2008年06月21日
HAWKSは九州に来て20年だそうだ。
LIONSは、所沢に行って30年になったそうだ。
それぞれを記念して、ベースボール・マガジン社から出版されている記念誌を買った。
随分前だが、あるテレビで東尾修さんが、広岡監督の退任を聞いて、選手たちと万歳をしたと言っていた。ようやく管理野球から開放されると言う思いが強かったのだろう。
私は、これを聞いて残念だった。
あれだけ低迷していたチームに、優勝と言う味を味合わせてくれたのは、他でもないこの指揮官だったのに。
マスコミが名付けた「管理野球」。
食事から私生活まで管理されて、そりゃ息苦しかっただろう。でも、本来プロとして自己管理をしなければいけないのに、それが出来ていなかった証左なのだ。
そのLIONSの記念誌の中に、田淵幸一さんと彼の対談がある。
お酒も禁止で、やかんでビールを飲んでいたとの思い出が語られている。コップではばれるので湯呑みで飲んでいたと。
まあ、ヤンチャ坊主の仕業だと指揮官も多めに見ていたのだろう、きっと。
しかし、その対談の中に興味のある会話があった。
「俺もオッサンもこうしていろいろ言っているけどね、広岡さんを監督にしたのはチームとして大正解。いい勉強をさせてもらったよ」
と語る東尾さん。
自分も監督と言うポジションを経験してこそ出た言葉だろう。
わがままし放題の田舎チームのスターが、都会的でスマートな指揮官と合うはずは無い。しかし、それは長い目で見ても彼の野球人生において、間違いなく大きな出会いだったはずだ。
この指揮官との出合いがなかったら、彼の今はなかったと思う。
こんな人と人との出合いが、歴史を作っていくのだろう。
田淵さんは、最初のキャンプの前に練習したところが、品川のホテルの駐車場で練習していたと懐古する。
親会社や球団のゴタゴタもひとまず落ち着いたようだ。
これからまた新しい歴史をこのチームには築いて行って欲しい。
posted by 蒼洲 |10:03 |
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2008年04月24日
彼のユニフォームの着こなしは大好きだった。
そしてそのプレースタイルも。
天性の明るさと洗練された野球センス。全盛期、ショートストップとしては、間違いなく球史に残る選手であった。
もちろん、こんな選手は指導者としての道を歩むはずだと思っていたし、所属していた西武ライオンズ球団もきっとそうだったろう。
しかし、監督を要請されて、それがいやでFAでホークスに移ってしまった。外からでは本当の移籍の理由など分からないが、まだまだ現役に拘りたいんだなと思った。
そして、選手としては活躍出来なかったが、ホークスも王監督の後釜として期待をしていた。アメリカへ野球留学をさせる事も、帰国後、二軍の監督に就任させた事もその表れだった。
しかし・・・・。
そのポストもあっけなく無くしてしまう。
本人が何かの理由で出たのか。それとも球団が追い出したのか。これも分からない。
その後、大きな期待を受けてオリックスの監督に就任するが、ここも永くは続かなかった。成績不振と言えばそれまでだが、これもまたはっきりした理由は伝わって来ない。
そして、彼はこの国では革命的な大仕事を立ち上げた。
「四国アイランドリーグ」
不況のあおりで、社会人のチームが激減した野球界にとって、球児の受け入れ先がこんな形で増えた事はまさに朗報だった。
この成功をきっかけに、この手の独立リーグが全国各地に生まれ初めて、新しい形の野球の楽しみ方が増えた功績は、彼の存在なしには語れない。
しかし、彼が立ち上げたリーグからも彼の名前はなくなった。株主として残るのみ。
一体何があったのだろう?
