2009年06月12日

ROOKIE-卒業-・・・より泣けるドラマのあるところ。 

 ROOKIES-卒業-


 興行収入ダントツのトップ。
 
 この映画のブログのレビューを見てみると、その多くが大絶賛の嵐。しかし、YAHOO映画には☆一つしか与えていないレビューも目立つ。賛否が激しいということか。

 お酒も異性も映画も嗜好品だ。

 私が嫌いでも他の人の感想までとやかく言うつもりはない。

 
 しかし、あそこで☆五つをつけている人は、どこまで高校野球の良さを知っているのだろう。テレビ受けするイケメンたちばかりではない高校野球の良さを。


 そう言うと、多くの人は夏の甲子園での戦いを言うだろう。しかし、そこを目指して一生懸命に戦う地方予選の方が私は好きだ。


 ばかばかしいほどの設備と選手層の厚さの違いに挑むチーム。木っ端微塵に敗退することもあれば、たまにはそんな弱小チームがそれを食ったりすることもある。その多くは弱小公立校対強大私立校と言う構図だ。

 そんな戦いを目の当たりにする醍醐味。

 根が捻くれているせいか、こんな事が快感になる。


 そして、一番琴線を刺激するシーンが試合後に見られる。エールの交換をするシーンでは、その作法を知っている有力私立校の応援団と、にわか仕立ての部員による応援団しか居ない学校。上手い下手の問題ではない。

 試合で精一杯応援した事で枯れた声を出して更に叫ぶ。自分たちの思いも一緒に相手チームに声に乗せて送る。もう二度と来ないこの夏のこの一瞬。

 にわか仕立ての応援団は、その作法を知らない。しかし、相手の応援団はそれを温かく見守ってくれている。それは、応援していた相手チームの父兄やOB達も一緒だ。温かい拍手がそれを語っている。

 ベンチを出て来る高校球児。

 大きなタオルで顔を覆う彼ら。


 この日にかけてきた思いはそれぞれ違うが、それを失ってぽっかりと空いた虚を埋める術は、今は誰も知らないし教えてくれない。悔いが残らない球児なんて居ない。しかし、それを流れる涙が流してくれる。間違いなく彼らが生きてきた中で、一番熱い涙だろう。

 その涙を、監督からの言葉やチームメイトの表情がまた熱くさせる。


 
 私事で恐縮だが、かつてこの大会で敗れたベンチの中で、小さなドラマがあった。

 最後の相手は私立のシード校。コールド負けも充分あり得た試合だったが、結果0-4に終わった。圧倒的な力の差からすると、ひとまず善戦したと言うスコアだろう。

 帰り支度で道具を手に持ちながら、下を向いて嗚咽しているチームメイトも居た。しかし、私は冷静だった。いろんな思いが交錯して、涙腺には何の反応もなかったのだが、ここで部長の一言が効いた。


「こんな良い試合をして泣く奴があるか!」



 

 球場の外で、さっきまで戦っていたチームのキャプテンを探す。

 何をしたいのか。

 同級生が折ってくれた甲子園行きの思いをこめた鶴を渡すため。

 それと一緒に、預かったほかのチームの千羽鶴も渡す事もある。甲子園のベンチで見られる千羽鶴。そのチームが戦った、甲子園を目指した同じ高校球児のものだ。

 関わりのあった子の試合でこのシーンをカメラに収めようとしても、もういけない。オートフォーカスならば、シャッターを押せばいいことだが、ファインダーすら覗けない。

 今年は息子がその舞台に挑む。



 夢や奇跡と言う言葉の響きは心地よい。

 この映画でもそれはふんだんに出て来る。

 しかし、その言葉の美しさの裏にはどんな努力があるのかが描かれていない点が残念でならない。高校球児に品行方正を求める気もないし、たまに起こる不祥事にも目くじらを立てる気もない。まだまだ人として未熟なのだから。フィクションだから、あの髪型もユニフォームの着こなしも許せる。

 夢を叶えるために、奇跡を起こすために本物の高校球児がしている努力を描かなければ、ただのイケメン青春ウスッペラミーハー映画でしかない。


 あの映画で感動したと言う人。

 もっと感動したいのなら、夏の高校野球の地方予選に行ってみてください。あの映画を上回る感動シーンが随所で見られます。

 夏の炎天下に、スタンドで何時間も観戦する覚悟があればですが。

 試合が終わって、球場から出て来る球児を見れば、彼らの真摯な高校野球に対する思いが分かると思います。

posted by sohsyu |08:27 | アマ野球 | コメント(5) | トラックバック(0)
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2009年05月28日

石田雄太さんと桑田真澄さんと早稲田大学・・・その3

 その本人にインタビューするなら、もちろん戦闘モードでは心を開いてはくれまい。そして予備知識として相手の情報も持っておかなければならない。

 取材をしているとその人の魅力に引かれていってしまう事もあるかもしれない。


 しかし、この石田さんの週刊ベースボールでのコラムを今まで読んでいて、その洞察力や切り口、そして野球界への提言には敬意を表していたのだが、客観的に見ることが出来なくなったり、取材の対象に感情が入ってしまうと切れ味も鈍るのかなと思ってしまった。



 桑田さんが大学院で学んだ事を、今までの競技人生の経験とを合わせて、このままではいけないと思っている野球界を良くしなければならないと言う。そしてその責任があると言う。それが野球界への恩返しだと言う。


 これだけの経験をした方がそう言ってくれることは有り難い。


 どんな形で恩返しをしてくれるのかも興味があるし、必ずその努力が報われる事を信じている。



 ある程度実績を残したプロ野球の選手は、誰もがこの言葉を口にする。しかし、野球界に恩返しする気持ちは、なにもプロ野球出身者だけの専売特許ではない。

 口にこそ出さないが、微力だと分かっていてもそう言う志を持って子供たちの指導に当たっている方も多いのだ。


 もし、自分の子が入っているチームの指導者に言いたい事があっても言えないと思っているプロ野球経験者、または高いレベルで野球を経験した方、またはそうでなくても子供たちに対する思いが深い方。

 そのチームの、その子どもたちのためにと信じて声を上げてください。もちろんけんか腰になる必要などなく、穏やかで前向きで建設的な議論をする事を恐れないで欲しいものです。


