2010年01月15日

久々に笑わせてもらった記事

 まあまあ、まずはこれを読んでみてください。「日刊サイゾー」というサイトの「格闘技バブル本格崩壊の序章なのか......栄華を極めた『格闘技通信』に休刊の噂」という記事です。
 今週頭あたりからネットでも話題のネタなのでタイムリーではあるのでしょうが、小田美代さんという記者の署名によるこの記事、まあハッキリ言うとデタラメです。笑えるぐらい。
 一番ひどいのは、記事中に登場する「同誌の繁栄期に記者デビューしたフリーライター」なる匿名の人物のコメント。引用します。

「何しろ、格闘技の仕事だけで月100万円近くになったんですから。その中で最も『格通』からの仕事が多かったんです。ページあたりの原稿料は一般誌と比べても良かったですし、それに格闘技団体からこっそり渡される謝礼もバンバンあったんですよ。ぶっちゃけ、ワイロですね。それを貯めて数年で家が建った記者もいた時代。特に『格通』で書かれることは団体側にとっても魅力的だったんで、記者の間ではいかに美味しい思いのできる団体に可愛がられるか、がポイントでした。正直、ひどい試合内容でも褒めまくった記事を書いたこともありました(笑)」
 
 まず「格闘技の仕事だけで月100万円近く」ですが、これは頑張りようによっては今だって可能(なはず)です。というより、このスケールで「収入が凄まじかった」なんて言ってはいけない(笑)。あ、言っときますが、自分がそんなに稼いでいるかどうかはまた別問題ということで。
 で、明らかにウソなのはその後の「ページあたりの原稿料は一般誌と比べても良かった」という部分。「一般誌」というのはおそらく、大手出版社から発行されている週刊誌、月刊誌のことだと思いますが、大手には大手のスケール、専門誌には専門誌の相場というものがあるわけで。まあ出版界の常識として、どのジャンルにおいても専門誌の原稿料が一般誌よりいいことなんてほとんどありません。
 次の「格闘技団体からこっそり渡される謝礼もバンバンあったんですよ。ぶっちゃけ、ワイロですね」という部分。あらゆる時代のあらゆる団体を知っているわけではありませんが、そんなものが存在するなら自分だってほしかった(笑)。……というのは冗談として、いくら何でも「それを貯めて数年で家が建った」はあんまりでしょう。それが本当だとすると、月に数十万円〜数百万円、秘密の謝礼がもらえたということになるわけですよね。普通に考えても、リアリティーなさすぎです。
 そもそも格闘技ライターで持ち家の人なんて……あ、そういえばあの人は……というのも冗談ですが、まああんまり聞きません。だから当然、「いかに美味しい思いのできる団体に可愛がられるか、がポイント」なんてのも知りません。ま、知らないところでそういう活動に没頭していた人がいたというなら別ですが。
「正直、ひどい試合内容でも褒めまくった記事を書いた」というのも、そんなことばっかりやっていたら干されます(笑)。今と違ってネットも発達しておらず、専門誌の記事が重要な情報源だった時代があったことは確かですが、それでも誌面で褒めてもらうためにそこまでの金をかけていたら、間違いなく経費倒れでしょう。
 引用部分より後には同じライター氏が「仕事依頼がほとんどなくなって、今では妻の収入がないと食えない状態。それでも、大好きな格闘技をいくらでも無料観戦できるんで、記者は辞めたくない」と発言していますが、これも捏造と断言して構わないと思います。
 そもそも、格通繁栄期(これがどの時期なのかも、微妙っちゃ微妙ですが)にデビューして凄まじく稼いでいたライターだったらある程度の知名度も得ているはずで、それぐらいの立場の人が食えなくなって困っているなんて噂も聞きませんしね。
 それに、それだけ食えなくなっているのに「無料観戦できるから」という理由でしがみついている人も、少なくとも自分の知っている限りでは見たことありません。もしいたら、「悪いこと言わないから別の仕事を探せよ」とアドバイスすることでしょう。
 発言部分の後、「最近では、編集者も社員ではなくアルバイト採用された者が多いと聞く」というのも、誰から聞いたんだか。編集部には昔も今もアルバイトはいて、そこから編集記者になっていくのが伝統みたいな部分はありますが、どの雑誌も基本は社員採用された編集社が作っています。現在でも。
 まあこれだけデタラメな内容を堂々と署名入りで書ける小田美代さんという記者自体、実在しないんだろうと思うので、こんなに目くじら立てる必要もないんでしょうが…。あんまり面白かったんで、ツッコませていただきました。「ちゃんと実在します! 本物の格闘技ライターに取材しました!」と小田さんが反論してくださるなら、それはそれで歓迎ですが。そうなったら、どのライターが言ってたのかこっそりでいいから教えてください(笑)。
 というわけでファンの皆さんも、こんなデタラメ記事を読んで真に受けてはいけません。というか、書くなら書くでもうちょっともっともらしいやり方はできなかったのかなあ、とか思ったりして。
 最後に噂の真偽ですが、自分は内部の人間じゃないので知りませ〜ん。自分は自分の仕事しよっと。