もう一本立ちした事を確認して、その立場を譲った・・・・・ようには見えない。
その会見でも、彼の発言には歯切れの良さは感じなかったし、リーグ側も奥歯に物が挟まった様な話し方に違和感を感じた。
彼の行くところ行くところ、何かがあるようだ。それは彼に起因するものかどうかは分からないが、そう思わざるを得ない。
彼の功績は、充分「野球殿堂入り」に値するのだが、プロからもアマからも疎まれているように感じてしまう。
この先、彼が自伝でも出版しない限り、この疑問は解けないのだろうか。
私は、そんな石毛宏典が大好きだ。
posted by 蒼洲 |09:33 |
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2008年04月18日
あまり実写の野球映画には足が向かない。今まで裏切られて来た事が多くて。しかし、この映画はいいだろうと思って期待していた。
そして、今回この原作でドラマが放映されている。
どうしよう・・・・・と悩む必要なく観れば良い事なのだが、この映画の出来にあまりにも落胆させられたせいか、観る気が起こらない。
子供たちにはお奨めの健全映画かも知れない。しかし、野球好きからすると???が多すぎた。でもそれは言っちゃいけないのかなとも思う。ただ、これだけは言わないと気がすまない。
この映画の準主役、オーディションで合格した永倉豪役の山田健太クンは、一度は辞退したそうだ。野球部に在籍していた彼は、小学校からの大親友のピッチャーと中学最後の夏を過ごしたいと言って。
最後の大会を投げ出す事はしたくないと言って、オーディションを受けるのはどうかとも思うが、撮影のスケジュールも分からないままに、軽い気持ちで応募したのだと思いたい。
その彼にこの映画の監督は「映画か野球どどちらかを選んで欲しい」と言ったそうだ。
そんな酷な選択をさせた監督・・・・。
商業映画であり、高い興行収入を目指す上で、封切日から逆算して製作日程や役者のスケジュール調整などは進んでいるのは理解できる。そんな選択を迫る必要も理解できなくは無い。
しかし・・・・
そんな大人の都合に中学生を巻き込んでしまって、私が監督なら罪悪感を感じる。そんな世界のオーディションを受けたのは彼自身なのだから、それを言うのはおかしいって言われそうだが、それほどどうしても彼を起用したいのなら、撮影スケジュールを調整しようとする動きは見せたのだろうか。
そんな事はしていないだろうな。キャストの顔ぶれを見ると、それをする事によって多大なコストが掛かる。プロデューサーは絶対に首を縦に振ることは無いだろう。
「私はこの子をどうしても使いたい。しかし、彼にとって二度と来ない中学野球最後の大会を大親友のエースと過ごしたいと言う。迷惑がかかるのは分かります。その最後の夏を断念させて起用しても、心ここにあらずでは良い絵は撮れません。まして、バッテリーの友情を主題にした映画です。ヒットさせる為にも、ここは彼の野球を大切にしたいのです」
・・・・・「あまい!」って一喝されるだろうな、プロデューサーからは。
そして監督から降ろされて日陰の人生を歩んでいく。そんな辛いシーンも容易に想像できる。
この山田クンは、その大親友のピッチャーが「お前は映画に出るべきだよ。こんなチャンスを逃したらきっと後悔する」と強く言ってくれたから出演を決めたと。そして、監督からは「絶対に後悔させないから、お前の夏を俺にくれ」と言われたそうだ。一見カッコイイ台詞のようだが、大人の下心が見えて違和感がある。
映画に出る事を勧めてくれた大親友のエースは、きっとイイ奴なのだろうな。正捕手がいなかったその試合がどうなったかは知らない。その他のチームメイトの心情を思えば、余計にこの映画への距離が遠くなる。
このエピソードは「バッテリー」公式パンフレットに載っている。この永倉豪役の山田クンには、この映画出演に当たりこんな友情の物語があったんだ、その友情のお陰でこんな良い映画が出来たんだと言いたいのだろうが、私には逆効果でしかない。
<山田クンは、オーディションで合格したにもかかわらず、中学最後の夏の大会を投げ出す事は出来ないと言って配役は一度は白紙に戻りました。しかし、彼に惚れこんだ監督の熱意で、大きく日程を調整して彼が出演できる撮影日程に変更しました。日程を調整するという事は大変なエネルギーが必要ですが、監督の熱意と彼の野球に対する熱意に負けて快く承諾してくれました。ある大物俳優は「野球の映画だろ。山田クンや大親友やチームメイトからそれを奪っちゃいけないよ」と言ってくれました。「映画に行けよ」と言ってくれたチームメイトも居ましたが、山田クンは最後の夏を彼らと過ごして、心置きなくこの撮影に臨みました。そんな野球少年の友情の上に出来上がった友情の物語「バッテリー」。お楽しみ下さい>
ヒットさせたいのなら、こんな物語の方がはるかに作り手の良心が伺えて好感がもてるのだが。 どうしても使ってみたくなる彼の笑顔。チームメイトとすごした夏の後だったらもっと良かったかも・・・・・って、考えすぎ?