 以前、桑田さんブログに対してのエントリー。桑田さんを批判した事だけに対してのコメントがほとんどでした。

 さらには、この石田さんのコラムでも少年野球の指導者の事に触れてある。そして、双方とも指導者の程度の低さを嘆いている。



 こんな影響力のある方たちが、そう決め付けることの怖さを自然と感じてしまった。


 一つのチームの一場面だけを切り取って、すべてを決め付けてしまうような論調が残念だったから・・・・・。


 どうして、真剣に子どもたちと関わっている指導者たちは声を上げないのだろう。やっぱりそんな指導者は少ないからなのか・・・・・。




 

posted by sohsyu |08:08 | アマ野球 | コメント(1) | トラックバック(0)
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2009年05月27日

石田雄太さんと桑田真澄さんと早稲田大学・・・その2

 Numberの最新号は早稲田大学の特集だった。


 そこに、今春早稲田の大学院に入学した桑田さんの事を、石田雄太さんが書いていた。


 題して「41歳のキャンパスライフ」。


 この、桑田さんの大学院入学は新聞や雑誌、またテレビで多く取り上げられて居たので、これと言って新鮮な情報はなかったように感じた。

 一番興味を持った箇所が、”あのとき-”と言う書き出しから始まった、あのPL時代のドラフトの一件。


 引用してみる。


≪高校三年の秋、桑田はドラフト会議の前に早稲田大学を志望していることを表明していた。教育学部の推薦枠に願書を提出し、受験票も受け取っていた。桑田は心の中で、「もしジャイアンツに指名されたらプロに行こう」「ジャイアンツが指名しなければ大学に行く」と決めて、大学受験の準備を始めていた。それは彼の人生における優先順位が、一にジャイアンツ、二に早稲田だったからだ。結果的に桑田はジャイアンツに指名されてプロに進んだのだが、決して早稲田を隠れ蓑にしたわけではなかった。≫


 元々この件に対して大きな疑問を抱いていたし、過去にもこの事をエントリーした事がある。しかし、あの頃の桑田さんの選択をとやかく言うつもりは無いのだが、今になって話す言葉にうそを感じてしまう。


 まず、あの頃早稲田大学の教育学部が、スポーツの有力選手を推薦で取る受け皿になっていた事。そして、PL学園も早稲田大学も当然桑田さんを採るつもりで居たのだろう。過去にもそのルートでPLから早稲田に進んだ選手は多い。

 PL側も、間違いなく進学させるはずだったし、早稲田側もそのつもりで受験させたのだと思う。ドラフトの結果次第で、その方向が変わるのだったら、PLも推薦はしなかっただろう。それなら他の選手を推薦したはずだ。

 
 その頃の桑田さんが付けた優先順位。一番がどこで二番が何であろうと他人には関係ない。彼が言う「ジャイアンツに指名されたら・・・・」と言う最優先順位が目の前にあるのだから、ジャイアンツに行きたかった清原選手に対する申し訳なさは分かるにしても、その時点で入団の意思を示せばよかった事だ。


 そして彼は不可解な行動をとる。


 早稲田の受験に上京するのだ。上京はしても受験しては居ない。その時の受験票をお守りだと言って、今回の大学院受験に持って行ったと言う。


 ドラフトの結果待ちで進路が変わる可能性があったなら。


 ドラフトでジャイアンツの指名が無かったなら。


 優先順位の二番目の早稲田に進むために、一般受験の準備をすれば良いことだったのではないか。

 ジャイアンツに指名されなくても推薦で早稲田に行けるんだ的な身勝手なご都合主義。

 高い確率で合格する推薦をもらって、その時は早稲田進学しか公言していなかった。本心が一にジャイアンツだった事を言わなかったのなら、どうして早稲田の進学と言う優先順位の二つ目を口にしたのだろう。

 桑田本人もテレビで早稲田進学を公言しているのを聞いて、大学関係者はその進路に何の疑いも持っていなかったはずだ。


 桑田さんは、「早稲田大学を隠れ蓑にしたのではない」と言う。確かにそうだ。しかし、優先順位一位のジャイアンツに指名されなかった時の「滑り止め」にしたのだった。


 コケにされた早稲田大学。


 それまで多くの選手を供給していたPL学園とのパイプは寸断されてしまった。この件のあとに、早稲田大学野球部に進んだPLの選手は皆無ではないか。他のPLの選手にもこんな傾向が見られたのか、他の東京六大学の野球部に進む選手が極端に少なくなった時期があった。かつては、あれだけ名のある選手をこのリーグに輩出していたのに、だ。

 自分の選択で、後輩が進む道の一つが無くなった事実に対して責任は感じないのだろうか。


 その時の17歳の選択に正義を求める気はないのだが、今になっても相変わらず自分に都合の良いような言い訳には違和感を感じてしまう。


 そんな桑田さんの、早稲田大学大学院スポーツ科学研究所・トップスポーツマネージメントコースの受験の合否には興味があった。


 そんな経緯があった早稲田がどんな態度をとるのか。

 結果は合格。

 この記事を読むと、キャンパスライフが楽しくてしょうがないようだ。


 あれだけ大学院受験を公言していた桑田さんを落としたとなると、世間の批判が大きいに違いない。まして、人材としては大学にとって有益ではある・・・・・そんな思考が働いたのではと思ってしまう。


 この事がきっかけで、再びPLから早稲田大学野球部への道が開かれるのであれば願ってもないことだ。



 で、石田さん。

 インタビューしながらこの桑田さんの話に何の疑問も感じなかったのだろうか。


                                 つづく・・・・・・。

posted by sohsyu |08:27 | アマ野球 | コメント(4) | トラックバック(0)
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2009年05月26日

石田雄太さんと桑田真澄さんと早稲田大学・・・その1

 週刊ベースボールは愛読書の一つだ。


 その中にある石田雄太さんのコラム「閃球眼」は、この雑誌を読む上での楽しみの一つである。最近入れ替えられた写真を見ると、ふっくらとされて居る。仕事が順調で食生活も豊かになられたのかと思うと同時に、体のことを心配してしまった。


 最新号のコラムでは、「少年野球の指導者育成を」と題して、知人のスポーツライターとこのことを話題にドリンクバーで語り合ったとある。


 自分の子供が野球をしたいと言った時、どんな基準でチームを選択したら良いのだろうと。

 
 
