2009年06月29日
先週発売の週刊文春。
阿川佐和子さんの「この人に聞きたい」に登場したのは、憑き物が落ちた?清原和博さんだった。
引退後の精神状態や、FAでの一件、仰木さんとの事など興味のあることを話しているが、対談終盤に話題はあのドラフトのことにも触れている。
その発言を引用してみる。
「ほんとにデリケートな問題ですから、お互いに墓場まで持っていくことになるかなあと思っているのですけどね。ただ、もし※(巨人の桑田指名を本人が)知っていたんなら、言えなかったんでしょうけれども、言ってほしかったし。知らなかったら知らなかったで・・・・・・ま、桑田は何も言いませんから・・・・・・そこは僕もうーん、ちょっと思うところがありますね。今、どうして早稲田なのかとも思いますし」
「でも『本当は早稲田大学へ行きたかったんだよ』って、あの一件を消そうとしているのかとも思いますね」
「桑田の一件で、僕たちのPL学園の後輩の野球部員は早稲田大学どころか六大学にも入れなくなってるんです。あのときまでは引っ張りだこで、PLに入ること=いい大学に行けて、いいとこに就職できることだったのにそのラインが消えてしまった」
「僕であれば結果的に後輩たちの進路を断ってしまった責任を感じますから、なぜ桑田が早稲田に入ったのかなって疑問は残るんです。ホントに勉強したいんであれば、あえて早稲田選ばずに違う大学でも良かったんじゃないのかなっていう気はしますね」
※( )内は加筆。
清原さんの引退前に、すでに現役生活を終えていた桑田さんが、練習相手になるべくトレーニングを続けていると、マスコミが飛びつきそうな美談を演じた。そのシーンだけを見ると、スポーツマンの清清しさだけがクローズアップされていたようだった。そして、行きたくてしょうがなかったが、あの一件で行けなくなってしまった憧れの早稲田大学大学院に入学した。
とっくに桑田さんに対してわだかまりはなくなったと思っていた清原さんが、一方ではこんな感情を持っていたとは驚きだった。
あのドラフトでの一件。
どうしても本人の口から真相を知りたい。
憧れの大学に入学して喜色満面の表情の裏で、後輩野球部員の進路の選択肢を一部奪ってしまった事に対して桑田さんの気持ちを聞きたい。
清原さんは、勉強したいのなら別に早稲田ではなくともと言う。私も同感だ。もし、抑えることの出来ない憧れが未だにあるのなら、こっそりと入学すればいいことだ。その後輩たちに申し訳がないと思うのなら、だ。
あの誇らしげな表情を見ると、そんな感情などないのだろう。
大学院での勉強も一年で終わるという。
今後は、いろんなケースで彼のコメントを聞く事になるのだろう。長嶋一茂さんの様な文化人気取りのコメンテーターとして活躍する場もあるだろう。
でも、この一件を放っておいたままでは、そのコメントにはうそがあると思ってしまう。
posted by sohsyu |08:15 |
プロ野球 |
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2009年06月23日
レッドソックス・松坂のDL入り。
故障の具合も気になるのだが、これがきっかけにWBC問題が再燃しそうなのが怖い。メジャーの、特に日本選手の相次ぐ故障や不調をこれのせいにするはっきりとした根拠はないが、そう言われても仕方がない現状。
MLBもこの大会の重要性は認識しているだろうから、中止などと言う判断はしないだろう。しかし、現場の立場からすれば、自チームの選手がこうなる事を誰も望まない。そうなるとあっちとこっちで大きな対立が生まれてきそうな気配がしてならない。
この大会の意義は誰もが認めるところ・・・・いや、それは日本だけかもしれないが、大会がなくなる事だけは絶対に避けてもらいたい。
となると、問題は開催時期なのか・・・・・。
一説には11月開催がベストだと言う。時期だけ言えばそうなのだが、この代表チームに選ばれた選手、特にMLBの選手の中には、ポストシーズンで精も根も尽き果てた選手も居るだろう。
そうなると、死力を尽くした戦いはもとより、参加することさえ拒否する選手も出て来るだろう。
日本だって、CSから日本シリーズ、そしてアジアシリーズ(今年開催されるかどうかは未定だが)と続いた後にこの大会があるとなると、いくら国を背負って戦うと言っても、そう簡単にモチベーションは上がるまい。
無理を承知で言わせて貰うなら、7月をその期間に当てて開催すれば、シーズンに与える影響も少ないのではないか。もちろんペナントレースを中断、もしくは縮小して。
暖機運転もままならないままに、いきなりトップスピードへ入れるリスクよりも、慣らし運転も充分済んだ後のこの時期なら、幾分リスクも回避できるのではないだろうか。その国の野球ファンがすべて注目する大会になればの事だが。
