2008年04月24日

石毛宏典と言う男

 彼のユニフォームの着こなしは大好きだった。


 そしてそのプレースタイルも。


 天性の明るさと洗練された野球センス。全盛期、ショートストップとしては、間違いなく球史に残る選手であった。

 もちろん、こんな選手は指導者としての道を歩むはずだと思っていたし、所属していた西武ライオンズ球団もきっとそうだったろう。

 しかし、監督を要請されて、それがいやでFAでホークスに移ってしまった。外からでは本当の移籍の理由など分からないが、まだまだ現役に拘りたいんだなと思った。

 そして、選手としては活躍出来なかったが、ホークスも王監督の後釜として期待をしていた。アメリカへ野球留学をさせる事も、帰国後、二軍の監督に就任させた事もその表れだった。


 しかし・・・・。


 そのポストもあっけなく無くしてしまう。

 本人が何かの理由で出たのか。それとも球団が追い出したのか。これも分からない。

 その後、大きな期待を受けてオリックスの監督に就任するが、ここも永くは続かなかった。成績不振と言えばそれまでだが、これもまたはっきりした理由は伝わって来ない。

 そして、彼はこの国では革命的な大仕事を立ち上げた。

四国アイランドリーグ

 不況のあおりで、社会人のチームが激減した野球界にとって、球児の受け入れ先がこんな形で増えた事はまさに朗報だった。

 この成功をきっかけに、この手の独立リーグが全国各地に生まれ初めて、新しい形の野球の楽しみ方が増えた功績は、彼の存在なしには語れない。

 しかし、彼が立ち上げたリーグからも彼の名前はなくなった。株主として残るのみ。


 一体何があったのだろう?


 もう一本立ちした事を確認して、その立場を譲った・・・・・ようには見えない。

 その会見でも、彼の発言には歯切れの良さは感じなかったし、リーグ側も奥歯に物が挟まった様な話し方に違和感を感じた。

 彼の行くところ行くところ、何かがあるようだ。それは彼に起因するものかどうかは分からないが、そう思わざるを得ない。

 彼の功績は、充分「野球殿堂入り」に値するのだが、プロからもアマからも疎まれているように感じてしまう。

 この先、彼が自伝でも出版しない限り、この疑問は解けないのだろうか。


 私は、そんな石毛宏典が大好きだ。

posted by 蒼洲 |09:33 | 野球雑学 | コメント(2) | トラックバック(0)
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