 そのコラムを引用してみる

≪一致したのは、無意味に傲慢な指導者が多すぎるという事だ。プロ野球選手やOBが、「息子のチームの練習を見に行きたいんだけれど、行けない」と言っているのを何度も聞いた事がある。指導者としての勉強もしていないのに、お山の大将よろしく子どもに威張り散らす指導者を見ると黙っていられなくなるそうだ。だからと言って子どもの前で監督に文句を言うわけにもいかず、だったら見に行かないほうがいいということになってしまう≫


 プロ野球選手やOBが親でなくても、そう思っている父親は多いのではないだろうか。それは間違いない事実でしょう。しかし、この石田さんがどれほどの数のチームや指導者を見たのだろう。そうじゃない指導者だっていることを分かって欲しい。これだけ影響のある方がこう断言すると、これを読んだ多くの方がそう思ってしまう。


≪勝利至上主義に陥ると、上手な子どもに練習をさせ、そうでない子どもには練習をさせなくなってしまう。チームの人数が多いのに、どの子もボールに触れているとしたら、それは「練習を組み立てる人、実際に教えている人の技術、グラウンドの使用条件、年少の子どもへの教え方」が優れていて、それがチーム力につながってくるのだと、近所のライターは力説していた≫


 確かにそうだと思う。これを切り口に希望するチームの練習を見ると参考になると思う(見極める事ができるか否かは別だが)。


 「勝利至上主義」・・・これに陥る指導者は多い。しかし、その原因には親のエゴも必ずあることを分かってほしいし、外から見えるだけでは分からない複雑な実態がある。


 自分の子の事だけしか見えない親。勝つためには下手な子は出さないで欲しいと願う親。その一方では、勝たなくても良いからうちの子を出して欲しいと願う親。どこに落としどころを持ってくるのか。傍で見るより指導者の苦悩は深い。


 「勝ちにこだわらない野球をするチーム」と言う事で入部したのに、勝てない試合が続くとそれが不平不満に繋がる。そして、親同士の連携で勝てない監督を追い落とす事もよく起こっている。

 
 確かに「のびのび野球」だの「楽しい野球」だのと言う指導者のチームがあるが、その多くはそれを勝てない理由にしている。しかし、勝ってこそ、優勝してこそ味わえる野球の楽しさもある。勝たなきゃ分からない野球の醍醐味もある。


 そこが理解できていない指導者の割合は多い。


 自分の指導力の無さを、高圧的で威圧する指導者。

 勝てない理由を子どものせいにする指導者。


 そんな指導者が多い事は否定はしない。



≪指導者はボランティアだから、と言う声をよく聞く。ボランティアだからという甘えは、事態を余計、ややこしくする。野球を始めたばかりの子どもを預かる責任を思えば、まず指導者としての基礎を身につけるのは当然のことなのだ≫


 ボランティアだからといって批判を封印する事はよくある。それは指導者側からであったり保護者自らであったり。この言葉が足かせになっている事は同感だ。

 
 指導者としての基礎を身につけるのは当然・・・・・理想論は耳にやさしく響く。しかし、それが出来る余裕のあるチームがどれほどあるのだろう。

 だから石田さんは、プロ野球界が少年野球の指導者育成をすべきだと仰る。そして、一日も早く指導者ライセンス制度を導入すべきだとも仰る。確かにきちんとした指導者マニュアルがあれば、どれだけ心強いかとも思う。


 でもキレイゴトにしか聞こえない。

 現実はそうではないと思うから。

 指導者に適した人材が居るか居ないか。その方が出来るか出来ないか。良い指導者になるために努力で出来るか出来ないか。安心して預けられる指導者なのか否か。

 そんな高いハードルを超えられる指導者は当然少ないはずだ。だからそんな指導者しか目に入らなかったのだろう。


 それより、まったく有償の野球塾にしてしまったほうが解決が早い。そこにはボランティアと言う言葉は存在しない。



 ボランティア・・・・志願者。奉仕者。自ら進んで社会事業などに無償で参加する人。


 少年野球は無償じゃないし奉仕でもない。

 見返りがあるし、それを期待している指導者も多い。




 それは何か?




 子どもたちの笑顔だ。



 それを見たいがために、一生懸命になっている指導者の存在があると言う事も分かって欲しい。

 子どもたちと一緒になって、泣いて笑って汗にまみれる指導者が居る事を分かってほしい。 





ん?・・・・・・


 前にもこんな事を書いたような気がする。

 そうだ、桑田真澄さんのブログについてだった。

 なんか同じような事を仰ると思っていたら、繋がった。



 今発売中の「Number」に桑田さんの記事があるが、それを書いているのがこの石田さん。


                            つづく・・・・・・。

posted by sohsyu |08:52 | アマ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2009年04月01日

甲子園球児は神聖か?

 

 書きかけのエントリーがあるにも拘らず、ちょっと一言。


 利府高校の球児によるブログ問題。

 文明が進むとこんな問題も出てくるのだろう。


 一回戦の掛川西の選手を侮辱する書き込みを、自身が運営するブログに書き込んだそうだ。そしてこの学校は、「他校の模範」となっていることなどが評価され「21世紀枠」での出場。その学校の生徒が起こした事も大きくなった原因の一つかもしれない。


 軽い気持ちで書き込んだのだろうが、これだけ問題が大きくなって、本人は憔悴しているそうだ。


「そういうことは絶対やったらアカンというのが常識」

「高校野球の選手として、そういうことは良くないかなと」

「昔に比べて、高野連はちょっと甘いかなって気がしますね」

FNNニュース

と、高校野球のファンの言葉と言う報道もあるが、マスコミの恣意的な匂いがプンプンする。擁護するファンの声は一つもなかったのだろうか。まして、昔に比べて高野連は甘くなったとは思えない。

 
 神聖な高校生像まで押し付けられてしまう悲しさ。


 たった17歳の高校生に何を求めるのだろう。




 もちろん、褒められる事では決してない。だが、この事で学校や指導者の素早い対処で終わりにして良いのではないだろうか。確かに、この事を報道することで教訓にはなる。しかし、必要以上に事を大きくする必要もないのではなかろうか。何か他の意図があって、問題を大きくするようにマスコミが煽っている様に感じてしまう。そして、NHKと他のテレビ局との報道には明らかに温度差がある。