あの原作をたった2時間程度にまとめる事は難しかったのだろうし、原作にヒットに託けて映画も・・・・・それは明らかに失敗だった。
しかし、今回のドラマ化は10回にわたっている。映画で伝えられなかった部分も表現されているのだろうか。
どうですか?観ましたか?
ドラマは面白いですか?
posted by 蒼洲 |10:19 |
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2008年03月14日
元々創造物が好きだった。その中でも空から見る野球場。何故か飽きない。
「Google Earth」を使っての空中散歩は、楽しいものがある。
日本の球場はもとより、世界各地の野球場を居ながらにして楽しむ事が出来るなんて、誰にお礼を言えば言いのだろう。この先、もっと技術がすすめば、衛星から野球の試合だって生で楽しむ事が出来るようになるのだろうか。
甲子園球場の第一期工事が終わったそうだ。岡田監督にはベンチの造作が気に入らなかったようだが、ベンチに入る事の無い私にとっては関係の無いことだ。
予想パースを見る限りでは、伝統を残した良い球場になりそうだ。そして内野に芝も張られる案があるそうだが、是非そうしてもらいたいものだ。
芝と言えば神宮球場も改装された。両翼が昔ながらに広がって、堂々とした格を備えた球場になった。
人工芝・・・・・。どうにか天然芝には出来なかったものかと言いたくはなるが、大学野球やプロ野球での使用頻度を考えると、この選択がベストなのだろう。しかし、かつては天然芝・・・・・いや、言うまい。
そして、来年に完成予定の広島市民球場。何と魅力的な球場だろう。願わくば、このパースにあるような満員の観客の中で、カープの快進撃を見たい。帰って来た黒田の雄姿は、そのマウンドで見る事が出来るだろうか。
そんな楽しみからすると、何と味気ないドーム球場。開閉式がウリの福岡ドームなど、「勝利のルーフオープンショー」などと言って開くだけ。
営業面での効率を考えると人工芝やドーム化を選択するのも分かるが、手入れの行き届いた鮮やかな芝生のボールパークは見ていて楽しいし、遠くても足を運びたくなる。
やはり野球は太陽の下で・・・・。
posted by 蒼洲 |09:36 |
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2008年03月06日
原作は読んでいない。
誰の物語かは知っていた。
1回目を見逃してしまった。
しかし、全編録画していると言う男がいた。
強引に貸せと要求して、持って来させたのがDVD-RAM。
生まれて初めて見た。
「これはうちでは使えない」と言って返そうとした。
「こうすれば中身が出せますよ」と言われた。
赤っ恥をかいた・・・・。
まだ3話までしか観ていないが、なかなか良く出来ている。野球のシーンではツッコミどころ満載だが、それはどうでもいい事だ。
NHK土曜ドラマ「フルスイング」
実話を基にしたドラマだと言う。実在した元プロ野球選手で、数球団をコーチとして生きてきた高畠導宏さんの物語。
年の割に一生懸命さがわざとらしいと言えばそうなのだが、この人の経歴がそれを感じさせない。それがまたこのドラマに大きな要素となっている。
自分で悩み、考え、葛藤する姿は、今までの経験から来ているのかもしれない。それだけ真摯に生徒と向き合う事が出来る姿勢。頭が下がる。
そして、わずか1年で癌に倒れ、新米教師のままで逝った元プロ野球選手。しかし、無念ではないだろうと思う。その遺志は多くの人の心に刻まれたと信じたい。
良かった。
DVD-RAMからディスクを取り出せて・・・・。
「大きな耳 小さな口 優しい目」
・・・いい言葉だ。
最後に毒をひと吐き・・・・。
「バッテリー」でも監督役で出ていた萩原聖人。ひねくれ役には適任だろうが、もう少し野球に造詣の深い役者は居なかったのだろうか。ユニフォームの着こなしや野球の立ち居振る舞い・・・・情けない。
例えば・・・。「澪つくし」で人気が出た川野太郎。暫くテレビで見かけないが、彼は早稲田大学の野球部出身と聞く。
ギョーカイにはもっと野球経験者はいないのかい?
