2007年12月11日

セーム・シュルト選手のこと

 K-1前人未踏の3連覇を果たしたセーム・シュルト選手。思えば、この選手を初めて見たのはもう11年前になります。
 96年5月のパンクラス・日本武道館大会。バス・ルッテンVSフランク・シャムロックの王座統一戦(シャムロック選手が暫定王者だった)がメインのこの大会で、パンクラス初参戦のシュルト選手は山田学選手と対戦。スリーパーで勝利しています。これ以前に空手の大道塾で優勝していますが、それは見ていなかったので、この時が自分は初めてでした。
 その時の印象は、月並みですが「でけー!」。ただ、プロレスラーの2メートル越えの選手と違って体型・バランスも整っているし、顔も小さいのがちょっとした驚きでした。ちなみにこの大会には、もう一人オーガスト・スミスルというヨーロッパの巨漢プロレスラーも参戦していましたが、こちらは船木誠勝選手に秒殺されて、それっきりでした。
 以後、シュルト選手はパンクラスに参戦を重ね、後楽園ホールで近藤有己選手に敗れたり、外・メッツァー選手と好勝負をしたり(負けましたが)、博多でまた近藤選手に負けたり、長谷川悟史選手(故人)に負けたり船木選手に負けたり勝ったり近藤選手にタイトルマッチで負けたり美濃輪育久選手に勝ったりした末に、99年末、大阪でついに近藤選手に初勝利してパンクラスのベルトを巻きました。
 パンクラスへの参戦は、この翌年、2000年まで。2001年にはUFCやPRIDEに参戦しますが、この頃はまだベルトは持ったままでした。しかし、PRIDEでは最初に日本人に3タテしたことより、その後エメリヤーエンコ・ヒョードル選手、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ選手、セルゲイ・ハリトーノフ選手に敗れた試合の方が印象に残っているという…。特に、ハリトーノフ戦のやられっぷりはPRIDE史上に残るシーンとなってしまいました。
 2002年~2004年はK-1とPRIDEをかけもちという感じでしたが、やはりハリトーノフ戦のショックが大きかったか、K-1に専念するようになりました。空手出身ということもありますが、やはり立ち技では体格のアドバンテージが最大限に生かされ、強いのなんの。でもそれでも、3連覇という偉業を達成するまでになるとは、という感じですが…。
 単独インタビューをしたことはないんですが、会見や囲み取材、プロレスカードの撮影(!)などで接した限りでは、普通の陽気なオニイチャンという印象。K-1の一夜明けではヒョードル選手との再戦を希望したりもしたようですが、個人的にはK-1に専念してほしいような…。ま、彼の天下がどこまで続くのか、彼を王座から引きずり落とすのが誰なのか、見守りたいと思います。



※こちらもどうぞ。
「ソリタリオの格闘技PRESS!」(もう一つの格闘技ブログ!)
http://blog.olga.to/solitario/
「monologues of solitario」(身の回りのことなど、私的な内容です)
http://solitario.exblog.jp/


posted by solitario |18:48 | 格闘家のこと | コメント(15) | トラックバック(0)
みんトピに投稿 このエントリをlivedoorクリップに登録 このエントリをはてなブックマークに登録 newsing it! このエントリを Buzzurl に追加