 放送権を独占するNHKとその他の民放各社。

 考えすぎだろうか。


 
 爽やかで清清しく、真面目で元気が良い甲子園球児・・・・・。


 そうじゃない。普通のどこにでも居る高校生だ。
 
 
 間違いもすれば問題も起こす。



 必要以上に目くじらを立てる事はどうか。


 同じ高校生を預かる掛川西側も、きっと「お互い様ですよ」と許してくれたに違いない。



 それで良いではないか。

posted by sohsyu |09:55 | アマ野球 | コメント(7) | トラックバック(0)
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2009年03月12日

桑田さんのブログ、つづき。

 
 昨日のエントリー。


 またスポナビ事務局から「非表示にします」とのメールが来る前に、1度自分の判断で非表示にしたのだが、それが来てからでも良いかと思いまた表示に。

 コメントに寄せられた著作権や転載許可などの意見は事務局に投げかけておりますが、出版された本の巻末にある、引用した書籍のリスト。それはその本の著者からは転載許可など基本的に貰っていませんし、今回はブログ。

 例えば、この桑田さんのブログの記事を、さも自分が書いたように出版するなら著作権を侵害する事になるでしょうが・・・・。

 
 私の言いたい事を整理します。


 あの桑田さんのエントリーを読んで、一部の、それも上辺だけを見てすべての指導者がそうだと決め付けている事に多少反論したまでで、そうではない指導者はどこにでも居ますし、私の周りにも確実に居ます。

 
 自分の好きな選手の意見を批判された事で感情的になられている方が多いのは分かりますが、そのほとんどが指導者の経験はなく、おそらく桑田さんと同じ側から物事を見ている方でしょう。


 指導の経験がないからと言って意見を封殺するつもりはないし、指導する側からは見えない部分を指摘していただく事はありがたいことです。そして、指導者、特にチームの監督は独りよがりになりがちな人種でもあります。


 ある方は、彼の息子が高校野球で指導を受けている事がこのブログの記事に繋がったのかもしれないと仰る。しかし、何百と見てきたと言うチームのほとんどは、野球教室などを通じての事で、その何百のチームの内側までは見ているはずがない。見ているのであればこんな意見を持つはずがない。


 そこには、もっと大きな人と人との関わり合いがあるし、保護者も含めて、野球を通じていろんなことを学んでいます。私の知っているチームはそうです。

 そして、桑田さんが仰る「安心して子供を預ける事が出来ない指導者」のチームを巣立った子供たちに、この指導者への思いを聞いたのでしょうか。その全員が、その指導者と関わった事を不幸だと思っているのでしょうか。そうではないと思います。


 まして、野球界でこれだけの実績を残された桑田さんが、自分が歩んできた野球の道を、特に少年時代の野球生活をあんな印言葉で語られている事が驚きでした。その経験があってこその今があるのでは・・・・と思ってしまいました。


 学童から社会人・クラブチームまで、この指導者たちが支えている現実。高校の野球部だって硬式・軟式を合わせれば4,600を超えるチームと指導者が居ます。小学生のチームとなるとその数倍でしょう。そこにもその数だけの、いやそれ以上の監督・コーチと呼ばれる指導者が居る現実。

 
 そりゃ、すべてが品行方正の指導者でありませんし、正すところは正さないといけません。そんな指導者も多い事も事実です。しかし、そんな指導者から得るものもあるのです。


 そして、桑田さんが言われている理想の指導法は、ある程度の理解力と能力を持っている子に限られます。多くの指導者は、好きで叱っているのではありません。1度言って分かってくれれば、わざわざ大きなエネルギーを使う必要などないからです。また、いろんな個性があってこそ少年野球の魅力でもあります。


 だから、桑田さんに長いスパンで少年野球に関わって下さいと希望したのです。それも、桑田さんの知名度で集まった子供たちではなく、既存の指導者不在のチームに。


 影響力もあるこの野球人がこう発言する事で、真摯に子供たちと向き合って指導している指導者たちに対して、蔑む行為だと思い一言言いたかっただけでした。


>今まで、野球から沢山の幸福を頂いた。
今後は、日本野球界の為に環境を更に整備し、プロ、アマを問わず恩返しをしていきたいんだ。


と言う桑田さん。


 少年野球の現場に一度降りてきてください。


 そこには、笑いや涙、歓喜や苦悩がたくさんあります。そして、野球を通じて、この指導者たちを通じて多くのことを学ぶのです。

 
 あなたがそうだったように。


 子供たちの将来。実の親より深く真剣に考えている指導者も居る事を忘れないで下さい。



 長文失礼しました。


posted by sohsyu |09:43 | アマ野球 | コメント(27) | トラックバック(0)
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2009年03月11日

桑田真澄さんのブログ。その2

 自分に甘くそして、優しく、子供達に厳しい指導者は要らないですよ。
たばこを吸いながら、ミーティングをするのは止めて下さいよ。
練習中に、煙草すら我慢できない弱い人に、何が指導できるんですか?
昼食に、ビールなど、アルコールを飲んで練習するのはよくないですよ。
夜まで、アルコールを我慢できない自分に甘い人が、子供達に何を指導するんですか?
不思議ですよね?
子供達を指導する前に、誰かに指導してもらってください。


 まったく同意します。

 これを聞くと耳が痛い指導者は多いと思います。


  私なんか毎日が自己嫌悪でした。もう1人の自分が「良くそんな偉そうな事を言えるな」と耳元で囁くのです。自分が出来なくても言わなきゃいけない辛さ?は常に付きまとっています。ただ、子供の前で喫煙や飲酒はすべき事ではないでしょうし、ビール片手に説教しても、ビールの泡のように消えていってしまうことでしょう。


 しかし、自分が練習嫌いであっても練習をすべきだと言わなければなりませんし、勉強した事はなくても言わなければいけないんですよ「勉強しているか?」と。

 その辺りが桑田さんには欠けているようだ。無理もない。そんな経験がないからだろう。「経験がないなら言うな」とは思わない。しかし、上辺だけ見ての批判はどうかと思います。まして、影響力は大きい人だから。


 
 勝利至上主義がいけないとはまったく思いません。

 私も以前はそう言って指導者を批判していた事もあります。

(どうしてあんなに叱るんだ)

(勝ちに拘る野球をしても・・・・)