この「バッテリー」もNHKでドラマ化だと・・・。
posted by 蒼洲 |09:48 |
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2008年01月21日
松井秀喜・・・・確かにそうだ。
福留孝介・・・・これもそうだし、小笠原もそう。
ちょっと古いが掛布雅之・・・・こちらも同じ仲間。
一方、中村紀洋、松中信彦、清原、小久保、古いところでは王貞治、もちろん長嶋茂雄だって田淵幸一、土井正博、野村克也だってそう。
球史に残るホームランバッターの名前が続くが、この二つのグループの違いとは・・・。
今週の「週刊ベースボール」の石田雄太さんのコラムに、この二つのバッターのタイプのことを取り上げられていた。さすがスポーツライターといえる根拠を示して。
確か、掛布選手が全盛のころだったろうか。アマチュア、特に少年野球の世界で、右投げ左打ちが流行った事があった。いや、今でもその傾向は残っている。中にはほとんどの子をそうさせる指導者も居る。
左投げ右打ち、これはほとんど見かけないから、右投げ左打ちと左投げ左打ち・右投げ右打ちが比較対象なのだが、石田さんは、プロで残した数字を見てこう言う。
真のホームランバッターには利き腕の押しが必要なので、にもかかわらず右投げ左打ちを勧めるのは、真のホームランバッターに育つ芽を摘む事になるのではないだろうかと。そしてこれが弊害になっているのではと。
ナルホドそうだ。はっきりとした結論は出してはいないが、示された数字の説得力はある。そして、アメリカメジャーリーグでもそうだと言う。
確かに。
ならば、野球小僧を持つ親にとってどちらを選択させたらいいのか。500本を超えるホームランを記録するバッターを目指すのか、それとも300本程度のバッターを目指すのか。
ルールが変わらない限り、左打者が一塁への距離を考えると有利なのは間違いない。それは、足が速い遅いに関係なく。スイングにしても利き腕がピッチャー側にある方が有利だと言われてきた。
しかし、そんな認識は変えなければならないところに来たのだろうか。純粋なホームランバッターとなる第一条件とは、今後「右投げ右打ち」か「左投げ左打ち」になったりして。
野球小僧の親は、指導者は、今後どう変わって行くのか興味のある所ではある。
私は「右投げ左打ち」を弊害とまでは呼ばない。高橋由伸、金本知憲は決して夢のない選手だとは思わないから。
posted by 蒼洲 |09:55 |
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2008年01月12日
コメントを読んでいると、昨日のエントリーを誤解されてしまっている。
この変更点は、元々ルールにあったことで、それを、アメリカではブーイングの対象だとか、相手を侮辱する行為だからと言う理由で変更したと取られかねないコメントをした、セ・リーグ審判部長を少々批判しただけで、この変更がおかしいと言うつもりはない。
こう変更された理由が、ブーイングの対象だからだとか、相手を侮辱する行為だからと誤解する人が出てくる事が心配だと言っているのだ。
点差があろうと、次の塁を目指す行為を否定するようで首をかしげたくなが、こんな場面では走ってはいけないんだって印象を受けてしまう人が多いんではないだろうか。それは単純に記録の問題であって、マナーだとかタブーの問題ではない。
まして、審判のプロが規則に感情論を持ち込むような発言がおかしいと言っているのだ。
以前読んだ野球ルールの解説書の中で、
「守備側が、一塁手もベースに入らない、捕手も二塁へ送球しない進塁は盗塁にならない」
「自分も生きようとするセフティーバントでの走者の進塁は、犠打にはならない」
この2つのルールの存在をはじめて知った(ルールと言っても記録の問題なのだが)。
