2008年03月10日

エディ・アルバレス選手、DREAM参戦!

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 いよいよ今週末に迫ったDREAMさいたま大会ですが、個人的に注目したいのはアンドレ・ジダ選手と対戦するエディ・アルバレス選手です。
 アルバレス選手の試合を初めて生で見たのは一昨年の8月、MARS両国国技館大会でした。GRABAKAジムの小池秀信選手と対戦したアルバレス選手の猛烈な勝ちっぷりといったら、今でも鮮明に印象に残っています。最後はパウンドを効かされてうずくまった小池選手にジャンプしてのパウンドを何度も落としてのKO勝利。本当に、「鮮烈」という言葉がピッタリの初来日でした。
 試合の翌日には、インタビューもしました。この頃は契約していたMFCという団体がボードッグとの提携によって生まれ変わろうかという時期で、彼が「MFCはいい扱いをしてくれているけど、いずれはもっといい契約を勝ち取って、パーマネントなファイターになりたい」と語っていたのが印象的でした。この時点で彼は8戦全勝、しかもオール一本勝ち。それでも格闘技一本で食べていくことはできないのかと、少し驚いたのを覚えています。
 次に彼と会ったのは昨年2月、ボードッグ・コスタリカ大会の取材でのことでした。練習を終えた彼に声をかけると、「ああ、あの時のジャパニーズか! もちろん覚えてるよ!」と明るく対応してくれました。その後、ホテルのプールサイドで撮らせてもらったのがこの写真です。前年の来日時には奥さんとだけ来ていたアルバレス選手は「早くアメリカに帰って、預けてきた1歳の息子と会いたい!」と言っていたものですが、コスタリカにはその愛息も一緒に3人で来ていたのでした。
 その次は同年4月、ボードッグ・ロシア大会。この時も家族揃って来ていましたが、アルバレス選手はボードッグ・ウェルター級タイトルマッチでニック・トンプソン選手に初の敗北を喫し、タイトルも失ってしまいました。確かその頃にブログにも書いたと思うのですが、大会前に会場で駆け回る愛息の様子を見ていたので余計に複雑な心境でした。後にボードッグのオフィシャルカメラマンが撮った写真を見ると、リングサイドで子供を抱いたまま夫の敗北に泣きじゃくる奥さんの姿がありました。
 この頃、もともと体格的にはウェルター級(約77kg)は厳しいのではと言われ続けていたアルバレス選手は、いよいよライト級(約70kg)転向をすすめられたようです。実際、トンプソン選手も試合後、アルバレス選手本人に「70kgの方がいいんじゃないの?」と言っていたとのこと。しかし、アルバレス選手は頑として階級を落とすことを拒否していました。
 3ヵ月後の7月、ボードッグのニュージャージー大会が、彼を生で見た(今のところ)最後の試合です。この復帰戦も、格下のマット・リー選手を攻めきれず、判定勝ちということで彼の本領発揮とはいきませんでした。その後、トンプソン選手のタイトルに挑戦という話もありましたが流れ、今年1月にはエリートXCのチャレンジ・イベントとも言うべき「ショーXC」に出場、約1年ぶりにKO勝ちを決めています。
 そして、今回のDREAM参戦というわけです。しかも、彼にとって初のライト級(70kg)。相手のジダ選手もパンチャーとして知られるだけに、試合は壮絶な殴り合いとなることでしょう。自分としてはアルバレス選手が、以前に見たような爆発的な勝利を挙げてくれることを期待したいと思っています。




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2008年01月13日

三崎和雄選手とは? 3(完結編)