(のびのび野球をやらせろよ・・・・)


 身近な指導者を批判する事で自分の存在を認めてもらう。または、自分の野球知識を評価してもらいたいだけのさもしい?行為でした。

 叱る事は、時として有効な手段でもあります。私は、出来る事をやらないときに叱りました。それは挨拶を出来なかったり、全力疾走をしなかったり。そこで笑って「キチンと挨拶しようよ」「全力疾走しようよ」と言うより、厳しい顔で一喝した方が遥かに効果的だと思います。時にはゲンコツ程度の体罰も有効だと感じるときもありました。

 そして、勝ちに拘らない野球をしていると言う指導者。そのほとんどが勝つことの喜びを知りません。勝てないからそういう言い訳をしているのです。ひとまずは耳障りは良いですから。そう聞いてこの指導者は良いといって入部してきても、勝てない事に不満を漏らす親も多いのです。

 勝って得るものは、負けて得るものより遥かに有益ですし、勝ちに拘るからこそ負けた悔しさも次に生きてくるはずです。心臓がバクバク言う決勝戦のマウンドやバッターボックス。そんな舞台に連れて行く義務が指導者にはあると思います。子供たちにとってその経験は、学校では体験できないかけがえのないものになるはずです。

 勝ちに拘るからこそ能力も技術も精神も向上するのであって、勝ちに拘らないと言って妥協してしまうとそれで終わりのような気がします。

 

-中略-

落ち着いたら、指導者について、本を書こうと思う。
興味があったら読んでみてください。
いつになるかわからないけど・・・

それでは



 落ち着いたらっていつですか?

 今のままのあなたが書くのだったら、間違いなく薄っぺらな洞察による本でしかありませんし、それを読んだ親が、「桑田さんもこう言っている」と、保護者が指導者批判に使うだけにしかならないような気がします。


 もっともっと経験してください。


 あなたの知名度を抜きにして集まった子供たちを指導してみて下さい。決して一過性の野球教室ではいけません。腰をすえて長いスパンで指導してください。そして、今まで見えなかった部分を感じてください。

 子供たちに野球を教える難しさや楽しさを経験してください。少年野球だからと言って、子供たちに向き合うだけでは務まりません。その後ろにいる親に使うエネルギーが、どれほど無駄なのか分かるはずです。

 そんな経験が、きっとあなたの今後の野球人生にとって貴重な糧となるはずですし、プロ・アマ問わずに野球界に貢献したいと言うのなら尚更です。

 あなたの今後に大いに期待しています。

posted by sohsyu |12:59 | アマ野球 | コメント(8) | トラックバック(0)
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2009年03月11日

桑田真澄さんのブログ。その1

 
 桑田真澄さんのブログを読んだ。

 正直に言うと、私はこの桑田さんに対して良い印象はない。

 プロ入り時のあのゴタゴタ。本人は決して早稲田を隠れ蓑に使ったわけではないと言うが、私にはそう見えている。未だに。そして、いつだったか、故障から復帰してきた時のマウンドでのパフォーマンス。プレートに手を置いて何かを呟くシーン。見ているこっちが恥ずかしかった。

 そして、このブログの書き出しはいつも「友へ」からだ。

 なんか臭ってくる・・・・・。


 本当の桑田さんは、付き合ってみると私の印象と違うだろう。おそらく「良い奴だ」と思わせてくれるだろうが、私は外からしか彼の人間性を知る術がない。

 
 そのブログの記事がこれなのだが、少し引用してみる。


友へ

おはよう!
元気ですか?
僕は、読書、読書、勉強、勉強の毎日で、少し目が疲れ気味です!
体を使う野球の練習も疲れるけど、脳を使う勉強も疲れるよね。 



-中略-


特に投手の、70球という球数制限。
WBCを観ていた、日本の野球指導者に、
勝った負けたよりも、ぜひ、「気が付いて」もらいたいね。

体力、精神力、技術を兼ね備えたプロの投手に、
70球以上投げてはいけないと言っているんですよ。
それなのに、体もできていない成長期の小学生、中学生、高校生、大学生に、
この現状は、とても恐ろしいことだよね。
 

 この70球と言う投球制限は、選手の故障に対する、特にメジャーリーガーに対する保険会社の条件だったはずなのだが。これを引用して、まだ成長期の彼らにそれ以上の球数を放らせる危険性を説くのだが、一つの試合での投球数だけを言っても無意味なのではないだろうか。

 
勝利至上主義以外、何物でもないよね。
学生時代は、育成が大切なのに、どんなことをしてでも勝つことしか考えていないん
だよね。
子供の将来なんて、何も考えていないんだよ。
そんな指導者に、子供を預けている親は、恐ろしいことをしているよね。
安心して子供を預けられる指導者は、どこかにいないのかね?
いるのなら、教えてほしいですよ。
 
日本中、何百というチームを見てきたけど、
子供達を怒鳴り散らしている指導者ばかり。
怒鳴らないと理解してもらえないほど、私には指導力がないんですと、
周りに言っているようなもんだよね。
そんなことも、わからないのかね?
恥ずかしいというか、あまりにもひどすぎるよね。

 
 自分が見てきた一部のチームの指導者がそうだったから、すべてそうだとは限らないと思います。どこにでも居ますよ、安心して子供を預けられる指導者なんて。比率は高くないかもしれませんが。

 私も経験からそんな指導者とよく出会った事があります。しかし、その指導者の練習やそれ以外での子供との関わり方を知りませんし、その子供がその指導者に対してどんな感情を持っているのかも聞いた事がありませんので、その試合での態度だけでその指導者を批判など出来ません。

 ただ、試合中の罵声や子供たちを口汚く罵る指導者には閉口した事は良くあります。確かにそんな指導者のその比率は高いかも知れません。

 そんな指導者は、子供たちに「出来ない」責任を押し付けている無責任さと、自分の指導力のなさを棚に上げる感じを受けるのも事実です。

「俺は何度も言ったのにこの子供達は出来ない・・・・・。俺は何度も言っているんだ。出来ない子供たちがいけないんだ」

と言う言葉が隠れているような気がします。それは、試合を見に来ている保護者などに対する言い訳にも聞こえます。上を向いてゲロを吐く行為そのものではないでしょうか。

 悲しいかな、それを自覚していない指導者が多いですが・・・・。



-中略-


何度も言いますけど、
ボランティア精神で、子供達を指導する熱意は、本当に素晴らしいですよ。
でも、熱意だけでは指導してほしくないし、
安全対策や怪我予防などにも、最善の注意を払わなければいけないんですよ。 
 

