2006年10月22日

PRIDEラスベガスは成功だったのか?

 はい、そんなわけで行ってきました、PRIDEラスベガス大会。全試合終了後も、アメリカでは習慣だという全選手記者会見、それからフェアウェル・パーティーと関係者は休む暇もなく、こちらも試合リポートの作成などでいろいろと作業をしていたら、ホテル出発まであと30分ほどとなってしまいました。
 さて、表題の問い。簡潔に答えを言うなら、「大成功!」だと思います。何よりも、榊原代表が言っていた「日本でやっているPRIDEをそのままアメリカに持ってくる」というテーマがまるまる実践できていたことが、一番の要因ではないでしょうか。これは、できそうでなかなかできない。
 ふと思ったのですが、これまで日本から「全米進出」を画策して、成功を収めたものってどれぐらいあるでしょう? 例えば宇多田ヒカル。例えばピンクレディー(古い!)。他にもたくさんありますが、結局、アメリカのエンターテインメント史に名前を刻むに至ったものって、そんなにないはずです。しかも、例えば上に挙げた人たちの「全米進出アルバム」って、それまでの彼らの作品とはどこか違ってはいなかったでしょうか。
「アメリカ向けだから、こうしないと」というのを意識しすぎて、かえって自分たちの持ち味を殺してしまい、失敗した例というのはそれこそ枚挙にいとまがないほどです。そこを、PRIDEは「自信を持って、日本でやっているそのままを持ってくる」という大胆な、でも実は一番確実な方法を用いて、そして大成功を収めました。
 現地で福田直樹さんというライターの方(「ボクシングマガジン」を中心に、「格闘技通信」ではUFCなどを取材されています)に大変お世話になって、いろいろお話も伺ったのですが、PRIDEの事前プロモーションは、やはりかなり熱が入っていたようです。「映像で見てた日本のアレ」を求める現地の格闘技ファンの反応(何しろ、リングサイドスタッフ紹介でもアメリカサイドの人間にはブーイング、島田裕二氏ら日本側スタッフには大歓声!)を見ても、その効果は如実に分かります。
 細かいことに関してはまた改めて書いていきたいと思いますが、ほとんどの部分で、日本で見ているのと変わらない印象だったという点は、すごいことだと思います。
 そして、噂に聞いていたオープニングセレモニーは、確かにすごかったです。あれだけでも、会場のファンはかなり満足したのではないでしょうか?
 ああ、時間がない(汗)。そんなわけで、短い中にも盛りだくさんだったこの取材については、また改めてお伝えしていきたいと思います。では!

posted by solitario |22:26 | 取材記(総合) | コメント(20) | トラックバック(0)
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2006年10月22日

”I'm not afraid” PRIDEラスベガス続報

 国内でも、ファンの間では盛り上がっているようですね。こちらはいよいよ大会当日の朝を迎えました。それでは昨日、現地時間20日のまとめ。すでにいろんなところで報じられたり、ブログで書かれたりしているようなので、自分なりに感じた部分を中心に。
 この日の目玉は、公開計量&会見。今回の大会の拠点となっているホテル「シーザース・パレス」内の「ローマン・プラザ」という屋外イベント上で行われました。プロボクシング世界戦の計量なども行われる場所ですね。
 まず計量は、全員が一発でパス。一つ気になったのは、日本人選手2人(中村和裕選手と西島洋介選手)の計量時の服装。西島選手はジーンズを脱がなかったのですが、中村選手はわりと普通の短パンというか、ちょっと下着っぽい感じ。他の外国人選手は、みんな試合用のスパッツなり、ロゴの入ったトランクスなりを着用していて、「見せる」計量であることを意識している感じでした。今後もアメリカ大会が行われるようなら、日本人選手はこのへん、意識した方がよさそうです。
 この席で、公式情報としてはおそらく初めて、「マーク・ハント選手がビザのトラブルでキャンセル。代役はショーン・オヘア選手」という事実が明らかになりました。まあ昨日も書いていたとおり噂には上っていたわけですが。
 計量を盛り上げていたのは、やはりアメリカ勢。特に、フィル・バローニ選手とケビン・ランデルマン選手の「気合いが入ってるアピール」は、さすがです。マーク・コールマン選手も含め、3人が大会そのものも盛り上げてくれることを改めて期待。
 計量が終わると全選手参加での会見。これには榊原伸行DSE代表、エド・フィッシュマンPRIDE USA代表も同席。榊原代表の第一声は「AMERICA, PRIDE HAS ARRIVED!」でした。この宣言が生で聞けただけでも、ラスベガスに来たかいはあったかもしれません。それほど、榊原代表の声は晴れやかでした。
 アメリカでの、英語での会見だからこそ分かる事実というのもいくつかありました。これも噂に上っていた、「バタービーンはボクシングルールで闘う」というもの。質疑応答の際、これに関する質問が出たのですが、「MMAからキックボクシング、ボクシング、そしてまたMMAとルールがころころ変わり、最後は相手も変わりましたが、影響は?」というもの。え、キックボクシングルールもあったの? と思いましたが、誰も否定はせず。結局はMMAルールなので関係ないといえばないんですが、そういう過程があったことが公式に認められたと思っていいんでしょうか。
 世界中に7つのカジノを持つフィッシュマン代表は会見後の囲み取材の中で、翌日のマイク・タイソン選手の来場に関して聞かれ、微妙な返答。「PRIDEで闘うのか?」という問いには「タイソンは、エキシビションはできる。だが真剣勝負には戻ってこない」とはっきり言っていました。これが、「ボクシングでは」ということなのか、MMAも含めてのことなのかは謎。果たして会場に、タイソンは現れるのか?
 そのほか、会見では司会者がパウエル・ナツラ選手を「ロシアから来た…」と紹介してしまい、慌てて訂正するシーンがあったり、ジョシュ・バーネット選手はアメリカでも「自分はプロレスラーだ」と言っていることがわかったり、それから多くのアメリカ人選手について「久々にアメリカのリングに帰ってきた…」という紹介がなされていたりと、目についた小ネタはいろいろありました。
 やはり会見での一番の主役は、ファン的にはヒョードル選手でした。登場するなり、客席のアメリカ人ファンから大「ヒョードル・コール」。改めて、その人気に驚かされました。ですが、自分的にはこの日の主役、というかベスト名言賞は、マーク・コールマン選手に差し上げたいと思います。コールマン選手はヒョードル選手の方に拍手が集中している(コールマン選手には一部ブーイングすら!)のをちょっと皮肉ったりもしつつ、タイトルにも掲げた「I'm not afraid」(オレは怖くないぜ)というフレーズを2回。アメリカでは最後の試合になるだろう…とも語ったというコールマン選手の、最大級の意地を見せてほしいものだと思います。
 会見の最後にはヴァンダレイ・シウバ選手、そしてミルコ・クロコップ選手までが登場。日本から来たファンも、アメリカの現地ファンも大満足で、会見を終えたのでした。
 さあ、いよいよ大会。関係者の誰もが胸を張って「すごいですよ」と言うオープニング・セレモニーから、まずは楽しみにしましょう。それではまた!

posted by solitario |01:09 | 格闘技雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)
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