自分も生きようとしたセフティーバントでランナーが進塁して犠打が付くのなら、ゴロやフライによって進塁させた打者にも犠打をつけるべきだと調べた事があるが、そうではなかった。
確かに、自分を犠牲にしてまで走者を送ろうとする行為のはずが、あわよくば自分も生きて・・・なんて虫がよすぎるかもしれない。
何年か前まで、無死、あるいは一死でランナー3塁の場合、スクイズに行った打者が打席から出て打撃をしたとすると、3塁ランナーがアウトと宣告されていた。何でも、潔くないとの解釈で、これは日本だけのルールだったそうだが、これも修正された。
「どうしてその時一緒に・・・」
そんなケースで盗塁数を稼ぐ選手からの圧力でも作用したのかい?って突っ込みたくなる対応の遅さ。
もう世界基準に合わせるルールはありませんか?
posted by 蒼洲 |09:26 |
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2008年01月11日
世界基準を適用と言っても、元々規則にある事をどうして今さらって感がしてしまう。
プロ・アマ合同の日本野球規則委員会で、プロは今季から、点差が開いた際の盗塁を記録しないと決めたそうだ。
「相手が牽制をしなかったり、10-0で盗塁するとブーイングも起こるし、相手を侮辱する行為になる。」
そう言うセ・リーグの審判部長。
ブーイングが起こるからだとか、相手を侮辱する行為だからと言って盗塁を記録しないって、一体どんな思考をしているんだ。そんな事を言うのなら、点差が開いたヒットだって、焼け石に水のソロホームランだってそれに当たるだろうに。
だから、ルールに従うと言えば良い。そのルールに日本は従ってこなかったと言えばいいだけの事だ。
『公認野球規則』10・08(g)には、「走者が盗塁を企てた場合、これに対して守備側チームがなんらの守備行為を示さず、無関心であるときは、その走者には盗塁を記録しないで、野手選択による進塁と記録する」
とある。大差であろうと、ブーイングが起ころうと、守備側も盗塁させたくない状況を作った中での行為なら記録すれば良いし、そうでなければ記録しないだけの事だ。
ちなみに、こんな場面での進塁は、捕手のFC(野手選択)と記録されるそうだ。
スワローズ対ベイスターズ戦で、昨年これが元で乱闘騒ぎが起こった。今までこんな事は起きなかった。それが当たり前だったからだ。
「アメリカじゃ許されないんだぞ!」と言いたいのだろうか。それなら、「今のはルールでは盗塁にはカウントされないぞ。ざまぁ見ろ!」と言ってやれば済む事だ。
しかし、どっちにしても程度の低さは否めない。
セフティーバントでランナーを進める事も打数が付くようになったそうだ。これも元々ルールにあることだ。
ルールを尊重するなら、決められたストライクゾーンがどうして守られないのだろう。国際基準の外を広く取る傾向。国際試合が増えた事を考えた上での選択は仕方がないと思うが、何のためのルールなのだろうかと思ってしまう。
複雑怪奇な野球のルール。そして、その記録にまつわる解釈。世の中でこれほど難しいスポーツはないだろう。だから面白いのかもしれないが・・・・。
posted by 蒼洲 |09:16 |
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2008年01月02日
年末に目にしたお笑いバラエティー。そこに「星飛雄馬」と言う芸人が出ていた。何と本名だそうだ。それをネタにして、自虐的な川柳を読む。
父が「一徹」かと言う質問や、姉が明子と命名されそうになったのを止めた親類の話。それなら飛雄馬も止めてくれよといった叫び。
どこかにその川柳がないかと検索してみた。しかし見つからない。
動画は・・・・?