 確かに。

 熱意だけでは指導できないし、その熱意を盾に何も言えない状況を作って居る指導者も多いです。「ボランティアでやって居るんだ」と言われれば、預けている保護者としてみれば何も言えなくなります。少年野球に限らず、高校でも大学でも権限が集中した裸の王様的な指導者が居るのも事実です。


-中略-

それに、人間は、溜め込むことはできないんですよ。
投げ込み、打ち込み、走り込み。
すべて迷信です。
「気が付いてください」
昔を思い出してください。
投げ込みして、何が溜まりましたか?
走り込みして、何が溜まりましたか?
打ち込みをして、どうでしたか?
溜まったのは、疲労だけではないですか?


 そんなに身体に負担をかけなくても、
少しずつ、コツコツと積み重ねていけばいいじゃないですか。
食事だって、3食毎日食べるから健康でいられるんでしょ?
一度に1カ月分食べると体壊れますよね。


 打ち込みや走り込み、投げ込みで疲労だけしか溜まらないのなら、効率的で疲労が溜まらないトレーニング方法をがあれば教えて欲しいくらいです。まして、一度に一ヶ月分の食事をとる事に例えても説得力はありません。


-中略-


少年時代、練習に行って殴られなかった日は無いくらい、怒られ殴られた。朝から晩まで練習するのが当たり前の時代、
真夏でも水を飲めなかった時代だ。耐え切れず、トイレの水や雨上がりにできた水溜りの水を飲んだ経験もある。甲子園でプレーさせて頂き、ジャイアンツで、そしてメジャーでも投げさせて頂き、 野球というものを、ある程度は、熟知していると思う。そんな経験をしてきた僕が、今の日本の野球指導者にお願いしたいことです。
厳しい言い方かもしれないけど、
「気が付いてください」「気付いてください」よ。

 
 どうして殴られたのかは分かりませんし、殴ることは論外でしょう。しかし、子供たちと信頼関係があって、その叱られる理由を理解してくれれば多少の体罰は一つの指導法だとも思います。 

 そして、こんな経験や厳しい練習があってこそ、今の桑田さんがいるのではないかと私など思ってしまう。もし、桑田さんの言う指導者と彼が出会っていたなら、もっと素晴らしい成績を残して、まだマウンドに立っていたと仰るのでしょうか。

 
 つづく

posted by sohsyu |10:58 | アマ野球 | コメント(7) | トラックバック(1)
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2009年02月12日

どうなる日産野球部・・・・。

 社会人チームの名門日産自動車が、横浜と九州の硬式野球部を休部すると発表した。

 HPを見る限りでは、更新も昨年から行われていない。部の中にそんな危機感が溢れていたのかもしれない。


 親会社の業績悪化と大リストラと合理化。


 そんな状況の中で野球部などに資金を注ぐ事が出来なくなったのだろう。


 しかし、それは表向きの理由ではないか。

 
 この野球部の活動を休止したところで、どれくらいの経費の削減になるのだろう。日産スポーツのシンボルとして、有形無形のメリットを会社と社員と地域には与えてきたはずだ。


 そんな野球部さえ休部させる事が、会社が感じている危機感をアピールする道具になってしまった。非正規雇用社員だけではなく、自分たちもこれほど血を流すんだと言うポーズにしか見えない。それは、陸上部にも卓球部にも及んでいる。


 こんな時こそ、スポーツを通じて会社に活力を得る事が出来ないのだろうか。この日産の判断が、企業スポーツの衰退を加速させるようで恐ろしい。



 そして、この硬式野球部の2チームに、私の知人の息子が今季新入社員として一人ずつ採用されている。もちろん野球をするという前提で。
 報道を見る限りでは、今季の新入社員の採用は確保するらしいが、休部する12月までのシーズン。何をモチベーションにして活動すれば良いのか今から不安だろう。
 
 昨年、進路が決まった後のご両親の喜びようを考えると、この決断は辛い。


 願わくば、この秋までに景気が少しでも回復して、この休部を見直す事になってはくれないだろうか。

 
 出来る事・・・・・。

 

 日産の車を買ってやることが何よりだが、車は替えたばかりだ。

 そうなると知ってりゃ買っていたのに・・・・。

posted by sohsyu |14:08 | アマ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年08月01日

ひと安心?桐生第一ナイン

【7月31日19時31分配信 時事通信

 全国高校野球選手権大会(甲子園球場)に群馬県代表として出場が決まっていた私立桐生第一高校の2年生野球部員1人が強制わいせつ容疑で群馬県警太田署に逮捕された問題で、日本高校野球連盟の西岡宏堂審議委員長は31日、出場を直ちに差し止める必要はない、との判断を示した。1日の全国理事会で最終的な措置を決めるが、同校も出場を希望しており、認められる方向だ。

 同委員長は「行為は重いが、事件に関与したのは部員1人。最近、同様の例で対外試合を差し止めたことはない」と話した。野球部員の強制わいせつ事件は一昨年に兵庫、栃木、富山3県であったが、対外試合禁止処分にはなっていない。

 桐生第一の高橋昇校長は同日夕、学校で記者会見し「参加させていただけるならありがたい」と語った上で、日本高野連の判断に従う考えを示した。同校はこれに先立ち、野球部責任教諭が日本高野連を訪れ、事件を報告。教諭は「現在分かっている範囲の報告をした。選手は動揺している。」と話した。

