以後が拙かった。
ガーロ。エバウド。ワンチョペ。
定評のあった外国人招聘が相次いで失敗に終わったことに象徴されるように、
フロントと指揮官の迷走が選手に混乱をもたらした。
クラブ初の外国人指揮官は、謎のマンマーク戦術で嘲笑を買い、シーズン途中で解任。
翌年に第二次政権を引き受けさせられた原監督は新味を出せずに終わり、同情を買った。
05年からの3年間について思い出すことといえば、
ジャーンや戸田や宮沢や土肥との別ればかりである。
フロントのチーム作りそのものが迷走しているにもかかわらず、
思い出を共有してきたベテランが半ば斬られてゆくのを見るのは、辛かった。
一体何度「若返り」をしたら気が済むのか。一体いつ「成長中」を抜け出すのか。
僕は不満に満ちていた。
そして昨年現れたのが城福浩である。
昨年のブログにも書いたように、僕は彼をイマイチ信頼できずにいた。
なにしろ、いままでの東京のサッカーをガラリと変えようとしていたのだから。
加えて、記者会見で語られる言葉が空虚に思えて仕方なかった。
ただ、選手は前を向いていた。
なかなか結果は伴わなかったが、方向性の正しさを信じさせる能力が
城福監督にはあるのだろう。
進化と変化は少しずつ、結果につながっていった。
リーグ戦の終盤には上位に食い込み、
明確に優勝の意図を持って天皇杯を勝ち進んだ。
待っていたのは準決勝での悔しすぎる敗戦だったが、
僕らは久しぶりに気がついた。
タイトルが欲しい!と。
2004年11月3日から5年。
もちろん、そんなに深刻に悩んでいたわけではない。
降格の恐怖があったわけでもなく、
選手バスを取り囲んだこともない。
東京サポーターは基本的にお気楽主義だ。
だがこうして改めて振り返ってみると、
このナビスコカップ決勝が、
5年前とは全く違う味わいを持つことに気づくのだ。
前回はとにかくガムシャラに初タイトルに邁進し、はしゃいでいれば良かった。
アマアチュア時代から見守るファンを除けば、
積年の悲願という感覚は薄く、
感傷を呼ぶのは、アマラオにカップを渡したかったという気持ちくらいだった。
しかし、僕らは5年分歳をとり、
それぞれの胸に去来する思いもそのぶん分厚くなった。
石川は横浜の地に倒れ、梶山は北京で階段を昇り損ね、
何人もの「若手ホープ」が去っていった。
5年間、それなりに苦しかったではないか。
今年のチームには自信がある。選手にカップを獲らせてやりたい。
城福浩のことも信じよう。いや正直、いまやあんたが好きだ。
さぁ、5年分の苦労を、ぶつけようぜ。
…川崎の苦労に比べれば軽いって?
敵のことまでは気が回りません。
=====
次回は、「浦和レッズに感謝しよう」の巻。
posted by sot-escape |18:19 |
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2009年01月01日
Match No.100 2008.12.28
<サッカー>
第88回天皇杯全日本サッカー選手権 準決勝
FC東京vs柏レイソル
@エコパスタジアム
誰に頼まれるでもなく掲げた
「年間100試合観戦計画」はついに、
12月29日、完遂のときを迎えた。
記念すべき100試合目に、愛するFC東京の大舞台を選べたことを
嬉しく思うと同時に、自分の「引き」の強さを感じていた。
100試合目で決勝行きを決め、そして「番外編」の101試合目でカップを掲げる。
なんて素敵なストーリー。なんてよく出来たドラマ。
計画の美しさに、僕は酔っていた。
だから、(この際、大きなことを言っても許されるだろう)
この試合に誰よりも思い入れがあったのはこの私だ!と宣言してしまおう。
今年いちばん気合いが入っていた。
ところが、この記事のアップは年を跨いでしまった。
なぜなら、僕はまだ、立ち直っていない。
マッチナンバー・100。
舞台は、天皇杯準決勝。
====
週間予報で心配されていた雨の心配はどこかへ消え、
カバンに詰めた防寒具も全く役立たず。
東北・上越新幹線の混乱を尻目に、東海道線「ひかり」は順調そのもの。
静岡で乗り換えて満員の在来線で愛野駅へ。
