2009年10月04日

■アラン・ワイリーはしっかりロスタイムを取るべきだった 【プレミアF】

 マンチェスターユナイテッド×サンダーランドは、ユナイテッドがロスタイムに劇的な同点ゴールを挙げて、ホームでの敗戦を逃れた。 

 しかしこの試合で最も注目を集めたのは、ユナイテッドが同点に追いつくといういつもの光景ではなく、ロスタイムの長さだったように思う。前節のマンチェスターダービーのロスタイムの長さにより、ユナイテッドが「負けている時はロスタイムが長い」との議論が再燃したからだ。 

 結果的に、サンダーランド戦ではロスタイム表示が「4分」で、アランワイリーが終了のホイッスルを吹いたのは94分4秒だった。表示通りの終了時間となったわけだが、前節の結果を受けて、神経質になっている印象が色濃く残る判定となった。 

 様々な意見があるだろう。しかし僕は、アラン・ワイリーはしっかりロスタイムを取るべきだったと思う。 

 対シティ戦、表示されたロスタイムは4分だったが試合が終了したのは97分だった。確かにロスタイムが7分も取られることは珍しい。だが僕はこの判定は極めて妥当だったと思う。表示が4分だったとはいえ、ロスタイムに2点が生まれれば時間が延びるのは当然であるし、実際詳細に時間を計ってもオーウェンのゴールは時間内ということが証明されている。レフェリーの判定は間違っていなかったのだ。 

 だからこそ、サンダーランド戦が重要だった。この試合は彼らの権威が試される試合だったのだから。 

 にもかかわらず、この、僕が最もプレミアで信頼しているレフェリーは、ロスタイムにゴールが生まれたにもかかわらず、ゴールによって生まれたロスタイムを加味せずに終了のホイッスルを吹いた。 

 ある意味、世間的には公平な判定だったのかもしれない。 

 だが、今回のホイッスルによって、彼らは彼ら自身の手によって審判の権威を落としてしまったと僕は思う。世論、マスコミに簡単に流され、自身の頑固さ、アイデンティティともいえる融通の利かなさや揺るぐことの許されないレフェリーという権威を、看板を、自らの手によって下ろしてしまった。 

 それが残念でならない。 

 ハンドボールを見逃したり、不当なイエローカードを与えたりと、周囲からの信頼を失いつつある審判だが、このフットボールという曖昧で難解で実に適当なスポーツを裁くことの許された唯一の人物は、今なお尊敬されるべき立場にあると思うし、彼らの仕事の難しさをより理解していかなければならないと思う。 

 心情としては権威ある者たちが犯すミスを認めたくないというのが人間だろうし、倫理的にもそうだろう。しかし人間なのだからミスはあるものだ。医者が、警察が、レフェリーがミスを起こすことは「犯罪である」という主張は、権威への期待であると同時に、権威を恐れる者たちの自己防衛の手段であり、権威へ依存する者たちのエゴであり、権威をもつ者も人間だという根本的事実を忘れてしまった者の怠慢ですらあると思う。 

 だが試合のロスタイムに関しては、明らかにレフェリー自身の手で裁くことのできる範疇にあった問題だった。選手たちの入り乱れるPA内でのファールを見逃すことはあっても、自らの腕に巻かれた時計の針を見逃すことはないだろう。あってはならない。 

 しかしながらサンダーランド戦の判定により、彼らは弱さを露呈した。新たな議論をよぶだろう。「ブラックキャッツ戦ではロスタイムを取らなかったのに、なぜシティ戦では本来のロスタイム表示より長かったのか」「シティ戦ではロスタイムを長く取ったのになぜ今回はゴール分を含まなかったのか」。そう言われても仕方ない判定を下してしまったのだ。 

 試合の長さを正確に計らないということは即ち、時間という不変なものすら変えてしまう意図、雑念、負のオーラに侵されたということである。 

 それが、本当に心から、残念でならない。 

 これでは、彼らの権威は落ちる一方である。もし権威を取り戻したいのならば、より厳格なルールを持ってピッチへ上るか、世論やマスコミと対話する姿勢を示さなければならないだろう。 

 なにはともあれ、これからの世間の反応に、注目していきたい。

posted by so-ma |10:59 | ■渾身コラム | コメント(4) | トラックバック(0)
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