 1日空きましたが、三崎選手について、最後は彼のことを取材した経験から、その人となりについて書くことで完結編としたいと思います。
 秋山成勲戦後のマイクからも分かることではあるんですが、彼の印象を本当に簡単に言ってしまうなら、「熱く、まっすぐ」な人。その熱さと、まっすぐさは、本当に「強くなる」「勝つ」ということに向かっています。
 以前、彼がGRABAKA入りする前に仲間と練習していたという「香取道場」を取材で尋ねたことがあります。民家の敷地内に建てられた柔道場なんですが、今でも三崎選手は、試合前には一度そこで練習し、仲間からパワーをもらうということでした。仲間たちの話からでも、彼の熱さは非常に伝わってきました。
 また、こんなエピソードがあります。以前、格闘技記者として三崎選手のことも何度も取材していた方(仮にAさんとします)が、退職して別の職種に転身することになりました。そこで、ある大会の休憩中に三崎選手を見かけたAさんが挨拶をすると、三崎選手は驚きつつも、「職種が変わるからといって自分とAさんのつながりがなくなるわけじゃないし、Aさんもやりたいことがあってそちらに進むのなら、一生懸命やればいいじゃないですか」ということを、本当に熱く語っていました。その話は、休憩時間にも収まらなくなるほどでした。
 その一方で、かつて「格闘技通信」の企画で近藤有己選手と対談していただいた際には、2人ともサーフィンが趣味ということで、「リング上で2人並んでサーフィン・ポーズで」というこちらのふざけた依頼にもイヤな顔一つせず(近藤選手も)ノリノリでやってくれたという一面もありました。
 秋山戦の勝利で一躍注目を浴び、3月には「戦極」出場も決まった三崎選手。これを機に、彼のパーソナリティのこうしたいろんな側面が、もっとファンの目に触れるようになればいいと思います。とりあえず、次の試合も注目ですね。



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2008年01月11日

三崎和雄選手とは? 2

 昨日に続いて三崎選手のことを。彼のプロデビューは2001年、パンクラスのリングで、いきなりその年のネオブラッド・トーナメントを制覇しました。当時はパンクラス東京・横浜道場(合体してismになる前)とGRABAKAの対抗戦が盛り上がっている頃で、そこに投入された三崎選手はまさに「秘密兵器」といった感じでした。
 いきなり快進撃を見せた三崎選手でしたが、実は外国人選手相手にはもう一つ突き抜けられなかったのも事実です。デビューした年の年末にはクリス・ライトル選手に敗れて連勝は5でストップ。そして印象深いのが、翌年3月のネイサン・マーコート戦です。当時ミドル級王座は手放していたマーコート選手ですが、三崎選手にとっては大一番。一気に強豪越えが期待されていました。またその頃、放送されていた「格闘Xパンクラス」という番組では女子高生ナビゲーターが三崎選手に「一目惚れ」。手作り弁当まで持参して必勝を祈るというサイドストーリーもありました。
 しかしその試合で三崎選手は、開始直後にマーコート選手に投げられ、着地の際にヒジを脱臼。ドクターストップ負けとなり、半年の欠場を余儀なくされるという事態となりました。
 その後も、ヒカルド・アルメイダ選手やジェイク・シールズ選手といった強豪たちを相手に善戦はしたものの、勝ち星は挙げられず(アルメイダ選手には判定負け、シールズ選手とはドロー)。04年のPRIDE武士道初登場ではジョルジ・パチーユ・マカコ選手に判定勝ちして評価を上げますが、同年11月のマーコート選手との再戦(ミドル級王座決定戦)ではまた黒星。結局、パンクラスではベルトに手が届かないままに終わりました。
 05年からは本格的にPRIDE参戦し、06年のウェルター級GP優勝へとつながっていくわけですが、その裏にはパンクラス時代、海外の強豪たちに必死にぶつかっていった「苦闘の歴史」がありました。そうした一連の闘いを見てきただけに、よけいに今回の彼の活躍は感慨深いものがあります。