posted by solitario |04:41 | 格闘技ライターとは | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年08月20日

他人を批判するならば。

 普段、「単なる批判」めいたことは極力書かないようにしているんですが、ちょっとあまりにも気になったことがあるので特別に書いてみたいと思います。それは、記者自身の業界批判について。

 まずは8月14日の「ターザンカフェ」より、元週刊プロレス/格闘技通信編集長、ターザン山本!氏のコラム、「企業スポンサーがいなくなってしまったのか、K-1のGP大会・・・」より。

「結局、格闘技団体も格闘技マスコミも、どうすれば格闘技の魅力を世の中に伝えていけばいいのか? その戦略がない。まあ、やっている人間に哲学がないので仕方ないか」

 次に、今月上旬に発売された「ゴング格闘技PLUS」の中の緊急座談会「青木VSシャオリンは是か非か!?」の中の発言。

「プレスルームでは、あの試合の見方、あるいは疑問点を伝えようとすることを放棄しているような感じがしたんですよ。『分からないから面白くない』っていう空気が蔓延していたというか。今回『是か非か』がテーマなら、僕はそれこそが『非』だと思います。『分からないから面白くない』の言葉で片付けられてしまう格闘技って、大丈夫なのかなと思います」(中村拓己氏)

「『とにかく寝技に行きなさい』っていう求められ方──メディアに答えが全てあるっていう伝え方が多くないですか。その答えまでのやり取りの面白さを伝える状況じゃなくなっている。メディア自身がそういう世間を作り上げた」(高島学氏)

 それぞれの文章・発言が言わんとしていることは、もちろん分かります。ただ、それにしても、「格闘技マスコミ」「プレスルーム」「メディア」「世間」……。他人を批判したいにしては、その対象がぼんやりしすぎです。何かを論じたいにしては、あまりにも大掴みの「ムード」で語りすぎでは?と思います。
 こんな自分でも、以前には部下を指導していた時期があって(我ながらかなり厳しい指導だったんですが・笑)、その時に気付かされて、肝に銘じていたことがあります。それは、

「何となくいいよね」はいいけど、「何となくダメ」は言ってはいけない。

 ということ。誉めるとき、いい評価をするときには「理由は分からないけど、何となく」とか「うまく表現できないけど、全体のムードが」とかが存在しても構わないんですが(もちろん、いつもそれではダメですが)、批判するとき、悪い評価を下すときには、それでは言われる方は困ってしまいます。言う側は「困らせる」ことが目的ではないでしょうから、これではわざわざ労力を使って、誌面なりスペースなりを使って発言している意味がなくなってしまうと思うのです。
 特に後者の座談会の主旨は、それこそ「伝える側がムードに流されてはダメ。見方の多様性、細かいポイントもしっかり伝えていくようにしなければ」ということだと思うんですが、ならば余計に、ムードに流れかねない言葉遣いには注意すべきでしょう。
 以前、「桜庭和志VSケスタティス・スミルノヴァス」戦でストップのタイミングが議論されたとき、「桜庭が殴られていたとき、プレスルームでは笑いが起こってたらしい」と書かれていたのをどこかで見たことがあります。その時、自分はプレスルームにいましたが、自分もその周囲にいた人間の誰も笑ってはいませんでした。誰か、笑っていた人がいたのかもしれませんが、「プレスルームでは」という言い方は、「記者がみんなそうだった」というイメージを言外に植え付けます。
 今回の「青木VSシャオリン」戦の時は、自分はプレスルームにはいませんでしたが、何十人という記者の全員がいる中で「という空気が蔓延」ではちょっと乱暴すぎるのではないか、と。もちろん、名指しにしてつるし上げろというわけではありませんが、上にも述べたとおり、批判するならその対象はしっかり定めなければ意味をなさなくなると思います。
 座談会の話ばかりになってしまいましたが、山本さんの方に関しては、それこそ何に目を通して発言しているのか、と。記者でもない一般の人を引き連れての観戦で、「哲学」を云々されても困ります。それこそターザン体制の「週刊プロレス」の愛読者だった自分としては、山本さん自身にその見本を見せてほしいと、切に思います。

