2007年11月14日
あの時代の漢
あの時代より、練習をするにしても試合をするにしても、怪我をした時のケアにしても年俸にしてもはるかに整った環境で、思う存分野球が出来る事に違いない。 あの時代の漢たちと、ほんの数年の働きで権利だけを主張する男たちとどこが違うのだろう。 もしその時代に、ダルビッシュ・川上・藤川・黒田・斎藤らが居たなら、42個の勝ち星を挙げる事が出来るのだろうか。年間400イニングを投げる事ができるのだろうか。 おそらくは無理だろう。来る日も来る日もマウンドに上がる事を強いられて、出てくるのは不平不満と言う泣き言ばかりだろうな。 貧しかった時代。野球が出来ることに、彼らは最大の喜びを感じていた頃。今で言うなら「超酷使」だろう。マスコミも総出で批判するに違いない。 さて、その時代のエースたちは被害者だったのか。 数々の記録を刻んだ、「鉄腕一代」稲尾和久さんが亡くなった。私は彼の現役時代を知らない。彼の所属していたチームの黄金時代も、もちろん知らない。もっと早くに生まれていて、この時代を共有できたらと思うと、その思いは書籍の中に馳せるしかできない。 おそらく、今の軟弱な自称人権ネット限定野球評論家はこう言うだろう。 「その酷使が原因で、選手生命が縮まった」 「選手層が薄い時代。可哀想でならない」 稲尾さんは語る。 【 あれだけ投げさせてくれたから、今の自分があるんですよ。自分ではまったく酷使されたなんて思っていませんよ。感謝の気持ちはあっても、恨むようなことは一切ない 】 【 ブルペンに向かって歩いて行っているときにスタンドのファンから「稲尾頑張れ!」と声が飛ぶ。あの声援は私をゾクゾクさせたし、気持ちが乗って行った。確かに肩が張っているときだってある。でも、ファンに乗せられたものだ。正直言って、私が活躍できたのはファンのおかげ。ファンの声援に成長させてもらったと今でも思っている。】 漢(おとこ)はこうでなきゃいけない。こんな漢に出会いたい。
posted by 蒼洲 |08:19 |
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