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2008年01月10日

三崎和雄選手とは? 1

 もう一つのブログ「ソリタリオの格闘技PRESS!」の方に昨日、書いたんですが、あの大晦日の一戦以来、三崎和雄選手に大きな注目が集まっています。中には「格闘技界の内藤大助選手」という表現もあって驚いたりしますが、実際に今の騒がれ方を見ると、本当は三崎選手がどのような人で、どのような経歴を辿ってきたのか、よく知らない人が多いんだろうなあと思います。
 その最たる例が、あの「日本人は強いんだよ」発言。いくつかのサイトでも書かれていますが、これは三崎選手が強豪に勝利したときには、必ずと言っていいほど聞かれていた言葉でした。これまでにインタビューでも、何度となく「日本の若者たちに、自分の国に自信を持ってもらえるような闘いを見せたい」「日本人でも世界に通用する、負けないということを証明したい」ということを直接、聞いてきました。
 秋山選手のこれまでの経緯、それから世の中のモロモロを考えるに、「あの場」での「あの発言」が物議を醸すことは想像がつきます。「控えるべきだった」という意見も多々見られますが、あの勝利の後、極度の興奮状態でその判断はちょっと酷というもので、いつも言ってたことが口をついて出たというのが実際のところだろうと思います。
 まあ実際、これまでにダン・ヘンダーソン選手、デニス・カーン選手といった「世界レベル」の強豪に勝利し、その実力は証明していますからね。もちろん、その過程には黒星もありますが、PRIDEウェルター級GPでの大逆転優勝といい、今回の勝利といい、本当に“ここ一番”で何かをやってのける力の持ち主であることは確かだと思います。
 というわけで、次回は三崎選手のパンクラス時代の戦績、印象について書いてみたいと思います。




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2007年12月11日

セーム・シュルト選手のこと

 K-1前人未踏の3連覇を果たしたセーム・シュルト選手。思えば、この選手を初めて見たのはもう11年前になります。
 96年5月のパンクラス・日本武道館大会。バス・ルッテンVSフランク・シャムロックの王座統一戦(シャムロック選手が暫定王者だった)がメインのこの大会で、パンクラス初参戦のシュルト選手は山田学選手と対戦。スリーパーで勝利しています。これ以前に空手の大道塾で優勝していますが、それは見ていなかったので、この時が自分は初めてでした。
 その時の印象は、月並みですが「でけー!」。ただ、プロレスラーの2メートル越えの選手と違って体型・バランスも整っているし、顔も小さいのがちょっとした驚きでした。ちなみにこの大会には、もう一人オーガスト・スミスルというヨーロッパの巨漢プロレスラーも参戦していましたが、こちらは船木誠勝選手に秒殺されて、それっきりでした。
 以後、シュルト選手はパンクラスに参戦を重ね、後楽園ホールで近藤有己選手に敗れたり、外・メッツァー選手と好勝負をしたり(負けましたが)、博多でまた近藤選手に負けたり、長谷川悟史選手(故人)に負けたり船木選手に負けたり勝ったり近藤選手にタイトルマッチで負けたり美濃輪育久選手に勝ったりした末に、99年末、大阪でついに近藤選手に初勝利してパンクラスのベルトを巻きました。
 パンクラスへの参戦は、この翌年、2000年まで。2001年にはUFCやPRIDEに参戦しますが、この頃はまだベルトは持ったままでした。しかし、PRIDEでは最初に日本人に3タテしたことより、その後エメリヤーエンコ・ヒョードル選手、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ選手、セルゲイ・ハリトーノフ選手に敗れた試合の方が印象に残っているという…。特に、ハリトーノフ戦のやられっぷりはPRIDE史上に残るシーンとなってしまいました。
 2002年~2004年はK-1とPRIDEをかけもちという感じでしたが、やはりハリトーノフ戦のショックが大きかったか、K-1に専念するようになりました。空手出身ということもありますが、やはり立ち技では体格のアドバンテージが最大限に生かされ、強いのなんの。でもそれでも、3連覇という偉業を達成するまでになるとは、という感じですが…。
 単独インタビューをしたことはないんですが、会見や囲み取材、プロレスカードの撮影(!)などで接した限りでは、普通の陽気なオニイチャンという印象。K-1の一夜明けではヒョードル選手との再戦を希望したりもしたようですが、個人的にはK-1に専念してほしいような…。ま、彼の天下がどこまで続くのか、彼を王座から引きずり落とすのが誰なのか、見守りたいと思います。