掛川まで新幹線で行くより1000円ほど安い。
どでかいスタジアムを建てたものだ。
定期テナントは、ない。エコパスタジアム。
入ってみると、ゴール裏からの眺めが味スタに近かった。
が、選手は味スタよりも遠い。
開けられたスタンドのほとんどが黄色と青赤で埋まり、
穏やかな陽光のもと、You'll Never Walk Alone は歌われた。
石崎監督は好きだけど、あんまり引っ張ったら札幌がかわいそうだ。
100試合目、さぁ行ぐぞぐぉらーーーーーーー。
茂庭の出場停止を受け、センターバックには藤山竜仁。
東京ガス時代の天皇杯快進撃を知るピッチ上唯一の男。
そのほかはベストメンバーに近い。石川はベンチ。右に張るのは、鈴木達也だ。
柏は怪我明けのフランサと李忠成をベンチに控えさせる。
前半開始直後、主にポゼッションは東京。
柏は5分すぎにようやく東京陣に入り込んでくるが、
東京はカウンターで梶山からカボレへ。ショートパスではないほうの持ち味を見せる。
8分、貸し出し中の栗澤から左の菅沼へ。
シンプルに挙げたセンタリングは太田の頭に合うがバーの上。
11分、ひとつのキープレー。
菅沼と競り合った徳永に警告が出た。
徳永はこのあと、攻守に思い切りを欠いてしまった。
このへんから柏に押し込まれ始めた東京。
15分、左からポポのクロス。上がってきたアレックスが藤山の頭越しに
ドンピシャヘディング。塩田はボールごとゴールに押し込まれたかに見えたが、
判定はノーゴール。結果的にはミラクルセーブになった。
藤山が狙われているのだろうか、柏は早めに放り込んでくる。
これはあまり予想していなかった。
逆に東京は19分、CKから佐原がニアで美しいヘッド、
ゴール裏席からだったのでよく見えた。
アレックスに当たっていなければ、ネットに刺さっていたはずだ。
さらにショートコーナーから、鈴木達也の強烈なシュートは菅野の好セーブ、
弾いたところにカボレのバイシクルは不発、さらにこぼれ球、
赤嶺のボレーーー!はバーの上。決定機だった。
柏の決定機は23分、中盤のプレスで奪い、右からクロス、
塩田のパンチング先には菅沼がフリー。ループを狙ったが右に外れた。
このあたりで、「快勝」はないだろうな、と悟った。
望むところだ、今日は声を枯らすぞ。
流れの中からはなかなかチャンスが作れない東京。
赤嶺・カボレはケアされ、柏の中盤でのプレスにも手を焼いた。
そんな中、不意に現れたミステリーゾーン。
中に絞っていた鈴木達也に左からパスが。
前を見ると、ぽっかりとスペースが。鈴木はドリブル開始。
左足ならすぐ打てたが、右足に持ち替えるには2秒ほど必要だった。
ところが2秒間、柏は誰も寄せられない。
余裕を持って振り抜いた右足から、東京の先制点が生まれた。
アウェイの地に集まった同胞たちとハイタッチを交わす。
39分、ポポ、菅沼と繋いで山根のシュートは左。
これ以外は目立ったシーンはなく、前半終了。
===
100試合に思いを馳せつつ、後半へ。
柏のモチベーションになっている石崎監督はフランサを投入。
そのフランサを軸に早速2つのチャンス。
フランサは運動量は少ないが神出鬼没、という厄介なヤツだ。
2人3人と寄っていけばパスが出る。マークが緩ければ自分で決める。
仕事をされないうちに追加点が欲しい。
ゴール裏は「カップを奪い取れ~」という04年ナビスコ以来歌われるチャント。
52分、梶山と赤嶺で中央突破するが、最後のパスがやや長くNG。
54分、カボレのヘッドから、赤嶺が左足でミドル。右へ。
60分、羽生が飛び出しチャンスもDFクリア、その続き、今野が右をえぐり中へ。合わず。
柏は李忠成を投入。
攻めているようで決定機がない。
相手の形はないようでいて、フランサが持つだけで不安。
もやもやとした後半戦の時計は、非常に早く進んだ気がする。
カボレとフランサがチャンスボールでボレーを互いにふかし、
長友のミドルはDFに当たる。
そして。68分。東京は羽生と梶山が自陣からの繋ぎをしくじり、
柏に左サイドで作られる。左からの大きなクロスをファーでアレックスが落とす。
後ろからフランサが上がってきて、シュートフェイントで今野を交わし、
