2006年07月13日
高阪剛選手の引退を改めて思う
昨日、大変なことに気付きました! 自分の宣伝も兼ねて始めたこのブログですが、タイトルやプロフィールのどこにも自分の名前がない!(苦笑) 近日、修正してもらおうと思います。改めまして、ライターや何かをやっている高崎計三と申します。
さて、最近は来週に迫ったニュージャパンキックボクシング連盟(NJKF)の大イベント「真王杯」(55kg、60kgの2階級で、団体の垣根を越えて王者、トップランカーが集まるトーナメント。3大会にまたがって開催され、7月22日(土)の後楽園ホールが一回戦。各階級の優勝賞金は200万円)がらみの仕事が多くなってきているのですが、その中であることに気がつきました。55kgでは昨年、J-NETWORKが行った同階級のトーナメント「MACH55」にも出た選手が5人、出場するのですが、そのトーナメントに出場していた高橋拓也選手(元MA日本バンタム級王者)と辻直樹選手(元MA日本フライ級王者)の二人の名前を、最近見ないということです。調べてみたら、高橋選手は昨年、王座を返上して引退を表明していました。辻選手に関してはトーナメントの後名前が見られず、もしかしたら引退したかもしれません(してなかったらすみません)。
当時の現役王者、元王者ですが、引退にあたってセレモニー等は特に行われなかったと記憶しています(これも、行われていたら申し訳ないです。今回不確定情報が多いな)。実際、格闘技(特にキック)では王者・元王者クラスでも特に発表もなくひっそりと引退している選手がけっこう多いのです。
そこで思い至ったのが、5月のPRIDE無差別GP開幕戦における、高阪剛選手の試合。事前から「このトーナメントで最後にする」と宣言して臨んだ一回戦、それはすなわち、負けたらそれが即座に引退試合となる、ということを意味していました。そしてご存じの通り、あのマーク・ハントを相手に、死力を振り絞っての激闘の末に敗北。高阪選手は、短い挨拶を残してリングを去りました。あの一戦は今年の、いや、日本の総合格闘技史上でも有数のベストバウトだと思います。
思うにこの例は、格闘家にとっては最高の引き際なのではないでしょうか? 自分がここと決めた場所で、しかもあんな大舞台で、精一杯闘った末での幕引き。トーナメントということもあり、その勝敗にも関心が注がれました。もちろん高阪選手自身は勝ち進みたかったでしょうし、「最高というなら優勝してからじゃないと」と言うかもしれませんが、ファンの心には、その姿が強く刻まれたことと思います。
最高の形で、惜しまれながらの引退。それは多くの格闘家が、したくてもできないことでもあります。タイミングもあるし、いろんな事情もある。やはり高阪選手がそれを現実の形にできたのは、日頃の努力の賜でもあり、また類い希な幸運のためでもあったでしょう。もちろん家族を含む周囲の人間の力も大きかったことでしょう。
心に残る闘いを多く見せてくれた選手たちには、できるなら望みどおりの最後を迎えてほしいと思います。せめて、ファンが「おつかれさま」を言える舞台はあってほしいと、つねづね思います。
posted by solitario |14:59 |
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