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2007年12月04日

青木真也選手のこと

 昨日の長谷川秀彦選手に続いて、「やれんのか!」出場選手シリーズ第2弾ということで、今日は青木真也選手のことを。実は青木選手についても、かなーり早い段階で取材していたりします(このへん、昨日からちょっと自慢入ってますが、普段あんまりこういう自慢はしないので笑って見逃してください)。
 最初に彼のことを認識したのは2004年の全日本サンボ選手権でした。早稲田大学柔道部に所属していた彼はこの大会で、82kg級優勝という実績を残します。大会後のコメントでは「サンボらしい技で勝ちたいと思っていた」と言っていたのが印象的で、実際、トーナメントでは言葉通りに鮮やかな腕十字を極めていたりしました(ちなみにこの年は、他の階級で石毛大蔵選手、三浦広光選手が優勝、「サンボ→総合」の当たり年でした)。
 彼はその翌週には、全日本ブラジリアン柔術選手権でも優勝。彼を見るために、初めて全日本柔術選手権を取材に行ったのを覚えています。
 実はDEEPにはその前年にclubDEEPでのトーナメントに出場していますが、実質的な総合プロデビュー戦はDEEPウェルター級王座決定トーナメントだったと言っていいでしょう。大抜擢でしたが、佐伯代表としては自信を持っての抜擢。その証拠に1回戦は池本誠知選手を腕十字で下してみせました。
 彼への初インタビューはこの池本戦の後におこなっています。「小学生の時にバーリトゥード・ジャパンを見て中井祐樹さんの試合に感動した」という発言に、激しいジェネレーション・ギャップを感じたりして(笑)。また、この時の原稿を見返すと、「所英男選手とリングス・ルールで闘いたい」という発言があったりしてビックリします。
 その後、修斗やPRIDEに参戦するようになってからはインタビューの機会は逆にほとんどなくなってしまったのですが、04年当時、「青木真也は来る!」と言い続けていた自分としては彼の活躍の場がどんどん大きくなっていったのはうれしい限りでした。
 大晦日のJ.Z.カルバン戦は、HERO'S王者との、まさに一大決戦。世界に通用するサブミッションを、久々に見せつけてほしいと思います。



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2007年12月03日

「やれんのか!」出場、長谷川秀彦選手のこと。

 自分がやっている2つのブログでもときどき長谷川秀彦選手のことを書いていますが、「やれんのか!」で桜井“マッハ”速人選手との対戦が決まったので、改めて書いてみたいと思います。
 今年2月にDEEPウェルター級王者となりましたが、出場の話もうっすらあったというPRIDEライト級GPは延期されたまま結局、開催されず。PRIDEへの出場は叶わなかったので、待望の大舞台ということになります。
 自分、何でたびたび長谷川選手のことを書いているかというと、けっこうな頻度で街で出くわす(笑)ということもあるんですが、この選手のことを初めてインタビューした記者が自分だったりすることもありまして。それが2003年4月頃のことだったので、もうわりと長い付き合いになります。
 その時はDEMOLITIONを中心に出場していた彼をなぜ取り上げたかというと、総合3試合連続で鮮やかな腕十字による勝利を目の当たりにして注目していたところに、同年5月の岡見勇信戦が決まったからでした。
 で、どうにか彼のことを分かりやすく伝えたいと思い、秋葉原に「十字屋」という模型店があるのを発見。その看板の前で(こっそり・笑)撮影し、「十字屋・長谷川秀彦」という形で紹介したのでした。
 その時のインタビューは今でもかなり印象に残っているんですが、その中でも覚えているのが「PRIDEなんかでも僕らぐらいの階級を作ってくれれば、いい試合をする自信はあるんですけどね」という言葉。まあ彼の言葉は常に自信満々なんですが(笑)、その当時はまだ夢物語に近かった「PRIDEの中軽量級」、正直その言葉を聞いた時点では「その階級が設立されるのは難しいんじゃないかなあ」と思っていました。それが武士道で本格化し、形は変わりましたがこうして大舞台進出が現実になるんだから、世の中分からないもの…というより、やはり彼が努力し続けたことが報われた、ということでしょう。
 ちなみにその記事で煽った岡見戦は、長谷川選手の判定負けでプロ総合デビュー以来、初黒星となりました。岡見選手のその後の躍進は、ご存じのとおりです。しかしそれ以上に問題なのは、「十字屋」として紹介した長谷川選手が、それ以来今に至るまで一度も、十字で勝っていないこと!(笑) あ、ちなみにこのことは、10月のキム・ドンヒョン戦の前に携帯サイト「格闘王国」のコラムでも書いたんでした。
 なのでぜひ、今度のマッハ戦では久々の十字を見せてほしいなと思ったりしているんですが。
 彼のテーマ曲のことは以前に書きました。なかなかたっぷり聞くことのできない「INNERVISION」ですが、今度のさいたまではヘタするとフルコーラスに近いぐらい聞けるかもしれません。会場で、どんな曲か確認してみてください。長谷川選手については他にも小ネタがたくさんあって、それこそ書ききれないぐらい。大会前に一度、どこかで取材してみたいとは思っているのですが。
 とにかく、マッハ戦は彼のこれまでのキャリアの中でも最大と言っていい晴れ舞台でしょう。どんな闘いを見せてくれるのか、楽しみにしています。