しかし、この2回の3月開催も熟慮を重ねて出た日程のはずだ。
この時期の開催をベストだとは思わないが、不満を持っているわけでもない。しかし、故障や不調がWBCを理由にされると今後の開催も危うくなってしまう。
いちWBCファンとして見守るしかないこの問題。
サッカーのW杯並みの権威を持つまでにはもう少し時間がかかると言う事か・・・・・。
posted by sohsyu |09:01 |
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2009年06月12日
ROOKIES-卒業-
興行収入ダントツのトップ。
この映画のブログのレビューを見てみると、その多くが大絶賛の嵐。しかし、YAHOO映画には☆一つしか与えていないレビューも目立つ。賛否が激しいということか。
お酒も異性も映画も嗜好品だ。
私が嫌いでも他の人の感想までとやかく言うつもりはない。
しかし、あそこで☆五つをつけている人は、どこまで高校野球の良さを知っているのだろう。テレビ受けするイケメンたちばかりではない高校野球の良さを。
そう言うと、多くの人は夏の甲子園での戦いを言うだろう。しかし、そこを目指して一生懸命に戦う地方予選の方が私は好きだ。
ばかばかしいほどの設備と選手層の厚さの違いに挑むチーム。木っ端微塵に敗退することもあれば、たまにはそんな弱小チームがそれを食ったりすることもある。その多くは弱小公立校対強大私立校と言う構図だ。
そんな戦いを目の当たりにする醍醐味。
根が捻くれているせいか、こんな事が快感になる。
そして、一番琴線を刺激するシーンが試合後に見られる。エールの交換をするシーンでは、その作法を知っている有力私立校の応援団と、にわか仕立ての部員による応援団しか居ない学校。上手い下手の問題ではない。
試合で精一杯応援した事で枯れた声を出して更に叫ぶ。自分たちの思いも一緒に相手チームに声に乗せて送る。もう二度と来ないこの夏のこの一瞬。
にわか仕立ての応援団は、その作法を知らない。しかし、相手の応援団はそれを温かく見守ってくれている。それは、応援していた相手チームの父兄やOB達も一緒だ。温かい拍手がそれを語っている。
ベンチを出て来る高校球児。
大きなタオルで顔を覆う彼ら。
この日にかけてきた思いはそれぞれ違うが、それを失ってぽっかりと空いた虚を埋める術は、今は誰も知らないし教えてくれない。悔いが残らない球児なんて居ない。しかし、それを流れる涙が流してくれる。間違いなく彼らが生きてきた中で、一番熱い涙だろう。
その涙を、監督からの言葉やチームメイトの表情がまた熱くさせる。
私事で恐縮だが、かつてこの大会で敗れたベンチの中で、小さなドラマがあった。
最後の相手は私立のシード校。コールド負けも充分あり得た試合だったが、結果0-4に終わった。圧倒的な力の差からすると、ひとまず善戦したと言うスコアだろう。
帰り支度で道具を手に持ちながら、下を向いて嗚咽しているチームメイトも居た。しかし、私は冷静だった。いろんな思いが交錯して、涙腺には何の反応もなかったのだが、ここで部長の一言が効いた。
「こんな良い試合をして泣く奴があるか!」
球場の外で、さっきまで戦っていたチームのキャプテンを探す。
何をしたいのか。
同級生が折ってくれた甲子園行きの思いをこめた鶴を渡すため。
それと一緒に、預かったほかのチームの千羽鶴も渡す事もある。甲子園のベンチで見られる千羽鶴。そのチームが戦った、甲子園を目指した同じ高校球児のものだ。
関わりのあった子の試合でこのシーンをカメラに収めようとしても、もういけない。オートフォーカスならば、シャッターを押せばいいことだが、ファインダーすら覗けない。
今年は息子がその舞台に挑む。
夢や奇跡と言う言葉の響きは心地よい。
この映画でもそれはふんだんに出て来る。
しかし、その言葉の美しさの裏にはどんな努力があるのかが描かれていない点が残念でならない。高校球児に品行方正を求める気もないし、たまに起こる不祥事にも目くじらを立てる気もない。まだまだ人として未熟なのだから。フィクションだから、あの髪型もユニフォームの着こなしも許せる。
夢を叶えるために、奇跡を起こすために本物の高校球児がしている努力を描かなければ、ただのイケメン青春ウスッペラミーハー映画でしかない。
あの映画で感動したと言う人。
もっと感動したいのなら、夏の高校野球の地方予選に行ってみてください。あの映画を上回る感動シーンが随所で見られます。
夏の炎天下に、スタンドで何時間も観戦する覚悟があればですが。
試合が終わって、球場から出て来る球児を見れば、彼らの真摯な高校野球に対する思いが分かると思います。
posted by sohsyu |08:27 |