posted by solitario |05:51 | 格闘技ライターとは | コメント(3) | トラックバック(0)
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2006年07月26日

格闘技ライターになるには? 第1回

 いつも多くの方にご覧いただき、本当にありがとうございます。ところで、ここを見てくださっている方で「格闘技ライターになりたい!」「格闘技マスコミに入りたい!」と思っている方というのはいるのでしょうか? 今回から不定期で、そんな方のために「格闘技ライターの実態」をお届けしたいと思います。ただし、おそらく無益な情報の方が多いかと思いますので、あらかじめご了解を。
 まずは、「どうしたら格闘技ライターになれるのか」。まあライターといってもいろいろあるんですが、おそらく今いるライターの中で多いパターンは以下のようなものではないでしょうか。
1 雑誌等の編集部・編プロからバイト・社員を経て、独立する。
2 先輩ライターに弟子入りして修行し、独り立ちする。
3 ライター養成学校などに通い、その縁で編集部などを紹介される。
 ちなみに自分は微妙な感じですが、最も近いのは1になります。微妙というのは、自分は会社員の間は雑誌には全く関わっておらず、今のような「ライター」とか「記者」とか呼べる活動もほとんどしていませんでした。実はフリー転向後しばらくは、「オレはライターではない!」と頑なに言ったりもしていたのですが…今の活動はほとんどが「ライター」そのもの(笑)。ただまあ、雑誌をたくさん出している出版社の社員だったから、今のような活動ができていることは確かです。
 2番のような例も、そこそこ見かけます。ライターも軌道に乗ってくると忙しくなってきたりして、調べ物をしたり会見や取材が重なったときに行ってくれるような存在が必要になってきます。そこでライター志望の若者に手伝ってもらって、仕事がそのまま指導になり、成長したところで独立、というパターンです。のれん分けと言ってもいいかもしれません。ただ、世の中ののれん分けで起こりがちなように、独立に当たってトラブルが起こることもたまーにあります(笑)。
 3番は一見、近道のようにも見えますが、実際には学校を出てから編集部にバイトで入り、修行…という、1と3の混合パターンも多いようです。自分はそういう学校がどんなことを教えてくれるのか知りませんが、他の職種と同様、やはり学校は学校、現場は現場。学校を出たから即戦力、というわけにはいかないようです。
 では、ライターになりたかったら、実際にどういう行動を取ればいいのでしょう。まず第一は、編集部や編プロにバイトとして入る。誌面等で募集していれば応募すればいいし、していなくても問い合わせてみれば、タイミングよく…ということもあり得ます。また、とりあえず履歴書を送らせておいて、欠員が出たときなどにまとめて見返す、というところも多いようです。
 上記2番のようなパターンは、知人の紹介などによる場合が多いようですが、まれにライターのホームページなどから直接メール等でコンタクトして採用された、という人の話も聞きます。このあたりもタイミングは大きいでしょうね。以前なら、雑誌編集部に「気付」で手紙を出す、というパターンだったでしょう。それに比べたら、やりやすい世の中になったと思います。
 3番は、説明は必要ないでしょうね。全日制の学校だけでなく、カルチャースクールのようなところや、集中講座のような形でも開講されていたりしますから、調べてみるとよいと思います。
 では、このようなパターンを経れば誰でもライターになれるのでしょうか? もちろん、残念ながらそうではありません。次は(いつか分かりませんが)、「ライターになるためには何が必要か」を考えてみたいと思います。

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posted by solitario |22:17 | 格闘技ライターとは | コメント(5) | トラックバック(0)
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