 桐生第一は昨年まで春夏の甲子園大会に11度出場し、1999年夏に全国優勝している。】 


 この事件の動向が気になって居たが、桐生第一ナインにとって一番嬉しい措置で、関係者も含めてホッと胸を撫で下ろしていることだろう。


 まさか、ここで高野連は出場を取り消す事はしないだろうなって心配していたが、常識的な線に落ち着いて良かった良かった。


 この件が発覚して、選手関係者は血の気が引く思いだったろう。


 これをバネに精一杯のプレーを見せて欲しいものだ。


 しかし、こんな事件が後を立たないこの世界。そして、その多くが私立校に起こる現実。


 県境を越えて節操なく選手を集める弊害が出ていると思うのだが。



 都道府県を代表して出場する高校。


 ならば当然そのチームの選手はその都道府県の子らなのが筋だろう。


 だから、思ったほど地元は盛り上がらない。


 知らない中学の子ばかりだから。


 しかし、朝日新聞にとって関係のないこと。売れりゃいいだけだから。



 
 ここはキチンと線を引くべきだと思う。今の仕組みで代表を決めているのなら。


 そうじゃないなら、全国の4.163校をシャッフルして予選を行うことだ。


posted by sohsyu |09:57 | アマ野球 | コメント(3) | トラックバック(0)
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2008年07月15日

180,000人のドラマ

 
 全国には高校球児が、硬式・軟式合わせると18万人を超えるそうだ。

 甲子園の予選が各地で盛んになって、沖縄ではもう代表決定。そんな中、その高校球児の中にはこんな話題も。


《13日の第90回全国高校野球選手権山形大会1回戦で、県立金山高の高橋裕二主将(17)は、岩手・宮城内陸地震で行方不明になった父伸好さん(56歳)と母美也子さん(51歳)を思い浮かべ、マウンドに登った。試合は0-19の五回コールド負け。こらえきれずに涙があふれた。17歳には、あまりに過酷な1カ月だった。》

 
 野球どころではないのだろうが、野球をやる事でその悲しみに立ち向かおうとする勇気には感服してしまう。



 また、著名人の2世の活躍が賑やかでもある。


 桑田真澄さんの長男が、桜美林高校の外野で出場したり、たけし軍団のダンカンさんとらっきょさんの息子もそれぞれに活躍していると言う。


 まして、ダンカンさんの息子は「甲子園」と言う名前だそうだ。



 これも勇気がいる行為だ。


 親の願いどおりに子が進んでくれるとは限らないが、彼の場合、自らその道を選んだのか、それとも親の影響が大きいのか。


 何れにせよ、野球好きのオヤジとして見れば、こんな嬉しい事は無いだろう。



 福岡では、かつてのロッテのドラ1投手の息子が、有力校のエースで甲子園を目指しているらしい。



 そんなだラマを紡いで重ねられる新しい歴史。


 どんな学校が甲子園の土を踏むのか。



 夢の舞台で、新しいドラマを期待しよう。

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posted by 蒼洲 |09:45 | アマ野球 | コメント(2) | トラックバック(0)
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2008年07月08日

シード校の不幸?

 あちこちで夏の甲子園の予選が始まった。毎年日本一早く代表校が決まる沖縄は、順調なら今度の日曜日が決勝戦。

 
 この暑さに負けない熱い戦いがまだまだ続く。


 私が住む地方は全国でも激戦地区である。県予選も二つの地区に分けて行われるのだが、7,8校で分かれたパートに必ず1校居るシード校。


 ここに至るまでの戦績をポイントで評価して決まるらしいのだが、今年も一回戦でそのシード校が敗れる波乱が起きている。


 全国的な傾向として、シード校には公立校は少ない。ここもそうだ。


 この県予選で、野球部史上初のシード校に選ばれた県立校があった。


 そりゃ、その盛り上がりと言ったら・・・・・。


「甲子園がグッと現実になったぞ!」

「寄付金どうしよう」

「幾ら集めたらいいんだ」

「まだそんな話は早いだろ。でも、ひょっとしたら・・・・」

「甲子園か・・・・・」


 組み合わせ抽選の日。


 初戦の相手は私立の強豪校。数年前には甲子園にも出場した実績もあるし、シードこそされて居ないが今年も安定した力は持っている。


 評論家的な見方をすれば、


「コリャ、厳しいな・・・・」


 初めてのシード校と言う意識が、悪い方に作用すると直感した。


 慣れないシード校と言う扱い。別に取り立てて変わる必要はないのだが、初めてとなるとそうもいかない。


 シード校と対戦する時には、「ぶつかって行く」事は容易なのだろうが、「ぶつかってこられる」事に慣れて居ない。あくまでも相手がどうあろうと、自分たちがどうであろうと、普段の野球をすればいい事なのだが・・・・・。


 それが難しい。


 案の定、負けてしまった。いい所もまったく無く。


 ・・・・・コールド負け。


 
 もし、シード校と言う制度がなかったら・・・・。


 不必要な気負いも生まれなかっただろうし、背伸びをする事もなかったと思うのだが。



 シード校に選ばれた不幸・・・・・・この学校の場合そうだと思う。



 これを糧にする事で、また新たなその野球部の歴史が続いていく。どんな強豪校だってそんな歴史を持っているはずだ。


 そんな事で躓いていちゃ甲子園なんて夢のまた夢。



 それを乗り越える逞しさを来年の夏は期待する。

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posted by 蒼洲 |09:46 | アマ野球 | コメント(0) | トラックバック(0)
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2008年07月01日

解任するだけの罪の重さ?!

7月1日10時5分配信 日刊スポーツによると、

<水戸市の常磐大高で正午から行われた会見で、浅岡校長は「世界遺産という重要な文化遺産に落書きをしたのは大きなこと。指導にあたるという立場を考えると戒めなければならなかった」と解任の理由を述べた。>

 
 もちろん正論。

  
 まさしく正論。

 
 しかし、有力私立校故なのか、解任までする必要があるのだろうか。


 この一連の報道で、社会的制裁は受けたと思う。そして、今後同じ事を繰り返す事もないと思う。


 あえてこの監督を擁護するとするなら、落書きの現場となった世界遺産「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」。

 ここには多くの落書きがあるそうだ。日本語で書かれた物もあるそうだが、全体の1割程度だそうだ。

 
 その程度の割合だから許されるわけでもない。

 
 しかし、新婚旅行で訪れた観光地。世界遺産だと知っていても、二人だけの世界には勝てないだろう。まして、そこに名前を書けば幸せになる(取って付けた言い訳のようだが)と聞けば、思わず書き込んだって言う気持ちも分からないではない。