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2009年06月01日
これでもかと言わんばかりにテレビに出まくる「ROOKIES」の面々。テレビ局が積極的にバックアップしている事を考えれば無理も無い。
この映画が5月30日に封切りになった。
ドラマも見ていないし、原作もほとんど読んでいない。
予備知識としては、熱血先生が朽ち果てた野球部を再建して甲子園を目指すと言うストーリーくらいしか持って居ないままに観に行った。
今までの野球映画。
特に邦画の中では名作と呼ばれるものに出会ったことが無い。ここ最近では「キャプテン」や「バッテリー」。そして野球をしていた大学生が主人公の「出口のない海」など。
野球好きからすると、見るに耐えない描写が多くて、そのほとんどは裏切られてきたと言う思いがあった。
そして「ROOKIES」。
ストーリーは単純だ。
熱血新任教師が、暴力事件で出場停止になった野球部を再建して甲子園に出場するまでを描いている。荒くれ者の野球部員たちを、まっすぐな熱血教師が立ち直らせる。
「夢にときめけ。明日にきらめけ」
こんなくさい台詞がよく似合う青春ドラマ。
どんな夢も必ず叶うことを教えてくれる。
まだ観ていないという方は、これから下は見ない方がいいと思います。ネタバレではありませんが・・・・・。
しかし、本当の高校野球を体験したものから言わせて頂くと、あまりにも???が付くシーンが多い。
あんな雨の中。ほとんど水辺のようなグランド。
グローブは雨に濡れ、泥にまみれさせてまでノックを受けるのだろうか。そして、牛革のボールをあんな雨の中で扱えばどうなるかなど、硬球で野球した者なら誰だって分かる。
そしてそのグランド。
グランド整備のトンボなど引かれた様子も無いし、無精ひげのような雑草がすべてを覆っている。とても甲子園に出場した厳しい練習をしたチームのグランドには見えない。
また、彼らが着ているユニフォーム。
取って付けた様な汚れ方。
球場でベンチに居る部長先生。なんと監督と同じユニフォームを着ている。これはあり得ない。この学校の野球部はあの高野連とは違う組織に所属しているからか?
新しく入部した生徒が、何と大学の野球部で練習しているなんて・・・。
地方大会の決勝戦。場所は神宮球場。
始まったのはお昼時なのに、途中のシーンでは夕方になったりするかと思えば、その後のシーンではまた太陽が高い。分かり易く言えば、撮っている時間が違うのだ。それをそのまま繋いでいる。こんな事、映画作りではありえない事ではないか。
記者席のベテラン?アマ野球記者。
まったくクサイ台詞と演技。
その決勝戦で対戦した相手チーム。台詞も演技も無いのだから、野球の実力本意でオーディションをすれば、簡単に野球経験者が集まったのではないか。
高校を出たての経験者が。
このチームのエースのピッチングフォームのショボい事と言ったら・・・・。
最後に出てくる甲子園のシーン。
VFXを駆使して作られたのだろうが、これがまた稚拙。甲子園の外野スタンドがこの主人公たちのバックに映るシーンがある。その甲子園のスタンド。静まり返っている。観客の動きなどまったく無い。静止画でも合わせているのだろうか。
夢の甲子園に立った彼らの感動に水を差してしまった。
予算がそうさせたのか。
そして、最後の感動的なシーン。
この野球部の奴らが、熱血先生に卒業式当日にグランドでお礼を言う。ここに来てもこの先生を「お前」呼ばわりしている。不快だった。一人ひとりが挨拶して、最後にはこの先生に「ありがとうございました」と深々と頭を下げるのだが、その台詞だけではこの不快はなくならなかった。
二子玉川学園野球部のユニフォームやその着こなし。そして、ぶっ飛んでいるヘアースタイルや色。それをとやかく言う気にはならない。それがなきゃこの物語の面白味は半減してしまう。
実際に、こんなチームが甲子園に出たら、高野連はどう対応するのだろうかと思うだけで楽しくはある。未成年のタバコや飲酒は法律違反だが、服装の乱れやヘアースタイルについて指導はあるだろうが、何が悪いのですかと言われれば答えに窮するだろう。
この手の映画を見ていつも思うのだが、野球に造詣の深い人がどうしてもっと関わらないのだろうかと。細かい事を納得できる作りにする事が、その映画の感動をそぐ事になるとは思わない。
その丁寧に細部にわたってこだわった作品は、きっとその魅力を高めてくれるだろうと思う。それが無かった事がこの作品でも残念だった。
すべての野球好きがうなる邦画の野球映画に出会うことは出来ないのだろうか。
posted by sohsyu |09:43 |
野球雑学 |
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