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2007年01月30日

ある選手のこと…

 もう一つ、ディファでのネタで。
 この日、12月のタイ取材で知り合った選手が、3回戦に出場していました。体格で上回る相手によく食らいついてヒザ蹴りを連打し、判定勝利でした。これで彼は5戦4勝1分(1KO)。大会後、通路で会ったので挨拶しました。
 勝利おめでとう、と告げ、普通に「次も頑張って」と言うと、彼から返ってきた言葉は「僕はこれで引退なんです」でした。
 驚いて聞くと、就職で住む場所も離れてしまうため、断念したとのこと。「就職してもやれるよ、って言ってくれる人もいるんですけど、そういうジムじゃないんで」と笑っていました。花束を持っていた彼の表情は明るいものでした。
 まだ3回戦の選手ですし、タイで一緒になっていなければ、おそらくこんな会話を交わすこともなかったと思います。前にも書きましたが、格闘家にはこのようにしてひっそりやめていく選手が多くいます。続けていれば5回戦進出も確実だったでしょうが、これが今の、彼の決断でした。
 無敗のままやめていくのは、かっこいいような、もったいないような。ですがとりあえず、厳しい練習を乗り越えてリングに上がったことが今後の彼の人生にプラスになればいいと思います。T選手、おつかれさまでした!

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2006年10月13日

秋山成勲選手の入場に思う

 気がついたら今日も15分しか残っていません。予告していた修斗の勝敗予想は15分ではさすがに書けないので、日付をまたいで書こうと思います。いや、必ず書きます。
 で、しつこくHERO'Sネタで。みごとライトヘビー級トーナメントを制した秋山選手ですが、彼の入場はとても特徴的です。といっても、ドラゴ選手とかみたいに踊りながら入ってくるわけではありません。まあ、皆さんご存知だと思いますが、セコンド陣とともにズラリと横に並ぶと、まず正座して一礼。これは柔道から来たものでしょう。その後、彼は両側のセコンドとガチッ!と手を握ると、3人で並んで手をつないだまま花道を歩いてきます。曲は、サラ・ブライトマンの歌う「Time to Say Good-bye」。
 正座で一礼はともかく、問題はこの「手をつないで花道を歩く」という行為です。ある時、客席でみていたら近くにいた若い女性が「ちょっとキモい…」と笑っていました。いきなり見たら、奇異な感じに見えるかもしれません。実際自分も、最初は違和感を感じたものです。
 その認識が変わったのは、『格闘技通信』で「セコンド道」という特集を企画し、いろいろな選手や関係者にセコンドの役割や重要性、極意を聞いて回った時でした。ある選手は、こう言いました。
「セコンドがいてくれないと、自分の試合が来るまでに気が狂ってしまうかもしれません。●●や●●(彼のチームメイト)が側にいて馬鹿なことを言ったりして、和ませてくれるから試合に臨めるんです」
 選手にとって、セコンドというのはそれほど大事なものなのです(もちろんせんしゅによって個人差はあるでしょうが)。その試合に向けて、一緒に練習してきた仲間やトレーナーならなおさらでしょう。彼らがいてくれるからこそ、緊張や不安に打ち勝ってリングに臨める。闘いに赴くことができる。
 そうした選手の気持ちを知ると、あのシーンの意味が分かってきませんか? やや勢いをつけて、ガチッ!と手をつなぐ重要性が伝わってきませんか? 次に秋山選手の試合を見る機会があったら(おそらく大晦日でしょうが)、ぜひ、そのことを意識して入場シーンに注目してみてください。きっと、何かが伝わってくると思います。