 
 まして、そこには多くの落書きがある。たまに日本語も見かける。


「幸せになりたいんだな、みんな・・・・」


 
 そう思って書き込んだって無理はない。



 高校野球の部員や指導者に、高い理想を求めるのもいいが、特殊な世界になって行くようで怖い気がする。

 
 聖人君子の指導者なんて居ないし、それを求めちゃいけない。


 誰だって、特に元高校球児は喫煙や飲酒の経験はあるはずだ。その中から指導者も生まれているはずだ。立場が変わっても、現役部員に喫煙や飲酒を「俺たちもやっていた」からと言って勧めはしないだろう。


 立場が違う事くらい分かっているはずだ。



<午後3時からは茨城県高野連と浅岡校長の会見が行われた。大竹喜士郎県高野連会長は「高野連として正式な文書を学校側から提出してもらい、日本高野連に提出し判断を仰ぐ」と話した。「個人的には監督のプライベートなことなので、野球部を県大会に出場させてやりたい」と述べた。茨城県大会は5日開幕で、同校は12日に試合の予定がある。生徒の心情を考え、出場できる方向で日本高野連にお願いするとした。
>

 まさか高野連は、出場停止なんて処分はしないだろうな。


 高野連なんて思考に柔軟さがないし平気で人を下に見るから、そんな処分を下しそうでこれも怖い。



 一度謝罪会見を開いて、「ごめんなさい」でいいではないか。



 そしてお詫びの手紙でも書いて許してもらえればそれでいい事だ。現に大学生にもそう対応してくれたではないか、大聖堂は。


 しかし、彼らの名前を探し出した奴の執念には頭が下がる。


 よほど暇なのか、それとも恨みでもあったのか・・・・・。

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posted by 蒼洲 |12:15 | アマ野球 | コメント(9) | トラックバック(0)
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2008年06月30日

解任?!嘘だろ・・・・・。

 
 【イタリア・フィレンツェの世界遺産地区にある「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の柱に、水戸市の私立常磐大高(浅岡広一校長)の硬式野球部監督(30)が書いたとみられる落書きが見つかった問題で、同校は30日、監督を解任したことを明らかにした。監督は学校の調査に、落書きしたことを認めたという。

 県高野連が入手した大聖堂の柱の写真に、監督とその妻の名前が漢字で油性ペンのようなもので記されていたことから、問題が発覚。監督は以前、新婚旅行でイタリアを訪れており、この際に落書きしたことを認めているという。

 同校野球部は7月5日からの第90回全国高校野球選手権県大会にシード校として出場予定。県高野連は浅岡校長や監督から詳しい事情を聴くことにしている。  6月30日11時47分配信 産経新聞】


 そこまでやる必要があるのだろうか。


 これは、高野連の判断ではないのだが、荒療治で事を収めたかったのだろう。解任までさせるほどの問題なのだろうか。

 彼がやった事を肯定するつもりはもちろん無い。分別のある大人がやった事としてはあまりにも幼稚だ。


 しかし、幼稚なだけだ。


 幼稚だったのだろう。


「教育の一貫である部活の指導者にあるまじき・・・・・」


「世界遺産に落書きするなんて・・・・・」


「こんな指導者の下で野球をする子供たちが可愛そう・・・・・」


 そんな意見が聞こえてくるのだろうか?


 しかし、この時期に何とタイミングの悪い事か。夏の大会を前にしたこの時期に・・・。部員や保護者の動揺を考えるとそう思う。

 
 厳重注意ではいけませんか。


 まだ30歳の彼の将来を思うと、もっと熟慮して結論を出して欲しかった。

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posted by 蒼洲 |14:27 | アマ野球 | コメント(7) | トラックバック(0)
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2008年05月09日

指導者二景

 近くの中学硬式リーグでの二コマ。

 あきれる監督二景。

 保護者はこれを見て何も感じないのだろうか。

 それとも何も言えないのだろうか・・・。


 その1。

 試合は1-2で敗戦。その敗戦の責任は、ピッチャーを外した3人の三年生にあると言う。

 試合後すぐ、その3人を土下座させて同じ三年生のピッチャーに謝れと言う。その罵声に、試合後まだ残っていた両チームの父兄や選手らも注視する中、更にその監督の指導は続いた。試合に出ていたピッチャー以外の8人を長時間グランドでイマドキ流行らない「うさぎ跳び」をさせたそうだ。

 野球というのはそう言うものなのだろうか?

 1点しか取れなかったことが敗因なら、そのピッチャーが0点に抑えていれば勝っていた試合。それならそのピッチャーにも土下座させないと筋が通らないだろう。

 自主的に、それも思いやりから、その3人の口から出てきた投手に対する労いの言葉なら充分評価できようが。

 そのピッチャーはどう思ったのだろうか?当然だと思ったのだろうか、それとも・・・・。


 その2。

 別のチームの若い監督。

 日頃は一塁手として出る機会がなかなか無い選手が、ワンバウンドの送球をこぼした。もちろんその選手を起用したのはその監督。

 その回が終わって、守備から戻ってきたその選手の胸倉を掴み、今にも手が出そうな勢いで睨む。幸い手は出なかったようだが、無言で怒りを納めたようだった。

 何故そう言う態度に出るのだろう?胸倉掴むほどの憤りはどこから来ているのだろう。それは自分に向けるべきだろう。指導力の無さを悔いるべきだろう、本来は。

 相手チームのベンチからは、その光景ははっきり見えて、おまけに次の試合を待つチームも居る。その面前でその行為を行うことが、チームにとってプラスになるとでも思っているのだろうか?


 両監督に見えるのはまさに責任転嫁でしかない。自分の指導力の無さを子供のせいにする浅ましさ。

 選手起用も作戦も己の責任において行っているんじゃないのか?

「何故出来ないんだ?何度も言っただろ!」
「そんな指導はしてないぞ!」

と言った罵声を試合中に発するが、せめて練習中にしてほしい。

 しかし、大勢の前でこそ出てくる言葉なのだろう。

 アピールしたいのだから自分の能力を。しかしそれが逆効果だと分からない。上を向いてゲロ唾を吐いていると気が付いていない。よほど鈍い感性をお持ちなのか・・・。

 今からチームを選ぼうとしている方。一度そのチームの試合を見るといいですよ。口汚く選手を罵る、罵声を飛ばす、態度がでかいなどなど・・・・。

 これを物差しにして下さい。学童でも、中学硬式でも、高校野球でも当てはまりますよ、きっと。

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posted by 蒼洲 |09:46 | アマ野球 | コメント(2) | トラックバック(0)
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