ない。今後アップされるかもしれない・・・・。
そこで見つけたこの動画。
復活した星飛雄馬。この跳躍力、そしてこのラフプレー。紳士たるジャイアンツの選手だとはとても思えない。
それとも、親子二代に渡って葬ってしまった負い目がジャイアンツにあるのだろうか・・・・。
笑えるのだが、こんなの真剣に見ていた頃が懐かしい。
この手のアニメは、「侍ジャイアンツ」で終焉を迎えていたのではと思っていた。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm295559
http://www.nicovideo.jp/watch/sm295720
掛布もやるねー。星は上から下へ落ちていくのだが、掛布は、下から上へと回転しながら昇っていく・・・・。
生身の人間でもあの上昇力があるなんて、ゼロ戦以上ではないか。
しかし、恐ろしい・・・・。
posted by 蒼洲 |13:52 |
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2007年12月27日
私の持論として、一塁へのヘッドスライディングは勧めない。しかし、高校野球でもプロ野球でも、そんなシーンは最近よく見かける。見ていてハラハラしてしまう。
何故か?
あまりにも怪我のリスクが大きいからだ。ヘッドスライディングを行おうとするシーンはほとんどクロスプレー。ボールを送る野手だって、それを捕ろうとする一塁手だってギリギリのプレーをするはずだ。
そこへ無防備な体を晒してしまう危険。小学生の野球ならともかく、金属性のスパイクが刃となって襲ってくる危険を考えたら、とてもとても推奨できない。テレビで観ていても、何事もなく無事に済めばホッとしてしまう。これはスリリングとは大きく違う行為だ。
ホークスの川﨑選手が、イチローと合同自主トレをやっている。WBCからの縁で、川﨑本人も楽しみにしているイチローとの時間。そこでイチローは川﨑を叱った。
先の五輪予選での一塁へのヘッドスライディングを。それもまだ試合序盤に行った事を
「バカげたことをやりやがって」
と一喝。そしてアマチュアではないんだからと加えたそうだ。
おそらく、プロ選手のこの行為を好感持って観ているファンも多いだろう。「ひたむきさ」「執念だ」と言って。
その行為よりも、プロとしてそのシーンでそれを行った判断を叱ったのだろう、きっとイチローは。もしそれがWBCの決勝戦で、一塁に生きればサヨナラ勝ちだと言う場面なら賞賛したと思う。
どうしてこんな事を言うのか。それは、間違いなくベースに到達する時間だけを考えたらヘッドスライディングの方が有利だから。
異論は多いでしょう。例を挙げれば、ダイビングキャッチやショットガンタッチ。そのまま走り抜ければ早いのなら、どうしてそれをしないのだろう。
それと同じ理屈が当てはまるのがこれ。しかし、先に述べたリスクを考えるととても危なくて。まして、ベースと言う突起物があるし、それをやっている多くの選手は、時間が縮まりそうな技術を持ってそれをやっていない。ベースの手前でグランドに体が接触すれば、スピードが落ちるのは道理だ。
もうひとつ根拠を。私の関わっていた学童野球の子供たちにそれをやらせてみた。まず走りぬけてタイムを測り、そしてヘッドスライディングでタイムを測り・・・・。
するとどうだろう。その技術が伴う子に限って軒並みその時間は早い。これには驚いた。
しかし、勧めない。絶対に勧めない。
おそらく、来シーズンの野球では、この一塁へのヘッドスライディングを見る機会は大幅に減るだろう。高校野球でもそうだと思う。
天下のイチローが言ったのだから。
それでも頭から行くか? 野球小僧。
posted by 蒼洲 |09:13 |
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2007年12月11日