塩田の股を抜くシュートを決めた。
あぁ神様、と嘆いても仕方ない。
神がいるとすれば、その名は「フランサ」だ。(「カボレ」ではない)
何しろ、フランサは先般のボレー以来、足を引きずっていたのだ。なんてやつだ。
中盤での激しい戦いの中、今野や羽生はよく走り、
ボールにアタックし続け、柏のボールの出所を消していた。
しかしカボレと赤嶺は、レイソルDF(特に小林祐三)のマークに苦しみ、
あまり仕事が出来なかった。
そして、正直、仕事ができる場面でもイマイチだった。
もし城福監督がこの試合を途中からやり直せるなら、カボレの交代を早めたのではないか。
僕は、代えてもよかったと思う。
決定的な仕事を期待してしまう気持ちはわかるが…。
羽生に代えてエメルソン。
鈴木に代えて石川直宏。
石川は立て続けに見せ場を作るが、ほかの選手とリンクしない。
なぜだろう、東京の選手には疲労が見えた。
例年にないほどの大会への意気込みが、疲労を早めたのだろうか。
エメルソンは82分の決定機、梶山の素晴らしい溜めからのパスを外す。
それでも主導権は完全に東京。
柏の攻撃は繋がらない。
柏は、気持ちだけのチームだった。
石崎さんとの契約を解除するフロントの気持ちも分かる気がした。
去年から、あんまり進化していない印象だ。
ただ、これはカップ戦。これはサッカー。
シュートを決めたチームが、勝つ。
88分。石川直宏へのロングパスが惜しくも通らなかった帰り。
GK菅野はすかさず石川のいたスペースへ。
柏は左から持ち上がる。引き出された梶山を見て「キツイけどがんばれ」と念じた直後。
柏はボールを中へ。フランサ、李、フランサ、李。
李のミドル。かつて小平を走っていたイ・チュンソンの左足ミドル。
ゴール裏から、向こう側のゴールに入っていく敵のシュートを見るのは、
なんて劇場的で残酷な眺めなんだろう。
心臓を、鷲づかみにされるような瞬間だ。
2003年11月22日の飯尾のゴールや、2004年12月19日の三都主のゴールを凌駕する、
ショッキングなゴールだった。
何しろ僕は、「誰よりもこの試合への思いが強かった」のだから…。
ロスタイムには、何も起こらなかった。
試合が終わり、狂喜乱舞の柏サポを直視できず、
マフラーで顔を覆って席にへたりこんだ。
ちょっと泣いたかもしれない。
自分達の力を発揮できなかった、悔しい敗戦。青赤スタンドもシーンとしている。
====
100試合目のご褒美は、もたらされなかった。
コクリツでの番外編最終回を記すことは許されなかった。
2009年の100試合計画は白紙だ。だから最後はコクリツで締めたかった。
「この悔しさを胸に、2009年こそは…」とまとめないといけないのは分かるが、
気分はこうだ。
『喪中につき年始のご挨拶を失礼させていただきます。』
これを機に(?)選手には知っていてほしい。
ずっと見られる側だった一流アスリートは特に。
どんな試合でもきっと、特別な思いを持ってスタジアムに来ている人がいるのだ。
僕のようにくだらない理由の人もいれば、もしかしたら余命3日の人もいるかもしれない。
文化がぶつかり、欲望が渦巻き、罵声が飛び交う場所。
でありながら、スタジアムはそういう場所でもあるのだ。
あなたのシュートを入れるのは、僕たちの念力かもしれない。
そして僕たちの念力を強くさせるものは、あなたのプレーなのだ。
東京 1-2 柏
====
100試合、達成しました。
アップし損ねたゲームがいくつかあり(会社のPCに入ってたりして。エヘヘ)、
ポツポツ更新する可能性があります。
また、100試合を振り返る記事も書こうと思ってます。
09年版は、おそらくやりませんが、たまには何か書くこともあるでしょう。
またのご訪問をお待ちしております。
いや、何より、スタジアムでお会いしましょう。
味スタとホッケー場の両方で同じ顔を見たら、たぶんそれが僕です。
今から、ビールを飲みます。久米宏のように。
09年も日本スポーツ界に、幸あれ。
posted by sot-escape |01:38 |
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