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2006年09月22日

唐突ですが、魔裟斗選手のこと

 今日から急に出張に行くことになりました。といっても、大阪~名古屋で一泊だけなのでそんなにたいそうなもんでもないんですが。
 で、ちょっとリクエストがあって、魔裟斗選手のことを書くことにします。
 今年7月のMAX決勝大会で途中敗退して以後、よく「魔裟斗選手がこのまま引退するのではないか」という話になります。記者の中でそういう風に言う人もいるし、全然、業界と関係ない人から「やめるんじゃないですか?」と聞かれることもあります。
 自分は、恥ずかしながら魔裟斗選手を取材させてもらったことは一度しかなく、それももう3年ぐらい前の話で、親交があったりするわけでも何でもありません。ただ、そういうこととは一切関係なく、上記のような話になったら、一貫して「やめないでしょ、まだ」とあっさり言い切っています。少なくとも自分は、そう確信しています。
 理由は、このままやめたらカッコ悪いと、本人が思うだろうから。あ、もちろん推測ですよ。
 魔裟斗選手の周りには、結構前から「引退」の文字がつきまとっています。それは、本人が遠からぬ将来の引退を示唆する発言をしたことがあったこと、そして芸能活動などを並行して展開しているため、「それほど格闘技に執着がないのでは?」というイメージがあること、などが理由としてあると思います。
 そもそも、彼が引退を口にしたのは、初の王座を獲得した後に「あと2回優勝したら引退する」という主旨のものでした。つまり、一番いいときにやめる、ということです。これは、いろんな選手が理想としながら、なかなかできないこと。本人の思うピークと周りの思うピークが違ったり、いざ頂点に立ってみたらいろんなしがらみでやめるわけにいかなくなっていたり、肉体・精神的なピーク時にいろんな事情で結果がついてこなかったりと、その背景は様々ですが、とにかく難しい。魔裟斗選手はそれを実現させたいと思っているわけです。
 そう考えると、「優勝できなかったからやめるのでは」という憶測は、それとは対極にあることが分かります。MAXというジャンルを一人で作り上げたと言っても過言ではない魔裟斗選手の立場は、もはや当たり前に優勝を期待されるところまで来ています。そして、本人も「優勝はできなかったけど満足できた」などという低いところには、自分のハードルを設定してはいないはずです。そういう選手だと思います。
 もう一点の印象。確かに魔裟斗選手はテレビに各種イベントにと引っ張りだこで、もしかしたらそちらの印象の方が強い、という人もいるかもしれません。実際、本人のこれまでの発言からも「生涯現役」というタイプの人でないことは明らかですが、それを「執着が少ない」と思うのは早計というもの。「今、自分がやっている」格闘技に対しては誰よりも執着し、ものすごく真摯に向かい合っているはずです。だからこそ、あれだけ練習に打ち込み、世界の第一線で闘っていけているのだと思います。
 世界王者決定トーナメントには、今やベスト8に3人もの日本人選手がエントリーするまでになりましたが、やはり魔裟斗選手は別格。彼の頭には今でも、「優勝→ベストの状態で引退」ということしかないはずです。そして、魔裟斗選手ならそれができるはず。だからやっぱり自分は、「やめないでしょ、まだ」とあっさり言い切るのです。

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