私は、野球をする子供たちと話をする機会がよくあるのだが、将来はプロ野球選手になりたいとほとんどの子が言う。たとえ足が遅くても、投げるボールが頼りなくても。
しかし、現実は厳しい。そんな子供たちも、あと数年もすればその現実が理解できるようになる。
そんな時、例に出して話をするのがこの選手たち。
【大野 豊】
1977年プロ入り。広島カープ一筋22年。1998年、43歳で引退。707試合 148勝 100敗 138セーブ 1733奪三振 防御率 2.90の成績を残す。
島根県立出雲商業高等学校を卒業後、地元企業・出雲市信用組合へ就職した彼は、三年間窓口業務や営業活動をこなしていたそうだ。どこにでもいるサラリーマン。その会社の軟式野球部で野球を続けていたが、1976年秋、出雲で広島カープの野球教室が開かれ、その講演を聞いた大野は、これを機にプロ入りを決意し、翌年二軍キャンプで一人だけの入団テストを受けて合格した。
おそらく、高校では硬式野球を経験していたのだろうが、大学や社会人に進むほどの選手ではなく、また、軟式野球でも取り立てて実績があったわけでもない。その講演でどんな話があったかは知らない。しかし、プロを目指すきっかけに出会い、そしてプロテストに合格する。入団後、江夏豊との出会いが彼を大きくしていくのだが、これほどの異色は居まい。
40歳を迎える頃、何とメジャーリーグからのオファーがある。
【古田敦也】
川西明峰高校から立命館大学を経て、1988年トヨタ自動車に入社。1990年、ドラフト2位でヤクルトスワローズに入団。2008試合 打率 .294 2097安打 217本塁打 1009打点 盗塁70 の成績を残して、監督兼選手としてプレーしたが、惜しまれながら今季引退。
高校時代は、甲子園出場はもちろん、彼にも取り立てて実績は無い。母校の野球部も県大会レベルだったらしい。普通、野球の強豪大学に進むには、当然そのセレクションを経なければならない。逆にそれに合格すればフリーパス?で入学出来るものだが、彼の場合、一般入試で入学して野球部に入部した。
ここでも素晴らしい指導者との出会いがあったのだろう。メキメキと頭角を現し、最終学年では主将に抜擢された。プロ球団からのドラフト指名が確実と思われていたが、眼鏡を着用していることが捕手として敬遠され、記者会見まで用意していたが、結局どこからも指名されないという屈辱を味わってしまう。
【小笠原道大】
暁星国際高等学校を卒業後、NTT関東に進み、1997年日本ハムファイターズにドラフト3位で入団する。どのチームも彼を取る事ができたのだ。入団当初は捕手だったが、一塁に定着してレギュラーとなる。
捕手のままだったら、あの打撃成績が残せたのかは疑問だが、ここでもいろんな人との出会いがあったのだろう。打ってはあれだけの打率と長打力、そして勝負強さを発揮する。守っても、一塁手・三塁手としてゴールデングラブ賞を取るほどの守備力も見せる。
毎年「高校通算○○本」と言う触れ込みで、多くの超高校級と言われるルーキーが入団してくる。現在のプロ野球界でも有数の長打力を見せる小笠原は、驚く事に高校時代は1本のホームランも打てなかったらしい。たったの一本も、だ。
今季、ジャイアンツに移って、MVPを獲得する活躍を果たす。
いろんなきっかけや人との出会いなど、その選手が大きく花咲くためには重要な要素だろう。
しかし、その花がいつ咲くか・・・・。早ければ良いと言うものではない。たとえ、幼い頃にまだ咲かない花があっても、咲かない花なんだと自虐的にならなくてもいいんだ。
人に笑われても、自分の信じる道を進もうぜ、野球小僧。
まさか、
自分がプロ野球の選手になれるなんて・・・。
by 多くのプロ野球選手談
posted by 蒼洲 |08:39 |
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